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ギミカル・プラネット  作者: 池森亮
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第一章 ギミカル・ビースト

 真っ先に脳裏に浮かぶのは、知り合いに見せてもらった銀色の塗料で壁にでかでかと描かれた――サインのつもりらしい――『R』の文字。

 思えば姜乃介(きょうのすけ)はどこかそれを他人事のように、自分の身に降りかかることはないだろうと高をくくっていた。

 だが『科学者の研究対象』を狙った盗人は確かに存在し、姜乃介は科学者であるので自分とその盗人が出会う確率はそう低いものではなかったのだ。つまり――

「なによ?」

 敵意――いや憎悪を隠そうともせず、向いに立つ姜乃介を睨む小柄な人物は声からするとまだ年端も行かぬ少女らしかった。

 白衣姿の姜乃介と違いジャージのような動きやすそうな服装で、色はスニーカーから上着まで一貫して鈍い銀色。フードを目深にかぶっているので口元ぐらいしか見えないが、この様子では無理に脱がそうとすれば噛みつかれそうだ。

 それはともかく、先の質問に答えることにした。

「いや、まさか噂に聞く大泥棒が君のような子供だとは思わなくてね」

「なによ。子供が泥棒しちゃいけないワケ? それにあたしは16よ。子供じゃないわ」

 子供が、ということではなくそもそも泥棒自体がいけないことで。それに16歳なんてまだ立派な子供だ。まあ姜乃介も5つしか違わないのだが。

「ではとりあえずそれは置いておくとして・・・今大事なのは君が私の研究内容を盗みにきた泥棒で、君は見つかって捕まってしまったということだ」

「うっ」

 泥棒少女は改めて事実を突き付けられ、胸元で縛られた両手を軽くゆする。

「油断したわ」

「それ以前の問題だろう。資料データをまとめてあるメインコンピュータルームならまだしも、なぜか貨物ルームに忍び込み頭を打って昏倒していたのだからな」

 荷を降ろそうと扉を開いたら、この少女が仰向けでぶっ倒れていたのだ。

「う・・・うっさい! うっさいうっさいうっさい! しょうがないでしょうが! それっぽい区域に入ったと思ったら実はシャトルで、しかもいきなり発射されちゃうんだもん!」

「貨物ルームが真空状態でなくてよかったな。でなければ今頃君は死んでいる」

 冷ややかな一言を告げると、逆ギレ少女は一瞬顔を真っ青にして、再び真っ赤にした。

「そもそもなんで研究所内にシャトルがあっていきなり発射されちゃうのよ! あんた達が考えることってほんとわけわかんないわっ!」

 あんた達とはすなわち姜乃介のような科学者のことだろう。

「研究所内にシャトルがあることはそんなに珍しいことでもないだろう。それにいつ地球を飛び立とうと私の勝手だ。君は単にたまたま私がシャトルを発射させようとした時間帯に潜り込んでしまっただけなのだ」

「なんでそんなことになるのよ」

「君が不法に私の研究所に侵入したからだろう」

 そう告げると少女は悔しそうに歯噛みした後、何かに気づいたように訊ねてきた。

「それで?」

「それで・・・とは?」

「察しが悪いわね。地球を飛び立ったって、ここはじゃあどこなのよ?」

 まあ当然の疑問と言える。今二人が向かい合っている場所は簡素なつくりの部屋で、正方形の部屋にちゃぶ台が置いてあるだけだ。ベージュの壁には窓がなく、室内からでは外にはどんな風景があるのか皆目見当もつかない。

「火星や水星・・・にしちゃ静かだし、まさか帝国軍の人口惑星なんて言わないわよね?」

 人類が本格的に宇宙空間に乗り出した最初の目標は火星だった。その後主要な惑星はすぐに開拓され、今やほとんどの星に地球と同じように人類が移り住んでいる。

「いや、火星でも水星でもなければ敵対関係にある軍の衛星基地でもない」

「じゃあどこよ?」

「私にも正確にはわからない」

「ハァ!?」

「距離だけなら地球からおよそ6000000000メートル。地球とほぼ同じ割合の大気があり、我々が外に出ても呼吸できることはわかっているが、名前はまだない」

「アンタあたしをおちょくってんの?」

「そんなわけはない。それにそんなことして私になんの得がある?」

 姜乃介の慇懃な態度に少女の怒りがついに頂点に達した。

「じゃあ、いったいどこなのよ!」

 縛られた両手を振り上げ、バンっ! と思いっきりちゃぶ台にたたきつける。そしていかにも噛みつかんとばかりに姜乃介にずいっと身を乗り出し――

「警告」

 唐突に声がした。姜乃介でもなければもちろん少女のものでもない。その色のない平坦な声は姜乃介の背後からしたのだ。

「このセーフティハウスは完全に建立できたわけではありません」

 そう言って姜乃介の背後から現れたのは、奇妙なほど目鼻立ちが整った少女だった。カールのかかった亜麻色の髪に少々吊り気味の黒瞳。美少女であるのは間違いない。だがそこには表情というものがまるでなく、血の通ってない人形のようだ。

「あんたは?」

「見てわかりませんか?」

 美少女は両手をわずかに広げて己をアピールする。彼女は少女の目の前にいる姜乃介と同じ型の白衣を着ており、右手にはなにやらファイルのような物を持っている。その様をしばし少女は観察し、やおらビシっと姜乃介を指差した。

「その科学者の妹ねっ」

「その通りです」

「まちたまえ」

 少女のトンチンカンな回答を無表情に即肯定した美少女に、姜乃介は思わず突っ込む。

「いつからお前は私の妹になったのだ?」

「いえ、ワタシはコマンダー(指導者)の妹などになった覚えはありませんが」

「ウソだったのっ!?」

 驚愕の声を上げる少女。それに姜乃介は重苦しい息を吐き、

「彼女は妹などではなく私の助手(アシスタント)で」

「リムと申します。以後お見知り置きを」

 それまでのふざけた態度とは一変して礼儀よく頭を下げる。再び上げた彼女の顔を――正確には瞳を正面から見た時、少女は唐突に口を開いた。

「アンタ、人造人間(アンドロイド)ね」

 確信を持った言葉に今度は姜乃介が驚く番だった。

「よく、わかったな」

 リムは見た目からでは普通の人間とほとんど区別できない。変な言動をしょっちゅうするが、それも彼女を機械と断言できる要素とは言えないだろう。むしろ人造人間にしては人間味が過ぎるというのが姜乃介の見解だ。

「ま、職業がらね。そういうのには聡いのよ」

「泥棒は職業とは言わない」

「なによ。細かいわね。それにまだ質問に答えてもらってないわ」

「質問とは?」

 まったく無関心な姜乃介の言葉に今度こそ少女はキレた。

「だっ! かっ! らっ! ここがどこかって訊いてんのよっ!」

 再び拘束された腕をちゃぶ台に振り下ろす。


 ガンっ! ギシっ・・・ズズ、ズズズズズズズズズズズズズズズズズズ――


「へ?」

 間の抜けた声を漏らす少女の右側の壁がまず外側に倒れた。

 次いで左側、

 その次は後ろの、

 最後は天井と一緒に目前の壁が、

 なんの冗談か、家がサイコロの展開図よろしく広がったのだ。

「な、なんなのよいった・・・い?」

 予想外の事態に困惑する少女は左右を見回――そうとして固まった。

 全ての人類の故郷である地球は緑と青の星だ。そこに住んでいれば少し見渡すだけでそれらの色合いが目に入ってくる。しかし――

 地平線まで続く大小の起伏がうかがえる大地には一切の植物がおらず、黄土色の土しか目に映らない。

 そして同時に見えるのが視界いっぱいに広がる黒と無数に光る星達。それが意味するところは――

「夜ではないよ」

 絶妙のタイミングで姜乃介が告げる。

「どういうこと? それ」

「この星には『夜』は存在しません。正確に言うならば『昼』もありません。太陽との距離がかなりあるので、ほぼずっとこのままなのです」

 淡々とリムが答える。

「じゃあなんでこんなに明るいのよ」

 実際それは不思議な光景だった。太陽の光が当たらないにも関わらず、ここは大地全体がまるでスポットライトが当たったように明るいのだ。

「それはだな」

 姜乃介はふらりと床の外に出ると地面にある砂をすくった。

「見たまえ」

「あっ」

 彼の掌からこぼれ落ちるそれは大地にあった時のような鈍い色ではなく、キラキラと綺麗に光っていた。高価な宝石でもここまで光らないだろうというほど淡くも力強い光だ。

「この砂が地表全土を覆っているから、この星は太陽光がこなくても明るい・・・らしいのだ」

「らしい?」

「私もまだわからない。どうしてこんな砂がここにあるのかもだ」

 未解明の現象。未解明の土質。未解明の――

「つまりここは」

「はい、『未開拓の小惑星(アンノウン・フィールド)』です」

 未開拓の小惑星(アンノウン・フィールド)

 人類が銀河系全土の形態を把握した結果、人類が生活できる規模の小惑星が数多く存在することを知った。以来そうした惑星は次々と開拓され、移住に必要な最低限の環境管理機関が設置された。しかしそういったプロジェクトが先行されるも、結局人は住み慣れた地球や火星から離れようとはしなかった。

そのため空気があっても未だ人の足が踏み入れられてない惑星は、それこそ星の数ほどある。それらの総称が『未開拓の小惑星』というわけだ。

「私とリムはこの惑星の調査で来たのだ。いらぬ同行者も混じっていたがな」

「なによ」

 少女は自分の立場の方が悪いことは一応自覚しているのか、彼の発言に対して罵詈雑言の類は出てこない。

「さて、各々の状況が確認できたところでこれからのことを考えようか・・・」

 そこで姜乃介は言葉を切って首をかしげる。

「なによ」

 それが少女の口癖らしい。が、それはさておき。

「そろそろ君の名前を聞かせてもらおうか?」

「相手に名乗らせたいときは自分から名乗るものじゃないの?」

 そう切り返され、姜乃介はわずかに逡巡した。だがそれは不愉快になったということではなく、名乗っても大丈夫かどうか迷ってるようであった。しかしそれも一瞬のこと。

「私の名は風巻姜乃介。見ての通り科学者だ」

「カザマキ?」

 少女が何かに気づいたように姜乃介を睨む。

「まさかそれってあの有名な軍事産業の?」

 彼はまさか少女がそのことに気付くとは思ってなかったのか、顔をしかめて沈黙する。代わりに頷いて口を開いたのはリム。

「いかにも。コマンダーは軍事産業総括会社『KAZAMAKI』グループの御曹司です」

「マジ?」

「マジです」

「こんな奇妙奇天烈な科学者野郎が!? おんぞーし!?」

「誰が奇妙で奇天烈なのかね?」

 姜乃介は静かに抗議する。だがこめかみのあたりは軽く痙攣していた。

「アンタ以外にいないでしょう。なによそのグルグルメガネは?」

 ビシッと少女は彼の顔面を指差す。そこにあるのは明らかにネタにしか見えない螺旋が描かれた牛乳瓶の蓋のような分厚い二つのレンズ。

「なっ! この科学者の象徴たるメガネを嘲弄するのかね!」

 少なくとも姜乃介はそれを気に入ってつけていたらしい。かなりショックを受けた様子でたじろぐ。

「まあ、確かにそれはないですね」

 それどころか助手にまでハッキリ否定され、姜乃介の動きが完全にフリーズした。だがそんなやりとりにも慣れているのか、すぐに気を取り直して軽く咳ばらい。

「わ、私のことはもういいだろう。それより君は? 名乗りたくもないということかね?」

「・・・リルラよ」

「ふむ、ではリルラ君。君は捕虜の身だ。こちらとしては星間警察にでも突き出したいところだが、あいにく私は今自分の所在を知られるわけにはいかない」

「お忍びってわけ?」

 少女‐リルラは小馬鹿にしたように嗤う。刑務所に入れられる可能性がないらしいと知って余裕が出たのだろう。一方姜乃介は涼しい顔でうなずく。

「まあ似たようなものだ。だから君は勝手にシャトルを使って自分で帰りたまえ」

「へえ」

 事実上無法釈放のようなものだ。自分はツイてるとリルラは思った。

「ただ――」

「なによ」

「私はもともとすぐに帰る予定などなかった」

「だから?」

 だんだんイヤな予感がしてきた。

「シャトルのエネルギーがないのだ。充填しなくては地球まで帰ることはできない。ゆえに君にはエネルギーが溜まるまでここに居てもらうことになる」

「まあそれくらいはね。で? それってどんくらい? 1時間? 3時間?」

 姜乃介は答えた。

「三日だ」

「はあ? 冗談でしょ!」

「事実です。この星から地球までの飛行に必要なエネルギーを、この惑星の地脈から吸い出すのには約72時間28分48秒必要です」

 リムの言葉にリルラは三度ちゃぶ台をぶっ叩く。

「冗談じゃないわ。こんな知らない星で科学者と三日も同居なんて死んでもイヤよ」

 叫んで踵を返し、スタスタと床だけとなったセーフティハウスから出ていく。

「どこに行くのかね?」

「決まってるわ。アンタが居ないところよ。三日したらここに戻ってくればいいでしょ?」

「ここには何もないぞ?」

「科学者と一緒に寝るよりはるかにマシよ」

 フン、とそっぽを向いてリルラはどこにでもなく歩いて行った。


           ‡


「よろしいのですか?」

 リルラが消えてから小一時間ほど経ったころ、姜乃介はセーフティハウスの壁を起こし電磁石で接合していた(先ほどハウスが崩壊したのは磁石に通す電流がまだ弱かったから)。

「なんのことかね?」

「リルラとかいう娘のことです」

 壁を寸分の狂いもなく垂直に支えるリムが無表情に言う。対する姜乃介は接合部にしっかり電気が通っているか確認しながら応える。

「大丈夫だろう。生命力はありそうだし、あそこで引き留めて暴れられてもかなわん」

「そういうことではありません」

「ん?」

「コマンダー。ワタシ達がここに来た『真の目的』をお忘れですか?」

「忘れるわけがないだろう。私は機械――」

 そこまで言ったところでそれまでテキパキと動いていた姜乃介の両手が止まる。

「お前・・・気づいていたのか?」

「愚問です。アンドロイドに忘れるという概念はありません」

「な、なぜすぐ言わなかったのだ!」

「失念していました」

 ぬけぬけとリムは告げる。自分が彼女に遊ばれていることに気付き、姜乃介はこめかみを押さえた。

「いつも思うのだが、お前はなんでそう妙に人間臭いのだ?」

「マスター(創造主)に似たのでしょう」

「だろうな」

 姜乃介は苦笑し、

「これを設置し終わったらすぐに追うぞ」

「ラジャー・・・おや?」

 急にリムの黒瞳が細まる。そしてさきほどまでリルラがいたちゃぶ台の前まで歩いて行くと、かがんで何かをつまみあげた。

「なんだね?」

 壁を建て終えた姜乃介にリムは採取したそれを見せる。

「髪の毛?」

 順当に考えればそれはリルラのものだろう。

「このような髪質を持った人種は普通存在しません」

 その髪の毛は鈍い輝きを放つ銀色をしていた。だが色はいい。プラチナブロンドは実在する。問題は硬さだ。針金とまではいかないが、リムの指先でプラプラ揺れるそれは明らかに通常の髪の毛の硬度ではなかった。

 姜乃介はフム、と首をかしげる。

「貨物質にあった廃材という可能性は?」

「いえ、信じがたいことですがこれは髪の毛です。毛根らしきものが見受けられます」

 リムはミクロの単位まで測定できる瞳を持っているため、先端にある微小の塊を見逃さなかった。

「なるほど」

 髪の毛をリムから受け取り、しげしげと眺める。


 彼等がリルラの後を追うために出発したのは、それからさらに1時間ほど後だった。


           ‡


『やはり失敗だったか』

 なんとなく寝付けなく屋敷内を散歩していると、わずかに見えた明かりの方からそんな声が聞こえてきた。興味を持ったので開いた扉の隙間から中の様子をそっと窺うと、二人の大人が何やら気難しい顔で語り合っていた。

『生命細胞、遺伝子に多数の老廃が見受けられます』

『改善の余地は?』

『今のところはなんとも。何分サンプルが少ないので』

『打つ手なしか』

 そう呟いた男は白くなったあごひげをさすりながら、もう一人から受け取ったデータに目を通す。

『テロメアはどのくらい』

 再び訪ねようとした男が上げた視線は、途中でこちらを向いた。

『誰だ!』

 見つかった!

 とっさに身を引こうとしたが、男が扉を開く方が早かった。

『お前』

 男は・・・いや、東堂博士は険悪な表情でこちらを見下ろす。その向こうには彼の助手が困惑した様子でたたずんでいた。

『こんなところでなにをしている?』

 いつもと同じ厳格な態度、だがその口調にわずかな違和感を抱く。

『お前はここに近づくなと言っておいただろう』

 その言葉で違和感は確信に変わった。

 立ち上がって駆け出し、助手の手元にあった小型端末を奪い取る。

『なにをする!』

 普段なら震え上がるほどの恫喝は意味を持たなかった。自分でもなんでこんなことをしたのかわからない。だが・・・

 端末のディスプレイにはすべてが映っていた。

左上に映る研究名称。

そして身体データ。

助手の考察。

 データに基づいた推測。

『こ、これは、その』

 慌てて端末を奪い返す助手。だがもう遅い。

 呆然と博士を見上げる。

『お前は知らんでもいいことだ』

 そんなワケはない。だってそれは――

『さっさと自室に戻れ。今見たことは忘れるんだ』

 できるわけがない!

 どす黒い感情が胸に渦巻く。


 どういうこと?


                         違うでしょ?


 まさか、そういうことだったの?


                         そんなわけないよね?


 そんなことのためにあたしをこんな風にしたの?


                         否定してよ!


 貴方にとって、あたしはただのモノだったの?


                         失敗ってなに?!


 ねえ、答えてよ。博士・・・


           ‡


「っ!」

 胸の奥に激しい痛みを覚え、リルラは思いっきり上半身を起こした。

「っかはあっ! はあっ! はあっ!」

 実際そんなことはないのだが、呼吸を無理矢理止められたかのような錯覚に陥った彼女はその場で過呼吸を繰り返す。

「はあ・・・ああ」

 冷たい汗が頬を伝い大地に無数のシミを作り、そこでリルラはようやく自分が一休みしていたことに気付いた。

「まったく。いつまで経っても」

 苛立たしげに声に出す。これでは休息になんかならない。むしろ明らかに寝る前より体力を消耗している。

 あの時の夢を見た後はいつもこうだ。意識のあるときは忘れているのだが、眠ると三日に一回は思い出す。

「まるでアイツがあたしに忘れさせないようにしてるみたいね」

 独り言に自分で笑う。そんなことはありえない。単に自分が割りきれてないだけだ。

「ふう」

 改めて息を整え、回りを見回す。

 相変わらずあるのは淡い光を放つ砂、砂、砂ばかり。そして歩いてきた方向に目を向ければうっすらと小さな家らしきものが見える。およそ距離にして5キロほどだ。

ここまでくればいっか――

 ヘタにこれ以上遠くに行けば戻れなくなる。科学者の居る建物が視界に入るのは耐え難いが、ここから帰れなくなるのはもっと耐えられない。

 リルラは足を延ばし近くにあった砂の塊に背を預けながら天を仰ぐ。

「きれい」

 無数に見える星は闇に飲み込まれることなく力強く煌めいていた。

 だが彼女は知っている。あの光る星の半分ほどは汚れた科学者の手によって作られた人工の惑星で、そこでは化学兵器開発や遺伝子操作実験など非人道的な研究が日々行われているのだ。

「科学者なんて、みんな死ねばいいのよ」

 喘ぐように口にすると、妙な気配を感じて視線を頭上から地面に戻した。

「犬?」

 いつの間にかこげ茶色の犬が数メートル先にいた。

「こんな星にもいるのね」

 自然と口元がほころぶ。

動物は好きだった。動物は汚れた野望は抱かない。汚れた思想に染まらない。

「おいで」

 片手で手招きしようとして、両腕が縛られてたままだということに気付く。軽く舌打ちして今度は両手を拡げて呼ぶ。

 野良犬は最初警戒していたのか、つぶらな瞳をリルラに固定したままその場をうろうろしていたが、やがて舌を出したまま寄ってきた。

 だが、目の前までやってきた中型犬の頭をなでようと手を挙げたとき、えもしれぬ悪寒が彼女の背筋を走った。

「っ!」

 無意識の内に足に力をこめて後ろに飛ぶ。果たしてその判断は間違ってなかった。

 目の端に映ったのは一筋の赤い線。

 そしてたった今自分が座っていた地面に黒い点が現れたこと。

「なによ!」

 止まったと思っていた嫌な汗が再び噴き出した。背もたれにしていた少し蹴っただけで崩れそうな砂の塊の上から犬を眺める。

 よくよく見れば奇妙な犬だ。

 こげ茶色の肢体はどこか角ばっていて、動物特有の柔らかさが見受けられない。そしてなによりも不自然なのは自然界ではありえない真っ赤な目。

 再び冷たい感覚。それを感じるや否や真横に転がる。

 チッ、と小石がはねたような音が耳元でしたかと思うと、強烈な痛みが右足を襲った。

「っあ!」

 今まで体験したことのない痛みに身体がこわばる。ちらりと目を向ければ、ジャージの右足首の部分が線を引いたみたいに裂け血が滲んでいた。傷自体は小さい。だが・・・

「なにをされたっていうの?」

 切り傷ではない。それならばこの程度でこんなに痛くない。それに第一刃物が飛んできた気配がない。痛いのは・・・熱? やけど?

 そこまで考えてひとつの単語が脳裏に浮かぶ。

 レーザー

 『Light amplification by stimulated emission of radiation』

 その発生する光は普通の光と異なり位相がよく揃い、収束性が高いので極微小の面積に高密度の光エネルギーを集中させることができる。

 つまり一点集中の超高温兵器。

「けどなんでそんなものが――っ!」

 恐怖と混乱が入り混じった瞳で今一度野良犬の方を見て、息を飲んだ。

 目前の犬の後ろ、その斜め後ろ、そのさらに斜め後ろ、そしてその左右に・・・

 無数の赤い点がリルラを向いていた。振り向かなくとも背後からも気配を感じる。


 完全に囲まれた。


「ウソ」

 そこにいたってようやく自分があの犬・・・いや、化け物達にとっての獲物だということに気付く。

「なによ。なんなのよ」

 得体の知れない生き物の前で恐怖に凍りつくリルラをなぶるように、最初に攻撃してきた化け物が口をゆっくりと開く。

 鋭い牙の間にあるのは濡れた口蓋などではなく、メガネより一回り小さい広角レンズ。それがレーザーの発射膜だということを、半ば錯乱状態にあるリルラには気づけない。気づいたとしても最早どうしようもないが。

 殺される!

「いや・・・」

 死ぬのなんか怖くない。どうせそう早くないうちに朽ち果てる身だ。

 死ぬのが怖い。理不尽な出来事で自分を奪われるのが怖くてたまらない。

 相反する二つの感情がせめぎ合った刹那、視界の中心で火花が散った。次いで金属同士が擦れ合う甲高い音が響く。


 キィィィィィィィィィィィィィィィィンッッッ―――


 耳の中が引っ掻きまわされたかのような鋭い音に我に帰ると、最初に目に入ったのは緑色でプラスチック製の柄。グリップ力向上の為の凹凸がつけられたこの形は?

「ドライバー?」

「どうやら間に合ったようですね」

 冷徹な言葉とともにザッと隣に誰かが着地する。

 ヘンテコ科学者の助手を務める白衣のアンドロイド少女だった。たしか名前は、

「リム?」

「命の恩人を呼び捨てですか? あなたもずいぶんと礼儀がなってませんね」

 返事の最中にリムは両手に持ったプラスドライバーで数本のレーザーをはじく。さらにその合間にリルラの両手を拘束していた縄も切る。

「そ、それは・・・だって」

「冗談です」

 突然の出来事についていけないリルラで軽く遊んでから、リムは右目だけを右に向け「ようやく到着ですか」と呟く。

「仕方なかろう! これより君の方が早いのだから!」

 次に聞こえたのはなんとあのヘンテコ科学者姜乃介の声だった。

 彼はサスペンションむき出しのオフロードバイクで化け物を翻弄しながら、その包囲網を突破しさらに無意味なドリフトで二人の真横につける。

 そしてまじまじとリルラを眺め、

「危ないとこだったが、無事で何よりだ」

「危ないとこになったのはコマンダーが遅刻したからでしょう。ム?」

「いちいちお前は細かいな。っとと」

「それにオフロードバイクに白衣は激しく似合ってないです。センス最悪です。ハッ」

「なっ、お前が中古屋でこれにしたらどうかと言ったんじゃないか! よっ」

「まさか白衣で乗車するとは思いませんでしたので」

「おのれ」

 ちなみに会話の最中も化け物の攻撃は続いている。放たれるレーザーをリムは涼しい顔で防ぎ、牙を剥いて襲い掛かってくる本体は姜乃介がなんなく蹴り飛ばす。

「こんな話をしてる場合ではないな」

「もちろんです。早く足手まといの回収を行ってください」

「――だっ! 誰が足手まといよ!」

 それまであっけにとられてたリルラだが、足手まとい呼ばわりされてようやく本来の調子で叫ぶ。

「だいたいなんなのよあの化け物はっ! 説明しなさいよっ」

「前もって伝えなかったことは謝罪しよう。だが今は無理だ。とりあえず乗りたまえ」

「きゃ! ちょっと!」

 運動とは無縁のはずの科学者とは思えない腕力で軽々とリルラを掴み上げ、有無を言わせずバイクの後輪カウルにまたがせる。

「リム。時間を稼げ」

「めんどくさいです」

「おい」

「もたもたしてないで早く行ってください」

 ブォンっ、とリルラの足元でバイクのエンジンが唸りを上げる。

「しっかりつかまれ」

「え? 冗談じゃ」

 ない。と言おうとしたところでいきなり体が後ろに傾く。バイクの前輪が浮きウイリーの状態になったためだ。すべりおちないために慌てて白い背中にしがみつく。

 バイクはその場で華麗なスピン・ターンをかまし、リルラが歩いてきた方角に向いた瞬間猛烈な加速を見せた。

「ちょ、ちょっとちょっと!」

「悪いがこれ以上スピードは落とせない。猟犬(ハンター・ドッグ)に追いつかれるからな」

 どうやらそれがあの化け物の名称らしい。だがリルラが言いたいのはそうではなく、

「助手置いてっちゃっていいの! たった一人であんな化け物と」

「ワタシがどうかしましたか?」

「へ?」

 左に目を向ければ、なんといつの間にか件の美少女がいた。それも時速100キロ近く出てるバイクに並走して。

「犬は!?」

「まきました。こちらとは真反対に向かってます」

「上出来だ」

 姜乃介はようやく速度を下げる。それによって視界に余裕ができたリルラはリムがどうやってバイクに追いついたのか知った。

 彼女は走っていたのではなく跳んでいたのだ。おそらく一回の跳躍で100メートルほどまたぎながら。なんとも機械らしいおおざっぱな移動手段だが、実際に早いのだから仕方がない。

「君は」

 立て直されたセーフティハウスがあと少しというところで、唐突に姜乃介が口を開く。

「『リジェクション(R)・オブ(O)・ギミック(G)声明』を知ってるかね?」

「ROG声明? それってむやみに宇宙に廃棄物を増やすなっていう」

「表向きはそうだ。しかしその声明で最も重要なのはそこではない」

 姜乃介は滔々と語る。

 戦争は宇宙空間に無数のゴミを排出した。しかもそれは普通のゴミではなく、意志を持ったマテリアル。すなわち撃墜されたAI搭載の機械兵器だ。

「まだ一般にはあまり認知されてないが軍事関係者はもちろん、兵器開発に携わる者なら誰でも知っている」

「なによ。もったいぶらないではっきり言いなさいよ」

「撃墜されるもブレインネットワークは無事だったAI兵器が、墜落した惑星で野生化しているのだ」

 リルラは小さく息を飲んだ。じゃあさっきのが・・・

「そう。奴等は他の破壊された機器の残骸を使って機体を修復した。だがそれらは戦線に復帰できず役割を見失う。なぜなら一度撃墜された兵器はメインコンピュータによって認識されないからだ」

「・・・」

「戦場では無限のAI兵器が墜ちます。のでそれを全て管理しているメインコンピュータは必要なくなったシグナルコードをただちに消去します。そのため例えその兵器が再起動したとしても、自軍のコードが確認できないのです。・・・ゆえに彼等は狂った」

「・・・」

 黙ってしまったリルラにリムが噛み砕いて説明するも、まだ足りないらしい。そう判断した彼女はもっとわかりやすい説明をしてみる。

「ようは、ライバルにやられちゃった息子は親から見捨てられ縁を切られ勘当されてしまう。いくら電話をかけてもつながらない息子は怒りと悲しみに我を忘れ、流れ落ちた土地でプータローとなった。という解釈でよろしいかと」

 適格なようでどこか根本的なところが間違ってるような気がするリムの言葉に、姜乃介は微妙な面持ちになるが、少なくともニュアンスは伝わったらしい。

「なるほど」

 うなずいたリルラを見て、姜乃介は気を取り直して話を話を続ける。

「野生化した機械はいたる星で確認された。その数は夥しいものだ。なにせ戦争の規模がハンパではなかったからな。しかもそれらは元は軍事兵器・・・凶暴で手がつけられない」

 最後の言葉でさっきの光景を思い出したのか、背後でリルラが小さく震える。

「そこで両陣営は一旦休戦を申し立て、その機械達を討伐することに決めた。これがROG声明の裏の意図。そして対象となる野生化した機械について一つのことが決められた」

 もう目的地は目と鼻の先。姜乃介は燃料節約のため速度をぎりぎりまで落としエンジン音を下げた。

そして告げる。

機械獣(ギミカル・ビースト)。そう彼等を呼ぶことを」


           ‡


 セーフティハウスに戻ってからのリルラは数時間前のように騒ぐことはなかった。というより、部屋の隅で膝を抱えてうずくまる様はまるで別人のようだ。

「だいぶこたえたようですね」

「まあ当然と言えば当然か」

 それを横目で見ながら、姜乃介とリムは部屋の中央に広げたテーブルの上で紅茶を傾けている。別に捕虜だからリルラにあげなかったわけじゃない。持って行ったリムに猛烈な拒否反応を起こしたためだ。

「どうしたものかな」

 カップを置いてポツリと漏らす姜乃介。それを聞いたリムは無表情の中にほんの少しだけ驚きの色を見せる。

「なんだね?」

「いえ、おかしな話だと思いまして。実際、ワタシ達にとって、彼女の心情などどうでもいいのではありませんか?」

「それは・・・そうだな」

 リルラは科学者からしてみれば天敵――敵なのだ。なのに今姜乃介はふさぎこむ彼女を「なんとかしたい」と思ってしまった。それはなぜか。このままおとなしい方が彼にとって有益だというのに。

 少し考えてから、姜乃介はきっぱりと答えた。

「だが、私は科学者だからな」

 残った紅茶を流し込み、再度リルラに視線を向ける。そして自嘲気味に笑い、

「研究対象に嫌悪を抱かれているのはいい気分ではないのだ」

「なるほど。ワタシも同意見です」

「君も?」

 意外に思った。リム自身は科学者ではない。だからこの気持ちは理解できないだろうと思っていた。それとも一向に指導者としての自分に敬意を表さなかった彼女もついに主の偉大さを認めたのだろうか?

 だがリムの『思い』は姜乃介の的外れな考えを軽く凌駕していた。

「アンドロイドであるワタシは機械です。ゆえに同じ機械である彼等に嫌悪感を抱かれるのは、嫌なのです」

「・・・」

 姜乃介は笑いたくなった。自分はまだまだ彼女のことがわかってないのだなと反省する。そして彼女を作り上げた人物に対し改めて敬意を送る。

「そうだな。じゃあリルラ君に機械獣を好きになってもらうために一肌脱ぐとしよう。リム、例の地図データとダイナチェイサーの再発進準備を」

「ダイナチェイサー?」

「バイクのことだ。ダイナミック・チェイサー・マシンの略だ。私達の目的に見合うかっこいい名前と思わないか?」

「ダサ」

「べ、別にいいだろう!」

 しばらくしてリムが持ってきた地図データを念入りにチェックする。どうやら二人乗りの速度でもその地点に間に合いそうだ。タイミングをはかって来てよかったと思う。

「さて」

 彼女はどう思うだろうか・・・


           ‡


「どこに連れて行こうっての?」

 先ほどと同様姜乃介の腰に手をまわしたリルラがぼそりと呟く。態度の通り連れ出すのはほんとに大変だった。リムと二人がかりで無理やりハウスから引きずり出し、問答無用で発進させるとようやく諦めたのか静かになった。ただ脅えを必至に隠そうという様子だけは変わらない。

「君の考えを少し変えようと思ってね」

「あたしの考え? 無駄よ。あたしがキライなのは科学者。これは絶対変わらない」

「私が変えたいのはそんなことではないよ。っと、そろそろか」

 並走・・・というか並跳していたリムが速度を落とすのを見てブレーキをかける。キラキラと光る砂塵を巻き上げてバイクが止まった。

「こっちだ」

 降りたバイクにロックもかけず姜乃介はリルラを促して歩きだす。先行していたリムが立っている少し隆起した場所が目的地だ。リムは二人が辿り着くと、

「シリウスの傾きからしてそろそろです。ベストのタイミングですね」

 と告げた。

 が、リルラはそんなことを聞かずにキョロキョロとあたりを見回す。明らかに何かを警戒している。そんな彼女に姜乃介は苦笑して言った。

「落ち着きたまえ。『今回は』問題ないよ」

 それである程度落ち着きを取り戻したのか、リルラは頭を振りまわすのはやめて姜乃介へと向き直る。

「なによ。見せたいものって」

 ニヤリと笑って少女の背後を指差す。

導かれて振り返った彼女が見たものは――

「あっ」

 それまでなんの変哲もなかった闇の空間に無数の光の粒が散っていた。

 空にある輝く星ではない。その光粒は大地から放出されており、量も多い。そしてそれはまるで星になっていくように浮かんで行く。

 一粒一粒がまるで意志を持つ生き物のように不規則不安定な動きで宙を舞う光達。

 かつて地球の一地域でのみ生息していた蛍という昆虫が見せる様子に酷似しているその光景に、リルラは一瞬で魅入られた。

「以前」

 同じように光粒を見上げていた姜乃介が口を開く。

「ここに偵察に来た時発見したのだ。これが何によって起こされた現象かわかるかね?」

 特に考えずにリルラは首を横に振る。それに姜乃介はあくまで平常の声で告げる。

「これは機械獣によるものだ」

「っ!」

 ビクンっと体を揺らし、リルラはその場で立ちすくむ。

「まさか――だって」

 かろうじて出てきたのは予想通り否定の言葉。

「本当ですよ」

 間髪入れずリムが補完する。彼女は首だけで振り返ったリルラをまっすぐに見つめ、

「ここらを縄張りにしているのはナノマシンのなれの果て。それらが約7日間周期でこの時間帯に放熱活動を行うのです。まだその周期の理由は解明できていませんが。ナノマシンはオーバーヒートを起こした己の一部を切り捨て、空気上に放出します。今我々が見ているこの奇妙で美しい現象は、そのナノマシンが放つ光なんですよ」

 熱いのでこれ以上は近づかないように。とリムは締めくくった。

「おっ」

 姜乃介が上げた興奮気味の声に、リルラははっと振り返る。

「フィナーレだ」

 ゆるやかだった光の流れが急速に動き出し、絶え間なく地上から発生していた光は途切れ、最後の一群が闇空へと昇って行く。

「あ」

 リルラはそれを追うように一歩踏み出し、思いっきり天を仰ぐ。それによってはらりと、彼女の頭部を覆っていたフードが垂れた。

 最初に現れたのは大地の光を弾き輝く、肩まで伸びた銀色の髪。

 そしてリムと同等、もしくはそれ以上に白く美しい肌。

 星空を映す瞳の色は血のような深い紅。

 その全てが絶妙なバランスで彼女の容姿を彩っていた。

「・・・」

 例えそれが遺伝子操作によって作り出された特異なものだと知っていても・・・

まるでこの世のものとは思えないような美しい容貌に、姜乃介はあっけにとられた。

「これは、少し予想外でしたね」

 リムでさえ感嘆の言葉を吐いていた。それほどジャージの下から現れたリルラの素顔は衝撃的だったのだ。

「え? あっ!」

 彼女の言葉に自分の顔が白日の下にさらされていることに気づき、リルラはあわててフードをかぶろうとする。が、

「痛っ! なにすんのよ!」

 顔面の半分を覆うフードはリムの手によって再びはがされてしまう。

「もったいないです」

「はあ?! 何言って・・・」

「なぜ素顔を隠すのかだいたいの見当はついていますが、露見した以上無意味でしょう」

「ど、どういうことよ?」

 自信満々のリムにリルラは訝しげに言う。するとリムは白衣の袖を目いっぱい延ばし、


「ここでは、全てが変わってるからですよ」


 それは、そう、とても単純なこと――


「貴女がどうして科学者に恨みを抱いているのかはワタシにもわかりません。でももしその理由があなたのその身体的特徴にあるのならば、それは、隠す必要はありません。なぜなら、ここにあるのは、『普通』ではないものばかり。ワタシもコマンダーも」

「私もなのかね?」

 抗議の声を上げた姜乃介を軽く睨むリム。

「今なんだか良い事っぽい話をしてるので黙っていてください」

「う、うむ」

(良い事っぽい話?)

 リルラはユーモラスなアンドロイド少女を改めて見る。

「ぷっ」

 そして何故か突然湧いてきた笑いの衝動を抑えられず、噴き出していた。

「あははははははははっ」

「何故いきなり笑われているのでしょうか?」

 意味不明といった感じで呟くリムを見てさらに笑う。

「そう、それもそうね」

 眼尻に浮かんだ涙を払い、リルラは驚くほど軽くなった心で髪をかきあげる。

「アンタの言うとおりだわ。隠す必要なんかないよね」

 そして自然な動作で右手を差し出す。

「科学者は嫌いだけど、リム、あたしアンタは好きだよ」

 握り返してくるリムの手は、機械のはずなのに心なしか暖かいように思えた。

「それは嬉しいですね」

「おい」

 姜乃介のツッコミは軽くスルーして、

「これから三日間、よろしく」

 言ってまた少し笑う。

少なくとも今日は悪い夢を見なくてすみそうだ。


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