ビター・チョコレート
「あのさ、俺お前のこと好きやねんけど。」
そんな風に彼女に告白をしたのは1ヶ月前のこと。
それまで友達として接してきた俺からの告白は、彼女にとって寝耳に水だったらしい。
俺が見てきた彼女の表情の中で一番驚いた顔をしていた。
彼女と出会ってもうすぐ1年。
季節は春で桜がきれいに咲いていたのをなんとなく覚えている。
高校3年生になった俺がクラス発表の紙を眺めていると、何かが俺にぶつかった。
「あ、ごめんなさい…!」
そう言ってぺこり、と頭を下げていた女子。
その女子が顔を上げた瞬間、俺は何も言えなくなった。
そう。柄にもなく俺は彼女に一目ぼれしてしまったのだ。
運良く、というかなんというか彼女と俺は同じクラスになり。
そしてこれまた運良く、彼女と仲良くなることができたのだった。
彼女のことを深く知って、俺はさらに彼女のことが好きになった。
困った時に鼻を掻く癖、照れた時にすぐに真っ赤になってはぐらかす癖。
そして、何よりも笑ったときにちらりと見えるその八重歯が可愛かった。
けれど、どうやら俺は自分で思っていたより恋に奥手らしい。
今までアピールらしいアピールは何もできずにいた。
だから今回、突然の俺の告白に彼女は驚いた顔をしていたのだろう。
正直、アピールすらできなかった自分が告白が出来たことが驚きだ。
ただ、奥手な俺でもどうしても彼女に気持ちを伝えたかったんだ。
だから学校が明日から自由登校になる今日、彼女を呼び出して告白をした。
「あ、えっと…。」
突然の告白に言葉が出てこない様子の彼女。
しばらく彼女の言葉を待っていたが彼女が話し始める気配はなく、ただ唸っているだけ。
正直その沈黙に耐えられなかった俺は、ある提案をした。
「一ヶ月後、卒業式の日に返事してもらっていい?」
自由登校は一ヶ月間。
自由登校、なんていうのは名前だけで実際は3年生にだけ与えられる長期休暇。
残りの登校日は卒業式の一日だけ。
返事を卒業式にしてもらえば、彼女には1ヶ月間の時間があげられる。
そう思っての提案だった。
そんな俺の提案を受け入れて、彼女はひとつ頷いたのだった。
そして今日はその1ヶ月後の卒業式。
すべて終わった今。正直、卒業式なんてうわの空だった。
この1ヶ月間は俺にとってとにかく長い1ヶ月間だった。
自分で提案しておいてなんだけど、1か月なんて長すぎると何度思ったことだろう。
けれど、そんな思いも今日で終わる。
良いにしても悪いにしても、今日が返事の約束の日だ。
「あのね、」
彼女に一緒に来て、と連れ出された場所は公園。
そこにあったベンチにふたりして腰かけながら俺は彼女の言葉に耳を傾けた。
「この1ヶ月間すごい悩んだよ。」
「…うん。」
「それで、ね?」
そう言って鼻を掻いた彼女。
「これ。」
そう言ってすっと彼女の手から渡されたのは小さい箱。
それはピンクのりぼんがかけてあってとても可愛らしくて、彼女らしい。
「それで返事になるから、…またね!」
そう言っていつもの笑顔で…いや、いつもより少し頼りない笑顔で微笑んだ彼女は俺の元を去っていった。
残された俺は、彼女に手渡された箱を見つめる。
「……。」
彼女からちゃんとした返事がもらえなかったことに愕然としながら、その箱の包装を開けた。
箱の上にはメッセージカードが入っていて、彼女の小さな文字で、『ありがとう』と書かれていた。
その意味が分からなくて俺は首を傾げる。
意味が分からないまま箱を開けると箱に入っていたのはチョコレート。
さらに意味が分からなくて、俺は傾けていた首をさらに傾けた。
チョコをそのまま見つめていても仕方がない。
意味は分からなかったけど、彼女に貰ったチョコを俺は口に放り込んだ。
そして。
前に彼女が言っていた言葉を思い出した。
『映画でね、チョコレートの味で告白の返事してたんよ。スイートやとOK、ビターやとNGやって。なんかおしゃれー、って思って!』
言いながら嬉しそうにほほ笑んだ彼女の顔を昨日のことのように思い出せる。
ついでに、
『じゃあ俺告白されたらそうやって返事しようかな』
なんて暢気に言っていた自分自身も。
そして今、俺の口の中にあるチョコレートの味、は。
「………………にがっ。」
吐き捨てるようにそう呟いて、彼女の返事を理解した。
ふと空を見上げるとそこにはまだまだ咲きそうにない桜のつぼみと、腹が立つほどの澄み切った青空が広がっていた。