秘伝の能力の秘密 7
「……これ本革なんで、たぶん電流には強いんです。怒ってるあなたも素敵ですね」
そう言いながら、近付いてきた。
「もっと怒らせたら、どんな隠し玉が飛び出すか試しても良いですか?」
狭いバスルームでは逃げ場なんかない。長い腕に捕まって、私の両手を抑えられてしまった。そのまま担ぎ上げられそうになって、両手両足で暴れたけれど強い力に抱きすくめられた。
「さっきね、ベッドであなたを美味しく頂こうとしたんですよ。そしたら、色んな邪魔が入って結局何も出来てないんです。眠ってるあなたにキスしても退屈なだけでした」
「離しなさい!!」
「ぼくはこのまま服を着て、あなただけ全裸で、どんなプレイします?
毎晩、あの背の高い野獣と激しく愛し合ってたんですよね?
あなたも相当、性欲が強いんでしょ?」
あっという間にベッドに放り投げられ、バスタオルを剥がされ全裸にされてしまう。すぐに起き上がってベッドわきに降りても、すぐに掴まってベッドに押し倒された。
「力尽きるまで、鬼ごっこですか?」
クスクスと笑いながら、足首を掴まれた。
全力で蹴ろうとしても力では全く歯が立たない。
「キスしたら舌を噛むんですよね? 激しいですね」
―――思い出が。
―――――晴馬との思い出がなぜか漏れている。
仰向けからうつ伏せになろうとするも、両足を掴まえられてしまって動けなくなってしまった。
「……いい加減、観念してくださいよ」
触れられた場所にザワザワと気持ちが悪い感触がして、悲鳴を上げる。まるで虫が這い上がってくるようなおぞましい何かが、視えないそれらが、私の体を覆い始めた。
やがて全身の自由を奪われ、私の肌に皮の手袋が這いまわる。
「それにしても、本当に驚くほどのきめ細かな肌ですね。とても素敵です」
体の自由はないのに、感覚だけはやけにはっきりと感じられた。声も出せなければ、首を動かすこともできない。
龍がやりたい放題の惨めな格好にさせられ、無遠慮に体が重なる。自分でもよくわからないうちに私の貞操は壊されてしまう……。
―――これが、支配者のやり方なんだ。
屈辱を感じるどころか気が遠くにありすぎて、自分ではない映画の中のヒロインを観るような感覚でやり過ごそうとしていた。
「時々、痺れさせるなんてすごい技ですね」と、耳元で囁く声もどこか遠い。
―――この男はわかってない。男女が互いに求め合う意味をまるでわかってない。
晴馬と積み重ねてきた愛しい思い出達が走馬燈のように流れる。もう二度と、戻れないかもしれない。生きて再び触れ合うこともできないのかもしれない。
それでも、私にはやっぱり。
晴馬しか、彼じゃなくちゃ、いや。
こんなのは、いやだ。
いやだ。
いや、いや、いや………
黒く長い生き物が絡みつき全身を締め上げてくるビジョンに脳内を占拠された。龍に噛みつかれた場所から血を吸い上げられるようなおぞましい行為が続く。荒ぶる男の動きも呼吸も、何度押しやっても消えてはくれない。振り払う手も足も動かない。
涙を流すこともできない。
瞬きをすることも。
声を上げることも。
何もかも奪われて、ただ残酷な時間が終わるのを祈るように待ちわびていた―――
「ぼくは満足ですよ」
嫌味にしか聞こえない言葉を投げかけられても、私はもう答えられなくなっていた。全身の骨に皹でも入ったような痛みが襲い、あれからどれぐらい経ったのかもわからない。いつの間にか一糸まとわぬ姿になった若い男の手が、未だ私の背中や腰を行き来している。
「そんな顔して、本当は良かったんでしょ?」
答える気力も力も出なかった。
ここにいる自分はもう、私の知らない自分だ。
死ぬよりも辛いとは、こういう感じなんだろうか。
まるで飼い猫に悪戯する子供のように、龍はまだ飽き足らないのか私を離そうとはしてくれない。
誰も私の大事なものまでは奪えない。
先ほど、野々花さんがくれた言葉だけが心の支えだった。
顎をつかまれ唇を押し付けられ、恐ろしく長い舌が差し込まれても、私は死体になったように無抵抗を貫いた。肯定も否定も反応すれば龍が喜ぶことを知ったからだ。消極的抵抗が一番の抵抗になる。さっきまでは不思議な力で全身の自由を奪われたけれど、今は自分の意思で私は屍を演じている。
「……ねぇ、夏鈴さん。聞こえてるよね? こっちを見てよ……」
不安気に話しかけてくる龍の声には、濃厚な不満と不安が良く現れていた。
「……ぼくの子供を産むのがそんなに嫌なの?」
―――嫌という次元じゃない。
「でも、こうしないと皆が困るんだ。今日ここに集まっている五つの家族は、言うなれば皆運命共同体なんだよ。ぼくと夏鈴さんがいないと、大変なことになるっていうんで血相変えて集まってくれたってわけで……。そろそろ、本題に入りたいんだけどいつまでそうやって人形ごっこしてるつもり?」
―――本題?
「……ねぇ。夏鈴さん……、ぼくのこと嫌いなのはわかってる。
でも、生憎ぼくはこんな風にしか、人と関われない性分なんで」
龍は、自然と自分の生い立ちについて語り始めた。気になる「本題」を差し置いて、この憎らしい男の素性を知らなければならない現実に、さらに打ちのめされそうで。大切な思い出達に慰めて貰いながら、私は内なる世界と龍の居る忌まわしい世界を行き来していた。思い出に抱かれている夢を見ながら、苦行を乗り越えた後で晴馬にまた会えると信じて、目を開けた。
私を覗き込む男の顔が、ほんのりと明るくなる。
「やっと、目を開けてくれましたね」と、声にも光が灯った。
私は無言のまま起き上がった。寄り添う男の体から離れようとすると、すぐに引き寄せられて抱き着かれてしまう。
「まだ離れないでよ」
「………」
受け入れ難い現実に吐き気ともつかない嗚咽が込み上げそうになる。
なんで、こんなことに。
―――なんで、私がこんな目に?
やり場のない怒りが再び体の奥で暴れ出しそうで、私は屈辱の中涙を抑えられなくなってしまった。
「……泣くほどぼくのことが嫌い?」
不安気な声。頼りないほどにか細い声で、龍は言った。




