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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第2章
28/101

手繰り寄せられて 11

 同じく長い廊下があって行きついた先は、想像を裏切るほどに大きな空間だった。


 小学校の体育館ほどもあるその広い部屋の天井から目の高さにある窓縁までの間に、びっしりと絵画が飾られていた。かなり大きな絵からスケッチブックを額縁に入れたような小さなが額縁の絵まで貼られている。よく見ればそれは、田丸燿平のサインがついた絵だった。


 そこにはあの代表作である「忘却」がないのは、箱根のギャラリーBLUESTARにあるから。これだけのコレクションがあるなら、喉から手が出るほど「忘却」を欲しがっているに違いない。


「BLUESTARにはもう行かれたんでしたよね?」


 唐突に質問されて、私は返事に困った。


 いちいちどうして知っているのかかなり気になってくる。


「ふふっ。そろそろ僕のことを話しましょう。どうです?紅茶はお好きですか?」


 広い部屋のど真ん中に設置された上品な応接セットで、用意されていたティーポットにケトルからお湯を注ぐ男は、視線を時々私に投げてくる。


「逃げようとしても無駄ですよ。恵鈴さんの逃亡は油断しましたが、そのおかげで二度と同じ過ちは繰り返しません。僕たちは常に学習し、前を見て進歩していますからね」


 私が座ったソファは見た目よりもずっとしっかりしていた。座り崩れることなく、程よい柔らかさがあって座り心地はとても良い。かなり高級そうな家具だと感じていると。


「良い香でしょう? これは我が波戸崎家のために調合して取り寄せている一品ものなんです。上質で品のあるものを好むのはあなたも似ていますよね? 血は争えませんね」


 男もまた、目の前に座って紅茶を飲み始めた。


「薬は入ってないでしょうね?」と、念のために聞くと、


「入ってません。そんなことは必要ないですよね? だって、僕たちは家族なんですから」


「……家族?」


 男はまた嬉しそうにニヤニヤと笑った。笑顔だけ見れば、燿馬とそう変わらない年頃にさえ見える。


「そちらは分家になりますね。あなたの祖母、野々花さんには兄がいました。知ってます?」


「…知りません」


「ははぁ、やっぱりそうですか。野々花さんは捨てた実家の話は一切喋らなかったんですね?


 じゃ、常人にはない不思議な力の根源についてもご存じない……?」


 話が飛躍してしている。


 私はすぐに反論した。


「ちょっと待って。野々花さんのお兄さんて、さっきの?」


 私が聞くと、彼は自分の頭をポンと叩いて苦笑いを浮かべた。


「あ、すいません。その説明が先でしたね。そうです。僕のおじい様は野々花さんの実の兄で、千歳と言います」


 波戸崎 千歳。……あの人が?


 野々花さんが教えてくれた、あの人の命が。


 もうすぐ、終わろうとしている……。


「本家と言っても、今はおじい様と僕しかいません。あとは、波戸崎家の力を欲しいがままに利用している教団とその幹部たちがいます。野々花さんが知っている頃よりも随分と規模が小さくなりましたが、ビッグスポンサーがいるのでこうして山奥ではあるけれど何不自由のない暮らしを送れています」


 彼は人懐っこい笑みを浮かべた。


「遅れましたが、僕は波戸崎 龍りゅうです。男女で受け継ぐ能力が違うって知ってます?」


「その前に、あなた年齢は?」


 さっきからずっと気になっていた。どう見ても、二十歳そこそこにしか…。


「僕は二十七歳です」


「嘘……」


「本当ですよ。あとで免許証見せても良いですよ。若く見られますが、これでも成人して七年は生きてますから、安心してくださいね」


 驚きと言うよりも、呆れてしまう。


 初めて出会う親戚がこんな人だなんて。


「あなたは四十一歳。十八歳で結婚して、二十二歳で双子のお子さんを産んだ…。その割にあなただって三十歳ぐらいにしか見えません。僕らの血は不老なんです」


 どう相槌を打てば良いのかわからないまま、私はついため息をついた。


「……もっと普通に会うことだって出来た筈よ。こんな手の込んだことまでして、何を考えてるの? 話がしたいなら、普通に連絡してくれたら良いじゃない」


「果たして、普通に連絡してあなたは取り合ってくれたでしょうか?」


 龍は足を組んで、上品な姿勢を崩さずに紅茶を飲み進んでいる。何が入っていてもおかしくない気がして、私は喉が渇いているけれど紅茶を飲むのは控えることに決めていた。


「取り合ったわ。間違いなく。話ぐらいは聞いたと思うけど」


 胸の前で両腕を組んで睨みつけてやった。でも、なぜか龍は嬉しそうに肩をすぼめた。


「あなたはそういう人でも、あなたの旦那さんは絶対に拒絶したと思いますよ?


 僕が見る限り、彼はまるで躾けられた野生の狼みたいな男だ。あなたが好き過ぎて、あなたの周りにいる人間を一人ひとり良く観察している…。だから、きっと彼は僕を見たら絶対にあなたに近付けたがらないでしょう。それぐらいはわかります」


 確かに言われてみれば、その通りかもしれない。


 晴馬は私の人間関係をきちんと見守っていてくれた。


「それに、彼はすごくセクシーだ。黙っていればモテる男性ですよね? この絵を描いた田丸燿平も彼に夢中だった……」


 ―――え??


 ―――――どうして、それを?


「あそこにある裸婦画のスケッチ、よく見れば骨格が男性なんですよ。後姿とか横顔とか、そうそう、こっちのこの風景画の中に書き込まれている歩いている男のシルエットも、晴馬さんそっくりだ。あっちの絵にもこのシルエットの男は描き込まれている。


 大学在学中に描いた10枚中、7枚の絵に登場しています。田丸燿平さんて、バイセクシャルだったんでしょう?」


 そこまで知っているなんて、と私は怖くなる。思わず自分の両肩を抱きしめた。

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