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眠れぬ龍の夢  作者: 森 彗子
第1章
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コレクター 1

登場人物紹介 


・みっちゃん(美鈴みすず)は夏鈴の母。恵鈴の祖母。 

・おじいちゃん(黒桜くろう)は夏鈴の祖父、美鈴の父、恵鈴の曽祖父。 

・野々花は黒桜の妻。美鈴の母。夏鈴の祖母。


 炭酸水の中の泡みたいな、水玉色の光の中を進む。

 重なった手、絡みつく指の力で引き戻されて目を開けると、生まれた時から良く知っている顔がすぐ目の前にあって、心配そうに私をのぞき込んだ。


「今、どっか行ってなかった?」


「……うん……、そうかもしれない」


 肌と肌が触れる場所が汗ばんでいて、いよいよクライマックスを迎える瞬間だというのに、どこかに行ってたみたいだ。


 遠のいていた甘い熱を取り戻しながら、高ぶる呼吸と体温を分け合って、ほぼ同時に達した。


 疲れた体を抱きしめ合いながら、ゆっくりと離れていく男の背中に手を回し、引き寄せる。「どうした?」と聞かれてもうまく言葉にならなかった。


 ただ、離れたくない。そう、思っただけ。


「今朝、調子悪そうな顔してたけど、風邪でも引いてる?」


 燿馬は私の髪を指で梳きながら、ぼそりぼそりと話しかけてくれる。


 快楽後の心地好い波に身を任せ、眠りに落ちて行く私を見守るのが、彼の優しさ。この瞬間に話しかけてくるなんてことは滅多になかった。よっぽど心配なのだろう。


「なんだろう…、なんかよくわからないけど胸騒ぎがするの」


 燿馬はベッドに戻ってきて、腕枕しながらキスをくれた。


「大丈夫。俺がついてる…。お前を守る」


「……うん」


 一緒にバスタブに浸かって、一緒にベッドに入って、私達は触れ合いながら心地よい眠りに落ちていくのが一日の終わり方だった。


 二人暮らしを始めてもうすぐ一年が終わり、新しい学年に進級すればまた新たな課題に追われる忙しい日々が待っている。


 ほんの僅かな休息の期間を北海道には帰らず、東京近郊の温泉町に旅行へ行く前夜だ。


 荷造りしながら、ふと猛烈な胸騒ぎに襲われた。


 こんなことは初めてかもしれない。


 怖くなってママにメールしたらすぐに折り返しの電話をくれた。


「どうしたの?」


 うんと優しい声を聞くだけで、安心してしまう。


 私がどんなに心細くなっても、ママだけは私の気持ちに寄り添ってくれる。


「変なの。なんだか無性に泣きたくなるような、不安な気分になるの」


 切羽詰まった声でそう訴えると、ママはいつもの呑気な声で言い聞かせた。


恵鈴えりんは感が鋭いから、未来を先読みして不安を感じているんじゃないかな? 私もね、今まで何度かそういうことがあったけれど、何が起きても変わらないものがあるから大丈夫よ。恐くても、不安な時も、私もパパも燿馬も絶対にあなたを愛してる。あなたを感じてる…。そばにいるわ」


「…うん!」


 とは言ったものの、一時的に落ち着いただけでやっぱり何とも言えない悪い予感が大波のように押し寄せて来るみたいで気分が悪かった。


 今日は一年で最後の課題提出を終えたばかりの燿馬の打ち上げをして、近所のもんじゃ焼き屋さんで食事をしたんだけど、その時はまだ平気だったのに。


 食事を終えて、お会計を済ませて店を出てから家に着くまでの間に、じわじわと胸の奥からにじみ出てくるような感覚があった。


 寝息を立て始めた燿馬の唇に、もう一度唇を重ねる。


 柔らかくて愛しい、私の愛する人。


 北海道に居続けていたら、こんな関係にはきっとなっていないと思う。


 なぜなら私達は同じ両親から生まれた、双子の兄妹だから。世間の目を気にし出したら、とてもじゃないけどこんな風に、恋人たちがするような当たり前の愛し方も出来なかった。


 受験が終って、この部屋を借りた時に二度目の愛を交わした。


 一度目は、燿馬がやっと決心してくれたなんでもない日だった。


 それが嬉しくて。

 すごく幸せで。


 でも、それからの数か月間はそばにいるのに、より遠くに感じて苦しかった。あの苦しみが、東京行きを駆り立てたのだと今だから思う。遡上する魚のように必死にもがいて、食らいついた東京行きの片道切符は紛れもなく「戦利品」だった。


 燿馬は建築科のある工業大学に合格した。


 パパよりも建造物を極めたいと言って、道路やダムや大きな構造物建築に携わるのが目標なんだって。それってなんだかすごく大きな夢に見えるけど、燿馬のそうした衝動はきっと私達双子の秘密の関係から来る焦燥なんじゃないかって私は感じている。


 だって、世の中に出れば血を分けた兄妹が結ばれたり子供を作ることは禁じられていることで、それはどうすることもできない大きな山のような岩と同じだ。


 その抵抗感を生涯をかけて世間から一掃することなどきっと不可能に違いなくて、だけど愛し合うことに本来は条件なんかどうでも良いことだとママは教えてくれた。


 死んだみっちゃんも言ってくれていたし、おじいちゃんもパパも私たちのことを理解してくれているけど、それが普通のことではないことぐらい私も燿馬の十分に承知している。


 私達は家族にとことん恵まれていた。だけど、だからこそ北海道の小さな町に居ればパパやママにも迷惑が掛かってしまう。


 スースーと規則正しい寝息を聞きながら、時々何度もキスをして漸く私も眠りに落ちた。



 悪い予感がそのまま悪夢となって私の睡眠を犯してきた。


 不快な視線に捕らえられた私は、絡みつく蜘蛛の巣にどんどん縛りあげられていく。


 助けを呼んでも燿馬もママもパパも、私の居場所を見つけることができない。


 蜘蛛は私をぐるぐる巻きにしてしばらく鑑賞するつもりだった。でも、それも時間の問題で、私の前に捕らえられた可哀想な犠牲者達が、私が見ている目の前で次々と…。


「恵鈴!!」


 目を開けると、燿馬がかなり心配そうに顔を覗き込んでいた。ベッドランプのオレンジの光に照らされた顔が、引き攣っている。


「おまえ、すごいうなされてたぞ」


「燿馬!」


 しがみつくように抱き着いて、柔らかい首筋に額を押し付けた。鎖骨にキスしながら、温かい腕の中に閉じ込められて目を閉じる。まだ、朝までは遠い道のりが残っている。


「…怖い夢を見たの」


「そっか…。夢の中で俺が守ってやる……」


 眠たそうにそう囁きながら、燿馬は再びスースーと寝息を立て始めた。


 私は何度も寝落ちしかけてはハッと目を覚ますという、浅い眠りの中でもう一度あの蜘蛛の巣の夢を見たらと思うと気が気じゃなくなっていた。

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