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9◇レプラホーン


 広い草原、遠くに森が見える。振り向けば反対側には家がある。赤い屋根の家がポツポツと。とりあえず人がいそうなところに行ってみるかと進めば、生け垣がある。こういうのヨーロッパ風というのか? その生け垣から奇妙な歌が聞こえてくる。

 次の妖精が歌っているのか? そちらに近づくと歌声がはっきりと聞こえてくる。


♪しわでしなびた髭づらエルフ

 とんがり鼻に眼鏡を乗せて

 銀のバックル靴につけ

 革のエプロン、膝に靴

 リップ、タップ、チップ、タップ、ティック、タック、ツー


 リズムの良い歌はしわがれた声で、歌の聞こえるところに注目すると、そこに小人がいる。

 白い髭のじいさんの小人だ。その手に小さな靴を持ってもう片手に針を持って靴に刺している。靴を作っているのか、歌を歌いながら靴に針を通している。今度の妖精は随分と小さい。


♪背丈は人の指ぐらい

 やつを見つけて

 しっかりつかめ

 そうすりゃなれる金持ちに


 挨拶しようと手を上げ、声をかけようとすると、突然生け垣が割れて一人のおっさんが飛び込んで来る。そのおっさんは小人のじいさんを両手でしっかり掴まえて、大笑いする。


「わはははは! 捕まえたぞ! レプラホーンを捕まえたぞ!」

「なんじゃいお前さんは! 仕事の邪魔しやがって!」

「さぁ、レプラホーン、お前の隠したお宝は何処だ? さっさとおしえやがれ!」

「いきなりなんじゃい! なんでお前さんにワシの大事な宝の場所を教えなきゃならんのじゃ!」

「大人しく宝の場所を言いやがれ! さもなきゃこのままプチっと潰しちまうぞ!」


 突然の展開についていけない。小人を捕まえたのは、人間のおっさん? 宝の在りかを教えろ? このおっさんが着てる服も現代とは違う。ファンタジー映画で見たような古くさいボロい服に革のチョッキ。

 おっさんはギャーギャー喚く小人のじいさんをしっかり握ったまま、森の方へと歩いていく。どうやらおっさんにも小人にも、俺の姿は見えないようだ。


「そっちだ、そっちの泉の右の木の下」

「嘘つけ! 木なんか生えてねーだろ!」

「ありゃー? 間違えたかのー?」

「いい加減なこと言っても騙されねーぞ! 宝は何処だ?」

「あだだだだだ! 苦しい苦しい苦しい!」

「ちゃんと宝の在りかを言ったら緩めてやる。あっちこっちつれ回しやがって。次も嘘だったらどうなるか」

「かー、しつっこい男じゃのー。一度も目を閉じんし」

「まばたきする間にレプラホーンは消えるってのは知ってるからな。目が乾いて痛くなってきた」

「そんなに宝が欲しいんかのー」

「あったりまえだろが。ほら何処だよ」

「あー、このまま真っ直ぐじゃ」


 両手にしっかり小人のじいさんを握った男は、一度もまばたきしないようにして、その手の小人とぎゃあぎゃあ罵りあうようにして、森の中を進んでいく。

 レプラホーン、って呼ばれてたか、あの小人のじいさんは。助けた方がいいのか? 成り行きを見た方がいいのか? 悩みながら後をつけていく。小人のお宝、ねえ。

 森を抜けると野原に出た。黄色の小菊が一面に咲く黄色の野原。

 小人のじいさんが指を指す。


「あの背の高い黄色の小菊(ボリョーン)の根本にじゃな、お前さんの頭ぐらいの大きさの金の壺が埋めてあるんじゃ」

「こんどこそ本当だろうな?」

「あー、ほんとじゃ。じゃからいいかげんに離さんかい!」

「よし、これで俺は大金持ちに!」


 おっさんが手を緩めて、小人のじいさんはその手から飛び出すと、水が砂に染み込むようにスーッと消えていった。

 おっさんはと言うと、背の高いボリョーン、この黄色の小菊、ボリョーンって言う花なのか、そのボリョーンの前にしゃがむ。で、自分の脛から靴下止めを外して、背の高いボリョーンに赤い靴下止めを茎に結びつける。


「目じるしはこれでよし。さあ、急いでシャベルを取ってきて掘り返さないと!」


 振り返って来た道を飛ぶように走っていく。そっちから、これで大金持ちだ、ひゃっほう! と声が聞こえる。

 妖精を捕まえて金持ちにねえ。日本の妖怪にもそんなのがいたような。


「と、まあ、こういうのがレプラホーンのお話じゃよ」

「おわっとお!」


 足下から話しかけられて、慌てて飛び退く。いきなりで驚いた。そこにはさっきのおっさんに掴まってた小人のじいさんがいる。


「ワシがアイルランドのシンボルのひとつ。片方靴屋のレプラホーンじゃ」

「脅かすなよ。レプラホーン?」

「そうじゃよ」


 人の指ぐらいの大きさの小さい妖精だ。白い髭、革のエプロンの職人のようなじいさん。


「英語ではレプラカーン、それと混じったのか最近はレプラコーンとも呼ばれるのう」

「レプラホーンは昔の呼び方なのか?」

「言葉とは時代で変わるもんじゃから、そこは呼びやすい方でいいじゃろ。妖精の靴の修理屋というのが変わらなければ良いわい」

「靴の修理屋なのか。それで職人っぽいのか」

「っぽいじゃ無くてちゃんとした職人じゃ。片方の靴しか直しを引き受けんがの」

「それ、ちゃんとして無いだろ。両方直してやれよ」

「妖精とは踊りが好きなものじゃ。そのすり減った靴を直すのがレプラホーンなのじゃ」


 白い髭をいじり胸を逸らして偉そうなじいさん。座ってじいさんに顔を近づける。


「妖精専用の靴の修理屋か。歌を歌いながら仕事すんのか」

「あの歌は十九世紀の詩人、ウィリアム・アリンガムの歌、そのタイトルも『レプラホーン妖精の靴屋』じゃよ。ワシらのことを表しとる歌じゃろ」

「捕まえたら金持ちになれる、とか言ってたな。その歌でも、さっきの男も」

「ワシらは地下に宝を隠しとるからの。宝の壺を九十九個隠し持っとるのじゃ」

「随分といっぱいあるけど、百にひとつ足りないのか、なんでだ?」

「そういうものだからじゃ。それでついたアダ名が、けちんぼ妖精」

「けちんぼでガンコ職人でじじいって、なんか凄いキャラだな。さっきのおっさんはそのお宝が目当てか」


「あの男はアイルランドのラッテン州モーリス・タウンに住む男で、名前はトム・フィッツパトリック。レプラホーンを捕まえた幸運な人間の一人じゃよ」

「なんだその、本当にいそうな細かい言い方?」

「ワンス・アポナ・タイム、昔、昔、あるところに、と、始まる話を真実と思うか嘘と思うかはお前さん次第じゃよ」

「いや、妖精ってのは、フィクションの話で」


 あれ? 俺はそのフィクションとなんで顔を合わせて話しているんだ? 小人のじいさんはひゃひゃひゃ、と笑う。


「真実よりも、もっともらしさ、事実よりもそれっぽさが好きなんじゃろ。そして本当のことでも、嘘っぽいと感じたなら無かったことに。まぁ、その辺は好きにすりゃええわい」

「それはデタラメに過ぎるだろうに」

「アイルランドには今も、『レプラホーンに注意して!』という道路標識があるんじゃがの」

「え? 道路標識? アイルランドじゃレプラホーンがいきなり道路に飛び出して来るのかよ?」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ」


「凄いなアイルランド。レプラホーン注意の道路標識に、バンシーが住むって噂の屋敷とか」

「アイルランドではレプラホーンを捕まえると金持ちになれる、と伝わっていての。それでアイルランドの人はレプラホーンの人形を、金運アップのお守りのように家に飾るのじゃよ」

「日本の招き猫とか大黒天に似てるなあ」

「そういうのは世界共通なんかの」

「それで、さっきのおっさん、トムだっけ? レプラホーンを掴まえて、宝の在りかを聞き出して、それで金持ちになれるのか?」

「それは見てれば解る。お? そのトムが戻って来たぞ。ほれ、はよ隠れるんじゃ」


 レプラホーンと慌てて隠れて待ち構える。肩にシャベルを担いだおっさんのトムが、ニタニタ笑いながら黄色の小菊(ボリョーン)の野原に戻って来る。

 シャベルを取りに戻って、これで赤い靴下止めを目じるしにしたボリョーンの下を掘れば、レプラホーンの金の壺が手に入る。

 その筈なんだが。

 野原を見たトムは、シャベルをゴトリと落っことして呆然とした顔をする。


 なんせ、見渡した野原のボリョーンには、全部に赤い靴下止めがついている。何百あるのか解らない。どれが最初に目じるしつけたボリョーンか、これではもう解らない。

 これを掘り返し始めたら何年かかるか解ったもんじゃない。

 ……えげつなー。


「……とほほ、」


 おっさんトムが、がっくりと項垂れる。


「うっひゃひゃひゃひゃひゃ」


 俺の隣でレプラホーンが腹を抱えて転がって笑っている。




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