7◇サラマンダー
「寒う……」
今度は小屋の中、寒くて震える。パチパチと火が燃える暖炉の前で暖まる。
「四大精霊が順に来るなら次はサラマンダー、か?」
火の精霊だったら熱いところだと思うんだが。ログハウスの小屋の中、窓から外を見れば一面真っ白の雪気色。
「うーわ、見てるだけで寒くなる。ん?」
雪原の上を誰かが走っている? 窓に近づいてその姿を見る。あれが次に出会う妖精か?
緑の服を着た女? 違う、肌が緑の色だ。それが雪原の上を疾走している。
しかも、薄い緑のワンピース一枚、見てる方が寒くなる! こっちに向かって走ってくるが、雪原を裸足で走っている? なんだあの元気な女は?
近づいて来るのでその姿がハッキリ見えてくる。赤い髪は燃え上がる炎のようにたなびき揺れる。この寒い中、薄絹一枚で裸足で雪の上を走ってくる。
そのまま勢いよくこの小屋に近づき、バン、と音を立てて扉を開ける。外の冷たい風が吹き込んで身震いする。
その緑の女は満面の笑顔で口にする。
「こんにちわ! サラマンダーです!」
「嘘だッ!!」
反射的に大声が出てしまった。
「え? 寒い、あ? サラマンダー? ええ? 寒いい!」
「はーい、落ち着いてー」
寒いので扉を閉めてもらう。緑の女は暖炉にかかるケトルを取る。いつの間にか木のテーブルの上にはティーセット。慣れた手つきでお茶を淹れ始める。
「はーい、これ飲んで暖まってね」
「あ、ありがとう」
椅子に座りお茶を飲む。改めて目の前を見れば、テーブルに肘をついてニコニコ笑う緑色の女。炎のような赤い髪が揺れる。
「えーと、サラマンダーさん?」
「驚いた?」
「あぁ、サラマンダーの姿って、火のトカゲかと」
「そっちの姿が広まったイメージよね。火の中に住むトカゲとかサンショウウオとか」
「まさかそれが、女の子だとは」
「この姿はイギリスの詩人、ウォルター・デ・ラ・メアーが歌ったものよ。それと、錬金術師パラケルススも四大精霊は全て人に似た姿、と、しているのだけど」
「そーいや、サラマンダー以外の四大精霊って人の形か。じゃ、それがなんでトカゲに?」
「聞いてみましょうか? おいでー」
緑の女が暖炉に向かって呼びかけると、暖炉の炎がパチパチと弾けて、火の塊がテーブルの上へと飛んでくる。全身に炎を纏った十センチくらいのトカゲ。
「オレ様ハ、サラマンダー、コンゴトモ、ヨロシク」
「いつかそのネタが来るだろうと思ってた」
「ま、俺もサラマンダーってことだ。こっちのトカゲの姿の方が、おなじみのイメージだよな」
テーブルの上のトカゲは堂々としている。その全身に火を纏っているが、テーブルに燃え移ったりしてない。流石精霊、デタラメだ。
「鉛を金に変え、氷のように冷たい火トカゲ、それがこの俺、サラマンダー」
「なんで四大精霊でサラマンダーだけが人型じゃ無いんだよ?」
「古代ヨーロッパから火の中で生きるトカゲって、伝わってるから。それがパラケルススのサラマンダーと混ざったみたいだ」
「なんか、いい加減だ……」
「レオナルド・ダ・ヴィンチも、サラマンダーは火を食べて皮を再生するって言ってるしな」
緑の女が手の上に火トカゲを乗せる。
「十二世紀には、サラマンダーは火の中に住み繭を出す虫ってなっているわよ」
「虫なんだかトカゲなんだかサンショウウオなんだか」
「サンショウウオが身体を粘液で守って、火の中に入れてもすぐに死なないって言うのが、火の精サラマンダーのイメージのもと、とか言われたりするわね」
「なんだか可哀想な実験?」
トカゲが偉そうな感じで言う。
「このサラマンダーの皮が火にくべても燃えない、なんて言われたり。それで石綿のことを火トカゲの皮、なんて呼んだり」
「かぐや姫の火ネズミの皮衣みたいだ」
「そこは似てんのかもな。で、だ」
「で?」
「サラマンダーをネタにするには、ダ・ヴィンチとかアリストテレスとか使うのはどうだ? あいつらサラマンダーについて一筆書いてたりするから」
「いや、それをどう使えってんだよ」
「サラマンダーVSレオナルド・ダ・ヴィンチってのはどうだ?」
「エイ〇アンVSプ〇デターのように言われてもなー」
それどんなアクションものなんだよ。レオナルド・ダ・ヴィンチはどうやってサラマンダーと戦うんだよ。
「サラマンダー相手に普通の人は勝てないよーな」
「サラマンダーには弱点があるぞ。鉛を飲まされると溶けた鉛が喉に詰まって死ぬから」
「飲むなよ、喉に詰まらなくても鉛中毒になるぞ」
「あとはサラマンダーの格をだな、上げたいとこなんだよ」
「サラマンダーの格上げ? どういうことだ?」
「四大精霊なんて言われてもだ、基本の四大精霊って、なんか弱くないか? サラマンダーの上にイフリートがいるって感じで」
「あー、なんかそういう使われ方してるか。ゲーム的に弱い火の精霊サラマンダー、強い炎のの精霊イフリート、って」
「ゲットされるモンスターみたく進化前、進化後とか、強さの違う種類を増やしたいとか、事情があるのは解るが、火を司る精霊はこのサラマンダーであってだな」
「うーん、ちっちゃくて強そうに見えないってのもあるんじゃ無いか? 手乗りトカゲだと」
「最強形態に変身すると、小さくなってスッキリしたフォルムになるものじゃないのか?」
「それはどこのゼットな戦士のこと言ってんだ? それと小さくて可愛いトカゲの方が人気出るんじゃないのか?」
「そーいや主夫になったトカゲとかいたか」
「何処のトカゲを引っ張ってきた?」
「うーむ、サラマンダーだと強く無さそうっていうのを、どうにかしたいとこなんだよな」
「と、言われてもなあ。体長十センチで最強、というのは」
「身長三センチでも鬼を退治したサムライがいたんじゃないのか?」
「一寸ぼうし? いや、サラマンダーを口に入れようって奴が、まずいないだろ。燃えてるし。喉に詰まらせて殺すのか?」
火の精霊サラマンダー、確かに強いってイメージが無いか。緑の女がお茶を飲んで考える。
「あとは、グルメ物なんてどう?」
「グルメ? いきなりだ」
「サラマンダーがいればガス要らず。火加減もお任せで、料理人とコンビで、とか」
「あー、その料理人がサラマンダーの炎でいろんな料理を作る訳だ。コンロの無い世界だとその料理人は燃料とか気にしなくて済むと」
「そういうのどう?」
「どう?って、サラマンダー、そんな扱いでいいのか? ガスコンロの代わりで」
「サラマンダーがメインで活躍する新境地開拓の為ならばっち来い! でも、できたら人型サラマンダーで活躍ってのも」
「それ、どう料理すればいいのか解らん」
「まー、俺らって悪魔合体の素材のような扱いでもあるし?」
「デジタルなデビルとは懐かしいな」
「もちろん俺は焼いても食えないけどな!」
「焼いても死なない、じゃ無いのか?」
外は一面雪景色。だけどこのログハウスの中は今は少し熱いくらいだ。
緑の女が、ハイ、と手をあげる。どうぞ。
「サラマンダーの悲恋とかロマンスがあってもいいんじゃ無い? こういうサラマンダーも有りってことで」
「女の子の姿の火の精霊ってのは、あんまり無いのか?」
「シルフとウンディーネ以外にも、有ってもいいと思いまーす」
「燃え上がるような情熱的な恋愛になりそうだ」
「日本にもあるでしょ? 恋人会いたさに火をつけるサイコパスの恋物語が」
「八百屋お七はまだ三つ! サイコパス言うなよ!」
「「あはははは」」
「人の姿の火の精霊と人の恋物語ってのは、シルフやウンディーネみたくなるのか?」
「その辺りは火の精霊っぽくしてほしいなー」
緑の女の手のひらに乗る火トカゲが、斜め下を見て目を細める。
「……俺に触れると、火傷するぜ」
「……それを言いたかったんだな、お前は」
「「あはははは」」