3◇ウンディーネ
今度は泉か。森の中、木々に囲まれた静かな泉。
その泉に波紋が広がって中から何かが出て来る。
揺らめいて泉の中から現れたのは。
「初めまして、ウンディーネです」
「有名なのが出て来た」
見た目は細身の若い娘。ただし全身澄んだ泉の色。髪の毛が青くキラキラと光る。泉の上を滑るようにして近づいて来た。
「なんで赤くなってるの?」
「いや、だって美人が裸だし」
「ふうん?」
「えーと、ウンディーネって水の精霊、だよな?」
ウンディーネは楽しそうにニコニコと笑っている。
「ウンディーネは自然科学者パラケルススの造語で四大元素の中の水の精。ドイツ語ではアンディーン。フランス語ではオンディーヌよ」
「それで、いったい何が不満で?」
「私は特にこれといった不満は無いけどね」
「え?」
「ゲームとかで四大精霊って使いやすいのかしら? 知ってる人が多いのは嬉しいけど」
「あー、精霊召喚とか4つの属性とか、設定として使いやすいのか?」
「ただ、そこに縛られて面白味が少ないところが不満、かなー?」
「十分目立つし、面白いとは思うのだけど」
「水の精霊です、ハイ、終わりっていうのがつまらないのよ。設定に縛られるというか、膨らみが足りないというか」
「はぁ」
「ウンディーネには何ができると思うの?」
「そりゃ、水に関係することならなんでも。ウンディーネ召喚、ウォーターストームとかって」
「そこがゲーム的で終わっちゃうとこなのよ。昔はいろいろとあったものだけど」
「そうなのか? たとえばどんなことができるんだ?」
「ウンディーネは人と愛によって結ばれて、子供を作ることもできるのよ」
「え?」
「だけど子供を産むと人としての魂が得られる代わりに、人間の苦悩と罰も受けることになる。そんな不幸な精霊でもあるの」
「いや、それは初めて聞いた」
「その辺りがロマンチックだったみたいで、ウンディーネは歌劇、音楽、バレェの題材になってるのよ」
「すんません、勉強不足で」
クスクスと笑いながらステップを踏むように俺の周りを回るウンディーネ。水の飛沫をアクセサリーのように纏って踊る。
「四大精霊の水ってだけじゃ、発想が広がらないんじゃ無い? 水は命の源で、生命としての業なんてものにも係わるのだから」
「そんなに広がっちゃうんだ」
「そうよー。ちなみにウンディーネは愛する夫が浮気をしたら、殺さないといけないのよ」
「こわっ。ヤンデレ?」
「浮気相手の女を殺すときもあるわよ」
「ホラーじみてきた。ほの暗い水の底から襲ってきそうだ」
「魂の無い精霊が魂を得るって、そういうことでもあるから」
「この場合、魂というか人としての情愛とか、感情とかになるのか? 人のような喜怒哀楽を感じるようになってしまった精霊、というのか?」
「そういう視点で見るとおもしろいんじゃ無い? 人工知能が心を持つなんて話もあるけど、それに似たようなことは昔から錬金術師とかロマンチックな芸術家が、過去に考えてたことでもあるのよ」
「それを聞くと現代人って、昔の人に比べて創造力の幅が狭いような、突飛な発想が無いというか、そんな気がしてくる」
「型に嵌めると整理しやすいけど、型破りが難しいのかしら?」
「それこそ水のように流動するような、囚われない想像力とか発想が欲しいとこだ」
「あら? 上手くまとまっちゃった?」
水の聖霊、水の姫、ウンディーネが女性形ってのは昔からなのか。
「なんだかウンディーネって、人魚姫とシンクロしそうな感じだ」
「逆なんだけど。パラケルススが人魚伝説から水の精霊を考えたのだから」
「あ、そうなんだ?」
「そうよ、他には心優しい乙女が死後、水の精霊になるっていうのもあるわよ」
「水の精霊って司るものが多いんだ」
「四大精霊だからね。この世の全てが地水火風で作られるなら、極端なこと言うと世界の4分の1を司るようなものだから」
地水火風、世界の四大元素、そのひとつ、水の精霊、か。ファンタジーの魔法とか、ゲームだと召喚魔法とかで出てくるけど、ウンディーネ本人が何かするするってのは、あまり知らない。
目の前のウンディーネは弟に教える姉のような顔で話を続ける。
「スイスの自然科学者パラケルススの『ニンフ論』にウンディーネという言葉が出てきたの。だからウンディーネが世に出たのは1658年になるわ」
「ニンフ論? そんな本があって、じゃあその本が出版された年がウンディーネが誕生した年になるのか?」
「だから私は民間伝承の妖精よりは新しい新参者になるかしらね。その後、ドイツの作家ド・ラ・モット・フーケの物語『ウンディーネ』で広まったわ。これは1811年」
「まんま名前がタイトルなのか、そのウンディーネはどんな話なんだ?」
「頑張って古本屋で探してみたら?」
「見つかる気がしない」
見つけてもたぶんドイツ語の本で、読める気がしない。古書マニアにはお宝っぽい感じ?
「じゃあ、ウンディーネとしては、ホブゴブリンとかコボルトみたいな不満は無い、と」
「そうね。姿形が大きく変えられてもいないし、美しい美女で出番もそこそこあるし。でも原典回帰して水の精霊の悲恋とかロマンス、愛と死の物語なんてどう? ゲルマンの伝説のような」
「異類婚姻譚? 人外美少女とラブるような?」
「水の精霊だから、水商売とかいいんじゃない? あとは風呂に沈めるとか?」
「それジャンルが違う! ファンタジー!」
「ジャンルで言うと、ウエットアンドメッシー?」
「更にジャンルが変わった!」
「夫婦水いらずだと私の出番が無いわね」
「それでオチをつけたつもりか?」
ウンディーネは笑いながら軽やかに踊る。現代のウンディーネの扱われ方にはあまり不満は無いようだ。
「現代に合わせて、ウォータービジネスにウンディーネが噛む物語なんてどう?」
「それは夢が壊れそうだ」
「じゃあどんなのがいいかしら?」
「どんなのって、なんだか掴み所が無いような」
「だって水だもの」