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2◇コボルト


 目の前には石造りの城がある。

 日本の城ではなくて西洋の城。

 ファンタジー映画の中でしか見たことが無いような、古い歴史を感じさせる城。


 ちょっと匂うのは馬の匂いか? すぐ近くには馬小屋がある。


「はい、お待たせー。いっぱい食べなよー」


 馬に飼い葉を運んでいるのは金髪の男の子。真っ赤なコートを着てちょこまかと馬の世話をしている。

 俺はそれを柵に腰かけて、ぼんやりと眺めている。

 本物の馬を見るのも初めてだ。ちょっと怖い。

 離れて見ればつぶらな目とか可愛いけれど、あの大きさの生き物は慣れてないからか、なんか怖くて近寄れない。

 昔から犬には嫌われるほうだし。

 動物は飼ったことも無くて苦手だ。


 眺めていると、一通り仕事が終わったのか赤いコートの男の子がちょこまかと駆け寄って来る。


「お待たせー」


 ニッコリ笑って俺の隣、柵の上にピョンと並んで座る。


「こうして会うっていうことは」

「僕が次の妖精だよ」

「名前は?」

「ヒンツェルマン」

「聞いたこと無い妖精だ」

「妖精の種族で言うならコボルト、名前がヒンツェルマン。フーデミューレン城のヒンツェルマンだよ」


 見た目は金髪の小さな男の子。真っ赤なコートを羽織っていて、裾が長いのか少し引き摺っている。


「コボルトって、犬の頭の獣人だったと」

「なんでそんな姿でひろまっちゃったんだろうね? 僕と犬や狼って関連性無いのにね」

「これもゲームの影響なのか?」

「コボルトの場合はテレビゲームだけじゃ無いみたいだけどね」

「なんかもう、ほんと、すいません」

「きれい好きなのに、野蛮で知能の低い獣人扱いなんて、ね」


 なんだかニコニコと楽しそうだ。


「えぇと、コボルトについてなんだけど」

「コボルトはドイツの妖精だよ。ブルマン、ブラーカータって呼ばれたりもする。イギリスのホブゴブリン、スコットランドのブラウニーと同じ種類の妖精って言われてるね。家つき妖精だよ。僕の場合は城つき妖精かな?」

「え? ホブゴブリンと同じなの?」

「語源はギリシャ語なんだけど、ゴブリンも同じルーツで混ぜられちゃうこともあるね」


「で、ホブゴブリンと同じ家つき妖精?」

「やってることもホブゴブリンに似てるかなぁ。ミルクを貰って皿を洗ったり、パンを焼いたり、馬の世話をしたり」

「働き者なんだ」

「お礼のミルクを忘れたら、スープを焦げ付かせたり、馬を離して逃がしたりするよ」

「そこもホブゴブリンに似てるのか」

「家つき妖精の性格はだいたい似てるかなぁ。違うところは未来予知かな?」

「コボルトの魔法? 占いとか?」


「コボルトを大事にしてくれる家の人には、未来を予告したり警告したりとか。逆にコボルトの悪口を言ったり、コボルトの嫌いなことをすると」


『ういっひっひっひっひっ』


 うわぁ、と柵から飛び降りて尻餅ついて振り向いても、そこには誰もいない。

 突然、頭の真後ろから気持ち悪いジジイのような笑い声が聞こえた。

 俺を見ているコボルトがケラケラ笑う。


「どこからともなく気味の悪い笑い声が聞こえてくるよ。驚いた?」


 なんか得意気にニヘニヘ笑うコボルトのほっぺを軽くつねっておく。

 油断してて本気でビックリした。こいつめ。

 柔らかいほっぺをムニッと引っ張っても、なんだか嬉しそうにするヒンツェルマン。


「コボルトを大事にしてくれる家には繁栄をもたらして、コボルトが家を出ていくと落ちぶれるって言われてるね」

「日本の座敷わらしに似てんなぁ」

「あとはコボルトは鉱山にも住んでる。鉱山の中で危険なところを音を出して教えてあげたりもするよ」

「家とか城の他にも住んでるとこあるのか。鉱山?」

「鉱山妖精のノッカーにも似てるとこあるかな」

「手広くやってるもんだ」


「コボルト由来の金属があるよ。原子番号27番コバルト」

「それ妖精の名前が由来なのか?」

「コボルトが呪いをかけた銀に似た偽物の銀だって。コボルトの呪いのせいで加工が難しい金属って言われたの」

「それ、コボルトのせいなのか?」

「だからコバルトブルーっていうのは、コボルトの青って意味なんだよ」

「赤いコートで金髪で、どこも青く無いだろ」

「だからコバルト文庫にはコボルトが出てこないとね」

「ヤングアダルトぉ!」

「犬顔じゃ無いコボルトの認知度を上げるためには、受けでも攻めでもばっち来い」

「見た目未成年が意味解って言ってんのか?」

「妖精に歳とか関係無いしー」

「ショタじじい!」

「日々の仕事に疲れたOLさんのとこに、コボルトが来てお世話する、とかどう? めしませ! コボルトくん! とかどう?」

「家事が得意なとことか、独り暮らしの女性には人気はあるのかコレ? いや絵面が少年を誘拐して家で飼ってるみたいで危なくないか?」

「それはそれでアリじゃない?」

「コボルトは何を期待してるんだ?」

「ミルク大好き!」

「なんの前フリだ!」

「人気が出るためには、ちょっとエッチなことぐらい覚悟はできてる!」

「いらん覚悟を決めるな!」


 あははー、と明るく笑って足をパタパタさせるフィンツェルマン。なんとなく、その頭をワシワシと撫でる。うーん、これがコボルトねえ。おませな男の子にしか見えない。いや、人間の子供よりは一回り小さいか?


「そんなわけでオジサンはコボルトは犬顔じゃ無いのがもとの姿だって、ちゃんと広めてね」

「俺ひとりでそんなのできるわけ無いだろ」

「こうやって知ってる人が増えたら語り伝えることもできるし、誰かにマンガか小説で書いて貰ってもいいし」

「俺は出版社に勤めてるわけでも無いし、編集長でも無い」

「難しいこと考えないで、僕らと楽しくお喋りしてくれたらいいよ」


「そんなんでいいのか?」

「そんなんでいいんだよ」


 大きな城の見えるところ、目の前には呑気に飼い葉を食う馬がいる。

 この古い城に人知れず住む、赤いコートの妖精が一人いる。




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