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14◇シルキー


「はい、お茶をどうぞ」

「あ、あぁ、ありがとう」


 何やら豪華な城の中、椅子に座り、もらった紅茶に口をつける。暖かくてホッとする。

 俺にお茶を淹れてくれた人を見る。いや、この美人もたぶん人じゃ無いな。

 真っ白な絹のドレスを着た上品なお嬢様のような。ふわりと動いて小さなテーブルを挟んで俺の正面に座る。椅子に腰かけるとき、白い絹のドレスの衣擦れの音が、妙に耳に残った。

 目前のお嬢様は、ふふ、と優雅に微笑む。


「ようこそ、ノーサンバーランド城のヘドンホールへ」

「いや、城の名前を言われても俺にはどこか解らないんだが。あんたが次の妖精か?」

「そうよ。白い絹のドレスがトレードマーク。働き者の妖精、シルキーよ」

「シルクのドレスでシルキーか、見たまんまだな」

「妖精の名前はそういうのが多いのよ。ブラウニーだって、茶色いさん、でしょうに」

「それもそうか。で、働き者ってことはシルキーも家つき妖精なのか?」

「私の場合、家つき、というよりは城つき、お屋敷つき、と言うべきかしら?」

「絹のドレスの麗しきお嬢様妖精は、高貴なおうちがお好みとか? バンシーみたいだ」

「そうね、バンシーはオのつく貴族のお屋敷だけど、シルキーはスコットランド地方ね。ニューカッスルのデントン屋敷、ベリックシャーのハードウッド邸、ノース・シールドのギルズランド館。スコットランドの古い由緒ある城に屋敷がシルキーのいるところよ」


「妖精でも貴族専用の妖精、ということか」

「十七世紀末のウィリアム三世時代に、アーガイル候に殺された女の幽霊、という噂もあるわ。そういうところから、貴族の屋敷や城の妖精、と言われるのでしょうね」

「それ、本当に妖精か? 幽霊なんだろ?」

「古代の宗教ドルイドの転生思想から、死者の魂は妖精に変わるというのよ。幽霊と妖精の線引きなんて曖昧なものだから」


 そう言えば、死後、妖精や精霊に産まれ変わるとか、シルフやウンディーネも言っていたか。

 じゃあ、俺も死んだなら、妖精になれるのだろうか。


「ハロウィンの前夜には、妖精と死者は共に踊るのよ。人に妖精と死者の区別はつくのかしら?」

「幽霊ってのは、妖精よりも不気味そうだけど」

「うーん、イギリスと日本では幽霊の扱いが違うみたいね。イギリスには何世紀も続く古い屋敷がたくさんあるのよ」

「日本にも古い建物はあるけれど」

「古い屋敷には昔の死者の霊が住んでいるもの。霊がいて当たり前なのよ。その霊が妖精や幽霊になってあらわれるの」

「そこで、日本とイギリスの幽霊って、どう違うんだ?」

「日本の幽霊って、恨みに呪いに怨念に執着でドロドロし過ぎてて暗くない? 死者の霊だって死後の楽しみがあるわよ」

「あー、なるほど。日本の幽霊は怨念に穢れの思想があるから、恨み深い死者の霊しか幽霊に出て来ないのか。対してイギリスは、不運な死に方した子供が妖精になったりとか、ドルイドの転生思想があって、カラッと明るい死者の霊がいて当たり前になるのか」

「広まっている宗教の違いも影響ありそうだけど。死者の霊はいて当然で、そんなに怖がる必要なんてないでしょう? 人間は産まれたら150年以内の死亡率は100%、死者の霊なんてそこらじゅうにいるものよ。どうして怖がるのかしら?」


 スコーンを食べつつ、紅茶のお代わりを貰う。目の前の絹のドレスのお嬢様は、少しからかうように優しく俺とお喋りする。

 仕事の関係以外でこんなにお喋りしたのは、学校を卒業してからは久しぶりだ。おかしいな、回りには人が多くいた筈だが、ろくに話もしたことが無いのが当たり前だった。今の俺と楽しく話をするのは妖精ばかりだ。

 日本にも怖くない死者の霊がいっぱいいたのかもしれない。俺が話をしなかっただけで。


「シルキーは怖くないお嬢様の幽霊、なのか?」

「私はノーサンバーランド城の召し使い達に怖がられているわよ」

「そうなのか? なんで? ステキなお嬢様なのに」

「ふふ、ありがと。そうね、わたしが暖炉に薪を入れたり、片付けものをしたり、わりと働き者だから?」

「召し使いの仕事を奪って、気味悪がられてる?」

「そんなとこ。あとは家事が終わったら、道に生えている老木の枝に腰かけて、夜道を行く旅人とか馬車とか驚かせたりしてるから?」

「それは怖がられるだろ」

「タイン川のほとり、ノース・シールドの近くのシルキーは、家事はほとんどしなくて夜道に現れるだけで、こっちは妖精というより幽霊と呼ばれたりね」

「なんだか人の都合で呼び分けてるみたいだ」

「人はそうして類別すれば解った気分に浸れるから、怖れを忘れるにはいろいろと区別したがるのよね」

「怖がりだから、仕方無いだろ?」


「私たちシルキーが座っていた老木は、今もシルキーの椅子と呼ばれているのよ」

「スコットランドには今もシルキーがいるみたいだ」


 老木に腰かける白い絹のドレスのお嬢様。真っ暗な夜の中、月と星の明かりの中で見る、白いドレスのお嬢様が木の枝に。


「シルキーって、絵になる妖精だ」

「ふふ、ありがと。それでマンガとかに使われ易いのかしらね? ゲームの方だとあまり出番が無いのよね」

「うーん、シルキーはゴブリンのようにザコ敵って感じじゃないし」

「特技は家事で、召喚して戦わせるには弱そうだものね」


 シルキーとお茶をしていると、俺たちのいる部屋の扉が開く。この城の召し使いだろうか? 召し使い達には俺もシルキーも見えないようで、部屋の中を掃除し始める。

 召し使いの一人がテーブルを拭いた台拭きを見て、ため息を吐く。


「またシルキーが掃除を終わらせたのね。私たちのする仕事が無くなっちゃうわ」

「いいじゃない、楽ができて」


 床を雑にほうきで掃きながらもう一人が言葉を返す。


「働き者のシルキーにこの城のことは任せておけばいいのよ」

「でも、それじゃ私たちって、何のためにいるの?」

「シルキーにできないことをちゃんとやればいいのよ」


 何やら言い合いながら部屋の掃除をする召し使い二人。シルキーが仕事をすれば楽だけど、それで召し使いがいなくなってもいい、となればクビになる心配があるようだ。

 すぐ近くで聞いているっていうのに、気づいてないらしい。シルキーはと言うと俺を見て、


「ちょっと手伝ってくれない?」

「何を?」

「こっちに来て」


 椅子を立つシルキーが俺の手を取り引く方へ。白い絹のドレスが立てる衣擦れの音が、妙に耳につく。この音も召し使い達には聞こえないらしい。

 シルキーは部屋の隅の天井を指差して、


「あそこを突っついて欲しいの」


 言ってどこから取り出したのか、長い槍を俺に渡す。


「私より力持ちでしょ?」

「本物の槍なんて持ったこと無いけれど。これで天井を突っついたら、穴が開くんじゃないか?」

「開けちゃって、思いっきり」


 ふふふ、と笑うシルキーに促されて、シルキーの指差す天井を見上げる。なにがなにやら解らないが、両手で槍を握りしめて天井の一角に、よいせ、と突き刺してみる。

 あっさりと穴が開き、そこからビシビシとヒビが広がり、割れた天井から何かが降ってくる。


「おわわ」


 慌てて身を引く。割れた天井からガシャバリチャランと音を立てて、何かが落ちてきた。


「きゃあああ!」


 悲鳴を上げたのは召し使い達。


「なに? なんなの?」

「いきなり天井が割れた?」

「見て、天井裏から何か落ちてきたみたい」


 俺とシルキーが身を引いて見る前で、召し使い達は天井から落ちてきたものを目にして、硬直してる。

 天井から降ってきたのは布袋が幾つか。そのうちひとつが袋が破れて、その中身を床に溢している。

 明かりを受けてキラキラ輝く何枚もの金貨。


「天井裏に金貨袋が?」

「なんなの? 奥さまのヘソクリ?」


 騒ぎながらも天井裏から落ちてきた袋に触れる。袋の口を縛る紐を開けてみれば、どの袋の中身も金貨金貨。いったい全部でどれだけあるのか。

 召し使い達は突然降ってきたお宝に混乱している。


「これ、もしかして、旦那様のご先祖の隠したものじゃないかしら?」

「そうね、袋がとても古い感じがするもの。旦那様にお伝えしないと」

「どうして天井裏なんかに? それが今になっていきなり天井が抜けるなんて?」

「そんなの、私に解るわけ無いじゃない。だけど……」

「だけど、なによ?」

「もしかして、シルキーって、この金貨のことを気にしてた、このお城のご先祖様、だったのかも」


 好き勝手にキャアキャア騒ぐ召し使い達。シルキーを見れば金貨を前に騒ぐ二人を、いとおしく見る優しい目をして言う。


「これで、私が姿を消す理由になったかしらね?」


 ほんの少し、寂しそうな色をした声音で微笑みながら言う。俺はつい、手を伸ばして白い絹のドレスのお嬢様の頭を撫でる。


「シルキーは、優しいお手伝い妖精だ」


 シルキーは何も言わずに、黙って俺に頭を撫でられている。

 ノーサンバーランド城のシルキーが姿を見せなくなったのは、天井裏に隠した金貨が見つかったから、らしい。



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