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12/13

12◇リャナンシー◇13◇ガンコナー


 目が覚める。


「あら、起きた?」


 誰?


「休んでいたら? いろいろあって疲れてるでしょ」

「いろいろあって、ありすぎて、夢なんだか現実なんだか……」


 後頭部が柔らかい。ぼんやりした頭で見上げる。大きな木の木陰、木の葉の間から溢れる日の光。

 そっと頭を撫でられる。髪を鋤く指がくすぐったいけど心地良い。俺に膝枕をしているのは、裸の美女。柔らかな労るような微笑み。


 ……ちょい待て、裸の、美女。裸?


「どうしたの?」


 見上げるおっぱいの向こうに美女の笑み。


「おわあ?!」


 ごろごろと転がって女から離れて慌てて立つ。木に背中を預けて座るのは全裸の美女。


「……誰? なんで裸?」

「他の妖精で慣れてないの? 初心(ウブ)なのね」


 フフフと笑い小首を傾げる謎の美女。次の妖精か?


「可愛い人」


 気を取り直して咳払い。上着を脱いで全裸の女の肩にかける。


「とりあえず隠してくれ」

「どうして? 裸の妖精なんて見てきたんじゃないの?」

「あんたは、なんか妙に生々しい。他の妖精にはそんな色気は無かった」


 なんと言うか、全身からフェロモンが溢れてるというか、肉感的というか。

 隣に腰を下ろして尋ねてみる。


「あんたが、次の妖精?」

「うふ、寝顔は少年のようだけど、目を開くと凛々しいのね」

「……これまで生きてきて、そんな感想を言われたのは初めてだ」


 この女の膝枕で俺はどんな寝顔を晒していた? 寝言とか言ってないだろうな? その女は俺の腕を抱くようにして、胸を当ててくる。


「……妖精キャバクラ? もしかして、美人局(つつもたせ)妖精?」

「酷い言われようね。アイルランドの妖精の恋人、リャナンシーよ」

「リャナンシー、ってどんな妖精? 美女の姿で惑わすのか?」

「服を着ていた方がお好み? そうね、レーティングのことを考えたから、下着とか水着みたいなリャナンシーの方がイラスト映えするかしら」

「そういう問題?」

「男を虜にするのはリャナンシーにとって大切なことだもの。使える魅惑はなんでも使うわよ?」

「それで色気が凄いのか。……その、胸を押しつけないでくれ」

「照れてるの? うふふ」


「なんかこれまでの妖精とノリが違う」

「妖精はときに人にいろんな贈り物をするわ。きれいな水のお礼にメイドの靴に金貨を入れたり、たくさんビールを飲ませてくれたお礼に金の杯を贈ったり」

「義理堅い妖精もいるもんだ」

「リャナンシーは詩才を与える妖精なのよ。霊感、というか素晴らしい詩作のためのインスピレーションをもたらすの」

「物じゃ無いのか、詩才ってことは」

「あなた、小説家になりたいんですってね?」

「なれるのか?」


 妖精の詩才、芸術的な作品を産み出す霊感、もしもそんなものが俺にも得られるのなら、俺だって?


「俺が、プロの小説家になれる?」

「かもしれないわね。その代わりあなたは私の恋人に、」

「妖精、リャナンシーの恋人に……」

「そう、その一生を私に捧げて……」


 女の顔が近づいてくる。潤む瞳が俺を捕らえて、真っ赤な唇が近づいてきて、待て、まてまて、一生? 慌ててリャナンシーの肩を突き飛ばす。キャア、と言って転がるリャナンシー。


「乱暴ねえ」

「おい、妖精の恋人って、一生って、なんだかサキュバスみたいじゃないかお前?」

「悪魔と一緒にしないで。魂を取ったりはしないから」


 身を起こして続けるリャナンシー。


「代わりに命を吸うのだけど」

「死神じゃねえか!」

「違うわよう。残念、女に弱いかと思ったのに意外にしっかりしてるわね」

「碌でも無いなリャナンシー。命を吸うって」

「えーと、誤解されないように説明しなおした方がいいかしら。リャナンシーは人間の男の愛を探し求める妖精なのよ」

「……ビッチ妖精?」

「ロマンの無い呼び方やめて。人間の男がリャナンシーの愛を拒めば、リャナンシーは奴隷のようにかしづいて仕えるわ」

「愛の奴隷って、レーティングに問題のある妖精だな」

「男が愛を受け入れてリャナンシーの虜になったら、もうとりついて離れないわよ。そして愛する男の命を吸い、代わりに詩作の霊感を与えるの」


「なんか、怖いぞリャナンシー」

「あら、リャナンシーに愛された男は短い命と引き換えに、詩人として輝かしい人生を送ることが約束されるのよ?」

「魂の代わりに寿命で願いを叶える悪魔みたいじゃないか」

「優れた芸術作品の為には命を削るような思いを味あわなければならない、というアイルランドの詩人の考え方に繋がるみたいね」

「あぁ、文芸で名を残す人も短命だったり自殺したりというのがあるから、それは分かる気がする」


 才能ある詩人が若くして亡くなるのは、このリャナンシーに命を吸われたか、何者かに命を捧げるように作品を作り上げていたからなのか。

 俺はそんな思いで小説を書いたことがあったか? 


「……どうしたの? 俯いちゃって」

「なんか、俺にはやっぱり無理なんだな、と」


 死ぬ前に何か書き残したいとか、一発当てたいとか、見返してやりたいとかで、命を削って打ち込んでいるかというと、俺のはただの現実逃避でしかない。


「詩作の霊感なんて、感じたことも無い。どうすればウケるのかも解らない」

「ウケてどうするのよ?」

「ウケないと売れる作品にならないだろ?」

「心が求める物を描きたいの? 売れる物を描きたいの?」

「……どっちも」

「ワガママね。それで何が伝えたいの?」

「それが解らなくなってきた」

「あら、重症ね」


 何がウケルかと考える程に何を描けばいいのか解らなくなる。昔は思うままに書いていたような気がするが、今は何が書きたいのか解らなくなって。

 ふう、と溜め息吐いたらいきなり背中を蹴飛ばされた。


「おわあ?!」

「ずいぶんと情けない事を言う男だ」


 草に顔を埋めて、慌てて顔を上げる。口の中の草をペッと吐く。振り向いた目前に立つのはパイプをくわえた髭の伊達男。


「いきなり蹴るか? 誰だお前?」


 鍔の広い帽子を斜めに被る男はパイプの煙をプカリとひとつ吐く。


「アイルランドの妖精の恋人。人呼んで『愛を囁く者(ラブ・トーカー)』ガンコナーとは俺のことよ」


 気障なポーズを決めて堂々と名乗る、ガンコナー?


「口説き男で充分よ」


 リャナンシーが半目になって言う。それを気にせずガンコナーは言う。


「恋を語る人とも呼ばれる。アンナ・マクマナスは『口説き妖精』の一説でこう唄う。


 ♪私たち二人は抱きあった

  外の世界を意識から閉め出して……

  あの人の目は炎、言葉は罠、

  十字を切ると男は悲しげな声をあげ、

  雲が通り過ぎたかと思うと、

  私は一人きり……

  『口説き妖精に出会った娘は、経帷子(カタビラ)を織るだろう』

  昔の言い伝えが、いつも頭に浮かび上がる……


 男が口から語るものは、乙女の胸に恋の炎を灯すものでなければならん。わかるかね? 青年」

「いや、よく解らん。お前が気障でなんかモテそうってのは解った」

「何を書くか? 何を描くか? それは乙女を楽しませ夢中にさせるものだ。それができればなんでも良い」


 聞いていたリャナンシーが割り込んで来る。


「いいわけ無いでしょ。ガンコナーは女と見れば誰でも口説くナンパ妖精じゃない」

「もの寂しげな羊飼いの娘に、乳絞りの娘に愛を囁き一時の恋を、甘い恋の花を咲かせるのがこの俺、ガンコナー」

「次々と新しい娘に恋を語って、ガンコナーに口説かれた娘は恋患いのために死んでしまうのよ。経帷子を編むって死ぬ準備じゃない」

「そこは命を吸うリャナンシーと変わらないだろう?」

「ぜんっぜん違うわよ。ガンコナーの死のナンパとリャナンシーの愛を一緒にしないで。ガンコナーのやってることにはロマンが無いのよ」

「何を言う。男の妖精の恋人と言えばガンコナー。女の妖精の恋人と言えばリャナンシー。男女が違うだけではないかね」

「ガンコナーのは愛じゃ無いのよ。それにリャナンシーは人間の牛を盗んで代わりに丸太を置いてきたりとかしてないから」

「W・B・イエイツの『アイルランドの妖精と民話』ではそのように書かれているが……」


 目の前でリャナンシーとガンコナーが言い合いを始めた。どっちも愛の代償が命ってので似た者同士のように見えるが、リャナンシーは愛を主張して、ガンコナーは一時の恋を楽しむとか言ってる。妖精にも男と女でこういう恋愛観の違いとかあるのか? というか口説くだけで相手が死ぬって、ガンコナー、たち悪いな。

 そのガンコナーが手に持つパイプ、粘土でできたドゥディーンというパイプらしい、で俺を指す。


「何を無関係のような顔をして聞いている? お前も男なら解るだろう?」

「何がだ? 俺は相手構わず口説いたことなんて無いぞ」

「ふむ、つまり相手をこれと決めて口説いたことはあるのか、純愛か?」

「いや、その、これまで異性を口説いたことは……」

「何? お前、まさか童貞か?」

「ほっとけ。ずっと忙しくて恋愛なんぞする時間の余裕も金の余裕も無かっただけだ」

「いや、恋にかける暇も無いなどと、そんなことは無いだろう?」

「お前ら、日本の社畜生活を知らないのか? 結婚も恋愛もそんなもん余裕のある金持ちの娯楽だ」


 ガンコナーもリャナンシーも半目でジトーと俺を見る。な、なんだって言うんだ。俺が恋愛経験無くて、なんか文句あるのか。


「……青年、恋も知らずに何が書けるというのだ? よし、この俺ガンコナーが恋というものを教えてやろう」

「ガンコナーのは参考にならないでしょう。私が本当の愛と言うものを教えてあげるわ」

「先ずはそこに座れ。いいか? 恋無くば人生、何の為に生きているというのだ? 生命とは恋と出会う為に生まれるもので……」

「命捧げる愛こそ、心震わせ、胸をかきむしる想いが詩作の扉を開くの、愛に身を捧げるというのは……」


 何故かガンコナーとリャナンシーに恋愛の素晴らしさやら二人の過去の恋バナやら延々と聞かされるはめになった。

 まぁ、物語を描くのに人生経験が必要ってのは俺にも解る理屈だが。

 芸の幅を広げるために恋愛して、不倫は文化とか言う俳優とかいたっけか? そいつはもしかしたら妖精だったんじゃ無いのか?


「命短し恋せよ乙女、と言うだろう?」

「その命を更に短くしてるのがガンコナーでしょう」

「そこはリャナンシーに言われたくは無いところだが」

「リャナンシーはその代わりに人生を輝かせるのよ。そこはガンコナーと違うとこ」


 お前ら、どっちもどっちだ。


「それで青年、お前の初恋とは?」

「何歳の頃? 相手は誰?」

「あのなー、お前らなー」


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