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11◇グレムリン


「起きろ新兵!」

「うわあ!?」


 いきなり尻を蹴っ飛ばされた? なんだ? ここはどこだ?


「夜中に大声を出すな!」


 いや、あんたの声が大きい。というか、あんた誰? ここは何処?


「はっ! 失礼いたしましたプルン将校!」


 俺の隣の男がピシッと姿勢を正して敬礼なんてしてる。俺も釣られて真似して直立姿勢でビシッと敬礼する。


「ここしばらく、我が空軍の飛行機の調子が悪い。原因を調べる為の夜間パトロールだ。お前達、シャキッとしろ」


 目の前の髭のオッサン、プルン将校とか隣の男が言っていたか? 軍人らしい。気をつけ敬礼のままチラチラと周りを窺う。

 基地、か? と言ってもなんだか古めかしいような。軍服、なんだろうけれど俺は軍とか詳しく無い。自衛隊じゃ無いのは間違い無いが、何処の国の軍隊だ? 空軍とか言ったか?


「これより格納庫のパトロールを行うが、スパイがこの基地に潜入して飛行機に細工をしていることも考えられる。物音を立てずについて来い」

「はっ!」


 どうにもよく解らん。解らないが、今の俺はこのプルン将校の部下、らしい。隣の背の高い軍服男は同僚か? とりあえず次の妖精が出るまで、大人しくプルン将校について行こう。


 宿舎らしいところを出て、足音を忍ばせて夜の格納庫へと。男三人がおっかなびっくり夜の中を進む。星空の下の滑走路、広いところを歩くと、夜の静けさの中で小さな足音もなんだか大きく聞こえる。

 隣の背の高い男が小声で言う。


「プルン将校、スパイというのは何か目星がついているのですか?」

「スパイという可能性も考えられる。飛行機の調子がこれほど頻繁におかしくなるのは、何か原因がある筈だ。それを調べるのだ」

「もしも、敵国のスパイと鉢合わせしたら?」

「そのときは取り押さえて手柄にするのだ」


 険しい顔のプルン将校、何やらこの基地で問題が起きてるらしい。飛行機の不調? それに敵国のスパイとかなんとか。なんだか妖精からドンドン離れていってないか?


「飛行機自体に何も問題は無い筈だ。同じ型の飛行機でもこの基地だけ異常が起きるのがおかしい。これはイギリス空軍の軍人としてなんとかせねば、国王陛下に顔向けできん」

「ですが、整備士にも原因が何か解らないと」

「故にこうして夜中に探るのだ。飛行機のコクピットで夜を明かしたときには、何も起きなかった。これは誰もいない時を見計らって格納庫に侵入している、何者かの仕業かもしれん」


 イギリス空軍? なんだか妙なことになってきたぞ? いったいいつの時代だ?

 プルン将校と同僚の軍人と三人で、格納庫の側まで。

 飛行機用の大扉は閉まっている。人が通る通用口を開けて中を覗く。


「……静かですね、プルン将校」

「今のところ何も無しか。よし、三人で別れて格納庫の中を調べる。何も無ければ、朝まで隠れて侵入者を待ち構える」

「「はっ」」

「私は出入り口近くに、お前達は手前と奥に別れて見張れ、飛行機から目を離すな」


 取り合えず言われるがままに調べて、大きな木箱の影に身を隠す。格納庫の中の飛行機は、ジェット機じゃ無くてプロペラ機だ。ということは、今はジェット機ができる前の時代か?


 なんかいいな、こういう飛行機って。真夜中の格納庫の中、オイルの匂い、昔に豚がパイロットになってた映画を思い出す。

 飛べない豚はただの豚だって、酷く当たり前のことをやたらと渋くカッコ良く言っていた。


 そんな飛行機のある倉庫の中は静かだ。静かだから自分がちょっと姿勢を直そうと身動ぎするだけで、音が大きく聞こえる気がする。

 だから、変な物音がするとすぐに気がつく。

 コン、カン、と金属を叩くような音。

 目をこらして暗い格納庫の中を見る。プロペラ機が小さく揺れている?

 身を潜めて木箱の影から見ていると、プロペラの飛行機の上に小さな影が踊っている。


 緑色の50センチ位の小人? 背中に羽根がある? プロペラ飛行機の上に腰かけて歌っていたり、飛行機の翼からぶら下がったり、プロペラをつかんで遊んでいたり。随分といっぱいいる。それがプロペラ飛行機で遊んでいるようにも見える。

 あれが今度の妖精か? 息を殺して見ていると、その中の一匹が針金でできたコウモリのような羽根を羽ばたかせて、こっちに飛んでくる。片目でウインクして片手を上げて、


「よおっす」

「よ、よおっす」


 つられて挨拶する。緑色の小人、背中に針金細工の羽根、頭にはパイロットのような飛行帽。そいつが俺と目を合わせてニヤリと笑う。


「妖精ん中じゃ、割りと新しい機械の妖精、俺達がグレムリンだ」

「グレムリンって、あの映画の?」

「映画だとどっちだ? ス〇〇バーグか? トワ〇〇イトか? どっちもキモいバケモンだよなー」

「いや、モ〇〇イは可愛いぞ。グレムリン? 機械の妖精?」

「おぉよ。妖精ってのは、ま、レプラホーンは靴職人だし、ハベトロットは糸紡ぎに機織りが得意、ドワーフは魔法の槍を作ったりと、職人な訳だ。で、グレムリンは新しい現代の機械に精通してる妖精なのさ」

「それで、その機械に精通してる妖精が、プロペラ機でなんで遊んでるんだよ?」

「そりゃお前、妖精といえば大事にされたら仕事を手伝うけれど、蔑ろにされたら仕事を邪魔するもんだろ」

「あー、家つき妖精でそういうのがあったっけ」


「そこは俺達グレムリンも同じな訳よ。大事にされたりとか、あとは俺達が気に入った職人には、道具や機械の使い方のコツなんてのをそっと教えてやる。技術をモノにするための手伝いとかな」

「なるほど、機械専門の職人のいい先輩みたいな妖精か」

「たーだ、粗末にされたり、イタズラをし始めると際限が無い」

「それがあのプロペラ機の惨状か?」

「その一例ってとこだ」


 プロペラ飛行機はグレムリン達の玩具になっている。小さく揺れた飛行機のコクピットには逆立ちしたグレムリンが入り込み、翼からぶら下がってるのは身体を揺すってブランコ遊びのように。翼の上でダンスを踊り、ビン、と音がしてネジが一本飛んで来た。


「他にはトースターを押さえつけて、パンが真っ黒に焦げるまで出て来なくしたり、シャワーから急に水が出て来たり、ラジオが勝手についたりとか、いきなりタイヤがパンクしたりとか」

「たちが悪いな」

「飛行機の調子が悪くなって墜落しそうになったりとか、発電所で急に調子が悪くなったりとか」

「ほんとにたちが悪いな! 死人が出そうだ!」

「妖精のイタズラに節度があると思うなよ」


 飛行帽を斜めに被るグレムリンはケケケと笑う。


「イタズラも好きで機械もおかしくさせるが、人の発明や発見の手伝いもしてるぞ。俺達グレムリンがいないと、人間の科学の発展も無いかもな」

「嘘お」

「ベンジャミン・フランクリンが凧で雷の電気実験をしたのを手伝ったのも俺達だし、スコットランドのグレムリン、ヘクター・オクライドがヤカンのフタを動かして、ジェイムス・ワットに蒸気の力を教えてやったんだぜ」

「なんか、妖精っていうには科学的な香りがするんだが。じゃ、何か? グレムリンがいないと蒸気機関の発見はもっと遅かったっていうのか?」


 飛行帽のグレムリンは溜め息吐いて腕を組む。


「物質の本質を見抜いて利用するグレムリン学(グレムリノロジー)に人間が気がつけば、文明の発展の仕方は違っていたのかもな。産業革命も、ゴミ問題も、温暖化も」

「その言い方、ファンタジーというよりはSFっぽいな。機械の妖精って随分と新しい感じの妖精だ」

機械仕掛けの神々デウス・エクス・マキナなんてのもいるだろ? 機械絡みの妖精がいたっておかしくないわな。俺達グレムリンが広く知られるようになったのは、1929年4月10日、ジャーナル『Aeroplane』に俺達グレムリンを歌った詩が掲載されてからだ。あとは北イングランドのヨークシャー飛行場で、航空機トラブルの説明にグレムリンの名前が出た」

「1929年というと……」

「世界恐慌が起きた年だな。この10年後に第二次世界大戦が起きる」

「第二次世界大戦前、か。それでプロペラ機が空軍で全盛なのか」

「そういうこと。その第二次世界大戦で起きる機械の不具合、飛行機の不調が、俺達グレムリンがやらかしたってな。そういうのを作家チャールズ・グレイヴズが聞き、1941年の著作『The Thin Blue Line』で取り上げた」

「そこから映画のネタになっていくのか」

「映画のネタってなると『コスモポリタン』1942年12月号の『グレムリン』って短篇か? 作者はペガソス。こいつが翌年に絵本になったりする」

「ノームみたいに絵本で広まった妖精なのか」


「今じゃファンタジー系のカードゲームに、ボードゲームでもグレムリンは出てきて出番は増えたなー」

「風属性でコストは安いくせに、相手のアイテムカードを壊して領地を奪うのに強かった」

「あのゲームだとグレムリンは、防衛は弱く無かったか?」

「CPUのグレムリンの使い方が上手くてなぁ」

「そこは機械の妖精だから相性いいのか」


 それだと機械の妖精というか、テレビゲームの妖精みたいだ。ふーむ。


「イギリス空軍で有名になった、というか主にイギリス空軍で悪さをしたのか?」

「そこで噂になって有名になっちまったのな。なんせあそこのイギリス空軍将校のプルンが、この光景を目撃しちまったんだから」

「え?」


 ちら、とグレムリンが指差す方を見れば、プルン将校が柱の影から青い顔でこっちを見ている。その視線の先はプロペラ機を玩具にしてるグレムリン達だ。


「お前ら、軍人に見られてたの?」

「なんだ? 別に俺達が見たいなら、軍人でもパイロットでも王様でも煙突掃除でも、好きに見たらいいだろ?」

「いや、その。これまでの妖精譚だと、妖精を見るのは、ぼくとつな農民とか子供達とかだったし」

「そこは時代と共に移り変わるところだ。機械の異常な動作をグレムリン効果なんて言っていたが、今じゃ俺達の名前を言って、『またグレムリンのせいか! ちくしょう!』なんて文句言うのはプログラマーとかエンジニアとかになってきたし」


 グレムリン、機械の妖精、現代の妖精か。確かに妖精ってのは働き者で、中には職人気質なのがいるから、機械工の妖精ってのもいるのか。新しい機械を見つけては、いじくり回して壊して遊ぶなんてのは、妖精らしいのか。


「で、まあ、こうして俺達がイタズラするからこの基地の飛行機は調子が悪くなるわけだ」

「プルン将校が複雑な、泣きそうな顔して見てるぞ。どうすりゃいいんだ?」

「これまで妖精を見てきたなら、少しは対処の仕方も判ってきたんじゃねーの?」


 ニヤリと笑うグレムリン。妖精の対処の仕方? えぇと、ミルクか? 蜂蜜を塗った一口パンか? 妖精の喜びそうな食べ物をそっと夜中に置くんだろ。

 何かないかと軍服のポケットの中をゴソゴソと探る。上着のポケットから出てきたのはキャンディー、か? 俺の知ってるキャンディーよりはちょっと大きいような、昔のイギリスのサイズなのか?


「ま、そいつでいいか」

「キャンディーでいいのか? これも時代に合わせて、か?」


 グレムリンにキャンディーをひとつ投げると、受け取ったグレムリンは直ぐに投げ返してくる。慌ててキャッチする。なんで投げ返す?


「そのキャンディーをプルン将校に渡して、妖精との付き合い方を教えてやれよ」

「俺が?」

「他に誰がいるって? 上手くやらないと、この基地の飛行機は次々と墜落するぜ。ケケケ」


 うぅむ、人死にの危険がある妖精か。いや機械の不調で事故で死ぬのを、何かのせいにしないとやりきれなくて、グレムリンが引っ張り出されて来たのか?

 飛行帽を被ったグレムリンはプロペラ飛行機に戻り、他のグレムリン達とスパナやドライバーをキャッチボールして遊び出す。

 プロペラ機の上で無邪気に楽しげに遊ぶ緑の妖精達。これが第二次世界大戦の時代の妖精、グレムリン、か。


 踊り遊ぶグレムリンを眺めて、やがて格納庫の窓の外が白み始め、夜明けの時刻。プロペラ機の上で遊んでいたグレムリン達はフッと姿を消していく。

 明るくなった格納庫の中、プルン将校がこちらに来る。


「……貴様、グレムリンと話をしていたな?」

「はっ、プルン将校。グレムリンにお菓子を寄越せとねだられました」

「お菓子を寄越せ? だと?」

「はい、妖精と言えばお菓子かミルクが定番ですから。ですがその前に飛行機を修理すべきでは?」

「う、うむ、そうだな」


 プルン将校と俺の同僚らしい軍人と三人でグレムリンが遊んでいたプロペラ機を調べる。俺にはこんな飛行機のことは解らない。解らないが、それでもボルトにナットが緩んでるくらいは解る。

 三人がかりで緩んでるところをひとつひとつスパナにレンチで絞め直して、機器のチェックはプルン将校に任せるとして。

 一通り終わらせてチェックを終えたプルン将校が額の汗を拭う。


「飛行機の不調が、あの緑の小人どものせいだったとはな」

「そのようですね」

「と、なれば毎朝、同じように全ての飛行機のチェックをするしかあるまい」

「いえ、プルン将校、奴等グレムリンはこのキャンディーを欲しがりました」

「ふむ、キャンディーか」

「グレムリンにイタズラをしないように頼むには、グレムリンの好みそうなお菓子をそっと捧げれば良いのです」

「そうか、奴等も妖精か。ならば今後、パイロットにはキャンディーかチューインガムを持たせてコクピットに乗り込むようにさせよう。これで飛行機の不調は減るだろう」


 プルン将校は俺の渡したキャンディーを指に摘まんでしげしげと眺める。これが第二次世界大戦中の飛行機の不調を避けるおまじない。

 お菓子かイタズラか、トリックオアトリートなんて、まるでハロウィンみたいだ。

 だけどそれを真面目に、ちゃんとやらないと飛行機の墜落という命に係わるイタズラを仕掛けられる。


 グレムリン、最も新しい機械の妖精。

 きっと現代なら、自動車の中やパソコンの中、スマホやゲーム機の中に住んでいることだろう。

 お菓子を食べながら遊んでいたら、やたらとお菓子の減りが速いのは、グレムリンのせいなのかもな。




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