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0◇幸いの原


「ちょいさ!」

「は?」


 明るく元気な声に振り向くと、横から頭をガツンと殴られた。なんだ? グラッとなって、視界が揺らいで、意識が途切れる直前に見たのは、不機嫌そうな少年の顔。

 その少年の頭には山羊の角があった。


 なんだそりゃ?

 誰だ? こいつ。

 なんで俺が見知らぬ少年にいきなり襲われるんだ?

 目の前が暗くなって――


 

「おきろー」


 肩になにかあたる。固いものがコツコツと。


「ほら、起きろって。ちょいと強く殴り過ぎたんじゃないか?」

「いんやー、タンコブにはなってるけどたいしたことは無い。すぐに起きるって」


 なんだ? 近くで勝手なこと言ってる奴等は誰だよ?

 手をついて身を起こす。手に触れるのは草。草?

 ぼんやりする頭を振って目を開ける。視界に広がるのは果ての無い緑の草原。


「は? なんだこりゃ?」


 吹きわたる風がザザザと草を揺らす。緑の匂いがする。白い雲の浮かぶ青空、太陽が眩しい。昼間?

 なんだこの見たことも無い風景は。


「お、やっと起きた」

「頭打ってバカになってないかー?」


 座ったまま振り向くとそこに立つのは二人の、少年? 日本人じゃ無い。外国人?


「いや、ひとりはバケモノ?」

「お前、この愛らしい姿をバケモノ呼ばわり? 一言目がそれでいいのかよオッサン?」

「コスプレ? ケモナー?」


 シルエットは人だけど。少年に見えるけれど。真っ白クルクル巻き毛の、映画にでも出てきそうな外国人の美少年に見えるけれど。

 肩に木のホウキを担いだ子供くらいの背丈。服は着てない上半身素っ裸? 肩から腕には白い毛皮。下半身が山羊のような2本の足で、腰から下は白い毛が覆っている。足は蹄。長いフサフサの尻尾が右に左に揺れている。

 頭には山羊の角、俺が気を失うときに見た角のある頭、不機嫌そうな顔。

 そいつがその手に持ってるホウキは、俺の頭を殴ったホウキ。


「お前……なんだ?」


 山羊の角の子供は隣の少年と顔を合わせる。

 もうひとりのほうはちゃんと服を着ているが、これがキラキラした金の刺繍の入った緑のガウンで、首には宝石を繋げたようなネックレスをかけている。

 派手な舞台衣装のようだ。コスプレ? なんのキャラだ?

 こっちの少年には角は生えていない。

 そいつが呆れた口調で、


「オッサンさー、この状況にいきなり連れて来られてさ、そこでそんなつまんないことしか言えないの?」

「お前らが俺を拉致したのか?」

「おかしな場所に拉致されて、謎の美少年との初邂逅で、おもしろいこともサラリと言えないからオッサンの書く小説はウケないんじゃない?」

「げふっ」


 なんだこの言葉の暴力。いや、確かに俺の書いたものなんてちっともウケてないけれど。

 賞に応募してもかすりもしないけれど。

 なんでそのことを知ってるんだ?

 職場の同僚にも秘密にしてるんだぞ?


「はい、オッサン、ここで回想タイムだ。目を覚ますまでのことを思い出してみよー」

「なんなんだその仕切りかたは?」

「落ち着いてシンキングターイム。どうせ混乱した頭じゃ理解もできんだろ?」

「これは、あれか? 異世界転移とかいう奴か? 他の世界から呼ばれて、俺の人生の一大転機なのか?」

「「そんなわけねーじゃん」」


 呆れるような合唱でバッサリ否定された。でもここはどこだ? 地平線まで続く草原、遠くに森、壮大な大自然。

 俺の知ってる東京にこんなところは無いぞ。

 テレビでしか見たことの無い、人の作ったものが何ひとつ無い、遥か広がる緑の草原。草の鳴る音が、生きているようにうねる草の鳴る音が、まるで笑い声のように聞こえる。


「はいはい、ここに来るまでのことを思い出して」


 豪華なガウンの少年が言う。

 えぇと、ここに来るまでのこと?

 仕事から帰って家に着いたのが22時。ネクタイ外してパソコンをつけて、ウェブに投稿した小説のチェック。

 がんばって書いてるつもりのものだけど、アクセスも増えて無い、感想も無い、読まれてる様子も無い。

 それを確認してガックリとして。

 やっぱり俺には文才が無いのか。でも仕事を辞めたい。あんなクソ仕事。

 違法では無くともやっちゃいけないことってあると思う。

 だけど転職も難しい。俺にはろくな資格も特技もありゃしない。

 ひとりで稼ぐには小説家か? 漫画家か? とか考えて、昔に、随分と昔に小説を書いてたことを思い出してまた書き始めて。

 ウケないと書籍化とか無理だよな、とか考えながら、でも他に思い付くこともできそうなことも無いし。

 おもしろくなるように考えて。

 継続は力なりと自分を励まして。

 前回の続き、書いてある分の誤字脱字をチェックして続編を投稿。


 異世界に転移した高校生四人が冒険者になって、初めてのゴブリン退治に。

 訓練したことを生かしての初めてのチームワーク。ドタバタしながらもなんとかこなして、友情を再確認したところで、予想外の敵、ホブゴブリンが登場。

 四人のチームにピンチが訪れる展開の中で。


「はいそこ! そこんところ!」

「は? いきなりなんだ? お前、まさか俺の頭の中を読んだのか? テレパシーか?」

「いや、オッサン口に出してブツブツ言ってた。オッサン気持ち悪い」

「くそこのやろう」

「つまり、オッサンは書いた小説の中で、ゴブリンより強い敵としてホブゴブリンを出したんだよな?」

「そうだけど」

「ゴブリンより強い敵で序盤のピンチを演出するために、ホブゴブリンを敵役としてオッサンの小説に、手頃なやられ役で出したんだよな?」

「その通りだ、それが?」


 豪華なガウンの少年は、こいつ解ってねーなーって顔で首を振りため息をついて、


「オッサン、悪役にされたホブゴブリンの気持ちが解るのか? ゴブリンの兄貴分として序盤のザコのやられ役にされてしまった。そんなホブゴブリンのこと、かわいそーとか思わない?」

「ゴブリン、ホブゴブリンといえば下っ端のザコだろ? これはお約束ってもので」


 言った俺の顔にゴリッとホウキが押し付けられる。いたた。

 今度は山羊の角の少年が怒った顔で。


「そんなことをお約束って決めたのはどこの誰だよ? この俺の目の前で、下っ端とかザコとかよくも言えるなオッサン!」

「痛い痛い痛い痛い! 木の枝で作ったようなホウキで人の顔になにすんだお前!」

「何してくれてんだはこっちの言いたいことだ! このっこのっ!」

「痛い痛い! やめろ! やめろって!」

「そっちこそやめろ!」 


 なんだこの仕打ち? 見知らぬところに連れ去られての、序盤の展開がこれでいいのか? 

 ここが異世界で、これから俺の冒険物語が始まるんじゃ無いのか?

 あの仕事から解放されて、俺はこれから幸せになれるんじゃないのか?

 人生をやりなおせるんじゃないのか?

 それがなんでホウキで顔をグリグリされるんだよ。

 それともこれはただの夢か? 俺の頭がおかしくなったのか? 

 山羊の角の男の子はまだ俺にホウキを押しつける。

 ホウキを手で払いのけて、やめろって言ってもやめてくれない。

 なんだよ、ゴブリンとホブゴブリンになんかあるのか?


 豪華なガウンの少年が俺をピッと指差して。


「とにかく、オッサンがホブゴブリンを敵役に仕立てた物語を作った千人目なんだよ。なのでオッサンは代表してホブゴブリンの恨みを受けてもらうから」

「千人? そんなにいるのか?」

「ゲームにマンガとか含めたらいるだろ」

「それで千人目が俺だって?」

「アバウト千人目」

「なんでそこはアバウトなんだよ!」

「それでぶん殴ってここに連れてきた」

「ここは何処なんだよ?!」

幸いの原(マグ・メル)

「まぐ? める?」

「オッサン、ファンタジー小説書くならもっと勉強しなよー」

「なかなか勉強する時間も取れなくて……」


 最近、仕事で残業が増えた。給料は増えないのに。働いて金を稼いでも、生きていくのがやっとの収入で最近は本を買う金も無い。

 本を買う金が欲しい。本を読む時間が欲しい。

 だけどなかなか人生は思うようにはいかない。


「そっか、それならこうしようか?」


 山羊の角の少年は俺に向けてたホウキを肩に担ぎなおし、豪華なガウンの少年に顔を近づけて、耳元に手を当ててこそこそ話してる。

 山羊の角の少年は上半身素っ裸。だけどここはなんだか暖かい。

 ホウキ相手に暴れたから汗が出た。

 スーツの上着を脱ぐと涼しい風が心地好い。風に煽られうねる草原からは、草の鳴る音があちこちから、囁きクスクスと笑う声のように聞こえる。


 俺は仕事から帰ってネクタイを外したスーツのままだった。立つと足の裏に草の感触。

 靴は履いて無くて黒い靴下。

 靴は俺の家の玄関か。ここから俺の家までどれくらい離れているんだろう?


「じゃ、それでいくか? それでいいか?」

「このオッサンにはそれでいいんじゃないか。第二のキミエにはなれそうにも無いだろうけれど」


 山羊角の少年と豪華ガウンの少年が小声で話している。

 キミエって誰だよ?

 俺をどうするつもりだよ?

 豪華なガウンの少年が俺に手のひらを向ける。


「森の小さな蛮王オベロンが呪いをかける。オッサンは百の妖精と出会うまで、もとの世界には帰れない」

「は?」

「ま、妖精以外の精霊とか、妖精と係わるもの含めて百ってことにしとこう」

「おい、勝手に決めるな。明日も仕事があるんだ」

「仕事に戻りたかったら頑張って百の妖精を探すんだね。こっちから話しておくから順に会っていくことだ」

「オベロン? 確か、妖精王の名前か? 夢なら覚めろ、ちくしょう」


 山羊角の少年が肩にホウキを担いで俺を見る。半目で俺を睨む。


「オッサンにはこれをネタに小説を書いてもらう。そして今の時代の妖精のイメージを改善してもらう。特に俺のイメージを」

「お前、いったい誰だよ?」

「オッサンが小説に書いてたホブゴブリンだよ!」

「はぁ?」


 いや、ホブゴブリンってこんな姿じゃ無いだろ? 見た目で言ったらサテュロス、なんじゃないのか?

 下半身は山羊の足だけど、顔は可愛らしい美少年。


「お前が、ホブゴブリンだって?」


 山羊角の少年、自称ホブゴブリンはチッと舌打ちして木のホウキをブンブンと振り回す。勢いよく振り下ろしてくるので、慌てて下がって距離を離す。おい、やめろ。


「オッサンの勉強不足を棚に上げて俺を否定してんじゃねえっての!」

「やめろって! 痛っ!」


 ガウンの少年、オベロンとか言ってたか、その少年が自称ホブゴブリンの肩をポンポンと叩いて宥める。


「このオッサンにはその辺りをふかーく知ってもらうとしよう。異国の妖精に興味があるのはいいことだけど、もとの形を変えられて不満のある奴もいるってことさ」

「カッコいいとかステキなら俺だって文句を言わないけどなー。オッサンには俺達の文句を聞いてもらう。それまで帰さないからなー」


 俺を帰さない? 帰れないのか?

 このどこかも解らない草原から?

 草の鳴る音が一段と大きくなる。草の中に隠れたなにかの、笑い声のような音が。

 ザザザクフクフ、ザワザワクスクス。


 豪華なガウンのオベロンは、大きく手をパンと叩く。


「では幻想百逢瀬、はじまりー、はじまりー」



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