八谷くんと七瀬さんのお昼ごはん②
告白。
聞き間違いでなければ、この女の子はそう言っていた。
「告白って、愛の告白?」
「はい」
「あんたが?」
「ええ」
「俺に?」
「そうです」
「…………」
事実確認は完了したが、実感がわいてこなかった。大体、俺はこの女の子の名前すら知らない。
「まあ、座れよ」
「失礼します」
一目で育ちの良さが分かる美しい礼儀をして、女の子は椅子に腰かける。俺もテーブル越しの椅子に同様に座り、育ちの悪さ丸出しの大きな欠伸をした。
「クラスメイトだってのは分かるんだけど。俺、顔覚えるの苦手で……悪いけど、名前聞いてもいいか?」
「七瀬優華と言います」
頭を捻ってみる。そういえば聞き覚えはあった。人の顔を見ないようにしているせいで、こういう時人の顔を覚えられなくて困る。
「ええと、七瀬……さん」
「優華でいいですよ」
「いきなり名前呼びはちょっと抵抗あるな」
「そうなんですか?」
本気で疑問に思っているようだった。大和撫子っぽいイメージを勝手に持っていたが、もしや箱入り娘というやつではないのか。
「で……七瀬は、なんで俺なんかに告白を?」
「……笑わないで聞いてくれます?」
「内容にもよるけど」
俺は無責任にそう返してから、机の茶菓子入れからせんべいの個包装を取り出し、七瀬に手渡した。
七瀬は小さく礼をしてから、せんべいで半分顔を隠すようにして俺の顔を覗き込んでいる。そんなに恥ずかしいことなんだろうか。
さぞ面白いのだろうと逆に興味が出てきたところで、七瀬が口を開いた。
「その……八谷くんは、私の王子様なんです!」
「……………………王子様?」
笑うというか呆れそうになった。頭がメリーゴーランドしてるんじゃないか?
「一度、助けてもらったことがあって……」
「助けて……?」
「廊下で転んだ時に、一度」
「廊下…………あ」
「思い出してくれました?」
確かに、そんな記憶がある。
六月頭のことだから、先々週くらいか……廊下で女の子が盛大に転んで、荷物をぶちまけていたことがあった。あまりに見事に転んだものだから目を引いたものだ。
三次元の女子とはあんまり絡みたくないので見捨てようかとも思ったが――周りに人がいなかったのもあって、やむなく助け出したのだった。何か言われるのが嫌で、顔も見ずに逃げてしまったが……。
「あの時転んでたのが七瀬だったのか」
「そうです! そうなんです!」
「その顔の傷も転んだ時のやつ?」
「これは……あっ、恥ずかしいのであまり見ないでください……」
持っていたせんべいで頬の傷を隠していた。しまった、失言だったか。
「えっと、ともかくですね!」
七瀬は前のめりになって俺に顔を近づけながら、
「あの時助けてもらって以来、クラスでもずっと八谷くんを目で追いかけるようになってしまって……昨日、お母さんに教えてもらいました。これは恋なのだと」
「それで、俺に話しかけるためにわざわざこの部室まで? よく場所が分かったな」
「それは……ついていってましたので」
「ストーカーじゃん!」
大人しそうな見た目によらず行動力があるヤツだ。それだけアクティブに動けるならせめて教室で話しかけてほしかった。昼の部室は誰も寄り付かないから、俺のオアシスだったのに……。
「ダメ、でしたか?」
「ダメではないけど……気を付けたほうがいいぞ。俺たちの性別が逆だったらちょっとした騒ぎになってたと思う」
「そうですか……これからは気を付けます」
「ああ、そうしてくれ」
今後何かの間違いで犯罪にならないためにもな。ニュースでクラスメイトの顔なんか見たくないし。
「今後は、先に八谷くんにお声かけしてから部室に行きますね!」
「また来るのかよ!?」
頭を抱える。クラスの居心地が悪いからここに居ついているというのに、どうして三次元の女子は俺から平穏の地を奪っていくのだ……!
「その、迷惑ですか?」
「まあ……迷惑かもな。俺、一人の方が好きだし」
俺は変わらず正直に苦情を吐きつけ、腕を組む。
「そもそもこの部室に来ても何もないぞ。部活中以外はコンピュータ触れないし。下手にいじると部長がうるさいからな」
「それでもいいです! 一緒にお昼ごはんとか食べたいんです!」
七瀬の表情が険しくなる。その大きな目と滑らかなまゆが吊り上がっている様子から、七瀬の真剣さが伝わってくる。その勢いに思わず呑まれそうになるが……俺は少し考えてから深呼吸。そして伝えた。
「ダメ」
突き放すように呟き、腕をクロスさせてバツを作ってみせた。
「ど、どうしてですか!?」
「七瀬が俺目的で来るからだよ。俺、七瀬に優しくできる自信ないし」
机に置いておいたVRゴーグルを流し見しながら、きっぱりと言い切ってみせた。
中学生の頃、女の子を泣かせたことがある。俺はそれが怖かった。さっきだって、うっかり頬の傷の話に触れてしまったのだ。これから七瀬を傷つけずにいられる自信がない。傷つけるぐらいなら、お互い関わらない方がいい。
俺はわざとにやけついてから、
「俺、三次元より二次元の方が好きだしな! VRゴーグルをつけるだけで可愛い女の子に会えるし!」
自分でもドン引きするような与太ごとを吐き散らし、大げさに両手をひらひら振ってみせた。
これでいいんだ。俺みたいなクソオタクを相手にするより、もっといい男を探した方がいいだろう。……せっかく可愛い顔してるんだし。
「どうしてもって言うなら誠意がないとな」
「誠意……ですか?」
「そーそー。毎日差し入れの一つでも持ってきてくれれば――」
「……分かりました」
「へ」
「差し入れ、持ってきます! とびきりすごいやつです! だからいいですよね!?」
七瀬が勢いよく立ち上がり、ぐい、と大きく迫る。机を挟んでいるのに、鼻先が触れ合いそうなほどの距離まで七瀬の顔が近づいてくる。髪先から甘い匂いがする。
そのまま五秒、十秒、十五秒と経過し、なおも一歩も引かない七瀬の気概を見た俺は、
「……分かったよ」
うなだれながら、また大きくため息をつくしかなかった。根負けだった。俺の敗北をあざ笑うかのように、窓からぬるい風が吹き込んでくる。……俺、悪役の演技が下手なのか?
「にへへ、嬉しいです」
せっかくの可愛い顔が台無しになるくらいだらしなくにやけている七瀬の顔を見て、俺はますます何も言えなくなっていた。




