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青春ランチボックス。  作者: 国崎らびふ
【クソオタク、本物の味を知る。】~八谷くんと七瀬さんのお昼ごはん~
8/11

八谷くんと七瀬さんのお昼ごはん①

・八谷くん

バーチャルリアリティが大好きなクソオタク男子高校生。

「三次元より二次元」がポリシー。


・七瀬さん

料理と八谷くんが大好きな清楚系女子高校生。

「好き嫌いゼロ」がポリシー。大人しいが好きな相手にはグイグイ行く。

 三次元なんて嫌いだ。俺は二次元に生きてやる。


 今年もそう宣言した高校二年生の春。コンピュータ部の部室。真っ昼間の出来事である。



 俺は女の子の胸を揉んでいた。



 突然で申し訳ないのだが、そういうことになっていた。

 そして、この女の子は何かが違っていた。


 ()()()()()()()のである。


 前提として、俺は高校に女子の知り合いはいない。まともに会話したことがある女性は母さんと姉さんとバアちゃんと行きつけのコンビニの店員さんくらいで、他に心当たりはない。

 つまり目の前に立っている女の子はどこをどう頑張っても赤の他人であり、俺は今、その赤の他人の胸を揉んでいる。


 俺の一般常識が間違っていなければ、女は知らない男にセクハラされた時、何かしらの否定的なアクションを取る。

 悲鳴以外でもいい。頬にビンタするか、股間を蹴り上げるか、それができない臆病な子でも、走って逃げようとはするだろう。

 目の前の女の子は、そのいずれの手段をも取ろうとはしなかった。


「あ……」


 俺の目前にいる女子高生はもじもじしていたが、顔を見ていないため恥ずかしがっているのかは分からない。俺と彼女は部室の入り口に立っていて、制服のリボンから察するに同じ学年で、スカートを履いていることは確認できた。


「その……」


 両手の感触は確かだった。押し込むと柔らかいけれど、表面だけを撫でると少し硬い感じ。下着に支えられているからだろう……という認識を終えた後、それが本物であるということに気づいた。


「えっと……」


 胸が本物であることに気づいた俺は、ここに来てようやく、目の前の女子高生も本物であるという当然の事実に行き着く。


八谷(はちや)くん……?」


 どうやら、目の前の女の子は俺の名前を知っているようだった。確かに俺は八谷伊織(はちやいおり)である。名前を知っているということはクラスメイトであると推理した俺は、ここでようやく踏ん切りがついた。

 目の前の女性の正体が分からない以上、敬語で話すかタメ口で喋るか迷っていたのだが、これは後者でいいのだと認識し、声をあげた。


「すまん」


 ここにきてようやく出てきた人間らしい対応である。俺は彼女の胸から手を離し、深々と頭を下げた。


「き、気にしないでください。私が突然部室に入ってきたのが悪いんですし……」


 上から降ってくる女の子の声が、綺麗だと感じた。女性の声は鈴によく例えられるが、なるほどこの女の子の声もカランコロンと脳髄に気持ちよく響き渡るようなものだった。

 それだけならまだいいのだが、少し浮世離れした……例えるならアニメの清楚系ヒロイン然とした穏やかな声に、俺はうかつにも興味を引かれ、視線を上げてしまう。


 そして、ついうっかり、彼女の顔を凝視してしまったのだ。


 黒髪は後ろには長く、前はぱっつんに切り揃えていた。

 宝石を丸ごと飲み込んだかのような目の下に、泣きぼくろが慎ましく付いている。

 尖った鼻も小さく目立たず、代わりに気を引き寄せたのは色づきの良い柔らかそうな頬。そして、その左頬の端っこのほうに、もうほとんど治りかけのすり傷の痕が残っていた。


 彼女の顔の情報をここまで集めたところで俺は、やべ、と呟き顔を背ける。


 ……気になったものをじろじろ見てしまうのは、二つある悪い癖のうちの一つだ。自慢じゃないが、これのせいで中学生時代に女の子に泣かれたこともある。

 それがトラウマになって、俺は三次元の女の子に過干渉することをやめた。別にいいだろ二次元に逃げたって。下手に干渉したら、お互い嫌な目に遭うんだから。


「八谷くん」


 ほら来た。この子もきっと俺に文句を言うんだ。だから三次元は嫌なんだ。

 見えない次元の壁に怯える俺は、女の子の次の句を固唾を呑んで待つ。


 が、女の子は全く見当違いの言葉を発したのである。


「八谷くんって、女の子の胸は大きいほうが好きですか?」


 何言ってんだこの女?


 俺はそう言おうとしたが、あまりに急な問いかけに声が出なかった。そもそもそういうことを言ってやると傷つくかもしれないとは思ったが、俺は一度咳払いをして、


「何言ってんだこの女?」


 口に出して言い直した。


 二つある悪い癖のもう一つは、思ったことを正直に言ってしまうところだ。

 正直、三次元の女なんてロクなことがない。一応謝りはしたのだから早く帰ってほしいのだが、この女子高生は、俺の辛辣な言葉には不快な顔ひとつ見せず、


「えっと、気になったもので……」


 またもじもじと俯いてしまった。だが、たまにチラとこちらを見て、俺の視線に気づいてははやめ、またチラ見してやめを繰り返している。どうやら、回答が欲しいようだった。俺は観念して後頭部をかき、


「強いて言うなら、大きい方が好きだ」


 返答を投げた。大は小を兼ねる。夢はでっかく胸もでっかくだ。が……。

 そんな俺の答えに関して、女の子は何か言おうとして艶やかな唇を動かすが、それを遮るように手を女の子の顔の前に伸ばし、続ける。


「だが、三次元に興味はない」


「興味ないんですか?」


「ああ。1ミクロンも興味ないね」


 何度でも言うが、俺は三次元より二次元の方が好きだ。ほとんど初めてと言える胸の感触には確かに少し興味はそそられたが……それだけだ。もう満足した。


「突然私の胸に飛び込んできたので、てっきり興味があるものかと……」


 ああ、そういうことか。この台詞でようやく繋がった。突然俺が胸を揉みしだいたもんで、俺のことを極度のおっぱいマニアか何かだと勘違いしていたわけだ。ならば、事情は説明しておいたほうが良いだろう。


「これだよ」


 俺は机の上に置いていた、サイバーチックなゴーグルを手渡した。


「なんですか、これ?」


VR(ブイアール)ゴーグル。これ付けて遊んでたら、ちょうどあんたがこの部室に飛び込んできたわけ」


 バーチャル空間内で美少女に触ろうと思って手を伸ばしたらちょうどこの女の子がいたらしく、あーこのVRすごくリアルな感覚だなーなんて思いながら揉みしだいた、とは流石に言えなかった。


 ゴーグルを受け取った女の子は、一度ゴーグルを見てから、きょとんとした顔で俺の顔を見つめ、


「ぶいあーる?」


「えーと……バーチャルリアリティって知ってるか?」


 首を振る。どうやらVRを知らないらしい。


「要はこれをこうするとだな」


 女の子にゴーグルをかけさせると、


「わあ……!」


 両手でゴーグルを支えながら、嬉しそうに声をあげた。


「そのレンズの先に、CG映像を映し出すんだ。首を振るとその動きに合わせて視点も動く。人間の視界をまるで現実世界みたいに書き換えるんだよ。だから仮想現実(バーチャルリアリティ)。分かった?」


「すごいです! すごいですねこれ!」


 あんまり話を聞いていないようだったが、首を振って視界をいじることは覚えたらしく、ねじ切れるんじゃないかというくらい首を左右に反復させていた。映像の設定を宇宙空間にしておいたので、今彼女の視界の先には大スペクタクルが広がっている事だろう。


「宇宙、すごかったです……!」


 一通り満足したらしい女の子が、ゴーグルを外した後も興奮が収まらないまま、鼻息荒く俺に詰め寄ってくる。


「これ、どんな映像でも映せるんですか?」


「まあ、用意されたものなら何でも」


「どんな世界でも作れてしまう、ということですか?」


「世界……? まあ、そうだな。VRの世界なら、どんなことも思い通りにできるんだ」


 とんちんかんな疑問が返ってくるが、VRに興味を持ってくれる同志がいることは嬉しかったので、鼻高らかに解説してやる。俺のようなオタクは仲間を見つけるとすぐ語り始めるんだよな。自覚はあるけど。

 だが、仕方ないとも思わないか。VRは既にある程度普及の進んだジャンルではあるのだが……この女の子ときたら、車を初めて見る子供みたいな顔で説明を聞いてくれるのだから、こちらとしても説明しがいがある。


 ……って、なんで俺は仲良くもない女の子にVRなんて勧めているんだ。しかも三次元の女の子に。


「なるほどー」


 混乱しながらもなんとか説明を終えると、女の子は感心したように両手を胸の前で握りしめていた。


「説明はこんなもんだけど」


 彼女から返してもらったゴーグルをひとまず机の上に置いてから、


「で、あんた何しに来たんだ」


 目的があったからこの部室に来たんだろうと思う。俺は教室が嫌いだから部室で飯を食うようにしているのだが、おそらくこの女の子は俺に用事があるのだろう。もしくは部活にだろうか。もしかして入部希望?


「そうでした、忘れるところでした」


 両手をポンと合わせる。思い出したらしい。というか忘れてたのか。「なに?」とぶっきらぼうに聞いた俺に対し、女の子は笑顔のまま、ためらうように目を泳がせた。


 ……一抹の、間。

 その間を感じた時、この女の子が何か勇気のいることを言おうとしていたことに気づいた。そして、彼女はふと口を開き、春の陽射しのように優しい声で言った。




「私、八谷くんに告白しに来ました」

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