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青春ランチボックス。  作者: 国崎らびふ
【幼なじみと好き嫌い。】~桜井さんと九条くんのお昼ごはん~
7/11

桜井さんと九条くんのお昼ごはん④

 部活後の家庭科室。


 部活が終わった後、そのまま残ってほしいとリクが七瀬優華に頼み込んだ結果――、今は、家庭科室に二人きりだ。あたしはそんな様子を、窓を少しだけ開け、廊下からこっそり眺めている。

 スマホを見る。もう七時だ。周囲は真っ暗で、家庭科室だけが光を持っていた。


 リクと七瀬優華は、教室の中央にいる。何やら話しているらしいということは見えるのだが……距離があるせいか、何を喋っているかまでは分からない。


 もう六月も半ばだからか、夜でもじんわりと暑い。背中を伝ったのがただの汗なのか、冷や汗なのか、脂汗なのかも分からないまま……教室を見守っていると、二人に変化が訪れる。あたしにも聞こえる声量で、リクが告げたのだ。


「七瀬優華さん、好きです! 付き合ってください!」


 直後、リクは深々と頭を下げていた。ここにきてあたしは、冗談じゃなかったんだ、なんてことを思っていた。

 そして、七瀬優華も、一つのアクションを起こす。


 

 リクは。

 首を、横に振られていた。

 


 なんでも七瀬優華には、好きな男子がいるらしい。

 よくよく耳を澄ませていると、そういった内容の台詞が聞こえてきた。

 自分のことはいくらでも恨んでもいいから、諦めてほしい……。清楚な見た目に似合わずきっぱりと言い切った七瀬優華は、リクより先に教室を飛び出す。廊下にいたあたしの存在には気づかないようだった。


 家庭科室には、ひとりになったリクが佇んでいる。


 リクがフラれた姿を見て……あたしは、安心していた。

 そして……安心してしまった自分に、急激に嫌気が差してきて。

 自分の異変に気付いたのは、目が濡れて鼻水が出て、気持ち悪いとハンカチを取り出した時だった。


 あたしはボロボロ泣いていた。

 大事な人が不幸な目に遭ったから? 自分が嫌な奴ってはっきり分かってしまったから?

 自分でも、どちらの気持ちだったのか、分からなかった。


「あれ、ヒオ……」


「リク……」


 とぼとぼと教室を出てきたリクが、廊下で膝を抱えながらメソメソ泣いているあたしの姿を見つけたらしい。


「覗きとは趣味が悪いですわよヒオさん」


「……否定はしないわ」


 リクはあたしの顔を貫かんばかりに深々と覗きこみながら、


「ていうか、泣いてんのお前」


「うっさい、見るな」


「泣きたいのは俺なんだけど」


「分かってるよ、そんなの……」


 好きな人にフラれたのはリクで、あたしはただそれを盗み見てただけ。

 でも、泣いているのはあたしだけ。端から見ればさぞ異様な光景だろう。


「おい」


「なによ」


 と、リクはあたしの腕を引っ掴んで持ち上げる。立てということらしい。


「裏庭行こうぜ」

 

 □

 

「で、リクの告白は失敗したんだ」


「全部見てたんだろ」


「うん」


 あたしたちはいつものベンチに腰掛け、二人揃ってオレンジジュースを飲んでいた。本当はあんまりオレンジジュースは好きじゃないんだけど、リクと同じものが飲みたかった。


 裏庭は真っ暗だった。ただでさえ人気がないのにこの時間だから誰も通らないし、グラウンドから野球部の掛け声も聞こえてこない。校舎はところどころ明るいが、多分職員室だろう。


「少しは落ち着いたか?」


「うん。ありがと、リク」


「……ったく、なんで失恋したばっかりのオレが、覗きしてたヤツを慰めなきゃいけないんだよ」


「ごもっともで」


 あたしはせせら笑った。リクは肺の空気を全部出すようなデッカいため息を一つついてから、ベンチの背もたれに寄りかかる。


「オレだって泣きたいよ。好きな人いるからって、それ絶対勝てないやつじゃん」


 それはあたしだって同じだバカヤロー。そう言ってやりたかったが、唐変木のこいつにはきっと分かんないだろう。

 気持ちのやり場がなくなって、リクの側頭部を軽く小突いてやった。


「いてっ」


「殴られた程度じゃ泣かなくなったじゃん。えらいえらい」


「お前、オレをいくつだと思ってんだよ……」


 リクが小さいころ、結構な泣き虫だったのを思い出す。何かある度にあたしに泣きついて、よく助けてやったっけ。

 こういう思い出って都合のいいことばかり覚えているものだから、逆にあたしがリクに助けてもらった時のことはほとんど忘れてるけど。


 ……今ではさすがにリクの泣き虫は治ったけど、今日は本当に我慢してるんだろうな。そんなことを思った。


 ふと、リクが黙ったまま空を眺めた。あたしはつられて天を仰ぐ。三日月でも満月でもない中途半端な形の半月が、雲から逃げるように浮かんでいた。


「なー、ヒオ」


「なに?」


「お前さ、昔オレが転んで泣いた時、『男の子が泣くな』とか言ってたよな」


「あー、言った気がする。でもそれ幼稚園の時でしょ」


「今でもそう思うか?」


「別に。泣くのに男も女もないんじゃない?」


「じゃ、オレが今から号泣したら?」


「キモ。二度と近寄らないで」


「マジで泣きそう」


「ウソウソ。泣きたい時は好きに泣けばいいって」


「いいのか?」


「いいよ。リクだってそういうこと、あるもんね」


「胸借りていいか?」


「やらしいことしないなら」


「ちょっと自信ない」


「そこは自信持って」


「誓う! ヒオのDカップにかけて!」


「別のとこに誓ってくれませんかねえ!」


 あたしはリクの頭をぶっ叩いた。自分だってさっきは鼻水垂らして泣いていたのに、今度は偉そうに笑っている。リクも同じように笑っていたが、目の奥が、どこか寂しそうだった。


「リク、あたし卑怯だから。先に謝っとく」


 わざとぶっきらぼうな言葉で前置いてはみたのだが、それはリクのためではなく、あたしがあたし自身に覚悟を決めさせるための枕詞だった。


 あたしは息を吸い込んで、一度空を見上げて、そして、小さく告げる。



「あたし、リクのことが好きだから。あたしの胸を借りるならそのつもりで」



 我ながら男みたいな告白だな、と思った。リクも同じことを思ったみたいで、一度噴き出したように笑った。


「……返事はすぐできないけど、いいか?」


「ツケにしとく」


「サンキュ」


 リクはキザッたらしく礼を告げ、二人して飲み干したペットボトルをバスケのシュートの要領でゴミ箱へ打ち込んだ。二つとも外していた。見なかったことにするように、あたしの方へと向き直っていた。


「隠れ巨乳と評判のヒオの胸に、いざ!」


「そういう気持ち悪いお世辞はいいから早くして」


「はいはい。じゃ、失礼しますわ」


 リクは安い軽口を叩いてから、いつもの肩ではなく腰に手を回し、あたしに抱き着いてきた。がっしりした身体だった。リクの男の子らしい身体にときめくよりも先に、あたしは胸元が濡れていることに気がついた。


「うっ……ひぐっ……」


 リクは泣いていた。


 男泣きなんて威勢のいいもんじゃない。


 イタズラがバレて説教されている子供のように、わんわんと泣いていた。

 

 □

 

 泣き止んだリクと、二人で帰路についていた。


「で、返事なんだけど……」


「別にいいよ、急がなくて。リクが自分の気持ちを整理する方が先でしょ」


「さすがにオレのことをよく分かってらっしゃる」


「勘違いしないで。フラれたばかりなのに他の女に鞍替えするような軽い男と付き合いたくないだけだから」


「ヒオのツンデレはもう見飽きたよ」


「バーカ」


 いつもの減らず口を叩き合いながら、ゆっくりと歩く。リクは必ずあたしの歩調に合わせてくれる。帰り道がいつも心地いいのは、そのおかげなんだろうな、と思った。


「なあヒオ、お願いがあんだけど」


 曲がり角を折れたあたりで、リクが突然そんなことを言い出した。


「簡単なことなら特別に聞いてあげよう。で、なに?」


「あー、えっとな」


 ポリポリと頬をかいていた。住宅街の道は暗がりで見えづらかったが、これは大抵恥ずかしがっている時の仕草だ。分かりやすいヤツ。


「明日も弁当作ってきてくれね?」


 リクは顔を背けながら言っていた。


「もういいんじゃないの? 七瀬優華にフラれたんだから、無理して嫌いなもの食べなくても」


「や、だってさ。ヒオも好き嫌い多い男はイヤだろ」


「そりゃ、まあ……」


「だからってわけじゃないけどさ」


 電灯に照らされたリクの顔が、妙に大人っぽく見えた。失恋は人を成長させる、なんてことをよく言うけど、信じてもいいかもと思えた。


「しょうがないなあ」


 あたしはわざとらしく後ろ手を組みながら、


「明日も二人で食べてくれるならいいよ」


「おう、約束だ」


「ん、約束ね」


 二人で指を切る。

 明日もお昼ごはんを裏庭で。



 ……明日は絶対に晴れてほしいと、空に小さく願った。

・桜井さん

フルネーム:桜井日央梨。通称「ヒオ」。ちょっとだけ素直になれた系女子。

九条くんのことが大好き。


・九条くん

フルネーム:九条陸哉。通称「リク」。相変わらずスキンシップ激しい系男子。

桜井さんは、大切な人。

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