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青春ランチボックス。  作者: 国崎らびふ
【幼なじみと好き嫌い。】~桜井さんと九条くんのお昼ごはん~
6/11

桜井さんと九条くんのお昼ごはん③

 昼休み。


『裏庭に来られたし』


 スマホを見ると、そんなメッセージが入っていた。送り主は当然リク。同じ学校で違うクラスだからこんな連絡をよこしたのだろうが……あたしが返信を入力している間に、スタンプを連打してくるのが死ぬほどウザかった。


『今行く』


 それだけ返事して弁当を持ち、裏庭に走る。


 人気の少ない裏庭のベンチには、リクが一人で座っていた。

 スマホを横に傾けていじっていたから、ソシャゲをしているんだな、ということだけは遠目でも分かった。


「お待たせ。待った?」


「すげえ待った」


「何年くらい?」


「二百年くらいかのう」


「爺さんや、それもう死んでますよ」


 つまらないやり取りをしながら、あたしはリクの隣に座る。二つある弁当の片方を突き出すと、リクは黙って受け取った。


「ヒオは?」


「あるよ」


「じゃ、遠慮なく全部貰うな」


「どうぞ」


 リクとあたし、二人で手を合わせる。口に合うかは分からないが、一応それなりに頑張って作った弁当だ。気に入ってもらえないと困る。

 ……のだが、リクは弁当箱のフタを開け、さっそく首を傾げていた。


「真っ昼間から餃子かよ」


「これでも苦労したのよ? 野菜嫌いなリクにたっぷり野菜を食べさせる方法とか調べてさ」


 リクは肉好きなので、やっぱり肉と混ぜ合わせるのが一番。ハンバーグとかがやりやすいけど、リクはもっと濃い味付けが好きなので、餃子にしてみた。


「確かにこれなら食えるけどさあ」


「あらリクさん、何かご不満で?」


「ガーリック臭くなるんじゃね?」


「そう思って、ニンニクの代わりにしょうが入れた」


 リクは「ふーん」とだけ呟いて、箸で餃子を一個掴んで頬張り、咀嚼する。


「あ、うまいわ」


「でしょー? しょうがってね、冷めても味が残るから弁当と相性がいいんだよ。まっ、リク坊ちゃんには分からないでしょうけど」


「うわ、調子に乗り始めたぞ……」


 すぐに調子に乗るのはリクも同じだと思う。


「まあ、リクの嫌いそうなものを上手くねじ込んだから。すんなり食べられると思うよ」


「そりゃ助かる」


「ただし……」


 あたしが前置くと同時に、リクは他よりやや緑がかった餃子を口に放り込み――



「……そのうち一つにはワサビを練り込んであります」



 ――ものすごい勢いでむせ、喉を押さえてうずくまっていた。


「ヒオおおおおおおおお! 先に言えそういうのは!」


「わはははは! タダで美味しいご飯が食べられるとでも思ったか! バカめ!」


 笑いながら、あたしは懐に持っていたお茶のペットボトルを投げてよこした。

 犬がフリスビーに飛びつくような勢いでそれをキャッチしたリクは、やはり犬のような勢いでズビズビお茶を飲んでいた。こうやって見ると大型犬みたいで可愛いかもしれない。


「ほんっと血も涙もないことするヤツだな」


 一気飲みで500ミリリットルを空にしたリクが、意味もなくペットボトルを逆さまにしてベンチのスペースに立てかける。


「いい刺激になったでしょ」


「ったく……どうせなら愛情も練り込んどいてくれよ」


「愛情……ね」


 ……そんなの、言われなくてもたっぷり練り込んでるなんて、言えるわけないじゃんか。


 やっぱりこいつはすぐにこういう軽いことを言う。好きな人が別にいるって分かってても、誤解するに決まってる。


「他には入ってないだろうな、ワサビ」


「それ一個だけだよ」


「本当だろうな?」


 リクは白米を掘り返したり、ミートボールを割ってみたりと忙しく検査をしていたようだったが、やがて何も入ってないと分かると、大きな口でむしゃむしゃと食べ始めた。

 結構野菜は入れたつもりだったのだが、なんだかんだで完食してくれていた。

 

 □

 

 以来、昼になると裏庭で弁当を食べるのが定番になっていた。


「今日はスープ作ってきた」


「スープ?」


「野菜の苦味とか嫌な食感を消せるから、リクでも食べやすいでしょ」


 スープの入った魔法瓶を手渡すと、リクはポットを逆さにして浴びるような勢いで喉に流し込んでいた。


「おー、うめえ! トマトかこれ」


「そ。トマトミネストローネ。豆もセロリも入ってるけど食べられるでしょ」


「生野菜じゃないといけるもんなんだな」


「これでも手間かけてるんだから」


 文字通り手塩にかけて作っているんだ。調味料で上手く味付けしてじっくり煮込んでやれば、リクでも食べてくれると思った。

 リクは生のモノが嫌いなだけだと最近分かってきたので、好き嫌い改善も順調に進んでいくと思う。


「それでさ」


 あたしはミニトマトを噛んで飲み込んでから、


「相手とはどうなの?」


 気になって尋ねた。リクはハム卵のサンドイッチをワイルドに貪っている。


「相手?」


七瀬優華(ななせゆうか)


 出来る限り不機嫌っぽくライバルの名前を告げた後、口直しにカフェオレを飲んだ。リクはあたしと張り合うかのようにコーヒー缶を開けながら、


「オレが家庭科部に体験入部したって話したじゃん」


「言ってたね」


 昨日の夜のお風呂上がりにスマホを見た時、そんなメッセージが届いていた。


「で、今日も会ってきた。今日の部活は何時からか聞くって口実で」


「ほー。ぐいぐい行くじゃん」


「当然だろ。優華ちゃん可愛いし、ほっといたら他の奴に取られそうだし」


 七瀬優華のことはあたしも気になって、六組に覗きに行ったことがあった。

 清楚系で髪が長くてスタイルも良くて、確かに男子受けしそうな子だった。

 あたしは……スタイルじゃ負けないけど、髪は面倒でショートにしちゃうしガサツだし……リクの好みには合わないのかも。


「今日も放課後から七時まで部活やるんだってさ。そのうちヒオより料理上手くなってたりしてな」


「そうなったら笑える」


 そう言いつつ、心の中のあたしはちっとも笑っていなかった。

 

 □

 

 一週間も経った頃には、リクは簡単なサラダ程度なら食べられるようになっていた。


「オレ、行ける気がする」


「何が?」


 本当は分かっていたが、あえてすっとぼけた声で訊いた。


「告白」


「七瀬優華に?」


「そう」


 サッカー部だった時にはよく見た、凛々しい表情で言っていた。きんぴらごぼうをムシャムシャ食べながらする顔ではないと思うが。


「最近会話弾むようになってきたし、ワンチャン友達からとかなら行ける気がする」


「いつもどんな会話してんの」


「ヒオに弁当作ってもらってる話」


「は?」


 アホっぽい声が出た。


「なんかこう、苦手を克服しようと頑張る姿ってかっこいいかなと思ってさ。特訓中だって話してんだよ。優華ちゃんも感心して聞いてくれてた」


「…………もしかして、あたしが弁当作ってるって話してんの?」


「……? だからそう言ってんじゃん」


 こいつ、アホなのか?

 自分と会話してる時に別の女の子の話されて気持ちのいい子なんているわけないだろ。


 そうツッコんでやりたかったが、浮かれた拍子に石を拾って水たまりに投げ込んでいたリクにはそんな疑問点なんて思いもしなかったようで、


「決めた! オレ今日告ってくる!」


「マジで?」


「マジマジマンジ。善は急げって言うしな」


「果報は寝て待てとも言うけどね」


 リクは鼻で笑っていた。自信家な性格はこういう時強いんだな、と思った。


「……もし、失敗したら?」


「その時は……」


 リクは、切れかけの懐中電灯みたいに弱々しい笑顔を浮かべてから、


「ヒオに慰めてもらうわ。絶対あり得ないと思うけどな」


 最後の方に語気を強めて、そんなことを言っていた。あたしはそんなリクの顔をただ眺め、泣きそうになる気持ちをこらえるように唇を噛んでいた。


「でもさ」


 リクは食べ終わった弁当箱のフタを丁寧に閉じてから自慢げに、


「だいぶ好き嫌い減ったと思うんだよ、オレ」


「生野菜も食べられるのは進歩だね」


「ヒオのおかげだな! ありがとな、ヒオ!」


 あたしの肩を抱き、ケタケタと笑うリク。力強く暖かい腕に包まれながら、あたしは興奮と罪悪感が入り混じった感情に心臓を押しつぶされそうになっていた。



 リクからすれば多分、仲のいい親友と接するような感覚なのだろう。

 でも、あたしは、リクの告白が失敗してほしいと願っているような……嫌な女で。

 そんなリクと仲良くするにふさわしいのか、と迷うことも増えていって。



 ――罪滅ぼしだろうか。

 告白のプランをあれこれ考えているリクに対して、「やめてくれ」とは言えずに、あたしは、頷いたり笑ったりを繰り返すだけだった。


 自信をつけて教室に戻っていくリクが、すごく遠くにいるように感じた。

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