桜井さんと九条くんのお昼ごはん②
何かの聞き間違いかと思った。
「なにそれ、あたしを動揺させて負けさせようって作戦?」
これでリクが頷いてくれたなら、どれだけ楽だっただろう。
けれどリクは、ずっとテレビ画面を睨みっぱなしで、あたしの方には一瞥すらくれることもなく、
「本気だよ」
蚊の鳴くような声でボソリと告げた。
コントローラを投げつけそうになった。
「なんで今そんなこと言うの」
「……」
リクは黙々とボタンを連打し、攻撃を繰り返している。
「ねえってば!」
「おわっ!」
思わず、リクの肩を掴んで揺すった。反動でひっくり返ったリクは、ゲームはきっちりポーズ画面に移行させていた。本当にちゃっかりしている。
図らずして押し倒す形になったのだが、普通こういうのって男女逆じゃないかなあなんてことも考えつつ、何も言わないリクにもどかしさを覚える。
あたしは少し考え、リクの性格に沿った提案をすることにした。
「じゃ、こうしない?」
「なんだよ」
「ゲームであたしが勝ったら、全部喋って。リクが勝ったら……」
「オレが勝ったら?」
「……なんでも一つ、言う事を聞いたげる」
「なんでも……?」
リクが起き上がる。いつもは死んでいる目がふっと光を灯し、ギラギラと輝き始めていた。本当に単純だ、コイツは。
「ぜってぇ負けねえ」
そのでっかい手で、コントローラを握り直していた。準備万端ということらしい。
「ほら、早くかかってこいよ」
「ふん、デカい口叩けるのも今のうちよ」
付き合いの長いリクのことだ。あたしだってリクの癖くらい全て知り尽くしている。対戦ゲームでリクの裏をかく程度は楽勝だ。パワータイプのキャラを選ぶなら、あたしはスピードタイプで一方的にいたぶるまで!
なんとしても、こいつの思惑を吐かせてみせる……!
――と、意気込んだ結果。
あたしは今までに無いくらいボッコボコのボコにされ、床に手をついていた。
今まで勝率は五分五分くらいだったのに、どこにそんな潜在能力を……?
「こういうこともあろうかと、密かに持ちキャラでオンラインにこもっていたのだ」
「うわ、大人げなー」
「何とでも言いたまえ。オレは勝つためなら手段を選ばない男なのだよ」
リクは宮廷の王様のようにふんぞり返り、ドヤ顔。うわ、すごくイラっとくる。
どうせこいつのことだから、何かエロいことでも指定してくるのだろう。脱げ! とか平然と言ってくるような男だ。あれ、そういえば今日の下着、お揃いだったっけ……? パーカーの襟を引っ張り、中を確認する。
……あ、ヤバい。このブラ、パンツと色違うヤツだ。
これはよろしくない、バカにされる……と危機感を覚えながら隣をチラ見する。
このドスケベ幼なじみサマはさぞ悪い顔をしているのだろうと思いきや……意外にも、止まったら死ぬマグロの如く目が泳ぎまくっていた。
しばし待っていると……リクは何かを決意したらしく、声をあげた。
「オレの好き嫌いを治してくれ!」
「は?」
「だから、好き嫌いだよ! オレが好き嫌い多いの知ってるだろ!?」
「それは知ってるけど、なんで今治したいとか言うのよ」
「それは……」
何やら黙り込んでいる。多分その好きな相手に絡んでいるんだろうな、ということは会話の流れでなんとなく分かった。
リクの好き嫌いは異常だ。
ピーマンとかトマトとかの好みが分かれる野菜は当然として、魚はダメ納豆はダメきのこはダメ……と、子供が嫌いそうなモノは大方ダメ。毎朝の食事にも苦労するレベルなのだ。多分食わず嫌いなので、一度食べれば変わるんだろうけど……。
そんなリクが突然「好き嫌い克服」なんて言い出したのだから、あたしは胡散臭い新興宗教家を見るような目で、リクのことを睨みつけていた。
そんなあたしの視線を受け取ったらしいリクは、観念したと言わんばかりに頬をかいて、
「その、好きな相手が、好き嫌いする男が嫌いだから……」
案の定だった。
「好きな女子って誰?」
多分、あたしじゃない。そうは分かっていても、相手の名前ぐらいは知っておかなければ気が済まなかった。
「……六組に、七瀬優華っているだろ。家庭科部の」
「あー、なんかうちのクラスの男子が騒いでた気がする。その子なの?」
「そう」
リクは頷いた。ゲームの電源を切り、代わりに面白くも無いバラエティ番組にチャンネルを替える。
「家庭科部の次期部長候補らしいんだけど、座右の銘が『好き嫌いゼロ』なんだってさ」
「だから、好き嫌いしてたら振り向いてもらえないって?」
「ああ、だから……」
今度はリクがあたしの肩を掴む。眉が吊り上がっていて、怖いくらいに真剣な表情だった。不覚にもときめいてしまった自分が悔しい。
「だから、弁当作ってきてくれ。オレが嫌いなものを食べられるようなヤツ」
「弁当?」
「そう。ヒオ、料理上手いだろ。嫌いなものも少しずつ食えるようになれば治るかもしれないしな。オレは本気なんだよ」
本気、という言葉を聞き、心がズキリと痛んだ気がした。
「なんであたしが手助けしなきゃいけないの?」
最後の抵抗としてそう反論するも、
「なんでもするって言ってたよな?」
「うっ……」
あっさり論破されてしまい、沈黙。
「えーい! 女に二言は無い! 分かったわよ! 作ればいいんでしょ作れば!」
何が嫌で恋敵の好みの為に頑張らなきゃいけないんだ。我ながらバカらしい条件を出したものだと思った。
……けど、これでリクの好き嫌いが治るのはいいことだし、それに、まだリクが告白に成功すると決まった訳でもないし。
なにより、これを口実に、リクと一緒に昼ご飯を食べられるかもしれない。最近、いつも食堂にダッシュしちゃうし。
――だから、今あたしのスマホに料理レシピのアプリが増えても、それはしょうがないことなのだ。
□
そしてあたしは、あいつの弁当を作ることになったのである。
確かに、料理は得意だ。いつも両親と自分の弁当を作っているんだから、そこに一人分増えたって大したことはない。
しかし、あのリクの弁当を作ることになろうとは。普通なら「愛妻弁当!」って言って喜ぶところなんだろうけど……。
すべての仕度を済ませたあたしは、余裕を持って家を後にする。遅刻魔のあいつとは違うのだ。だいたいあいつはいつも――
「よ。弁当作ってきてくれたか?」
――玄関のドアを開けて驚いた。
いつもはあたしが叩き起こさないと動かなかったリクが。
あたしより早く準備して、軒先で手を振っていたのだから。
「ここが異世界か……」
「何言ってんだ?」
呆れ返った顔で、リクがあたしの頭を叩いていた。
「早いじゃん」
「いや、ヒオの弁当食べられると思ったら楽しみで寝れなかった」
「あ、そう……」
相変わらずアホだなと思ったが、弁当を楽しみにしてくれていたことは、少しだけ、嬉しかった。