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青春ランチボックス。  作者: 国崎らびふ
【幼なじみと好き嫌い。】~桜井さんと九条くんのお昼ごはん~
4/11

桜井さんと九条くんのお昼ごはん①

・桜井さん

フルネーム:桜井日央梨。通称「ヒオ」。素直になれない系女子。

幼なじみの九条くんが好きで、彼の好き嫌いを治すためしぶしぶ協力する。


・九条くん

フルネーム:九条陸哉。通称「リク」。スキンシップ激しい系男子。

家庭科部の女の子のことを好きになり、好き嫌いを治すことに。

 あたしの初恋は始まる前に終わった。


 あたしの好きな人は……別の女の子を好きになったのだ。

 

 □

 

「リク! 早く起きてよ! 遅刻するよ!」


「うーん……あと五年……」


「あと五分じゃ遅刻……五年!?」


 現在、午前八時十五分。全く起きない幼なじみは、寝ぼけ眼で布団にくるまっていた。


「ヒオ……代わりに学校行ってくれええ……」


「やだよ! ていうかあたしも学校行くし!」


 本当に、こいつは起きる気がない。本人曰く低血圧とのことらしいが、絶対ウソだ。夜中までゲームか何かをしていたに決まってる。いや、もしかするとエロ魔神のこいつのことだ、夜通しいかがわしいDVDでも見ていた可能性も――


「あ」


「な、なによ」


 こいつは、あたしのスカートを片手で捲り、


「今日のパンツ白」


「おきろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 桜井日央梨(さくらいひおり)選手、勢いよく右脚を振りかぶり、九条陸哉(くじょうりくや)をシュート。パジャマ姿の幼なじみは、ベッドから派手に転がり落ちた後、頭を擦りながら起き上がってきた。


「いってー……パンツ見たくらいで怒ることないだろ」


「パンツ見られて怒らなかったら女子高生としてヤバいと思わない?」


 こいつが幼なじみだからキックで許しているところだ。どこの誰とも知らない人にスカートなんて捲られた日には、通報も辞さなかっただろう。

 これで付き合っているなら確かに怒らないところだが、生憎とあたしたちは付き合っていない。お互いあだ名で呼び合っているからデキてるんじゃないかと噂されることがあるが、いや、ただの幼なじみです。


 こいつは九条陸哉(くじょうりくや)だから「リク」。

 あたしは桜井日央梨(さくらいひおり)だから「ヒオ」。


 馴れ初めはよく覚えていないが、同じ幼稚園で遊んだ記憶があるから、多分幼稚園の頃だと思う。家は隣同士で、親同士の仲が良い。だからあたしたちも仲が良い。何の捻りもない、ごく普通の幼なじみだ。


「いい夢見てたのに……」


「起こせって言ったのはリクでしょ?」


 リクは大きくあくびをしながら、ぼさぼさの髪をかき上げる。


「夢の内容聞く? 超すげえの」


「聞かない。自分が遅刻間際だって分かってる?」


「えー。オレとヒオが合体ロボに乗って世界を救う話なのに」


「リクとあたしが?」


「そう! オレが操舵で、ヒオが火器管制。オレもヒオも、お互いが欠けたら戦えないんだけど、ある日ヒオが誘拐されて」


「それで?」


「オレは当然助けに行くんだけど、合体ロボの性能を引き出せなくて大苦戦するわけ。でも、ヒオが秘策を使うって叫んで」


「秘策……?」


「ヒオが――全裸になった」


「なんで!?」


「全裸になった瞬間、悪の親玉はヒオに見惚れて動けなくなってな。オレがヒオに言うんだよ。オレは絶対にお前を守るから、ヒオの裸を見ていいのはオレだけだって。で、突撃すんの」


「おお……。で、それからどうなったの?」


「そこでヒオに起こされた」


「すいませんねえいい所で起こしちゃって!」


 毎度のことだが、どうしてリクはこうドラマチックな夢ばかり見るのだろう。ガキっぽいというか……まあ、男子なんていくつになっても子供のままなんて話も聞くし、誰でもこんなものなんだろう。


「って、そうだった! 遅刻するって言ってるでしょ! 早く着替えてよ!」


「へーい」


 リクは一言返事をし……その場でパジャマを脱ぎだした。


「あの……まだあたしがいるんですけど」


「いいだろ別に。今更だろ」


「あたしが着替えてる時にも同じこと言うつもりでしょ」


「まあな」


 まあなじゃねーよ、とあたしはツッコみたかったが、いい加減遅刻しそうなので黙っておこう、と思った。

 半裸になったリクは、整理もされずグチャグチャなクローゼットから制服を引っ張り出した。あたしはその背後から、リクの背中をぼんやりと眺める。


 筋肉、すげえ。


 中学の頃はサッカー部だったリクだが、今は部活はやっていない。理由が「飽きた」というのがリクらしいといえばらしいのだが……にもかかわらず、きっちり身体は鍛えているらしい。細身なのに筋肉のラインががっちりしているのは、見慣れたあたしでもドキッとしてしまう。

 あたしがリクの迫り上がった背中を凝視するうち、リクはタンクトップとカッターシャツを素早く身に纏い、振り返った。


「朝飯は?」


「おにぎり買ってる」


「サンキュ」


 リクは一言で軽く礼を告げた後、ブレザーの袖に腕を通す。同じように紺色のズボンにも脚を突っ込みベルトを締め、リクの姿はみるみるうちに男子高校生になっていた。


「よっしゃ、行こうぜ」


「ネクタイ忘れてるけど」


「いいよめんどくさい。学校着いたら付けるわ」


「もー……ほら、早く行くよ」


 あたしとリクは階段を駆け下り、家を飛び出し、いつもの通学路へと足を踏み入れた。

 朝の陽射しが眩しい。五月も半ばということでだんだん気温も高くなっており、次の信号まで少し走ると、それだけで汗がじんわりと首筋を伝う。ブレザーの下にカーディガンを着ていいことになっているけど、もういらないかなあ。


「おじさんとおばさんは、まだ出張?」


 信号の色が変わるのを待ちながら、隣でコンビニおにぎりを頬張っているリクに訊く。


「もが。もががもがもが」


「……いや、食べてからでいいから」


 リクは大きく口を開けておにぎりを丸々放り込み、もっちゃもっちゃと噛み込む。牛みたいだ。

 飲み込んだ後に大きく息を吐きだして、そのついでにまた大きなあくびを飛ばしていた。


「一週間は帰らないって言ってた。プロジェクトが大詰めなんだってさ」


「ふーん」


 リクは何とも思ってなさそうな口調で言った。


 あたしもそうだが、リクは一人っ子だ。だから両親がいなければリクは一軒家に一人だけということになる。おじさんとおばさんは二人揃って大きな広告業の社員とかで、よく家を空けている。そういう時は、あたしが家に乗り込んで、ねぼすけのリクを叩き起こすのだ。実のところ、リクの子供みたいな寝顔を眺めるのは、少し楽しくもあった。


 信号が変わり、横断歩道を小走りで進む。革靴のあたしより、真っ白いスニーカーのリクの方が一歩前に踏み出していく。どうしても歩調が合わないのだが、次の信号に引っかかりそうになると、一度止まって待ってくれていた。


 あたしはちょっと走っただけで息が上がっているのに、リクは汗の一つもかかずにケロっとした顔で口笛なんか吹いているのが気に食わなくて、あたしはなんとなく口を開く。


「寂しくない? おじさんとおばさんがいなくて」


 多分、皮肉のつもりだった。もしかしたら傷つくかも、なんてことも少し思ったけど、幼なじみの間柄だ。今更そんなことを気にしたりはしない。


「別に」


 とリクは愛想なく返事をしてから、


「一人暮らしを楽しんでるって思えば悪くないし。それに……」


 聞いているこっちが眠たくなるくらい呑気な回答を繰り出して――あたしの肩に腕を回した。


「お前がいるから寂しくねーしな」


「な……!」


 こういうとこだ。

 こいつは、すぐこういう()()()()を吐く。


 リクはスキンシップが激しい。腕を組んだり、抱き着いたり、すぐにハイタッチを求めてきたり。暑苦しくもあるのだが……リクとくっついている間は、不思議と心が落ち着いていくのを感じていた。

 さらには発言のひとつひとつが、いちいち距離が近くて……鋭い目つきに高い鼻。どう見てもクール系のイケメンなのに、その口だけはいちいち軽い。

 でも、だからこそ……リクという男子に心惹かれることが増えてきて。


 気が付けば、リクはあたしにとってただの幼なじみではなく、立派な恋愛対象となっていた。


 リクの人気は高い。そりゃ、イケメンで背が高くて元サッカー部なら、モテるのも当然かもしれない。それでもあたしは焦らなかった。リクは幼なじみだから、なんだかんだであたしと一緒にいてくれるだろう、という慢心があった。


 この日もあたしは思った。

 あたしはずっとこうやって、リクと一緒にいられるのだろう、と。

 


 ――そういう傲慢な願いは、ある日あっさりと崩れ落ちるのが世の常で。



 六月も間近となった、とある雨の日の夜。

 リクの部屋で二人用のゲームをしている途中、リクが一言呟いた。



「オレ、好きな奴がいるんだ」

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