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青春ランチボックス。  作者: 国崎らびふ
【クソオタク、本物の味を知る。】~八谷くんと七瀬さんのお昼ごはん~
10/11

八谷くんと七瀬さんのお昼ごはん③

 翌日の昼。


「あの、八谷くん。一緒に部室に行ってもいいですか?」


 という七瀬の一言が、クラス中の注目を集めていた。俺は即座に七瀬の手を引っ張り、部室棟まで脱走犯のごとく逃げ出し、コンピュータ部の部室へと飛び込んだ。

 俺は切らした息を整えてから言った。


「やっぱ確認取らなくていいから」


「え? でも勝手に来られると困るんじゃないですか?」


「噂になりそうなんだよ」


 いや、もうなっているのかもしれないが……。おしとやかでお嬢様然としている七瀬と、万年クラスの隅っこで日和っている俺が一緒にいる。俺が一般人だったら一発で飯のネタにしているところだ。


「ここ以外では俺の話をしないでくれ。周りに騒がれるの、苦手なんだ」


「そうですか……」


 しょぼん、と擬音が聞こえてきそうなくらい、七瀬が肩を落としていた。空気が抜けていく風船みたいに小さくなっていく七瀬を見ていられなくなった俺は思わず、


「ほ、ほら! その分ここだったらいっぱい喋っていいから! それで勘弁してくれ!」


「……! はい!」


 不本意ながらにフォローを入れると、七瀬は一瞬で笑顔を取り戻していた。……その表情のことを、俺は可愛いと思ってしまって……違う! 俺は二次元に生きるんだ!

 自分に必死に言い聞かせて、椅子にどっかりと腰を落とす。


「そうです、忘れてました」


 七瀬は手に持っていた手提げバッグを机の上に置いた。


「差し入れ、持ってきましたよ」


 俺の隣に立ったまま、バッグの中に手を突っ込んでいく。部室乱入を断るために口からでまかせで言ったような条件だったのだが……まさか本当に持ってくるとは。まあ、ポッキーとか気軽に食べられるお菓子でも持ってきてくれたのだろう。



 ……なんて思っていた数秒前の俺を殴りたい。



 何も置いていなかった小さな机の上は、気づけば無数のタッパーで埋まっていた。いくつなのか数えてみようと思ったが、片手の指で数えきれなくなったあたりで事態の異様さに気づいた。


「なんだよこれ!?」


「お昼休みだからお昼ごはんを作ってきたんですけど……ダメでした?」


「ダメとかそういうことじゃなくて! これ全部七瀬が作ってきたのか!?」


「そうですよ」


 特に何とも思ってなさそうなあっけらかんとした表情で、七瀬は簡単に言ってのけていた。


「もしかして、料理得意なのか?」


「言ってませんでした? 家庭科部なんです私。むしろ料理が唯一の特技なんですけど……」


 美少女な上に料理まで出来るのか。三次元と侮っていたが、もしかすると意外とやるのかもしれない。


「よかったら一緒に食べませんか?」


「い、いいけど……」


 俺は躊躇いながらそう答える。七瀬は俺の返答を聞き、ニコニコと微笑んでいた。


「とにかく座ってくれよ。あんまかしこまられると、俺も困る」


「じゃあ、失礼します」


 七瀬は昨日と同じように深々とお辞儀をして、椅子に座る。この礼儀正しさ、本当に同学年なんだろうか。

 あ、同じ年と言えば……。


「そういえば、なんで敬語? 俺たち同い年だよな?」


「その……やっぱり変ですか?」


「うん、ヘンだな。タメ口でいいと思うんだけど」


 はっきりと答えてみる。七瀬はショックを受けたのか、大きく目を見開いていた。表情が豊かで見ていて飽きないものだ。

 七瀬は歯を噛み締めながら黙々とタッパーを開けていたが、全部開けきって完全に手持ち無沙汰になってしまって覚悟がついたのか、


「こ、これでいい……かな……?」


「……! い、いいんじゃないか?」


 ドキッとした。七瀬が敬語を辞めた途端、頬がふっと赤くなっていく。それを見た俺は、まるで恥じらいの感情が伝染病であると錯覚するかのように、顔が熱くなっていくのを感じた。それはきっと、七瀬が頑張って俺のために合わせてくれようとする心遣いが見えたからなのだ、と思った。


 俺と七瀬を挟む50cmの机の間に、小さな沈黙が生まれる。


 なんだかもどかしくなって、俺は照れ隠しのように、一番手近にあったイモの煮つけを一つ摘まみ、頬張る。


「あ、うまい」


「本当? 良かったあ」


 ほっと胸を撫でおろす七瀬。煮つけは中まで柔らかくなっており、噛むだけでほろりと崩れた。味もよく染みている。家庭科部員を自慢するだけのことはあるようだ。


「八谷くんの好みに合うか、分からなくて心配だったんだ」


「それは心配ないんじゃないか。俺、好き嫌い無いし」


「それなら良かった」


 七瀬はほっと胸を撫でおろしていた。

 家が貧乏というものは時として人を強くするもので、貧乏な家庭――父さん母さん正直に言ってゴメンな――の元に生まれた俺は、出されたものはなんでも食べられるだけの成長を遂げたのである。


「小学校の頃さ、給食でレバーとかグリンピースとか出るじゃん。食えるからって理由で全部俺のとこに回ってきてたんだよな」


「分かる! 私もそうだったんだ!」


 七瀬は俺の手を握る。七瀬の両手は、中身を注いだばかりのスープカップのように暖かかった。


「仲間だね」


 顔が近い。共感というものは人に好意を抱かせやすいなんて話を聞いたことがあるが、七瀬もそこらへん意識して俺に接しているんだろうか……なんてことを考える自分が、ふとイヤになった。


 お茶を濁したくなって、俺はペットボトルの緑茶を振った。くだらなくなって、俺は正しい意味でお茶を濁す。


「七瀬も好き嫌いないのか?」


「そうだよ。『好き嫌いゼロ』が私の座右の銘だから」


「それこそ小学生みたいな抱負だな」


「そうは言うけど、食べ物は大事だよ。残したら、残した食べものが幽霊になって夢に出るんだよ?」


「今度はばーさんみたいなこと言うんだな」


「みたいもなにも、おばあちゃんの受け売りだから」


 言ってから、七瀬は自分のそばにあった焼き魚をほぐして食べ始める。そういえばラインナップが和食に寄ってるな、なんてことを俺が考えているうちに、七瀬は口をハンカチで拭い、俺の方を見つめていた。


「八谷くんはある? 抱負みたいなの」


「抱負、ねえ……」


 俺は緑茶を飲みながら、ふと考える。抱負……と言われるとピンとこないが、野望みたいなものなら、頭の中に浮かんでいた。


 ――「三次元なんて嫌いだ。俺は二次元に生きてやる」。


 そんな主義主張が俺にあったのだが、いざそれを七瀬の前で言おうと思った時、七瀬のきらきらした目に気づく。何かを期待しているかのようなその視線を受けていると、何故だか……抵抗を感じてしまっていて、


「無いよ、そんなもん」


 適当にはぐらかして、俺は生姜焼きをひとつまみ、口に頬張るのだった。


 □


 七瀬と俺は、毎日昼になると部室に向かって、二人で昼ご飯を食べていた。


 お互い、顔を突き合わせるのは昼休みだけだった。


 俺も部活はあるのだが、七瀬はと言えば家庭科部の次期部長候補とかなんとかで、毎日頑張っているらしい。VRの映像データをダウンロードしまくってるだけで部活動と言い張る俺とは大違いだ。


 今まで食事は購買のおにぎりだったから、七瀬が食事を持ってきてくれるのは助かっていた。しかも美味しい。

 気づけば、俺は当たり前のように七瀬を部室に入れるようになっていた。


「八谷くん」


「なんだ?」


「その、ぶいあーるというのは、ほかにも色々できるの?」


「できるよ。VRで女の子を鑑賞したりとかな」


「女の子を……?」


 疑問に思っているらしく、首が見事に傾いていた。

 これは七瀬に二次元の魅力を知ってもらういいチャンスだ。俺はVRゴーグルの映像を設定し、七瀬の頭にかぶせてやる。


「わ……! 可愛い女の子……!」


「そうだろ?」


「この子が、八谷くんのお気に入り……?」


「そうだぞ。その子は特におすすめ。笑顔もいいし胸も大きいし声もかわいい。最高だ」


「……」


 七瀬が突然沈黙し、ゴーグルを外す。気になって目線を飛ばすと、すぐにふいと目をそらしてしまう。


「七瀬サン?」


「べつに、焼き餅なんか焼いてないです」


「いや、俺何も言ってないんだけど。というか敬語」


「焼いてないです」


 その割には、ほっぺたが焼けた餅のように膨らんでいた。嫉妬にもいろいろあるとは思うけど、まさか二次元の女の子に嫉妬する女子がいようとは。


 ……なんてことを思って、俺はとあることが気になり、七瀬に訊いてみようと思った。


「七瀬」


「……? どうしたの?」


「こないだはなあなあで誤魔化したんだが」


 タッパーに入ったミートソースのスパゲッティをフォークに巻き付けながら、


「七瀬は、その……俺のことが好きって言ってくれてたよな?」


「うん」


「そうか」


 俺は七瀬の回答を聞き、一寸だけ目を瞑った。また見開いた時、七瀬の顔からいつもの柔和な微笑みが消えていた。真剣な話だと悟ったのだろう。


 俺は言うか少し躊躇った後、やはり言おうと決め、一度唾を飲み込んでから口を開いた。


「嘘つけない性分だから正直に言うけど……俺、七瀬のこと、疑ってるんだと思う」


「……!」


 七瀬が驚き、口を押さえていた。そりゃ、疑ってるなんて言われたら誰だってびっくりするだろうと思う。それでも構わず、俺は続けた。


「別に俺、イケメンでもないしオタクだし。惚れられる理由がないからさ」


「そんなことないよ。それに八谷くんは良い人だと思う。私を助けてくれたし」


「それは表面上の話だろ。もしかしたら、一度男に優しくされたから勘違いしてる可能性もあるか、って思ってさ」


「そんなこと……」


「――例えば」


 七瀬の台詞を遮ってから、


「例えば、俺より全然イケメンで良い奴に告白されたらどうする?」


 俺は問いかけた。


 さすがにここまで真っ直ぐに慕われては、これを罰ゲームか何かだと疑う余地はないだろう。しかし、俺は思うのだ。七瀬の……彼女の気持ちが、初めての恋によって燃えたぎった、一時の想いなんじゃないか。

 七瀬は……可愛いんだ。もし、俺よりもっといい男に言い寄られたら。気持ちが冷めたら、七瀬は飽きてどこかに行ってしまうんじゃないか、と。


 俺は七瀬の回答を待った。七瀬は言うか言うまいか迷うように俯いていたが、やがてその柔らかい唇を湿らせ、声を発した。


「そんなことありえないから、分からないよ」


 七瀬は珍しく、自嘲気味に笑っていた。


 

 そんなことを言っていた日の、まさにその夜。


 七瀬は……同じ部活の男子に、告白されていた。

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