園田くんと小鳥遊さんのお昼ごはん①
・園田くん
引っ込み思案の男の子。小鳥遊さんのことが好き。
不器用だが、頑張り屋。
・小鳥遊さん
おっとりしている女の子。ご飯のことが好き。
男女ともに人気が高い。あと胸が大きい。
お昼ご飯を最高においしくする方法を、あなたは知っているだろうか?
それは、好きな人と一緒に食べること。母さんが父さんとの思い出語りの最中に言っていた。
僕の好きな女の子は、とても美味しそうにご飯を食べる。
昼休みになると、毎日のように彼女のところに女の子が集まり、彼女におかずをおすそ分けしているのを見る。
――たとえば、卵焼き。
――たとえば、ミートボール。
――たとえば、ロールキャベツ。
どんなものでも幸せそうな笑顔で食べてしまう彼女は、ランチタイムの人気者だ。
そんな彼女のことを毎日目で追っているうち……僕は彼女のことが好きになっていた。
□
神代高校二年三組、出席番号十四番。小鳥遊陽菜子さん。
小鳥遊さんは、今日もとても美味しそうに昼ご飯を食べていた。
僕こと園田悠斗は、それを後ろの席からぼんやり眺めるだけ。
うちのクラスの男子のほとんどは、四時間目が終わるとすぐに食堂へと走って行ってしまうから、教室には僕を含めた数人の男子と、後は小鳥遊さんを中心とした女子グループが残るのみだった。
僕は右から二列目の一番後ろの席で、小鳥遊さんは三列目の最前席。昼休みになると、彼女は必ず机を反転させ、友達と食事を摂っている。その都合で僕は小鳥遊さんの顔が見えるわけで、いつも彼女の笑顔を見ながら、細々と焼きそばパンをかじるのだった。
「ヒナコー、今日はベーコンポテトをお食べー」
「ハンバーグひとくちあげる」
「トマトサラダもあるよ」
女子たちの会話がところどころ聞こえてくる。小鳥遊さんは友達から次々とおかずを差し出され、ひとつひとつを順に頬張っていた。食べるたび、目がキラキラ輝いているのが可愛い。
「おいしいねー」
「デリシャスだねー」
「すっぱいけどおいしいよねー」
など、小鳥遊さんはそれぞれにきちんとコメントを返す……のだが、ボキャブラリーが少ないのか抽象的な答えばかりが飛んでいく。でも、僕が覚えている限り、彼女は一度も「まずい」と言ったことがない。
気が遣える子なのか、それとも本当になんでも美味しいと思っているのかは分からないが……絶対に嫌な顔をしないからか、男女を問わず人気が高い。
ただ、女子だけではなく男子からの人気も高いというのが問題で、
「はー、小鳥遊ってエロいよな」
「胸でかいし」
「太ももむっちりしてるし」
「ちょっとぽっちゃりしてるっていうかさ」
「バカお前それがいいんだろがよ」
「言うねえおっぱいソムリエ」
という会話を、今まさに左隣の男子グループ三人組が行っていた。日頃の食事の賜物なのか、小鳥遊さんは他の子よりちょっぴり肉付きが良い。……そういう理由で男子からもよく注目を集めていた。
僕はそもそも彼女がご飯を食べている時の笑顔が好きなんだけど、確かに言われてみればカーディガンの上からでも形が分かる立派な胸とかニーソックスが作っている絶対領域が魅力的だと断言したくなる気もするというか、いやもちろんそれが理由で好きなわけではないのだがやっぱり僕も男だから目を引いてしまうというか――
とにかく、小鳥遊さんが男子に人気があるという実情は、小鳥遊さんが誰かに取られてしまうかも、と僕が焦ってしまう理由になるには十分だった。
そして僕は考えた。どうすれば小鳥遊さんの気を惹けるだろうか、と。
……答えはすぐに出た。
――弁当を作ることだ。
それから、僕の弁当作りの修行が始まったのである。
「悠斗、こんな朝っぱらに起きてどうしたの?」
朝の五時に起きてキッチンに立っていると、後から起き抜けてきた姉に心配された。春佳姉さんは僕の慣れない包丁さばきを見るなり、大きな欠伸をひとつ飛ばしてから訊いてきた。
「アンタ、今まで料理とかしなかったじゃん。それ弁当? 急にどうしたの?」
「と、友達に弁当作ってきてくれって頼まれてさ」
「……友達ー? それは男友達なのかなー?」
しどろもどろになりながら誤魔化すも、秒でバレてしまっていた。好きな女の子が食べるの大好きだから話す口実を作るために弁当作ってます……とか、恥ずかしくて言えない。相手が身内ならなおさらだ。
姉さんは冷蔵庫を開けて牛乳を取り出しながら、
「まあ、誰に渡すかは聞かないでおくけど」
コップになみなみと注いで一気に飲み干して、
「包丁で怪我だけはしないようにね。アンタ不器用なんだから」
「……気を付けるよ」
僕に忠告を授けた後、姉さんは伸びをしてからリビングへと向かっていった。僕はと言えば、野菜を切っている途中で左手をざっくり切ってしまい、絆創膏を貼る羽目になってしまっていた。
□
さて、僕のバッグの中には、弁当箱が入っている。
他の中身はいつも通りの教科書とノートと筆箱。そこに弁当箱が一つ増えただけなのだが……何故だか、普段よりはるかに重くなったような……そんな気がしたのだった。
いつものように校門をくぐり、いつものように靴を履き替え、いつものように教室に向かい、いつものように席に着く。
それから、かなり遅れて小鳥遊さんはやってくる。どうも小鳥遊さんは朝に弱いのか、毎日ギリギリの時間に滑り込むように走ってくる。大体は間に合うのだが、たまに間に合っていないときもある。
そういう日は自慢のロングヘアがぼさぼさになっていて、クラスの笑い種になるのが常だ。HRが終わった後で、友達に髪をとかしてもらっているらしい。単純に寝坊のせいかとも思ったのだが……彼女のことだから、きっと朝ごはんをお腹いっぱい食べていて遅刻するんだろうな、なんてことをぼんやりと考えていた。
今日の小鳥遊さんは……遅刻せずに済んだようだ。
「せ、セーフだよお……」
小鳥遊さんは教室の後側の扉を引いて現れた。息も絶え絶え、頬に汗が浮かんでいるのを見た僕は、やたらに心臓が高鳴るのを感じた。彼女が慌てて入ってくるのはいつものことだが、今日はいつにも増して魅入ってしまっていた。きっと弁当を意識しているせいだ。
そんな小鳥遊さんが僕の視線に気づいたのか、
「園田くん、お、おはよー……」
フラフラとした足取りの中……僕に声をかけてきたのだ!
「お、あ……おは……」
動揺で上手く声が出せない。しっかりするんだ園田悠斗。お前は好きな女の子に挨拶もできないのか。そう自分に発破をかけた結果、
「お、おはよう……小鳥遊さん」
なんとか聞き取れる形での返答をすることに成功した。小鳥遊さんは疲れた顔の中に笑みを混ぜ、僕に手を振ってくれた。
「……あの、小鳥遊さん」
「ん? どしたの? 園田くん」
好きな人と挨拶できたことで気持ちが奮い立った僕は、思い切って小鳥遊さんを呼び止める。小鳥遊さんが足を止めてくれたのを見て、僕はバッグから弁当を包んだ巾着袋を取り出した。
「えっと、僕と……」
言葉が続かず、小鳥遊さんと見つめ合う。小鳥遊さんの優しそうな垂れ目が、僕の顔をまじまじと眺めている。僕はそんな彼女の顔を直視できなくて、思わず視線を下げた先でそのふくよかな胸部を見てしまい、罪悪感を覚え始めたところに、
「ヒナコー! 早く席つきなよー! 先生来るよー!」
クラスメイト……おそらく小鳥遊さんの友達の一人だろう……が呼びかけるように声をあげ、その声に小鳥遊さんが反応する。
「あ、席つかないと……ごめんね、園田くん」
小鳥遊さんは小さく手を合わせて僕に謝った後、急いで自分の席へと向かっていった。僕は翻る背中を目で追いながら、誰にも聞かれないように小さくため息をついた。