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短編)虹を見たから  作者: MV E.Satow maru
虹を見たから
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虹を見たから 後編 contingency rendezvous

1998年8月 守雄


お盆。俺は会社時代の同期からの誘いで呉へ旅をした。

父親を早くに亡くし高校生の時に母親も亡くなっていて天涯孤独の身だったので帰省とか関係はなかった。

その同期は今、呉事業所の勤務になっていた。

会社を辞めてからもお盆の前後に勤務地に遊びに来いよと誘ってくれていた。


呉に着いた日の夜。ホテルにチェックインすると早々に出た。

同期と会うのは翌日夜だったので近くの中華屋で軽く食べた後、繁華街の方へ出て一人で少し飲もうかと思って歩いていた。


アーケード街を歩く浴衣姿の女性たち。

一次会を終えてお店を出たところだったが、その中で一人だけ目が据わっていた。

酒に強いはずの人なのに絡み酒。

一緒にいた人達はどうやって彼女を先に帰らせたればいいのかと頭を抱えていた。


すると彼女の眼が何かを見つけた。

一瞬にして曇っていた表情が晴れやかになり、そして怒りの表情に変わり、更に笑顔になって少しフラフラながらも駆け出した。彼女の友達が声を上げた。


「ちょっと、春海、どこ行くの?」


俺は何か聞いた名前が聞こえた気がした。

すると突然、浴衣姿の女性が駆け寄ってきて後ろから不意打ちでまるで体当たりのように抱きついてきた。

俺は振り向いてそれが誰だか知った。


「守雄くん、守雄くんだ。君、なんでここにいるの?」

「えーと、春海先生こそどうして?あと酔ってますか?」

「思いっきり酔ってまーす」


と最後の問いにだけグダグダに答える春海先生。そして崩れ落ちた。慌てて受け止めた。


「春海先生、大丈夫?」

「大丈夫、私は酒に強いんだから」


正直、今、この状況で春海先生のその言葉を信じろと言われてもなあ、そう俺は独りごちた。


春海さんは結婚だの子どもだの嫁姑紛争だの友人たちからはそんな話ばかり聞かされて、すこぶる機嫌が悪く、そのせいで生ビールのピッチが速かった。

友人たちはそんな春海さんを止められず(下手に声を掛けると返り討ちにすると言わんばかりに飲ませた)結果として飲み過ぎたらしい。


春海さんの友人達の中から「なんだ、春海にもいい人がいるんじゃない。良かったあ」との声が聞こえてきた。

挙げ句に「きっと彼が春海を迎えに来たんだよ。もう春海、私たちの前で見せつけちゃって」とも言っているような。それは思いっきり誤解なんだけど。俺は頭を抱えた。

そうしているうちに彼女らは俺に


「春海ちゃんの事,諸々よろしくお願いします」


と言って友人たちは「二次会に行こう!」と通りの人混みの中に消えていった。ひどい。


こうしてアーケード街のど真ん中で俺は春海さんと二人きりにされた。

春海さんを肩に担いでなんとか東の広い通りまで引きずって行くとタクシーを捕まえた。

とりあえず春海さんを後席奥に押し込む。


「春海先生、運転手さんに実家の住所言って、住所」

「ん。住所?実家の住所はねえ。灰ケ峰の県道上がっていったところの峠の手前のバス停。行けばその時言うわ」


眠ってしまう春海さん。

運転手が酔っ払いを一人は困るよと言うし一人で帰すには心配だしと仕方ないので一緒に乗った。


「運転手さん、この人の言っている県道って分かりますか?」

「峠道の県道のバス停なら分かるよ」

「じゃあ、そちらへお願いします。あと途中コンビニがあったら寄りたいので」

「いいよ。あとこれいざとなったら使って」


と運転手から飛行機によくあるビニールで内張されている紙袋を渡された。

いるような事態にならなきゃいいんだが。


途中見かけたコンビニで止めてもらうと水のペットボトルを2本買って1本は車内で春海に飲ませた。


「さあ、春海先生、飲んで」

「え、ビール?なんだ、水じゃないの」


と言いつつもあっという間に1本空けるとまた眠りこけた。


こうして峠道の中腹の春海さんの実家の近くに辿り着いた。

タクシーは奇跡的に起きた春海さんがバス停の前で止めてもらった。

ハザードランプを点灯させてタクシーは停車した。


「ここ、結構交通量あるからあまり止まってられないんだ。まず料金を。あとこのお姉さんをそこの長椅子に降ろして、さあ」


と追い立てられた。

料金を払い春海さんを長椅子に座らせるとタクシーは先の路地に車を突っ込んでUターンして県道を走り去って行った。


春海さんの家の人を呼びに行った。玄関のブザーを鳴らした。


「はい、はい。」


と声が聞こえて春海さんの母親らしき人が出てきたので頭を下げた。


「夜分、すいません。一条と言います。お嬢さんの春海さんが酔い潰れて。バス停のところまでタクシーで連れて来たので来て貰えますか」

「あの子が酔い潰れるとはなんとまあ。今から行くけ」

「じゃあ、俺は先に行ってますから」


先にバス停の春海の元へ駆け戻った。


春海さんはバス停の長椅子に腰掛けてもう1本の水のペットボトルを片手に月夜を眺めていた。

水を飲んで車中で寝た事で少し酔いが覚めたらしい。


呉の町並みの灯り、月夜に浮かび上がる物憂げな春海さん。美しい光景の中に佇む彼女に心を奪われている事を自覚した。春海さんはこちらに気付いて溜息をつくと謝った。


「一条くん、ごめんね。醜態さらしちゃってさ。ちょっと呑まれちゃったな」


いや、そこはちょっとじゃないだろうと心の中ではつっこんだ。


「いや、気にしないで。どうせ今晩は暇だったし。というかまさか呉で会えるとは思わなかった。」


気のせいかここで春海さんの目の色が少し変わった。

え、なんで?怒りの色?あんなに苦労して介抱したのに。


「そうね。でも喫茶店で私の実家が呉にあるって言ったよね?」

「はい?」


春海さんが何を言わんとしているのか世界は知らんと欲す。


「私がこの時期に帰省する事ぐらいは想像できなかった?私、あの後、ずっとあなたの事を探してたのに」

「いや、俺だって探してましたよ。喫茶店に行っても閉まっていて。呉ならひょっとしてぐらいは思ったけど、まさか、あんな風に街の中で出会えるとは思ってなかった」

「この街は狭いから。同じ町にいるのなら、あの人に出会いたいと念じていたら出会える街なのよ。船乗りだったくせに知らなかったの?」


春海さんに変な断定をされて苦笑。そして春海さんの眼が長椅子の隣に座れと言っているような気がしたので、そっと横に座った。


「もうじれったいわね」


春海さんに視界が塞がれた。しばらくして春海さんが顔を離すと言った。


「ねえ。私は守雄くんが好きよ。君はどうなの?」

「俺も先生の事は好きですよ」


そういうとこちらが春海さんの視界をふさいだ。

顔を離すと春海さんは心からの安堵の表情になった。そして真顔の体裁で言った。


「よし。なら許す。あと今後二人の時は絶対に先生って言うな」

「はい。春海せ……イテテテテ。じゃあ、今後は春海さんで」

「それでよろしい」




チセ


その頃にはチセがおっとり刀で家から出てきていた。

二人の一部始終を見てしまった上でわざとらしい咳をした。

どうやら一部始終を見られたと気付き赤面する二人。


「二人とももう遅いから家に入りんさい。一条さん、これからタクシー呼んでもあれじゃけ、今日は泊って行きんさい」


チセは月を見上げていった。


「春海にもいい人出来たんだねえ。勉強だけかと思っていたけど安心したけ。でもいきなり親に見せつけなくても」


とぼやきながら先に家の戻っていった。

顔を見合わせて苦笑する二人。




守雄


翌朝、チセさんと春海さんの手料理による朝食をご馳走になった上で春海産と二人で町へと降りた。

夜に俺が同期と会うまで町を案内すると春海さんが主張して一緒に過ごす事になった。

歴史研究者らしく町並みから戦前からある建築物などに詳しい(高校生時代にそういう事を根掘り葉掘り調べていたのよと言われた)。


そして夕方近くになって呉市美術館近くの旧呉鎮守府司令長官公邸を通って病院へと向かった。


「ちょっと父さんに声かけたいから」


そういう春海さんについていくとある病室へ入った。

検査入院中の千裕さんは本を読んでいた。


「ああ、春海か。誰か一緒に来たのかい」

「うん。一条守雄くん。向こうで偶然知り合った人で昨夜街中で偶然会ったので今日は案内しているの」


と紹介されたので頭を下げた。


「一条守雄と申します。春海さんには色々とお世話になっています」


眼鏡を光らせた千裕。


「父の千裕です。娘こそお世話になっているようで」


と返された。そして春海さんに


「お前の話はやけに『偶然』が多いのお」


と容赦なく突っ込んだ上で微笑んだ。そして守雄には


「こんな不束な娘ですが仲良くしてやって下さい」


と言って頭を下げたのだった。




2016年8月 呉 春海


「ねえ、その喫茶店って今もあるの?」

「あるよ。マスターは今もお元気だし。年1回ぐらいだけど、お父さんとたまに待ち合わせてるから。何故かアイスコーヒー,美味しいのよね」


お母さんたちが行っているのは十中八九、5月連休明けじゃないかなとミフユは予想した。

お母さんのコーヒーは下手なカフェより美味いけど、このお店がどの程度かはまた別問題かも知れない。味は何も水や豆、淹れ方だけで決まるわけじゃない。


「ところでお母さん、酔っ払ってお父さんに連れて帰ってきてもらってその場の勢いで告白なの?よくお父さんOKしたね」


とはミアキ。恋愛の事なんて知らない小学生のくせに親のなれそめに冷静な要約。


「流石は年の功。」


とミフユ。すかさず私はミフユの頬をつねった。


「イテテテテ」

「ミフユは人の歳を言わないの。そんなところお父さんに似てどうするの」


そして私は微笑みながら二人に言った。


「人の出会いなんて偶然のなせる技なんだと思うけど、それでも何か引力を持った関係ってあるのよ。二人ともそういう良い人を見つけたら機会を逃さない事。次の機会なんてないかも知れないんだから」

『はーい』


高校生と小学生の姉妹はハモって答えた。


そう、もし守雄くんが私の講義を選択科目として取っていたら、こんな関係になる事は考えもしなかっただろう。守雄くんのモグリ受講から始まる偶然の積み重ねがあって私達とこの子達がいる。


家の方から守雄くんの声が聞こえた。


「みんな、スイカ切ろうと思うけど、食べるか?」

「それもいいけど、缶ビールも持ってきて。私たち二人は飲みましょ」

「じゃあミフユとミアキにはスイカ持って行く。春海さんと俺はビールにしようか」


私達三人は声を揃えて返事した。


『はーい』


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