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妖精の森 III


「…ァべル、アベル?」


 暗闇の中に光が差す、頭の中にその声は響き渡る。


「あなたはきっと立派な子に育つわ、だから強く生きなさい」


 女の声だ、優しい声音で囁いてる、誰だろう。


「いくよ、フェル、そろそろだよ」


 今度は男の声だ、女の声よりすこし遠くからした気がする。突然ほおに手があたる感触がした、何も見えない、ただ女の柔らかい手が右のほおに止まった感触だけ。


「じゃあね、アベル」


 また女の声だ、だけど今度は少し違った、声が湿ってる、あ、泣いてるのか。手が滑りながら顔を離れた、そうの動作のせいか、少し匂いがした。懐かしい、甘くて、落ち着く匂い。


 暗闇の中、ポツリと光る点は少しづつ遠くなっていく。小さく、鳥が羽ばたいていくように、軽やかと。少し寂しさを感じた、見知らぬ人たちとの別れ、心に虚しさだけ残したように、なぜか悲しいと思えだ。

 なんでだろう…


・・・


 ゆっくりと目が開く、ぼやけた視界が次第と鮮明になる。


(今のは夢か?)

 

木目の天井はランプでほのかに暖かい色をしていて、落ち着く。ベットに自分が寝かされていることに気づく。そして、長い眠りから起きたように、体が思うように動かない。かろうじて目だけは動かせた。


 あたりを見回すと、そこは見覚えのない小さな木造部屋だった。隣に誰かが座っていることに気づいた。うたた寝をしている、そしてなぜか制服がボロボロだ。何があったのかわからないけど、この人が無事でよかったと感じる。名前を呼ぼうとして口を開けるが、声が思うように出ない、カサカサした喉声しか出なかった。

 

その人はその声に反応して、顔を見上げた、死人を見たような目でこっちを見ている。


「あ…ぁ…」


 言葉が出る前に、大粒の涙がその人の顔からボロボロと零れ落ちる。


(泣くなよ、アイン。)


 ベットの隣に置かれ椅子に座り、彼女は顔を布団に突っ伏して泣いていた。


「どした?アインちゃん?」


 アインの背後にあった外開きのドアが急に開き、眠そうに少女が顔を覗かせた。


「あっ、ゲートくん起きてる!よかったねアインちゃん、ジッちゃん呼んでくるから」


 少女は慌ててドアも閉めずに駆け出す。その頃、アインは泣き止み、少し落ち着いたようだ。


「あ…アイン?」


 声が戻っているみたいだ、とにかく状況を、頭がまだ混乱していて何も思い出せない。体が動けるようになってきた、首を上げて布団に顔をうずめながら、しゃっくりを繰り返すアインを見つめる。


「なぁ、これ…」「お待たせ!!ツゥレッテきました〜〜!!」


 ゲートの質問を待たずに、またさっきの少女が戻ってきた、白い歯を光らせ笑っている少女の後ろから何か(未知生命体)がでてきた。

 

何か(未知生命体)というか、まず人間のプロポーション的におかしい何かが姿を現した。杖を片手に、とんがり帽をかぶっている。長い髪といかにも魔法使いだという髭で、目がギリギリ見えるぐらいに顔が隠されている。ただ、背が腰ぐらいまでしかないのが…ちょっとだけかわいい気もする。


「ふむ、ゲートとやら、起きたのじゃな」


(喋った、声低っ!)


 上体を上げた、アインはいつの間にか顔を上げていて、涙を拭っていた。


「お前たちは?」


「あたし?あたしはトリーっていうの、よろしくね、ゲートくん」


「あぁ…よろしく…」


 ニタァと笑って見せた、かわいい…いけねぇ、そういうこと考えてる場合じゃなかった。どんな場合かは知らないが。

 

少女は牡丹色の髪をポニーテールにしていた、顔も整っているし、身長もアインくらいで、正直タイプかもしれん。ただちょっとだけ違和感が…いかん、変なこと考えんな!


「んで?そこの…変な生き物は?」「こ…こら!ゲート!」


 さっきまで傷心モードのアインが慌てて止めに入る。


「ふむふむ!失礼な、わしに向かってなんという口を聞く、ゲートとやら、この恩知らず目!」


 しょうがないだろ、人間には見えないし。それにふむふむってなんだ。あ、でもさっき確かトリーはジッちゃんとか言っていた気が…えっ?


「ハハハハ…!変な生き物だってさ、ジッちゃん、ウケる!」


 突然腹を抱えてトリーは笑い出した、いや、笑うとこか?ジッちゃんは黙り込んでしまった。


「ゲートくん、あんた面白いね、そうね、あたしたち少し変に見えるのも当然よ、あたしたち君たち人間とは違う妖精だもの」


「...?はぁ!?」


 妖精?あの絵本でてくるやつか?いやいや…そんなわけ…だけど確かに、さっき感じた違和感、よく見たらトリーの耳は尖っている…マジか…


「ゲート、私たちをこの人たちが助けてくれたのよ」


 アインが説明に入った、冷静さを取り戻したらしい。今度は俺が混乱していた。


「ゲート、落ち着いて聞いて…君は、一回死んでいるのよ」


「...」


 どうリアクションを取ればいいんだろう。死んでるって、はい?


「覚えてる?最後に…最後におじさんが連れていかれちゃったこと」


 アインの顔が強張る、ゲートは必死に記憶を辿る、するとそこにあった。思い出さないほうが良かった、と思ってしまうほどの記憶が。


「あ…あぁ、あれは本当だったんだな」


 思わずゲートは頭をかかえた、思い出そうとすると頭痛がする。


「えぇ、それで戦っていた化け物の一人が気絶したわけなんだけど、私たちが離れようとした時、その()()()が起き上がったの」


「そうなのか…そっからよく覚えてねぇ…悪い」


 喉がカラカラになる。ちゃんと覚えているはずなのに、親父が消えたところからの記憶にはもやがかかっていた。思い出そうとすると背筋が凍るように体が冷える、思考が止まってしまう、まるで氷結されたように。


「うん、多分それでよかったのよ…それで君はその化け物を追い返した…命を引き換えにね」


「それって…」


「魔力の大出力に体がついていけなかったんじゃよ、ふむ、わしも二百年以上生きるが、こんな症状は初めてでな」


 突然割って入った妖精の爺さんが説明した、って言うか二百年って…


「それでね、逃げて気を失った私たちを、そこのトリーさんが見つけてくれて、お爺様に診てもらったの」


「えっへん、ジッちゃんはこう見えてこの街一のお医者さんだからね、あと…アインちゃん、その『トリーさん』じゃなくてトリ―でいいわ」


 トリーは腰に手を当てて自慢げに語る。


「ふむ〜!こう見えてとはなんじゃ、こう見えてとは」


 爺さんはトリーを見上げながら杖をトントンと床に叩きつけた。ふむふむと言っているが、結局その言葉に意味はないみたいだ。


「あはは…というわけ()、この()()がね、私たちの命の恩人()


 苦笑いして、アインはそう告げる。あれ、何かイントネーションがおかしいのは気のせいかな?


「そういうことか…悪いな、爺さん。それから、トリーもありがとな」


 ここは素直にお礼を言わなくては、照れくさいが、感謝の気持ちはちゃんと言っておこう…アインに怒られる前に。


「ふむ、わかればい…」「うん!どういたしまして、ゲートくん!」


「ふむ!わしの話している最中じゃないか!」


「あっそう?ごめんね」


 トリ―はベロを出して茶化す。一応病人の前なんだが、ちょっとだけうるさい…だけど、今はそれが少しだけうれしい。アインを見ると、アインもまたこちらを見返しながら微笑んでいた。俺は笑ってていいのか?なぁ、親父?


...


 話を聞くと俺はどうやら丸一日寝込んでいたらしい。その間、アインは意識を取り直すなり俺のそばにつきっきりでいてくれたみたいだ。

 

起きて少し経つと体力も戻ってきたのでさっきの爺さん、モーリスが風呂にでも入ってこいと言う、幸い、この家には男女で浴室が分かれている。

 

トリー曰く、爺さんの趣味は『風呂』だそうだ、なのでこだわりぬいた末、男女個別の浴室がてきたらしい、エトワールの大浴場を思い出す。変わっている趣味で、大理石じゃなく、木でできた一風変わった浴室だった。

 

体を洗っていてふと思った、制服はボロボロなのに、傷ひとつないと。多分モーリス爺さんのおかげだろう。ただ、教会のあった場所から家の裏まで俺を引きずってきたんだから、アインには苦労させた、それは制服の凄惨な姿を見ればわかる。


「アイン……いるか?」


 何かいい香りのする木でできた湯船に浸かると、俺はアインに声をかける。


「なに?」


 それを待っていたかのように、自然とアインは相づちを打つ。

 

浴室は二つに分かれているが、その間を一枚の壁がしきり、なぜか壁と天井は繋がっていない、ただ向こう側が見えない高さではあった。妖精の文化なのか、とにかく隣と会話が出来てよかった。


「さっきの話…本当なのか、エトワールにはもう戻れねぇっていう…」


「えぇ、おじさんの話を聞いて私も最初はわからなくて、ただ早く離れないとって思ったの。荷物をもって家を出ると、私たちが指名手配になっていたの」


「親父はそのことを知っていたということか…俺たちが知らないことはきっとまだある…」


「そうね…後でモーリスさんに聞いてみようかな」


「もう…戻れないんだよな…これからどうすればいいってんだよ…」


 大きくため息を吐き、天井に結露した湯気を見上げる。


「私もよくわからない、おじさんは私たちどうして欲しかったんだろうね」


 向こうから湯船の湯を指で弾く音がした。壁に背もたれる俺、反対側でアインも同じ壁に寄りかかり湯船に浸かっていることが分かる。彼女がしゃべる度に軽い振動を薄い木の壁から感じる。

 

それ以上の会話はなかった。起きたばかりの俺の体は未だ疲れが取れ切れていない様子だった。

 

色々と不可解なことがある。一体妖精たちはなんで自分たちを助けてくれたのか。親父は誰に連れ去られたのか。そして、自分たちを待ち受ける未来。その全てが謎に包まれたままだった。それでも俺は思った。


(わからないことを考えてもしょうがない。俺が今できることをするだけ、わからない事でクヨクヨしてられっか。)


「アイン…迷惑…かけたな」


 照れ臭く俺は言った、これでも精一杯の感謝を伝えたつもりだ、俺に『ありがとう』何て言えない、そんなくさいセリフ言うくらいなら、もう一度死なせてくれ。


答えはすぐに帰ってきた。


...


「うん、いいよ」


 (ほんと、素直じゃないんだから…)


 アインは目をつぶった、微笑みを浮かべながら、これでいいと思った。ゲートのことは自分が一番よくわかっている、この言葉の真意にゲートが感謝の気持ちを込めたって事くらい。


 こちらこそありがとう、ゲート、生きていてくれて。と心の中で囁いた。


読んでくださりありがとうございます。少しだけストーリーのペースも上げて、ついに本編突入かww!?ということで、これからも物語を面白くしていけるように頑張ります。読んでくださった皆さんからの感想がもらえると嬉しいです。そして、この小説を少しでも楽しんでくれたら幸いです。これからも、宜しくお願いします。

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