妖精の森
失ったものは実に大きすぎたから。
私は誓った...もうこの人だけは失いまいと。
「行こう?ここにいてもしょうがないもの」
私はふらつきながら立ち上がった。口元からは苦し紛れの笑みを浮かばせた。日の光は見えないままで、時間もわからない、ただ顔に冷たく乾いた風が当たるから、もうすぐ夕方だと推測した。
「ゲートも、はやく立って、あそこのもう一人が起きないうちに、ね?」
風に揺れる黒い髪を耳にかけ、アインの視線の先は教会に向けられていた。そこに横たわる少女は死んだように動かない。神だとか言っていたが、そのみじめな姿は「かみ」のかの字も思わせない。それでもわかる、彼女が起きれば今の自分たちではまるで歯など立たたないと。
顔を暗ませたまま、ゲートは膝を押さえゆっくりと立ち上がる。何も言わずに、ゲートもさっきまで結界の張られた場所に目を向ける。あたりは相変わらず静かで、天から差し込む光は何一つ変わらない。
「あぁ、行こう」
ゲートは踵を返し、教会の敷地を出る小道を歩いていく。その目から涙はもう流れていない、ただ無感情に、亡霊のようにスタスタと歩いてゆく。
「ゲート...」
心配になったアインも後をついて行く。だが、すぐに歩みを止めた、誰もいない後ろで物音がしたからだ。
「少しお待ちを...あなた方、どこに行くおつもりで?」
肌寒い風が二人の背後で吹き始める。ゲートは歩みをやめたまま立ち尽くした。目を伏せたまま、表情がない。アインはその声に一瞬、恐怖で反応が遅れた。ゆっくり振り向くと、土煙の中、少女の姿があった。
「お察ししますと、どうやら私奴はやらかしたようでございますかぁ~実に...不愉快ですねぇ~はっ...ははは...」
顔を伏せたまま、薄気味悪い声でスカイディアは笑いだす。アインは顎を引き、相手の出かたを観察するように眉尻をよせ、睨む。そして実際、圧倒的存在を目の前にして、立ち尽くす以外なかった。
「故に...私奴の無残な姿を不運にも目撃したあなた方を...ここで消し去っても構わないでしょう...」
自分の腹いせにこれは理不尽だ。自分の敗北を見られたことは結界で知らないはずで。それはつまり倒れていた彼女を見ただけでいのちを狙うなど。傲慢横暴で滅茶苦茶だ。そう言い終えたスカイディアは宙を歩くように、見えない地面を踏みしめながら、近ずく。
(ダメ、死んじゃう)
そう私は心の中で思う、だがそれはたぶん自分に向けられた心配ではなかった。
「ゲート...下がってて、私がなんとか隙を作るから、そのうちに...ゲートは逃げてて」
さっと振り返りなるべく優しくそう告げた、また涙が出そうになる。ゲートは背を向けたままだった、どんな顔をしているか私には見えない、というより知りたくなかった。
「あらあら、忌々しい劣等種族の男の次は雑種の小娘ですか、足止め?片腹痛いですわ、あなた様の力では無理でございます。た〜だぁ〜、粋がる小動物は嫌いではないですよ、そこの坊やを殺った後で、あなたをたっぷりいたぶってから殺してさしあげますわ」
さっきの敗北を感じさせない高慢な口調は、自分を脅威だとすら感じてない自信を表していた。実際勝ち目などどこにもない。だけどゲートより魔法に長けた自分がやるほかない。
アインは出そうになる涙を袖で拭い、正面に向き直った。その目にさっきまでの優しさは微塵も残っていない、感情を殺した目は、殺意であふれていた。
ページを捲るようにして、自分は別人へと変われる。さっきまでゲートと話していた女の子と、今スカイディアの目の前にいる殺気溢れた猛獣。どっちが本当の自分かわからない、だけど今は、後ろにいる彼だけを守れればそれでいい。きっと彼を大事に思う自分こそ本物だから、形はきっとどうでもいいだろう。
「ゲートに指一本でも触れて見なさい、神様であろうとあの世へ叩き返してあげるから」
アインの目はぎらりと光る、今の彼女は女の子と言うより、相手を殺ることしか頭にない狂乱そのものだ。
「まぁ、お怖いこと、せいぜい殺って御覧なさい、出来ればの話ですが」
スカイディアは顎を突き出しながら、なおも気にせず歩み寄ってくる。緊張がが高まる、二人の距離がお互いの攻撃範囲に入る直前だった。
爆音と共にアインの背後から巨大な火の玉が突然頭上をよぎる。反応に遅れだスカイディアはそれを慌てて素手で防いだ。
突然の余り、狂乱から冷めてしまったアインは呆けたままその光景を目の当たりにしていた。そしてゆっくりと振り返る。ゲートは右手の掌を二人に向けていた。手からは煙が上がっている、今の魔法は彼が放ったものだとすぐにわかった。
「...ゲート?」
心配する一方で、アインは顔をこわばらせながらその光景を見つめていた。こんなゲートは初見ではない、ただゲートがこれからとる行動はおそらく...暴走だ。
ゲートは顔を俯かせたまま、口元に怪奇な笑みを浮かべる。スカイディアは目を疑った、自分の差し出した右腕が焼き落ちていたからだ。また口を開こうとするスカイディア、だがそれを待たずにゲートは地面に加速の魔法陣と残像を残し、一瞬にしてスカイディアの目の前に現れた。
「っ!!!」
歪みきった表情で、頬をつらせたようにケラケラと笑っている。そしてゲートは両手をバッとひろげた、次の瞬間背後からは無数の炎の鞭が現れる。見ている私は呆けるだけだった。スカイディアは顎を引いてゲートを警戒する、さっきの火玉がよほど応えたのだろう。
そして、ゲートは直立不動のまま、炎の鞭で猛攻撃を始めた。スカイディアに炎の雨が降り注ぐ。
「クッ...!!虫けらの分際で...!」
歯をくいしばるスカイディア、見た感じゲートの攻撃を避けるので精一杯だった。今のゲートに防御魔法は通用しない、ましてや、スカイディアのような氷魔法などもっと相性が悪いはず。ゲートは相変わらず邪悪な笑みを浮かべ、白い歯をむき出しにしていた。
スカイディアは幾らかの擦り傷を負うも、懸命に後退りながら無数の鞭を避けてゆく。
そしてその時はやって来た、スカイディアは空へと向かおうとする、だがゲートの鞭はそれを予測したかのように、スカイディアを囲い、半球体の火の檻ができた。
檻を少しづつ縮めゆくゲート、その中でスカイディアはゲートを睨む、目の前にいる人間に勝てないと知ったからか。自分が負けたというムシャクシャが晴れないままだからか。はたまた引けない理由があるのか。そのどれであろうと自分が神の端くれでありながら、人間に負けていることに怒っているように見えた。
「クッ...!!何を笑っているのでございましょう、塵埃の分際で、よくも私奴をあざ笑う度胸がおありで!」
歯をくいしばるスカイディア。口元から深紅の血がまた流れ出す、さっきの衝撃波で受けた攻撃だろう。
(前に立つゲートの顔は見えないけど…笑う?何のことだろう?)
ゲートの表情は崩れ、笑みを浮かべていようと、それは決して笑顔と呼べたものではない、なら何故。
「たかが人間が!よくも...よくも私奴を!!!覚えておきなさい!」
血走る目を見開きながら、スカイディアは淡い光に包まれ消えてゆく。天界に戻ったのかわからないが、とにかくに助かったとホッとする。そしてゲートの背中姿を見つめる。
ゲートが魔法を切り上げたのか、橙色の炎の鞭は空中で分解しながら、精霊へと戻り、消えてゆく。アインは考える、何か、なんでもいいからとりあえず声をかけなくちゃと。
「ありがとう、ゲート、今の魔法...どうしたの?知らなかったな〜、ゲートがこんなに強いって...ゲート?」
返事はなかった、彼の体は動かなかった。アインはゲートに歩みよる。
(嘘だと言って、それは幾ら何でも。)
「ゲートってば〜」
涙が出そうになる、ゲートの背中姿はまるで死人のようにびくともしない、自分は目の前の光景をうまく受け入れられないでいた。
正面に回ると、そこにいたゲートは血涙を流している、いや、正確には流していた。顔に浮かぶ笑顔は邪悪さなど全くなく、純粋に、安堵した平和そのものだ。これか、彼女が言っていた笑顔は。
「なんで笑っているのよ、ゲート!返事ちゃんとして!」
思わず叫んでしまった、両手を握りした、肩が上下していることが分かった、震えている。泣いているのだ。ゲートは返事をしないまま、ただ血の涙だけが頬の上でゆっくりと乾いて行く。
「なんで毎回毎回毎回...私だけを置いていくの、なんでゲートは私に背中しか見せないの、せめて私のそばで歩いてよ...なんとか言って!!」
「...」
返事はなかった。
ゲートの体はゆっくり、後ろえと倒れていく。ドサッと鈍うい音を立てて、倒れた。冗談であって欲しいというアインの願いも、痛々しいまでに無抵抗で倒れたゲートに断ち切られた。
すべて今日だけの出来事にしては辛すぎる、もう何回泣いたかとか数えていない。命のすべてを失った、これが夢であったという、そういう夢を見る。しかし、現実は現実よりも残酷で、もうどうでもいいとも感じられた。正直、もう嫌だ。
神様?悪魔?そんなの知ったことじゃない、誰も助けてくれなかったじゃん、神が殺して、悪魔が見捨てた、其の屍(結果)だけを目の前にして、祈れだって?冗談じゃない。代わってあげたかった、自分が犠牲になって、この人の命に代えられるならそれでいい。だけど、自分の命は本当にちっぽけで、彼女の言う通り、わたしじゃあ足止めにもならなかった。
「ゲート...ゲート...ゲートゲートゲート...」
名前を呼んだら返事しないかな?そんな気がした、そのうちいつものように『うっせーな』と起きてくれないかな?
できるなら、もう一度やり直したい、どこから?早く離れればなんとかなっていたかな?結界のあるうちに逃げればよかったのか?まだ森にいた時にでも逃げればよかったのか?わからない、過ぎたことは。
それでも今は、自分がまだ立っている、だから、希望は捨ていない...
息を整える。
「ゲート...行こう?ここにいてもしょうがないもの」
できるだけ、優しい声音で、震えずにゆっくりと。
目の前の彼は息もしていない、心臓も動いていないけど、それでも絶対助かる、そう信じてる、根拠はないけど、自信はある、だってゲートだもん。わたしのすべてだから。それに約束した、いつか彼はわたしに勝つって、約束した、したんだから。
そう信じて、アインはゲートに手を伸ばす。
読んでくださりありがとうございます。もう三月も終わりを迎えようとしていますね、時間が過ぎるのが早く感じるのは私だけでしょうか。暖かくなってきてちょっと嬉しいww。少しづつですが、ストーリーも進んできていますのでますます実感が湧いてきます、私、書いているんだなぁって。これからも、作品をどんどん面白くしていきたいので、頑張ります!次回もお楽しみに〜