氷結されし物語 V
スカイディアと氷像は、同調し、ふわふわと地面から2メートル離れた空中に浮かぶ。『氷花』によって生成された氷の花びら、それに囲まれたジョーカーは足首を強く掴まれ動けなかった。
その顔からは笑顔が絶えず、スカイディアはそれが気に食わなかった。
「あなたはもう負けているのですよ〜、故に、御機嫌よう!」
狂気に満ちた甲高い声で叫びながら、かざした左手を裏返し、ゆっくりと握ってゆく。
その動作に反応するように、花びら一枚一枚が宙で振動を始めた。そしてスカイディアの手を完全に握り切った途端、花びらは次々とジョーカーに目にも止まらない速さで飛び刺さる。
次々と刺さる氷の花びらはジョーカーを中心に大きく、白い薔薇のような花を造り上げた。すべての花びらが刺さり終える、飛び舞う氷のしぶきはキラキラと視界を妨げる。
(手応えはあったわ)
とスカイディアは内心そう思う。
視界が晴れる、そこにはジョーカーの姿はもうなかった、残ったのは巨大で輝く白い薔薇と、さっきまでジョーカーを掴んでいた氷の両手だけ。
流石に消耗したのか、スカイディアはハァハァと息を上げながら、表情が和らぐ。
「さぁ〜これで残るは後ろで、先ほどから何かごそごそとしていた芋虫ふぜいだけですね〜」
振り返り、スカイディアはクライフトに向けて不気味な笑みを浮かべた。クライフトは歯を食いしばり、結界の向こうにいたゲートたちに目を向ける。自分の言葉が彼らに伝わっていることを願って。
-少し前-
「いいかお前ら、色々と疑問はあるだろうが、今は説明してる時間がない」
ゲートは動きを止める、アインはゲートの袖にすがりついたまま膝立ちしていた。唯一まだ動く首を回し、後ろにいる二人を見て言った。
「その代わり、これから起きることと、お前らにしてほしいことを伝えておく...」
「やめろよ...」
ゲートはうつむき、無表情のまま、呟く。
「まずは今起こっていることだけど、気にする事はないさ、この間見に行っただろ?祭りで模擬戦やってた高級魔導師たち、あれと同じだ」
嘘としても厳しいけど、それでも事実よりはましだと冀う。
「そう...ですね...」
今度はアインが答えた、弱々しくと。
「そしてこれが終わると俺は行かなきゃいけなくなる。俺は引っ張りだこでな、他の町に出張しなくちゃいけなくなった。ただ今度は少し長くて、何年、いや、何十年になると思う」
「...」
「そんでお前らには苦労をかけるが、家には多分もう帰れないだろう。悪いけど家賃もまだ払えきれてない。だけど喜べ?ゲート、お前がずっと出たかった冒険に出ていいんだからな」
自分が何を言っているのかわからなくなった。こんなのただの育児放棄じゃねぇか。いや、まだそっちのほうが増しだな。私に選択権がある分。
「...」
ゲートはいつしか、座り込んだ、足を組みながら空を見上げている。穴は開いたまま、教会の上空だけが光で照らされていた。
「...もうすぐ天気を直そうと、王国はアレを使う思う、だから最後に頼んでいいか?家にはもう帰れないし、少しの間離れるが...いいかお前ら?」
「さっさと言えっての...」
ゲートは顔を上に向けたまま、声を震わせながら言う。
「そうか、じゃあ、まずは一つ、そこに落ちているペンダント、何があっても守ってくれ、誰にも見せるなよ」
ゲートは目の前に落ちていたペンダントに手を伸ばし、手のひらに乗せてはコクリと頷く。
「そして二つ目、外の世界はお前らの敵だらけになるだろう、だけどな、そんな中でもお前らを仲間と思ってくれる奴はきっといる。アイン、ゲートの奴は時々喧嘩っ早いから、その時はたのむよ」
「はい...」
アインは必死に笑顔を浮かべていた、本当にぎこちなくとも、彼女は取り繕う。
「そして三つ目、最後だ...こんな父親でごめんな、俺は見た目ほど強くなくてな、こんな別れ方しかできなくてすまんな...」
「だったら言うなよ...」
ゲートは口をはの字に結んだ、込み上がる感情が両目から溢れ出ていた。
「もっと色々と教えてやりたかったし、一緒に居たかった、だけど一旦それはお預けだ...」
ゲートはペンダントをポケットにしまい、水に潜るかのように大きく息を吸った。アインの手は依然ゲートの袖を強く握っていた、震えるほどに。
「ここから出たら迷わず走れ、もうお前らを止める者はいない、そんで元気でやっていけ...色々言いたことはある、だけどそろそろお別れの時間だ」
目の前でぶつかり合う二人の片方が倒れた、どっちが、とかはもう重要ではない、どっちも『同じ』なのだから。
「お前ら!...風邪を引かないように丈夫に育てよな、以上...それだけだ」
目を閉じ、顔を正面に向かせた。教会の大きな瓦礫を背に、後ろ姿さえもゲートたちからはもう見えないはずだ。気づけば、目からは涙が流れ出ていた、一体何回泣けば気がすむのかと自分に問う。
背後で見えないゲートたちも、子供のように、涙を流しながら泣きだす。大声を出しているのがゲート、そして静かなのがアインなのだとわかる。
...
「あら?声がしないと思えばあなたは一体誰と話しているのですぅ?まぁいいですわ、お頭はもともと残念のようですし〜」
何十体もの氷像を、収束するようにして、彼女の本体以外は全て氷塵へと化した。一人残された人間の方へと動きだす、ジョーカーのいた場所に咲く一輪の白い薔薇を通り過ぎる。
その時だった、氷の花の花びらが一斉に飛び散り、爆発した。
「はぁ〜、いやいや、びっくりしたよ、でも、少しは楽しめたかな」
スカイディアは目を大きく見開き、初めて見る恐怖心がその顔から垣間見えた。恐る恐る振り返ると。そこには一人、道化師の少年が、何事もなかったかのように、平然と現れた。
「ッ!どういうことですの!?私奴の最大出力で、なぜあなたはまだ平然とここにおられるんですか!?」
「言ったでしょ?僕はキミのような使い捨て(ガラクタ)とは違うと」
今もにっこりと微笑むジョーカーを目の当たりに、スカイディアは驚愕する。彼女はこれでも神端くれ、それなのに悪魔の一人も倒すことができなかった。目の前の少年は一体何者だろうと疑問に思った。十悪とはどこまで強いのかと。
「もっと遊んでいたかったけど、もう行かないとお父さんに叱られるからね、僕は失礼するよ、故に、だっけ?手札公開と行こうか」
「そう簡単にさせるものですか!氷霊!私奴の全て...」
詠唱を始めるたが、それよりも早くジョーカーは動き出した。
「もう遅いですよ、上積み...か〜ら〜の〜爆破♪」
自分に向け歩き出したジョーカー、手を一度叩き、そして指を鳴らす。瞬間、衝撃波が襲ってきた、さっきとは段違いな強さだ。全身に感じる圧は何倍にも膨れ上がる、心臓を潰されるような強圧。ただの一度も思ったことのない言葉が頭をよぎる。
(…死…)と心が伝える。
「...」
スカイディアは倒れこむ、その横を勝者は軽快な足取りで歩んで行く。朦朧とした意識の中、彼女はただ一人思う、終わった...と。
・・・
私目がけ、ジョーカーが歩みを止めることはなかった。
静かに『声限』を解除した、深呼吸するが、それでも涙は止まらない。
「やれやれ、僕は忙しいというのに、何故か邪魔ばかり入る、やっとキミを手土産として持って帰れるや」
「...」
「何故泣くんだい?」
「そうだな…別れが悲しい…からかな」
私は涙声で言った。
「人間とはよく分からない、まず泣く意味を教えてください」
「多分だけどよ、泣くことは祈りを捧げることだと思うぜ、誰にでもなく、自分の信じたものに祈りを捧げる…それが、生きるってことだ」
「ふぅん、言っていることが矛盾してます、まぁいいや、今度こそ行こうか、案内します、地獄へ」
・・・
二人はいつの間にか消えていた。
ジョーカーと名乗った少年と、親父は最初からいなかったかのように、消え去った。そんな最後の姿も、岩の陰で見ることさえできなかった俺らがいた。
声にならないも、心を裂くような悲鳴が頭の中に響き渡る。俺はただただ地面を殴りながら、怒りと悲しみをぶつける、その拳は血を流しながら、赤く色づいていた。アインはそんな俺を背後から強く抱きしめる、落ち着き、無言のままで。
いつまでも続く悪夢を見ているように思えた。アインの手は小刻みに顫えている、それでも強く、力一杯自分を抱きしめて来た。震えで放してしまいそうな手で、最後の希望にすがるように。
読んでくださりありがとうございます。投稿を始めて二ヶ月、やっとスタートラインに立ちましたって感じでしょうか。私の小説はまだまだ稚拙ですが、よくしたい一心で毎日書いています。もしよければですが、評価やコメントなどはすごく励みになるので何か一言つけてくださると有難いです。これからも投稿を続けていくので、どうか今後ともこの作品を楽しんでいただけたらなと思います。私も投稿を絶やさずかんばるので、どうかよろしくお願いします。