氷結されし物語
「炎霊よ、眷属の契りに従い、俺の鞭となれ、炎鞭!」
木々の間で響く声で俺はエンチャントを唱える。アインと向かい合い、森の奥にある空き地で魔法戦をしていた。
魔法をぶつけ合うだけという俺発案の訓練法だ。
本来なら模擬魔法戦闘と言って、堅苦しいものがある、ルールとかよくわからないけど、とにかく正式まっているので、俺らは魔法戦で済ましている。
呪文を唱えると、足元に朱色の魔法陣が浮かんだ、一級魔法陣の模様は複雑ではないが、その攻撃力は基礎魔法にしては上々である。
俺が手を正面に向け構えると、豪炎が、爆音とともに解き放たれた。その向かう先にはアインが立っていた、冷静に佇む彼女はタイミングを見計らい、炎を躱す。
「まだだ!豪炎よ、俺の矛となり、鞭となり、そして言いなりとなれ!」
詠唱に応えるように細長い火炎は曲がり、アインを追い続けた、そして空を割くように円を描く。だがやはり走る彼女には到底追いつかない。
それを確認するようにたアインは炎を凝視し、急停止で地面を少し滑った。砂埃を上げながら踏みとどまると、『スゥ〜』と息を吸い込み唱えた。
「水霊よ、眷属の契りに準じ、汝その強固たる結びより我ら水の眷属に不可侵の高壁をもたらせ、水壁」
そう一気に唱えた彼女は直立したまま、両足を合わせるた。彼女の足元には碧蒼の二級魔法陣が大きく浮かび上がり、同時に水の壁が勢いよく地面から垂直に吹き出す。
俺の炎はそれに触れ、煙となり打ち消された。
「クッ!そんなのかよ!」
予想しない手で頭が一瞬思考を停止する。迷いつつも次の手に移ろうとする。その瞬間を見逃すわけもなく、アインは続けさまに次の一撃を容赦なく俺に向けた。
「氷霊よ、眷属の契りに従い、我敵を射抜く槍になれ、氷槍」
早口言葉で彼女は唱えた。水が引くと、アインの姿は連なる氷の矢とともに現れる、今度は彼女の正面に魔法陣が現れた。
潔白の一級魔法陣は素朴な模様だ。だがそのシンプルさは今の俺に危機を感じさせるには十分だ。
「炎霊よ、眷属の契りに従い、俺に全てを防ぐ盾...」
俺のエンチャントを待たずに氷の槍はアインの正面にある魔法陣から次々と放たれる。そして、氷槍は俺を貫くことなく当たる寸前で、全て空中でキラキラと輝く氷塵になり、散っていった。
「クソッ!また俺の負けってことか!」
俺は頭を掻きむしり、地面に座り込む。
「今日も私が勝っちゃったね」
アインは苦笑いをし、少しだけ申し訳なさそうに言う。
「お前が強すぎんだよ!」
アインを見上げ、自分が負けたのがアインのせいだと冗談半分で言った。
「待ってろ、次こそ勝ってやる!」
だがいつも負けているせいか、そこまで悔しくはない。次こそは勝つと少し燃えていたのかもしれない。
「うん、期待してる」
アインは素直に言いながら、顔に笑顔が浮かばせた。
「いつかこの魔法がいらないくらいに強くなってやる...名前は覚えてないけど」
目を落とし、俺はぎゅっと手を握りしめた。
「そうね...『盟盾』、施術者の魔紋を記憶して、施術者の攻撃全部無効化する魔法...まずは魔法の名前から覚えないとね」
「んがぁ」
いきなり弱みを突かれた。アインは偉そうに、教鞭をとるかのように人差し指を立てて言った。
当分は自分を超えるのは無理そうだな〜、アインは心の中でそう思ているだろう。
魔法を使えるかにかかわらず、人間ならば誰もが魔紋を持つ。それはその個人が使用するすべての術式において無二とない魔法痕跡。
それを逆手に取り、施術者が権限を与え、盟盾を他の個人にかければ、施術者の魔力攻撃をすべて無力化するのが『盟盾』という団体戦闘用魔術だ。
「詠唱飛ばしてぇ〜」
「それじゃあ練習にならないでしょ?模擬戦では詠唱を飛ばせてもきちんと全部言うのが約束でしょ?」
アインは立った人差し指を俺に向けながら言った。
「なぁ、負けた理由ってやっぱり二級魔法が使えないからかな...」
魔法の階級というのは高ければ強い、俺は残念ながら一級魔法しか安定に出せない。二級は詠唱ができても成功率は低い。
(だが、それはあくまで安定性の話)
心がそう呟く。
「それもあるかもだけど一番は...応用力かな」
俺がまじめに悩むのを見たのか、アインは俺の正面にしゃがみこんだ。思案顔になり付け加える。
(決めた、やってみよう、彼女は俺にもっかい対戦をも申し込むだろう)
何でわかるって?経験則だ。
「そっか〜どうやったらうまくなれんだよ、このままじゃパラディンどころか五級にすら上がれないじゃんか」
思わず後ろに倒れた。両手を地に突っ伏し空を向く、微風が心地よく顔を撫でるように吹く。木々の切れ間から見える空は何よりも青く、高かった。
(良し...この高さなら)
心がそう俺に囁く。
アインは立ち上がり、スカートを軽く叩くとまた俺の顔を覗き込む。
「大丈夫よ、肝心なのは練習を重ねること、さ、もう一回やるでしょ?ゲートがやりたいなら何度でも付き合うよ」
アインはそんな俺の読み通り、応援代わりにもう一度練習しようと申し出た。
(甘いな、アイン...悪いがお前は今度こそ負ける)
心ではケラケラと笑うものの、俺はなるべく自然に返事を返す。
「あぁ、やろう...」
(負ける気がしねぇ、危ないが、ノーリスクノーリターンってやつよ)
俺は立ち上がり、アインから距離を取る。
「それじゃあ行くぜ」
そう告げると、アインは返事をする代わりにいつもの構えを取る。思わずニヤリと不気味な笑みを浮かべ、ゆっくりと詠唱する。一字一句間違えないように。
「炎霊よ、眷属の契りに準じ、我が頭上より降らん、敵を射抜け、炎矢」
詠唱を終えるなり俺は思わず跪く、ほおを伝って汗が流れ落ちるのを感じた。かなり消耗したようで息も荒い、アインは驚きと恐慌に満ちた表情でそれを見ていた。
「ゲートのバカ!不完全な状態での進級魔術、広範囲の炎矢なんて失敗したら危ないってことくらい...!」
「うるせぇ...!俺様にかかればこんなもん意地でも成功させる、パラディンになるとはそういうことだろうが!」
俺は右手を空に向けた。頭上には先ほどより少し濃い朱色の魔道陣が浮現する、そして、陣から無数の矢が空に向かって放たれた。そのまま俺も倒れ込む。
「ゲート!?」
アインは慌てて駆け寄る。
「見たか...成功したぞ...二級魔法!」
俺は高い空を見上げ、落ちてくる矢を待った。
「してないよ...矢の放出は成功かもしれないけど全然降ってこないもの...」
アインは心配そうな口調で言う。数秒間の沈黙を得て、俺は失敗したことを確信した。
「これって...」
顔から血が引けてくのを俺は感じた。魔力の欠乏による不調症状よりも今の俺は息絶えそうになっているだろう。
「何でいつも後先考えないかな...早く周りをみまわらなきゃ、人にあったってたらただじゃすまないわよ」
アインはため息をつき、背後の森に向かって走りだす。
「いやいや、そこまで深刻じゃないよな...」
冗談だと言ってくれと言おうとしたが、やめた。彼女の背中越しに俺をにらむ目は殺気で血走っていた。
「ゲート、何か言った...?」
「なんでもありません、すみませんでした...」
いや、確かにここで俺が頭を下げては男としての威厳に関わるが...命を落とす覚悟はできていない。
...
空を横切る物体はエトワールの森上空まで来ていた、それは一匹の黒猫だった。
その後ろには白く輝く天の使い、『天士』が剣を振るい、必死で追いかけている。
「貴様〜早く止まらないか!わしとて暇ではあるまい、早々に天界にそのペンダントを返さねばならん」
黒猫はそんな彼の言葉などに聞く耳を持たず、ひたすら高速で飛び続ける。
「危ない!泥棒猫め!止まれ!」
天士は木々の合間に何かを見たのか、いきなり急停止し追いかけていた黒猫に叫ぶ、だが黒猫は聞かぬふりをして加速してゆく。
(やっと諦めたわ、止まるものですか)
黒猫は心で思った。
次の瞬間、森の樹木の間から炎の矢が次々と飛び出し、黒猫にその数えきれぬ矢が襲いかかる。そして、反応する暇もなく、矢のほとんどを本能的に避けつつも、ついには一本の矢に当たってしまった。そして黒猫は森の中へと落ちていった。
...
「ゲート...もうこんな無茶しないこと、いい?」
アインは真面目な顔で俺を宥める。
「別にいいだろ...二級魔法を早く習得したかったから、つい...まぁ...悪かったよ...」
俺は申し訳なさそうに、道を進むアインの後ろについていく。アインの怒りも幾分収まったようだ。
「わかればよし...はぁ、とにかく、今は一刻でも早く怪我人がいないかどうか見回ら無いと」
アインはため息をつく、くるりと前を向き直りまたスタスタと進む。
「了解です!隊長!」
許しは得たものの、状況が何一つ変わっていないことを思い出した。とにかくはアインに頼るしかない。
「もう〜本当調子いいんだから。怪我人がいたら本当にいたら他人事では済まないよ」
アインはあきれたように俺を見る。俺も二シッと笑って見せた。いつもの空き地(秘密基地)を離れ、二人で森の中を進んでいく。
木漏れ日が差し込む木々を抜けていきながら、予想される炎矢の射程範囲内を俺らは慎重に巡視する。鳥たちのさえずりは見守ってるかのように、優しく、軽やかと、森の中に響き渡る。
巨大な木々の幹はあちこちに矢が刺さった痕がある。魔術とは精霊のエネルギーを具現化したもの、なので矢のような実物体は一定時間で消える、対して、火といった自然現象は現象のままあり続けるのだ。
幸い、第1級魔法街のエトワールだけあって、森は結界で着火しにくいようになっていた。
「ここら辺は大丈夫そうでよかったね」
アインは一通り見終わった森を再度見渡しながらそう言った。
「ふぅ、もう大丈夫だろう」
俺は少し安堵したのか、改まってアインに謝る。慣れない謝罪で顔が火照っているが、仕方ない...
「いいわよ、ゲートだけのせいじゃ無いもの、あとは...東の方角ね」
アインはまだ安心しきってはいなかった。こういうとき、彼女はいがいと頼りになる。
「ちょっと待て、アイン隊長。あそこになんかあるぞ、見えねぇか?」
アインが最後の一角に向かおうとしたその時、俺は一本の枝でなにかを見つけた。
「こんな時に何よ、何かあるって言うの...ううん、ネックレス...じゃない?」
アインは俺の指差す方角を細めた目で見る。そこには陽の光の下で、銀色に輝くペンダントが枝にぶら下がっていた。
「俺ちょっと取ってくる、そこで待ってろ!」「えっ!ちょっと待って、ゲート、そんなことしてる場合じゃ...!」
アインの返事を待たずに俺はネックレスをめがけ、走り出した。
素早く木に登り、一瞬にしてネックレスの真ん前までたどり着く。銀色のペンダントは十字架の形をしていた。表面に施された彫刻は複雑で、見たこと無い文字で覆い尽くされている。
十字のペンダントの中心とその四つ端に、大きさも形も異なる蒼碧に輝く宝石が嵌められていた。ペンダントは涼しく吹く午後の風に揺れながら、高く上がった陽に当てられ、虹色に輝いていた。その光景に俺はおもわず息を飲んだ。
「ゲート!どうかした?」
いつの間にか木の下まで来たアインが憂わしげに尋ねる。
「いや、大丈夫、いま行く!」
慌ててネックレスに手を伸ばす。すると、指に一瞬弱い電撃が走った。全身を駆け巡るその衝撃は頭をふらつかせた。そして頭の中に女の優しい声が届く。
「…ベル…じゃあね」
俺は頭を強く振った、声は聞こえなくなった。特に気にすることもなく俺はネックレスを掴み、木を飛び降りようとする。
その瞬間、静かだった森の様子は一変し、枝と枝が触れ合う音は今や不吉なほどに激しく聞こえる。さっきまで穏やかだった鳥や動物たちは何かに追われるかのように森の奥へと逃げ込んだ。風は止み、生ぬるい空気だけを残し、俺らはお互いを見つめ合う、アインの目は俺に問うている、何が起きたのかと。
俺はネックレスをポケットに仕舞いすぐさま飛び降りる、だが着地をすると同時に、街の方から大きな鐘の音が鳴り響いた。それは聞きなれた教会の招請だった。
時代はこの瞬間よりまた新たな岐路に立ったことを俺たちはまだ知らなかった。
かなり時間が空いてしまいました、短編の執筆もあり、かなり忙しかった為遅れてしまいました。低水準のままで、まだ話の序盤ではありますが、気軽に読んでいたたければ幸いです。まだまだ投稿は続けさせてもらいます故、これからも宜しくお願いします。