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旅立ち

 少し前にもこんな暗闇の中で声が聞こえたことがある。でも今度のは少し違った…


「ゲート…ゲート、ゲート!」


 暗闇の向こうから聞こえてくる自分の名前、朦朧とする意識の中、俺は目を開けた。


「はぁ〜良かった」


「ふむふむ、当たり前じゃ、わしを誰だと思っているんじゃ?」


 目の前で立っていたのはアインと爺さんだった。アインは少し涙目になっていた、頭が真っ白で何も思い出せない。どうやら俺は、ダイニングと繋がった部屋、リビングのソファーに寝かされていたらしい。


「ゲートとやら、覚えとるか?トリーと決闘デュエルしたこと」


 そう言われて、記憶が徐々に蘇った。


「あぁ、覚えてる」


「お前さんの頭、大変になっとたぞ。あと少しわしの手術が遅ければ天国行きじゃ、ふむふむ、あれもこれもわしのおかげじゃな」


 そういえば頭に包帯が巻かれている。少し痛みもあるが、それほどでもない。きっと爺さんのおかげだろう。


「そうか、助かった」


「ふ…ふむ、礼なんてええわい、お前さんのためにやったんじゃないわい」


 こんなツンデレジジィ、どこに需要あんだよ。


 窓の外を見るとまだ日は低く、早朝だった、随分時間が掛かったと思ったが、多分気のせいだったんだろう。


「俺ら、もう行くわ。今朝出るって言ったもんな」


「おっほん、わしらとしてはもう1日くらいは面倒を見てやってもいいんじゃがのう」


 だから、面倒を見るのはトリーだろうが、そう、トリー。さっきから彼女の姿が見当たらない。


「いや、いいよ。やるべきこともやったし、もともとそういう約束だったろ」


「そうね、ゲートの面倒なら、私に任せてください」


「ふむふむ、そうか、ならいいんじゃがのう」


「トリー、あのあとどうなった?」


「ずっと泣いていたわ、さっきやっと落ち着いて、今は部屋にこもってるの」


「ふむふむ、ゲートとやら、そのじゃな…」「いらねぇよ、礼なんて」


 爺さんが何か言いそうとしたが堰き止めた。


「俺が勝手にしたことだ、利害が一致した…だろ?」


「ふむふむ(笑)…そうじゃな」


 笑い方が変な爺さんだが、礼なんてないくらいが丁度いい。俺は立ち上がって、アインに目をやる。彼女は微笑み返してコクリと頷いた。


 玄関へとむ向かう途中、トリーの部屋の前を通りすぎた。中からは何も聞こえてこない、目が扉に留まる。いろんなことが頭をよぎる、せめて礼くらいは言わせて欲しかった。


「ゲート?」


 アインに呼ばれ、俺はまた歩き出す。そして、ついに玄関についてしまった。


 玄関の扉を出たところで、爺さんは俺らを呼び止めた。


「礼と言っちゃあなんだが、ふむふむ、こいつを持ってけ」


 彼が渡してきたのは革製のショルダーバッグだった。中を見ると幾らかの食料と硬貨が入っていた。


「ふむ、少ないが、旅の足しにはなるじゃろう」


「ありがとうございます」


 アインが感激に満ちた声で真っ先に言う。


「それから…もし無事に妖精のナイアデスまでたどり着けたなら、これを国王様に渡してはくれんか」


 そう言いながら、爺さんは背後から一冊の本を取り出す。


「これは?」


 アインがそれに手を伸ばす、でも届くより先に爺さんはそれを俺の手に無理やり渡してきた。


「任せたぞ、ゲートとやら…これは…男のロマンじゃ」


 そこまで言われて、さすがの俺も悟った。これはきっとエ…「なんの本ですか?それ」


「お前は知らなくていいんだよ」


 きょとんとするアインをよそに、俺は爺さんに振り向き、一番いい声で答えた。


「あぁ、俺に任せとけ」


「それを見せれば彼もわしだとわかるじゃろう。ふむふむ、借り物を返すついでに、君たちもよくしてもらえるじゃろう」


「はぁ…?やっぱりよくわかりませんけと、任せてください」


 アインは知る由も無いだろう、たった今、俺とジジィの間でできた唯一の信頼を。


 そして、そろそろ時間だ。結局最後までトリーが顔を出すことはなかった。


「んじゃそろそろ行くわ、トリーによろしくな」


「ほんとに良いのじゃな?」


「あぁ、地図はあきら…」「待って…!」


 突然、爺さんと背後から声がした…トリーだ。廊下をかけてきたのか、ものすごく息が上がっている。


「トリーちゃん…」


「トリー、色々と悪かったな。俺たちもう行くからさ…」「ゲートくん!」


 彼女は息を整え、俺の目をまっすぐ見据えていた。さっきは顔がよく見えなかったが、彼女は笑顔だった。最初に会った彼女より燦々とした笑顔がそこにはあった。


「これ、作っといてあげたわよ」


 彼女は手を差し出す、手のひらには目玉ほどの大きさをした紫でゴツゴツとした水晶が載っていた。


「これは?」


 俺はそれを手にとって、質問した。


「君が欲しがっていた地図よ…この世界の隅々まで描くのが大変で、さっきまで部屋にこもってたのよ。それで…さっきはごめんね、私が馬鹿だった」


 だしかに命の危険には晒されたが、正直今は素直に嬉しい。


「いいって、そういうのは。俺が強引すぎたのもあるし。あ…あんがとな…」


「よかったな、ゲートとやら」


 互いの欲しいものを手に入れて、抱えていた問題が一瞬で解けた快感に俺とジジィは酔いしれていた。


「ちょ…ちょっと待って!トリーちゃん、世界の隅々までってどういうことなの?」


「え?文字通りの意味よ…あたしの天属で人間界、妖精界、天界、魔界の立体図を作ったのよ。それで、それこそ七大陸も、空の上の都市も、魔界の世界もね、それ以外は全部標高、河川のいちとか…」


「ちょっと待ってくれトリー、それを俺が倒れていたたった一時間で描きあげたっていうのか!?」


 ありえない


「えぇ、そうよ」


 俺とアインは驚愕するしかなかった。なぜなら今手にしているこの地図こそ、世界に一つしかない文字通りの『新世界地図』なのだ。


 そんな俺らの反応をみて、モーリスの爺さんはただドヤ顔を掲げていた。どうやら俺らはトリーを見誤っていたらしい。こんな人と決闘していたと思うと、背筋がぞっとする。


「どうかした?ゲートくん、アインちゃん?」


「いや、なんでもない」


 よくよく考えてみれば、こんな荒んだ世界で、生き延びていくには情報は不可欠であろう。それを誰よりもいち早く手に入れた俺らは幸運だ。恵まれすぎている。


「そろそろいくよ。トリー、爺さん、色々と世話になった」


「ふむふむ、もうに度と会うことはないだろうな。ゲートとやら、無茶はほどほどにな。わしのような名医そうそういるものではないぞ。それと…」


 爺さんは急に話すのをやめた。


「…?」


「いや、これはもうわかっているみたいじゃな、お前さんの目がそう言っておる」


 なんのことだろう?


「まぁ、よくわからんがまたな。またいつか会いにくるよ」


「本当にお世話になりました、このご恩は一生忘れません」


「いいよいいよ、アインちゃんほんとうに固いな〜またね、バイバイ」


 アインが隣で深々とあたまを下げた。どういう風のふきまわしか、気づけば俺も同じようにしていた。


 俺たちはその家を後にした。家が見えなくなるまでの間、トリーの溌剌とした声が俺たちにひたすら別れを告げていた『またね、バイバイ』と。二日間という、短い時間を彼らと過ごした。今では思う、彼らでよかったと、俺たちの旅の出発地点が、ここでほんとうによかったと。


・・・


「アイン」


「ん?」

 

 その言葉を待っていたかのようにアインは軽く相槌を打った。


「不安か?」


 森の中に差し込む朝日に照らされて、俺たちは歩き続ける。少し間を空けてからアインは答えた。 


「ちょっとね」


「俺はぜんぜんだ」


「さすがゲートね」


 いや、ほんとうは怖いです、見栄を張ってすみません。


「でもさ、やるしかねぇよな」


「うん」


 怖い…でも、きっと大丈夫。根拠はどこにもないが、そう思えた。だって、今俺の前を歩く彼女がいるから、きっと大丈夫。


 その思いに応えるかのように、胸元にかかったペンダントは朝日に照らされて輝いていた。俺は深呼吸を一つして、その言葉を紡ぎだす。


「俺たちで世界を変えてやろうぜ」

 読んでくださりありがとうございます。私は文章を書くペースが遅いので、これまで大した数の作品はあげられていません。ですが、そのどれもが心を込めた努力の結晶です。それでもなお、できの悪い作品を、少しでも楽しめたのなら幸いです。逆に、お気に召さなかったポイントなど山ほどあるはずですが、それをご指摘いただけたら今後の作品にも活かせます。宜しくお願いします。


 このストーリーは残念ながらここで一度切り上げさせてもらいます。しかし、一件でも要望があれば即座にまた続きを書きますので、どうか遠慮なく申し出てください(本当ですよ)。この物語はここで最終回(仮)を迎えることになりましたが、タイトルの通り、これこそまさに『旅立ち』です。今後、より良い作品を作れるように、読者みんなが楽しめるような物語へ向かって切る新たなスタートなのです。なので、もし叶うのならば、また次の作品でお会いしましょう、これからも宜しくお願いします。

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