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妖精の森 VI

 トリ―が準備してくれた部屋にはベットが一つしかなかった。どうやら客人への思いやりも性格のようにフワフワとしているらしい。それでも俺らは贅沢や文句が言える立場にないので、自分たちで何とかするほかない。


 そんな俺の考えを見透かしたように、アインは進んで部屋へと入っていく。


「ゲートがいやなら私床でいいわよ?」


 胸を強く打たれてしまった。


(マジで?ありがたい申し出だぜ)


「いいよ、俺が床で寝るから、お前ベットにしとけ」


(はぁ!!!???)


 俺は心にもない言葉を口にした。それは無意識に、今話したのが自分なのかと混乱するくらいに。やはり何か変だ。胸を打たれてしまうあたり、普段通りのアインに感じるところがあるのはやはり変だと。


「……そう?ゲート、大丈夫?どこか具合でも悪いとか?」


 アインは驚いた表情を浮かべた。それもそうだ、いつもの俺ならこんなことはしないだろうから。アインは歩み寄り、手ををれの額に伸ばしてきた。俺はすぐさま跳ね退いた、顔が熱くなるのが自分でもわかった。とにかく、何とかしなくてはいけないようだ。


「ん…んなわけねぇだろ、ほっとけ、俺は床のほうが好きなんだよ」


 彼女から目を逸らしたまま言った、見たらいろいろとやばいことになりそうだから。そして俺は踵を返し、部屋のドアに手をかけた。


「どこ行くの?」


「便所だよ!先寝てろ!」


 俺は慌てて廊下に出て、後ろにあるドアを閉める。そのまま扉にもたつき、座り込んだ。両手で顔を隠すようにして、俺は深呼吸をした。


(マジで何なんだよ?なんで俺が彼女にいちいち反応しなけりゃなんねぇんだ?)


 自分の顔が意外にも熱かった。きっと今頃アインは首をかしげているだろう。これから二人で旅に出るとなると、このままでは身が持たない。

そうこう考えているうちに、気づけば平静を取り戻していた。窓から見るつきは少し傾いていて、夜はまだ長いことを丸い月が物語っていた。逆側に目をやると、廊下の突き当りに部屋があることに気が付いた。たぶんトリ―か爺さんの部屋だとわかった。扉の隙間から、わずかな光が漏れていた。目を細める。やはりだれか起きているようだ。


 俺は立ちあがり、限りなくゆっくりと音を立てずに歩いていく。光のついた部屋の前に俺はたどり着く。扉に耳を当てる、すると中から歌声のようなものが聞こえた。それは知ってる声だった、ただそれ以上にその人が起きていることに驚く。僕は軽くノックをした。


「誰じゃ!こんな夜中に、寝ないと育たんぞ」


 お前が言うな…とでも言いたいところだ。


「俺だ…ゲートだ」


「わしに何の用じゃ?ゲートとやら」


 声がだんだんと近づいてくるのが分かった。


「いや、ちょっといいか?」


 ドアが開かれた。出迎えたのは当然モーリスの爺さんだ。杖を片手に、彼は俺を見上げていた。


「入るのかね?」


「あぁ、そうさせてもらう」


 俺は彼の後についていき、部屋の中に入った。そこは本でびっしりと埋もれた部屋だった。天井まである本棚にはいろいろと名前からして堅苦しそうな本でいっぱいだった。


「で?ゲートとやら、話しがあるんじゃろ?夜も遅いし、早よ言わんか」


 中央にある机に向かった椅子に座ると、彼は辛抱足らんように急かしてきた。


「あぁ、特に大した話じゃないが…」


「ふむ、大した話でないならわしに話すな。ったく近頃の若者と来たら、わしに用があるのは大抵こもっとるからじゃろ?ふむ、お前さんも素直に為ったらどうじゃ」


 まだ本題にすらはいっていない俺に彼はさっそく説教から入った。少しうざいが、あっていたので言い返す気にはなれなかった。


「素直じゃなくて悪かったな、爺さんが俺の治療をしてくれたんだって?」


「ふむふむ、そうじゃが、何か?」


「いや、マジ助かった、ありがとな」


「何を言う、気持ち悪い……あの娘、お前さんを妖精界まで運んできてボロボロだったんじゃよ。それでもわしらを見た瞬間すがりついて来て、お前さんを助けてと一点張りじゃった」


「アイツが…」


「なんでもするからって言ってのう…ふむふむ、感謝の相手はあの娘さんじゃないか?ゲートとやら」


「んなこと、言われなくたって」


 俺は深く反省した。自分に落ち度があったわけではない、たぶんあの時は俺が犠牲になるしかなかった。だが俺が反省するのはたぶん、彼女を一人、置いてきぼりにしたことについてだろう。


「ふむ?その顔じゃと、まだ話があるんじゃろ?」


「あぁ、俺を治療したってことで…俺はただの人間だったか?いや…なんていうか、その…」


 頭を掻きむしりながら、自分でもよくわからない状況を形にしようとしていた。


「お前さん、神話に出てくる鍵…なんじゃろ」


「は!?……どうしてそれを?」


 思わず椅子から飛び上がった。どこで口を滑らせたのか、記憶にないはずの事実に思いを巡らせる。


「ふむ、馬鹿者よ、わしを誰じゃと思っとる?こう見えてもわしは昔、宮廷医師をしておった。お前さんを手術して気づかんはずないじゃろ?ふむ、つくづく無礼な奴目」


 前髪ととんがり帽子の下から、彼は真剣なまなざしを向けてくる。さっきとは別人のように、冷静で、威厳に満ちた目だった。


「お前さん、人格が変わったんじゃろ?」


「な……なんでそれを!?」


「正確にはこうじゃがな、人格が追加されたんじゃ。そして、その人格の持ち主こそが太古の昔に鍵を創ったんじゃ」

 

 頭の中がこんがらがる、人格の追加?鍵の創造主?どういうことなのか全く想像もつかない。


「お前さんの死因、魔力の過多出力じゃった。じゃがな、生物、そうならないように設計さてれるんじゃ。それは妖精も人間も同じじゃ。だからふつうありえんのじゃよ…ふつうならばじゃがな」


「それって、つまり…」


 心がざわつく、何かの秘密に迫る恐怖と裏腹に、何か既に知っていることを告げられている感じが、精神をむさぼるよう込み上げる。初めて聞く話に、俺は既知感をなぜか抱いていた。


「そうじゃ、それはつまりお前さんの中には今…ゲートという少年ともう一人、いるってことじゃ。お前さんの魔紋が二つあったんじゃよ、手術中にそれを見てわしも驚いた」


 あまりの真実に、俺の思考は止まる。うつむいたまま、たぶん声に気力など入ってなかったが、それでも俺は問い続くけた。


「そのことをアインには?」


「伝えとらんよ、見たことない症状じゃ、確証のないことは伝えないのがわしの原則でな」


「助かった、あいつにはまだ……」


 いつからかふむふむ言わなくなった爺さん。俺は目を落としたまま、自分に問いかける。


(お前は誰だ?)と


 夢の中で聞いた会話が頭をよぎる。


「アベル…そう、アベル、多分そいつの名前だ」


「見たのじゃな?彼の記憶を」


「あぁ、起きる寸前に見た夢の中で、そう呼ばれた」


「まぁ、そのアベルとやらは、只者では無いじゃろ…お前さんの魔力出力上限は人間のそれを超えておる。ただ、このままでは体がもたんだろう。少しずつ慣らすしかないな。」


 彼がそれ以上追及してくることはなかった。俺は記憶の奥底まで潜ろうとする。それでも潜り進めるにつれ、頭が真っ白になる一方だった。俺は考えるのをやめた。


 それからは沈黙が続いた。俺はいまだに信じられないように、自分の手を見つめていた。会話を反芻しながら、自分の正体、そしてこれからの俺たちの行方に思いを馳せた。多分アインに何か感じるようになったのは、俺の中にもう一人、人格が追加されたからだ。それで、きっと話し方も考え方も変わったように思えた。


「で?お前さんら、これからどうするか決めたのか?」


 気を利かせたのか、彼が話題を変えた。


「旅に出ようと思う…親父にもそう言われた」


「ふむふむ、それがいい、わしもお前らの面倒見るのは御免じゃからな」


 彼は表情をやわらげた、本当は残ると言っても彼は快く受け入れただろう。よくは知らないが、彼は断らない気がした。っていうか面倒見るの主にトリーだけどな。


「とりあえずは、妖精のナイアデスを目指すつもりだ」


「ふむ、それが良い、あそこは妖精界の首都じゃからのう、わしも昔はあそこで世話になったもんだ」


「あぁ、いろいろと課題を抱えてるけどな」


 そうだ、旅に出ると言っても何もかもが不足している、まず地図がないのが痛い…


「旅はいつだってそうじゃよ、不十分な準備はつきものじゃ。じゃが地図くらいは伝手がないわけじゃがないがな」


 こいつ…心よみうやがったぞ。気遣いが良すぎて不気味なくらいだ…だけどそれでも嬉しい申し出だ。


「本当か!?紹介してくれ!すげぇ助かる」


「ふむ、そう急かすでない…お前さんもよく知っておる人物じゃ。ついでに、彼女の作る地図はこれ以上ないほどに正確で、多性能なのじゃよ。扉が開かれた今、空間を超えての地図製作が出来るものはそういないじゃろう」


(彼女?女なのか…)彼はゆっくりと椅子から立ち上がった。


「それって…」


「トリーじゃよ」


「だったら…」


 俺もつられて椅子から立ち上がる。


「ただ問題が一つあってのう…彼女の過去にも関わる話じゃ…見てわかる通り、わしはドワーフで彼女はエルフじゃ。今は家族であろうと、血縁だけはないのじゃよ」


 彼は俺の目をまっすぐ見据えていた、何かを見定めるような目で。そして何かを確信したように彼はこくこくと頷く。少しの沈黙を経て、彼はまた話し出す。


「ふむ、それでは話そう、この事はトリーには、間違っても言わないでおくれ」


 彼は低い声で、警告をするかのように言葉を紡いだ。俺はゴクリと固唾をのんだ。


「それではお話しの始まり~始まり!」


…このテンションの転換についていくのは到底無理だろう。


・・・

 

 フェル教、人類唯一の正宗教。その聖書の記載によれば、天賦魔法属性、それは人類だけが授かりし力。世界に無二の個人だけの属性、その力を持っているのは人類の百人に一人という。


 だがなぜかその力は妖精界にも存在した。数は圧倒的に少ない百万人に一人の確率であるが、同じく魔法を操る妖精もまたその不思議な力を太古の昔より授かっていた。しかしながら、人間界で秀才と認められる証の天賦属性も、どうやら妖精族では魔女の妖術を象徴するらしい。そんな天賦属性を持つものは周りから嫌悪、利用されるものが多いと爺さんは語った。


 ある日、患者の治療の帰りに道端で全身傷だらけの少女を見つけたという爺さん。聞けばその子は両親に見捨てられ、孤児院でさえ居場所を失ってしまったという。そんな少女にモーリスの爺さんは手を差し伸べたのだという。そして、その女の子こそトリーなのだ。


「というわけじゃよ、お前さんたちとは違い、ここでその力を持つことは厄災の他ないのじゃよ」


 同じような人を俺は知っている。アインがうちに引き取られた日のことは誰よりも、鮮明に覚えている。そして、今でも天賦属性を羨ましむ自分が心の中で葛藤する。


「じゃから、トリーにその力を使えとは、わしには言えんのじゃよ。そのためにこの人っ気のない人間界との扉の入り口近くに住むことを選んだのじゃよ」


 爺さんは申し訳なさそうに項垂れた。悲しさ交じりに、少しだけの懇願が混じっていた。彼女に彼女自身を受け入れてほしい、それでも自分にできない悔しさからくる懇願は俺の足元にすがるように重かった。机に体を突き出していた俺は、後ろの椅子へと倒れて、座りこんだ。


「それで?出発はいつになるんじゃ?」


「明日…明日の朝に出るよ…ずっとここにいてもお前らに悪いし」


「そうか、ふむ、それじゃあ地図はお前さんらで何とかするんじゃな」


 沈黙は足音を殺しながら、また静かに戻ってきた。一瞬見えたと思えた光明が、またどす黒い絶望へと転じた。だから俺は考えるのをやめることにした。

・・・


 俺はモーリス爺さんの部屋を後にした。いまだに実感が湧かない。アベルというやつ(俺)の正体も、これからの行方もつかめないまま、俺は廊下に突っ立ていた。


 廊下の突き当りにある窓からは、月明かりが差し込んでいた。木板の床をゆっくりと進んでいく。俺とアインの部屋に着いた。ドアノブをゆっくりと回して押し込む。


 ベットのすぐ隣の床に、布団が敷かれていた。その中を覗き込むとアインがぐっすりと寝ている。


「俺が床で寝るって言ったのに…」


 俺はぼそっと呟いた、自然と顔がほころぶ。やっぱり気が気でないから、俺はアインの背中に手を回す、そして起こさないようにゆっくりと抱き上げた。


 腕の中にいたアインから伝わるぬくもり。白い肌は部屋の窓から差し込む月光で輝いていた。ゆっくりとベットに降ろして、布団をかける。まだ指先に残ったぬくもりと、二の腕に残った彼女の重さ。そのか弱い体で俺を運んできた彼女の姿を思い浮かべた、どれほど心細かったか、想像しただけで次第に心が痛んだ。


「アイン、一人にして悪かった…そんで、あんがとな」


 きっと寝ている彼女には伝わらないだろう、疲れていた彼女は目を閉じたまま反応しない。以前までの俺はこういうことを言えただろうか。きっとアベルというやつの人格が俺を変えたんだろう。いや、少なくとも感謝の気持ちは本心だっただろう。


 月の光はすっかり斜めがかっていた。窓の外をのぞくと、満天の星空が広がっている。正直、おやじの最後はやっぱりうまく思い出せない。俺はポケットに手を差し込む、そしてペンダントを取り出した。それは暗い部屋の中でさえも、輝き保ったまま、静かに光を灯していた。ゆっくりとそれを首にかけた。十字架のペンダントは胸元で「チャリン」と軽やかな音を立てる。


 深呼吸をする。何かの決意とともに、それを身に着けたことで何が変わったということはない。結局自分にはアインが必要だと思えた。なんかセンチメンタルだなぁ、と自嘲しつつ俺はもう一度親父の最後に思いを馳せる。もやがかった様な記憶は結局晴れることなく、その向こう側にある何か多雪なものにはたどり着けなかった。


 でも、なぜか一言だけ、誰が言ったか定かではない言葉が脳内をよぎる。


『誰にでもなく、自分の信じたものに祈りを捧げる…それが、生きるってことだ』


 それはひどく損傷した記憶のかけらのようで、自分にとって大事なものである気がした。それは多分、親父の言葉だと思った。確証はない、ただ…俺たちに涙の一つも見せたことのない…強いおやじの言葉だろうと。


 だから俺は捧げることにした。アインの寝ている布団に向かい、俺は跪いた。きっと今起きれば「不謹慎だよ!私が死んだみたいじゃない」と言って、戸惑った顔を浮かべるだろう。呼吸をしている目の前の彼女を見て、ほっとした。そんな返事を望める今が、幸せだ。


 だからこそ、俺はこの思いとともに生きていくことを、軽く、いつものノリで心の中で誓った。


 両手を合わせた、窓から見える星空に向かって、俺は祈りを捧げる。誰にでもなく、今、信じられる目の前の光景に。約束された未来などないことを知り、過ぎ去った過去に意味がないことを悟った。だから、俺は唯一信じられる、アインのいる今に祈りを捧げる。あの瞬く星空に祈りを捧げてみた。


 そして思った、アベル…お前の人格に毒されてしまったようだ、祈りを捧げるなんて事、俺よくできたな…

読んでくださりありがとうございます。最近は天気も熱くなってきて、いよいよ夏だなぁって思いました。夏休みまであと1ヶ月半、そう思うと気だるくなるのは私だけでしょうか。暑さを増す天候に負けず、これからも投稿を頑張っていきたいと思います。これからも宜しくお願いします。

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