妖精の森 V
夜も更けた十一時、話し合いは終わった。妖精のことを知り、この世界のことを知り、世界観だけが変わる。そろそろ就寝だというのでここでお開きにすることになった。俺とアインだけがダイニングテーブルに残された。先に口を開いたのはアインだった。
「ちょっと外出ない?ゲート?」
アインはお茶を入れていた『湯呑』と呼ぶらしい筒状のコップを両手で包んでいた。中のお茶はもうすっかり冷めてしまっただろう。
「あぁ」
ダイニングを出て左、廊下の突き当り小さなバルコニーがあった。そこで俺らは一息つく。湯冷めした体は夜風に当たって冷える。少し湿った木製の手すりに俺は背中を預けて、夜空を見上げた。満点の星々が暗闇の中で瞬いていた。
「私たち…これからどうする?」
アインは手すりに座り、足をバタバタさせながら聞いてきた。ホントに小さな声で、森の中からする虫の鳴き声で聞きそびれそうなくらい。
「知るか」
俺は適当に答えた。
「あの幻像門の話、私たちのことだよね?」
「そうだろうな」
俺はポケットにてを突っ込み、ペンダントを取り出した。その青い輝きは星々の光を反射するように、ほのかに光っていた。いや、星なんかじゃない。このペンダントは本当に光っているのだ。
「なぁ、親父の最後、俺あんま覚えてねぇんだ。ペンダントを拾ったあの時から、何かが俺の中で変わった。」
俺はペンダントを見つめたまま、言った。
「モーリスさんも言ってた、ゲートの魔力出力があんなに上限を超えるなんてありえないって。まるで力が体になじんでないみたいって」
親父のことを考えるたび、その部分の記憶に靄がかかったようにうまく思い出せない。ましてや自分が大暴れしたということなど、記憶のどこにもない。
「で?ゲート、どうするの?モーリスさんたちにはこれ以上迷惑かけたくないし…」
「あのさ…俺たち、旅に出よう」
「旅!?どこへ?」
「それを今から考える。きっとすぐにあの時の化け物たちが追ってくる、さっきも聞いただろ?俺らはその鍵を二つ、手に入れてしまったんだ」
俺はペンダントを強く握りしめた。
「確かのそうだけど…私たちで大丈夫かな?」
「ここにいても仕方ねぇよ、俺たちは運よく結界の張られる前に人間界から来れた。だけど、そのうちここもほかの人間に気づかれる。そんでいつかは敵でいっぱいになるんだ。それともお前は旅すんのはいやか?確かにこんな引っ張りだこな俺を連れて、面倒かもな…」
「何バカなこと言っているの?ゲートの行く場所なら私はさぼりでも命がけでもついていくわよ?」
彼女は手すりから飛び降りた。俺の正面で前のめりになって上目遣いをしてきた。急に熱くなった顔を慌てて隠す。
「んだよ、勝ってにしろ…それより!親父からの封筒、中身見たのか?」
慌てて話を逸らした、ちょっと不自然だが見て見ぬふりをした。彼女は何かを思い出したかのように口に手を当てていた。
「そうそう、これよね」
彼女は手を胸ポケットに差し込み、俺たたまれた古い黄色の封筒を取り出した。アインはそれは「はい」と言って渡してきた。俺はその封筒を見つめ、五年前のことを思い出す。そして決意したのか、僕は息を大きく吸った。
「開けるぞ」
彼女の返事を待たずに、俺は封筒の封を切った。そして中から何枚かの紙を取り出した。どうやら手紙と何枚かの術式の様だった。俺らは肩を並べて手紙に目を通す。そこには親父の字でこう書かれていた
―――
ゲートとアインへ
この手紙を読んでる頃、私はきっと君たちのそばにはいないだろう。いろんな出来事で今はまだ不可解だと思うかもしれない、でも今は私を信じてくれればそれでいい。ここに君たちへの言葉を残す。
その時が来れば話すつもりだったが、ゲート、君はただの人間ではないんだ、これだけは確かだ。普通じゃない、というのは能力の話だけでなく、君の背負う責任だ。由縁は私も詳しくはない、ただ、君が背負っている運命は誰よりも重く、輝かしい未来なんだ。きっと今頃世界は変わっているでしょう、人間界でも、そのほかの世界でも。言い難いけど、君たちに立ち向かってもらうのは世界という壁だ。そんな試練の中、あなた達に少しでも優しく当たってくれる人が居れば、その人達を大事にするように。
アイン、幼い頃から君は優れた魔術師だった。ゲートよりも数段上で、君は彼の面倒をよく見てくれた。本当に感謝している。ゲートが母親を亡くした日、君だけが彼のそばにいてくれて、慰めてくれた。本当にありがとう。ゲートは喧嘩っ早いところも、考えなしなところもあるから、しっかり者の君がついていてくれるなら安心だ。最後に贅沢を言わせてもらえると、本当は『おじさん』じゃなくて『お父さん』って呼んでほしかったな。だめかな?
君たちが十歳になったとき、私は本当にうれしかった、その反面、心配になったからこの手紙を託すことにした。ずっと黙っていて悪かった、そしてこんな運命を背負わせてすまない。ずっと君たちと居たかったのが本音だよ。ただ、君たちにはなすべきことがある。いろいろと不安はあると思う、きっと辛く、長い道のりになるだろう。だけどそれでも、君たち以外、なしえないことなのだ。元気に育つ君たちを見て、私は幸せだった。そして、これからも頑張って生きて、笑顔でいてはくれないか。
羽ばたく時が来たのだよ、だから、振り向かずにその翼を広げて、旅に出るんだ。
当面の目的地は妖精の都『ナイアデス』目指すといい。そこに行けばすべてが分かるだろう。以前ゲートに『うちがオンボロ』な理由を聞かれたが、家の後に回るとわかるだろう。説明は長くなるので省くが、ゲートならその異変に気付くだろう。そこから妖精の都に向かうといい。
最後に、俺がこの時点まで持っている天賦属性『結界』の術式を紙に示した。それ以外にも、君たち一人ひとづつに、オリジナルの術式をプレゼントする。それが君たちの力になることを私は願っている。譬え、そばに私が居なくなっても、僕の天属が君たちを守り抜くことを祈っている。
フェル教 牧師 幻像門第一匙 クライフト・レオンバート
・・・
手紙を読み終わる頃、月はちょうど俺らの真上に上がっていた。雲に隠されたつきの、淡い月明かりにあてられた手紙、その一字一句は親父が去ったことを物語る。そばにいたアインに目を向けると、彼女じは口を両手で塞ぎ、目は涙ぐんでいた。
俺は封筒から取り出した手紙以外の三枚の紙に目を落とす。それぞれ『天属:結界』、『火炎具象』、『水精』と書かれてあった。
親父は牧師と魔術師である同時に、研究者でもあった。新たな術式を開発し、魔導書を作る術式開発者だ。一つの術式につき、その魔導書が世界に一冊だけ生まれる。魔導書はいかなる物理攻撃も、魔法攻撃でも傷つけることができない。そんな一冊一冊が分厚い魔導書を、親父は自分の天属、『結界』で一枚の紙に収めるすべを見つけた。『火炎具象』と『水精』と書かれた紙がそうだろう。
オリジナルの術式は既存の魔法を組み合わせるものが多い。この二つもきっとそうだろう。そして天属もまた、魔導書にまとめることができる。天属を持つ者は、無限に自分専用のオリジナル魔法を成長するとともに作り出せる。その場合、他の人にそれを使わせるには魔導書に既存の術式を魔導書に記し、使用者を承諾しなければならない。この『天属:結界』と書かれた紙がそうだろう。ただ、使用者はその天属を手にしたことにはならない、しょせん書かれている魔法しか出せないからだ。
「はぁ、らしくねぇことしやがって親父の野郎…用意が周到すぎだっつうの」
「えぇ、『お父さん』から宿題出されちゃったわね」
アインは零れ落ちそうになった涙を拭い、笑って見せた。雲に隠れていた月が顔を見せた。心地いい風が吹き抜ける、さっきまでの不安が嘘のように、吹っ切れていた。手の中にある薄い紙がパラパラと風に吹かれていた。そして俺らは家に入っていった、出てきた時よりも暖かな気分になれたのはなぜだろう。またもあの時の疑問が浮かんだ。
読んでくださりありがとうございます。なかなか多忙な日々の合間に時間が取れず、投稿が滞ってしまいました。編集と変更を各章ごとにしましたので、よければ読み返してみてください。まだまだ未熟ですが、これからも投稿は続けていきますので、少しでも作品を楽しんでいただけたら幸いです。




