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堕天少年の終末思想

作者: かなた

 1

「愚問ですよ、先生。そんな物は俺には必要が無かったからやらなかった。それ以上に、やらなかった理由が必要ですか?この悪魔の王、ルシファーの力を扱えるこの僕に、そんな物は断じて必要ない」

 ここは、ごく普通の高校。その中の一教室。

そこには、男性教師と一人の男子生徒。その背中では、席に座り失笑している男子生徒のクラスメイトが居た。

男性教師はと言うと、呆れたような、むしろ諦めたような顔をしていた。そして、男子生徒の方も悪びれる様子は無い。

「お前は学校を卒業する気はあるのか?」

今にも頭を抱えそうな男性教師は疑問を投げ掛ける。

「毎度のごとく、宿題を忘れて。あまつさえ、それを謝ろうともせずに、何だかんだ理由を付けては言い逃れようとする。せめて、もっとマシな言い訳は付けんのか?」

「言い訳じゃ無いですよ。それがれっきとした、俺の正体です。この堕神明光おちかみあけみつの姿は仮の姿。その本質は、大悪魔ルシファーの生まれ変わりなのです。それに、俺は高校にも嫌々入ったので、停学なり何なり、お好きにしてください」

とうとう本当に頭を抱える男性教師。その前には自信満々の男子生徒。

 この男子生徒の名前は、さっきも述べたように堕神明光。高校一年生。十五歳だ。こうは言っているが、頭は別段良くはない。そして、傍から見れば、どう見ても『中二病』と判断せざるを得ない少年だ。

その少年は、踵を返すと自分の席に戻ろうとする。だが、それより先に気持ちいい音を響かせながら、少年の頭が平手打ちを受ける。

少年の傍らには、顔の整った、およそこんな少年とは縁の無さそうな、『美人』と称しても良いような女子生徒が怒りの形相で睨みつけていた。

「何の用だ、如月嬢。よもや俺の前に立ち塞がると、そういう訳ではあるまいな。だったら、このルシファーの力を持って塵も残さず消し去ってくれる」

 その言葉に対して、如月と呼ばれた少女は大きく、そして露骨に溜息をつく。

「あんたは、そんな物を使わないと、いたいけない一人の少女も退かせないわけ?良いから、さっさと謝って、放課後には出すって言いなさい」

それでまた、笑いが起きる。明光も観念したように男性教師に向き直る。

 しかし、彼が頭を下げる前に後ろから力が加わり、無理矢理に頭を下げさせた。明光の隣の如月までもが一緒に頭を下げていた。

この一緒に頭を下げる少女は、最神如月もがみきさらだ。彼女とは幼い頃からの付き合いで、この高校にも彼女が入るから、一緒に入った。だが、別に二人は付き合っている訳では無いし、互いに好きあっている訳でも無い。どちらかと言えば、二人は『犬猿の仲』と評しても差し支えは無い。

 『ちょっとした理由』があって離れるに離れられなくなってしまったのだ。


  2

何とか、放課後に出させてもらえるように話を付けた次の時間。今度の授業は、体育だ。

今日の体育は男女混合、と言うよりは同じ競技を授業で行うから同時に授業を行なっていた。

運動場に並ばされた明光達は、体育教師の長々とした話から解放されると、チーム分けが始まった。今日の授業はサッカーだ。

それには交わらずに、明光は木陰に移動していた。体育の授業は、不登校の生徒でも最高評価を貰える事で有名なので、サボっても何も問題は無い。

「で、だからってサボらないの」

声を掛けたのは、例によって如月だった。

「何を言っている。そもそもこんな低俗な遊びなど、俺には相応しくない。それにお前だって、ここでサボっているだろうに」

「あんた、その話し方どうにかならない?ならないなら、せめて完璧にやってよ。『貴様』とか『我』とか言ってさ。中途半端過ぎるわよ」

何故か、冷静に忠告すると、真面目な顔になる。

「何度も言ってるけど、『アレ』はあんたの所為じゃない。人を寄せ付けない様にするのはあんたの勝手だけど、そこん所は理解しないと」

「何の話だ?俺は別に何か意図があってやってるわけじゃない。これが素なんだよ。世に言う高校デビューだ」

少年は、殊更明るく言う。しかし、殊更明るく言いながら目を伏せ、言葉遣いも全く変わっていた。どんなに言おうとも、こちらが素だし、何かしら理由があるのも明白だった。

 だが、如月はそれ以上は何も言及せずに、女子の輪の中に戻っていく。

 小さく舌打ちをすると、そのまま木にもたれ掛かる。すると、そのまま眠りに落ちる。


目覚めは最悪だった。少なくとも、人生の中で一番に嫌な目覚めだった。

危ない、との警告の声で意識が戻ると、目を開けると顔面に高速で飛翔するサッカーボールが目前に迫っていたのだ。勿論、躱せる訳も無く、また意識が飛びかける。

それを必死で繋ぎ止めると、一人の少女が駆け寄って来る。名前は神無月葵癒かんなづきあおい。同じクラスの女子だ。

そうやって記憶の確認をしている間に、葵癒は彼の元に到着する。

「全く、人が忠告してあげたのに何で躱せないかな。あんたにはルシファーの力があるんでしょ?これくらい躱しなさいよ」

嘆息した様に言うと、ボールを拾う。そして、そのまま戻ろうとする。

「おい。せめて、謝罪くらいして行かないか、葵癒嬢」

「私に非はないでしょ。そもそもアンタが躱せないか悪いんじゃないの。ルシファーの力はどうしたのよ」

「ルシファーの力は封印されて使えない。そうでなければ、街ごと消し去ってやるのに」

「アンタ、せめて設定くらい固めなさいよ。さっきは『ルシファーの力で消し去る』とか言ってたのに、今は『封印されて使えない』じゃおかしいでしょ」

地味に矛盾した事を的確に指摘する。

「細かいな。別に良いだろ。どうせ真にうける奴なんて居ないしさ」

「結構適当なのね・・・。じゃあ戻るわね」

そういうとさっさと戻っていく。謝罪もせずに。

 グレて、また寝ようとすると、その前に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


  3

そして、放課後。明光は先程の宿題に着手させられていた。隣には勿論如月だ。

如月が答えを教えるのでは無く、明光が解らない問題の解き方を教える、といった調子で着々と進めていく。

夕暮れの教室に男女が二人きり。窓から差し込む夕日が二人を包む。普通なら、いい雰囲気なのだろうが、この二人に限って、と言うよりは、明光に限ってはそういう展開にはならない。

「ようやく長い光の時間が終わる。俺にはやはり、夜の夕闇の方が似合っている。この右腕も呼応しているようだ」

全ての雰囲気をぶっ壊した。だが、全く気に留めない如月は、一発殴ると、早くやるように促す。明光は舌打ちをしながらも、宿題の続きに取り掛かる。

 

十数分後、ようやく宿題を終わらせる。

終わった宿題を早速提出するために、職員室に向かう。そこで、軽く説教を受けると、ようやく帰路につけた。

校門から出て、家に向かおうとすると、呼び止められた。呼び止めたのはさっきの教師だ。ついでに言えば、その対象は如月だった。

「ちょっと、手伝ってくれ。明日のホームルームで使う物の準備があるんだ」

「先、帰っとくぞ~」

意見を求められる前に、先手を打つ。

「分かったわよ。ただし、真っ直ぐ帰りなさいよ」

母親の様な事を言う如月に、振り向かずに手を振って返事をする。

 夕焼けに染まる道路を、明光は一人、歩いていた。もうすぐ、夜の帷が降り、真っ黒い天蓋が空を覆い尽くそうとしている中、明光の視線はやはり、どこか遠くを見ていた。


彼は『今』を、この『世界』を見ていなかった。


 彼の見つめるのは、普通に学校に通ったり、友達と遊んだりといった、そんな『世界』では無い、他の世界。

物理的な、宗教的な意味では無く、もっと簡単な物だ。殺し屋とかを『裏稼業』と言うようなそんな感じである。その世界には彼が望んで足を踏み入れた訳ではない。


  4

そして、完全に辺りを夜の冷たい闇が、どこまでも深く染める。灯る照明は街灯や信号機だけだった。周りの家屋には一切の光は灯っていない。

「・・・人払いか・・・」

明光はそれに気づくと、面倒臭そうに呟くと、足を止めて、後ろに思いっ切り跳ぶ。

 その直後、『隕石』が彼の居た座標に落下した。

『それ』は、落下時に凄まじい衝撃を全方位に撒き散らした。明光も例外ではなく、その衝撃に巻き込まれる。

数メートル吹き飛ばされた明光は、痛む体でゆっくりと起き上がる。

『爆心地』の土煙が晴れていく。それと共に、威力の凄まじさも如実になっていく。

中心から五メートル、アスファルトにヒビが入っていた。

中心から三メートル、完全に割れたアスファルトが散乱していた。

中心から二メートル、そこから先は、アスファルトすら無く、茶色い地面が中心に向かっておわん型になっていた。

そして、隕石さながらの爆心地に『居た』のは、


一人の少女だった。


大きめのパーカーのフードを下ろし、ショートパンツを着た男子にも見える。が、そこから伸びる手足は男子のそれとは違い、綺麗で華奢なものだった。しかし、ただの少女では無いだろう。

あれほどの爆発があった中心に居たのだし、その両手には篭手を着けている。そんな『普通』の少女が居るなら見てみたい。

「やはりあなたで間違いなさそうです」

小さく呟いたその声は明光まで届いていた。だが、明光は首を傾げると、

「ごめんだが、人違いだ・・・。最近の逆ナンはこうやるのか?」

少女の姿は一瞬ぶれて、気づいたときには懐に入っていた。

 咄嗟に学生鞄を盾にすると、その上から篭手を着けた右手が突き込まれる。

それと同時に轟音が鳴り響き、明光の姿が消滅する。それに数瞬遅れて、数十メートル先のブロック塀が崩れる。ぶつかったのは明光だ。

だが、なお立ち上がる。生きているのが異常なはずなのに立ち上がる。そもそも、あんな少女にこれほどの力があるはずがない。そちらの方も『異常』なのだ。

そして、これが彼の、堕神明光の生きる『世界』だった。華奢な少女が、一瞬で間合いを詰めて、男子高校生一人を数十メートル殴り飛ばせる。そんな世界だ。

「これでも、まだ自分でないと否定しますか?」

「生憎、俺はしがない一高校生だ。君みたいな可愛らしい娘に心当たりは無いよ」

また、少女の姿がぶれる。今度は明光の真後ろだった。

 だが、次は殴り飛ばされる事は無かった。少女の右ストレートが空を切ったのだ。彼女が外した訳では無い。

明光が躱したのだ。

首を横に振って拳を躱すと、そのまま体を捻って、少女と対面する。

 少女は動じることなく、右左と拳を振るう。それを明光は紙一重で躱す。

「ここまでの動きについて来れて、あれだけ吹き飛んでまだ立ち上がれて、それでもあなたは自分が『普通』だと?」

少女は拳を振るいながら、言い放つ。

「さあね。俺の『普通』はこんな『超常』が入り乱れる世界なんだよ」

それだけ答えると、動きを止める。動きを止めた明光の顔面に少女は躊躇なく拳を突き込もうとするが、その拳を片手で掴む。

 そこで二人の動きは止まる。そのまま数秒静止していたが、少女の方が後方に距離を取る。

「で、君の名前は何かな?『天使』」

「『悪魔』に名乗る名前は持っていない」

両者は相対する。


   5

 『天使』。

色々な解釈の仕方や概念があるかもしれない。そもそも数すらハッキリしないのだから無理も無いだろう。

 『天使』は神の子だ。神自らが創り、この世界を管理している存在。それが『天使』だ。パソコンのユーザーがウイルスバスターを入れるようなものと取っても良い。

この世界のバランスが崩れないように、裏方で仕事をしている訳だ。

そんな『天使』だが、実は実体は無い。霊体しか存在しないのだ。その霊体ではこの世界で活動できない。霊体では干渉できない。

そこで取られた選択が、この世界の住人に手伝ってもらう、だった。

誰か適当な人の体に魔力を宿し、そこから神示として指令を伝え、動いてもらう。

それが『天使』と、それを宿す『宿り木』だった。


  6

 『悪魔』。

これまたさまざなな見方が存在する。

 ひとまずの知識として、『天使』とは対極の存在だと思って欲しい。ようは。『ウイルス』だ。

こちらも、『天使』と同じように『宿り木』と一対でしか、この世界では活動できない。そして、対極と言ったのだから、役割が全然違う。

バランスを守る『天使』の対極、つまりはバランスを崩す方の存在だ。『悪魔』が居るから、『天使』と言う存在が現れたと言っても過言ではないかもしれない。

この世界、どこまで行っても、悪が居なければ正義は存在しないらしい。


  7

距離を取った少女のフードが風によってめくれる。フードの下にはやはり、幼さの残る顔立ち。中学生くらいだろうか。だが、その眼光には底の知れない怒りがあった。

少女は払われたフードを気に止める様子も無く構える。

「『天使』である事を否定しないってのは、やっぱそうなのか。寄りにもよって『天使』の方か」

何かに落胆するように呟く。

 そんな少年の様子を怪訝に思ってはいるが、それで立ち止まるほどでも無い。

少女は、右手を腰だめに構える。すると、その拳、と言うよりは篭手に描かれている五芒星が淡い光を放つ。光は徐々に輝きを強める。

魔法だ。この世界のバランスを保つための力。

神が天変地異を起こすのと、方法論は一緒だ。規模は圧倒的に低いが、それでも、個人に向けるのはよろしくない。

「ちょっ・・・待った。少しは話し合お・・・」

今度の少女の体はぶれることは無かった。その場から一切動かずに。その拳を振るったのだ。

 届くはずがない、そんな甘い希望は即座に捨てて、左に全力で跳ぶ。

その直後に、地面を抉りながら『拳庄』が吹き荒ぶ。それに右手が巻き込まれる。

嫌な音と衝撃が体を走り、叫びそうになるのを堪える。

右手をダラリと下げたまま、その手を庇うようにする明光。

躱された事に多少は動揺してはいるが、諦める様子が無い少女。

「そういえば、まだ俺が名乗っていなかったな。堕神明光だ。十五歳の高校一年生だ。彼女はいないが、君みたいな娘は遠慮しときたいな。幼すぎる」

また一段と眼光が鋭くなる。周囲からは、彼女自身の魔力が吹き荒れている。

「・・・死ね!」

そして、明光の視界から消える。

 

轟音と共に、一帯を衝撃波が席巻した。


少女の拳は、明光には届いていなかった。彼が咄嗟に後ろに跳んだのが理由では無い。その間に割り込んだのだ。

黒い髪をたなびかせた闖入者。最神如月だった。

彼女の手には、ひと振りの刀。その刀で少女の拳を受け止めていた。

彼女は、受け止めた状態で刀から手を離し、後ろ回し蹴りを炸裂させる。

だが、少女は両腕を交差させ、それを受けた。しかし、衝撃を殺しきれずに弾き飛ばされる。

如月は、未だ宙にあった刀を掴むと、腰に下げた鞘に収める。

「ちゃんと『真っ直ぐ帰って』って言ったよね?」

どこまでも呆れたように顔を向ける。

「何で俺が絡んだ前提なんだよ!あいつから絡んできたんだよ。俺は悪くない」

「でも、挑発したのはあんたでしょ?」

「はあ・・・?何の事だよ。挑発なんて俺は・・・」

 話している二人に、またもや拳庄が放たれた。だが、それが届く前に、如月が一刀両断する。振り切った刀の根元の部分には五芒星が彫られている。

刀の銘は『雷切』。伝承によれば、雷を斬ったとされる、有名な刀のひと振りだ。

それを、『天使』の力で再現した刀。その力は、雷を斬るどころでは無い。

 『事象切断』。形のない物でも切り刻む刀。それが彼女の持つ『雷切』だ。

「その刀、『雷切』ね。という事はあなたが『天使長』ね」

少女は納得したように言うと、忠告する。

「『天使長』様。そこの輩が誰か分かっていて、味方をするのですか?」

「味方をしているつもりは無いわよ。彼は『保護観察中』なの」

『天使長』。言わずと知れた大天使の一人、『ミカエル』の立ち位置だ。そして、如月が宿している『天使』でもある。

「それに、あなたはここに居るべきでは無いはずです。あなたは、まだ『訓練』を受けていたはずだ」

あれでまだ『訓練生』とは恐れ入る。と言う事は、少女も『四大天使』の一人なのだろうか。

 『四大天使』とは、火水土風の四つを司る四体の大天使の総称だ。

『ミカエル』、『ガブリエル』、『ウリエル』、『ラファエル』の四体の天使。個々が凄まじい魔力と、それに対応する魔法を扱う。

おそらくは、そんな四大天使の一角を宿しているはずだ。『ミカエル』は如月だし、『ラファエル』も知り合いだ。後は『ガブリエル』と『ウリエル』だ。

「彼女は『ウリエル』の神酒焔みきほむらよ。あんな武器を扱うのは彼女しかいないし」

彼女も、『ウリエル』には直接会ったことが無いらしい。だが、その武器で身元を割り出せるというのは、それだけ篭手を扱う者が皆無という事だ。

「なら、あいつの使う魔法は知ってるか?」

先程から、瞬間移動じみた事を何度も行なっているのだから、疑問に思っていたのだ。

 だが、その答えは、意外と言うか、驚愕のものだった。

「彼女は生粋の格闘家。近接専門よ。扱う魔法もそれに特化してるの。彼女の得意なのは『自己強化』の魔法。自分の運動能力を向上させる魔法ね」

 ようは、先程の高速移動法は自分の足という事になるのだ。どれだけの伎倆ならそれが可能になるのだろうか。天賦の才というやつだ。それが分かっているのか、如月も苦い顔だ。

「全く、何が彼女を駆り立てたのかしらね」

「さあな。俺絡みなのは明白なんだけどな」

「だったら・・・、まあ諦めなさい。私だって、『天使』同士で争うのは立場上嫌なの。だから、まあ頑張ってね」

「待て待て待て。見捨てるのはひどくないか。そもそもお前が説得してくれないと、俺の話に耳を貸すわけないだろ。どう見ても、親の敵としてしか見てないぞ」

必死で懇願する明光と、見捨てようとする如月。寸劇を見せられている気分になってくる。

 だが、神酒焔の表情は、怒りの形相そのものだ。

「あなたたち、ふざけてるの?」

「命が掛かってるんだよ、俺は。それくらい足掻かせろや」

明光が逆ギレすると、嘆息しながら如月が口を挟む。

「こんなヤツに、何の恨みがあるのかな?あ、出会ってからの、コイツの言動の数々は抜いてね。きりがなくなるから」

そして、彼女は語る。何があったのかを。


「彼が・・・彼のせいで、私の親は死んだの・・・殺されたの」

「うん、まあそんな事だろうと思ったよ」


明光は、そこを悪いと思った風は無く、どこか他人事の様に呟く。

「なっ・・・!?あんた、よくも抜け抜けと・・・。あんたの中の『ヤツ』のせいで、私の・・・両親は死んだのよ!」

彼女が、こんな幼い少女が、明光を狙う理由。彼が宿している物がその理由だと言う。

「ご愁傷さま、とは言っとくけど、俺の非は無い」

握り締めた拳が、明光の顔面に叩き込まれる。

 数メートル吹き飛ばされて、地面に転がる明光。

呼吸を荒らげて、睨み付ける焔。

「そこまでにしときなさい。彼が何も苦労してないと思ってるの?」

少女の肩に優しく手を置く如月、穏やかに言う。

「彼が宿しているあの『悪魔』が人間の手に負えるモノで無いことは分かるでしょ?それで、どれだけの人を巻き込んだと・・・」

「・・・やめとけ。別に楽しい話じゃない。それに同情して欲しい訳でも無いし・・・そいつだってそんな話を聞いたって、どうしようも無いだろ。好きなようにさせてやれ。どうせ、俺は殺せない」

地面に倒れていた明光が静かに立ち上がり言う。その顔は無表情だ。

「お前が気の済むまでやればいい。言っとくが、簡単にこ殺せると思うなよ

不遜に言い放つが、その言葉には異質な、言外の威圧感があった。

 

彼がそこまで言える程の、その身に宿した『悪魔』。

『天使』達の歴史の中で、後にも先にも存在しない、最悪の罪を犯した、最強最悪の『悪魔』で『堕天使』。

『天使』の軍勢に反旗を翻し、半数以上の天使を味方に得たが、天使長に敗れ、味方にした天使達と共に地獄に堕とされ、その地獄でも不動の地位を築いた。

『大悪魔ルシファー』。天使だった時の名は、『大天使ルシフェル』。

それが、堕神明光を『宿り木』とする、『悪魔』の名だ。


  8

「やってみせる。その為に、教官を倒して来たのよ」

やはり折れる様子の無い焔。

「あんたの教官、しっかりして欲しいわね。教え子に負けるとか・・・」

嘆くと、頭を抱える。天使の監督役としては問題視しているのだろう。

「んな事はどうでも良いだろ。お前は退いとけ。これは俺の問題らしいしな」

明光は、覚悟を決めた、というよりも、仕方ないからやろう、といった印象を与える。

 だが、そんな彼を如月は止めることが出来なかった。それだけ、彼には威圧感があった。彼の中の『ルシファー』には、それだけの力があった。

「『封印』、解くぞ」

「程々にして。体が持たないかもしれないから」

如月は二人の間から退く。退かされる。

「さてと、始めようか。出来ることなら俺を殺してみてくれ」

「お望み通り、死んでもらうよ」

二人は全力で、最短距離で激突する。

 

が、それはすんでの所で阻まれる。如月が止めたわけでは無い。誰かが阻んだわけでも無い。

間に、槍が横切ったのだ。


[[ッッツ!?]]

二人の間が大きく開く。そして、槍が飛んできた方向を見つめる。

 そこには、投げたはずの槍を携えた少女が佇んでいた。『ラファエル』こと、神無月葵癒だ。

「何をしているのかな。ここは私の区分なんだけどな」

気軽に話しかける葵癒。これまでの流れを知らないからこその気軽さだ。

「あんたも来たんだ」

「当たり前よ。派出に魔力をまき散らしていたら分かるわよ」

うんざりしたように言うと、手に持った槍をくるくる回していた。

「でさ、あんた達は何してるわけ?もしかして、親の仇とか?」

彼女は本当に理解していないから聞いたのだろう。しかし、その答えは的を得ていた。喫驚していた焔を他所に話を続ける。

「もう私の中では終わっていることだから言うけどさ、私もそいつの事を・・・そいつの中の『ルシファー』を死ぬほど恨んでた。でもね、そいつ、何て言ったと思う?多分あんたも聞いたんだろうけどさ、『殺せるもんなら殺してみろ』そんな事を言ったんだよ。私の覚悟とか知った上で、気迫を知った上でそう言い切ったんだよ。私が殺さない、と思ったんじゃなくて、自分を殺せない、と分かった上で私との戦闘を受けたんだよ。まあ、あの時は実力が足りなくてボロボロになったけどさ」

その頃を思い出したのか自嘲気味に笑っていたが、どこか楽しそうだった。

「あんたはあの頃の私よりは強いかも知れないけど、そいつには絶対勝てないよ。役者不足なの。・・・別にそれだけで諦めきれるとは思えないけどさ」

「どっちにしろ、今でもお前は俺に勝てないよ。よって、お前は俺を殺せない」

「いちいち余計なことを言わないでも良いでしょうに」

「何で、今でも負ける前提なのかな。今なら勝てるわよ!」

気分が緩みそうになるが、焔が一喝する。

「ふざけないで・あんたが出来ないなら私がやってやる!」

余計に火を付けた様だ。むしろ、現実を見せつけられてやけになっている感じがする。むこうでは憤慨している葵癒。

 だが、そこに気を向けている余裕はなかった。

焔が一気に間合いを詰めてきたのだ。

轟音が遅れてやってきながら、拳が突き出される。しかし、それを片手で掴む。

「やっぱ無理そうだよな。どうやってもお前じゃ経験が絶対的に足りないんだよ。技術も及んでいない。よって、今のお前だったら百年たりねえ」

掴まれた状態から、なおも蹴りを繰り出す。だが、それを距離を詰めて押し留める。

「言っただろ。お前には『経験が足りない』って。駆け引きが出来てない」

言いながら、腹に一発入れると、そのまま吹き飛ばす。

「全力でやるんじゃないのか?」

見下すように、ではなく気を落としたように言う。その言葉で焔は完全に切れた。


「破壊を尽くす雷神の篭手よ。万象を薙ぎ払い、打ち砕き、凌駕せしめろ。顕現せよ、破尽の篭手ヤールングレイプ!!」


 荘厳な声で紡がれた言葉。しかし、その声には言葉以上の効果がある。

 篭手が先程までとは比にはならないくらいに輝きだす。それに伴って、焔の短い髪も、燃え上がる炎のように赤く染まる。

如月と葵癒は舌打ちをすると、各々の武器を構えて、間に割り込もうとする。

「やめろ!!]

だが、その一喝で、二人の動きが一瞬止まる。そして、その一瞬で焔には十分だった。

 全ての音を置き去りにして、自分の意識すらも置いていく。ただ、ひたすら明光に、この攻撃を当てる為だけの猪突猛進な作戦とも言えない作戦。だが、誰一人付いて来れなければ、それだけで通用する。

回避行動や、フェイントの一切を省いた、相手を一撃で沈めるための、最速最強の一撃。それは雷神の篭手を名乗るのに相応しい攻撃だった。そして、天使の一撃とは、悪魔を完全に滅ぼすだけの威力がある。

二つの意味で最悪の一撃が、明光に迫る。


焔は駆け出した瞬間、鼻で笑っていた。それは、おそらく彼が叫んだ内容にだろうし、彼の行動にもあったのかもしれない。彼はあろうことか、回避行動を取らなかったのだ。取った所で躱させない自身はあったが、それでも真っ向から来るとは思いも寄らなかったのだろう。

彼は、焔の体感時間の中での一瞬で左足を前に出し、右腕を引き絞っていた。カウンター狙いだったのだろう。

彼の右拳は、焔の闇夜を晴らす純白の光ではなく、全てを飲み込むような、深い漆黒を纏っていた。

それに驚愕する暇は無かった。彼はリーチで勝っているはずなのに、焔の拳を狙ってきたのだ。

光と闇。

二つの相反する力が、その拳が叩きつけられる。

その瞬間、

全ての音が消えた。

思わず目を瞑るが、衝撃も無ければ、爆発も起きない。

そっと目を開くと、二つの拳は重なり合ったままで、彼も五体満足だった。

何が起きたのか。

それを看破する前に、膝の力が抜けた。魔力切れだ。それに、あの技は体への負担も大きすぎる。髪の色も元に戻った。

負けた。

そう実感したのは生まれて初めてだった。

「・・・殺しなさいよ」

小さく呟く。自分では敵わなかった、親の仇。ここで見逃される位なら死んだ方がマシだ。

 だが、彼は今度こそ馬鹿にしたように鼻で笑うと、口を開いた。

「-----」

その言葉が焔に届くことは無かった。


   9

 実際、明光が言葉を発する事は無かった。否、焔に向けて放つ言葉は無かった。

「なっ・・・!?」

目を見開いている明光の視線の先には、腹をレイピアで刺され、自らの血で濡れている焔の姿があった。

 唖然としている明光を嘲笑うかののように、その剣は焔ごと浮き上がる。

剣はゆっくりと上昇すると、ある一点で静止した。

そこには、焔とは別に、もう一人少女が浮かんでいた。そして、彼女の背後には、八枚の機械的で白銀の羽。そして、透き通るような銀色の髪と双眸。

 少女はおもむろに口を開いた。

「全く、人を殺しかけておいて、敵も討てないとは。情けない」

今度は『ような』では無く、本当に嘲笑う。しかし、そういう姿でも、未だに可憐に見えてしまった。すぐそこに血まみれの少女が浮かんでいるのに、だ。

「そいつは、お前の連れじゃなかったのか?」

少女は微笑。それを肯定と取ると、更に問い詰める。

「何でそんな事したんだ」

少女は微笑を浮かべながら首を傾げる。見ようによっては可愛げのある仕草だが、このタイミングでやられてもストレスしか生まれれない。もしくは、それを見越しての行動なのか。

「んな理由はどうでも良いよな。ひとまず、そいつを降ろせ」

しかし、動こうとしない少女は、ただ微笑むだけだった。

 それで、何かが吹っ切れた。

轟音と共に大量の粉塵を巻き上げると、一瞬で銀髪の少女の浮遊する高度に達すると、勢いを殺さず、全運動エネルギーを少女に叩き付けようとする。

しかし、それは翼に、と言うよりその翼が変化した盾に阻まれた。それを拘泥する間も無く、盾ごと弾き飛ばす。

 そして、その場に残った焔の体を抱き留めると、重力に逆らわず、自由落下する。

細心の注意を払って着地すると、焔を葵癒の元に連れていく。

「こいつ、頼んでいいか」

実際、頼んでいるのではなく、ただの確認作業だ。彼女が引き受けないはずがないのだから。

 彼女の返事は聞かずに、振り返る。さっきの少女を見据えるように。遠くでは煙が上がっている。

その煙は内側から切り裂かれる。もちろん、その正体はさっきの少女だ。あれだけで倒せるとは思っていなかった。

銀翼を瞬かせながら、明光の正面に着地する。

「いきなり女性を殴りつけるとは・・・親に習わなかったかしら?」

「あいにく、そんな事を教えてくれる両親はとっくに居ないからな」

「あら、そう、ごめんなさいね」

悪びれる素振りを一切見せずに言う。明光も特に気にしない。

「それより、お前はあいつの仲間じゃないのか?」

「仲間、というよりは教え子だけど」

「何で、あんな事をしたんだ?」

「教育、って答えじゃ駄目かしら」

彼女は、妖艶に微笑みながら答える。あくまで、笑みは絶やさない。

「どうでも良いけど、早く返してくれない?ミカエルにラファエル」

退屈したように、明光の後ろに居る二人に話しかける。葵癒は今は焔の治療中なはずだ。

「せめて治してあげてからじゃ、ダメかしら?」

「どうせ『死んで本望』みたいな事を言ってたでしょ。だったら殺してあげるのが、優しさじゃないかしら」

小首を傾げながら、心底疑問そうに聞き返す。その言葉に如月が息を呑むのが分かった。

「弱い奴は、死に場所も死に方も選べない」

答えられない如月に替わって、明光が口を挟む。

「強い奴は戦う相手を選べないけどな」

笑いながら、どこか虚しさを漂わせている。

「まあ、そういう事で、ここは俺が相手をしてやるよ」

「私としては、今あなたと争うのは避けたいのですけど」

「男性からの誘いを断るのなら、もうちょっと良い理由を提示しろよ。親に習わなかったか?」

「そうですね・・・。ちょっとだけですよ」

そう言うと、高らかに声を上げる。


「神に並びし天翼よ。汝、我らの師となり、正しき道へと誘いたまえ。顕現せよ、神の代行者メタトロン」


 途端に、暴風が吹き荒れる。彼女の背中の銀翼が一層に輝く。その輝きで目を瞑ってしまう。「誘った相手は、しっかり見ていないと・・・刺されますよ?」

 直後、何かが風を切る音が聞こえた。

「ッツ!?]

反射的に横に跳ぶと、それが服の端を切り裂く。

 ようやく目を開けてみれば、周囲には四本の、さっき見たレイピアが浮かんでいた。

「早々にリタイアされても困ります。もっと楽しませてくれないと」

その言葉を合図に、四方から剣が襲いかかる。

 剣は一見、不規則に飛び掛ってくるが、よく見れば動きの統一性が分かる。

出来る限り、明光の選択肢を減らしていっているのだ。

一撃必殺ではなく、一つ一つ手を打ってくる詰め将棋のように。時間が経てば経つほどに、こちらに不利に働いてくる。

剣を捌きながら、突破方法を見出すと、実行する。包囲網から、一気に飛び出したのだ。

勢いそのまま、腕を引き絞り、腰も捻る。全力を叩き付ける。

少女は微動だにせず、一言口にしただけだった。

「イージス」

またもや、四枚の翼は盾に変化し、明光の拳を止めた。今度は空中では無いので吹き飛ぶ

事も無い。

「注意散漫ですよ」

 明光は舌打ちしながら、振り返りざまに裏拳でレイピアを叩き落とすと、他の三本を躱す。

 少女は翼を元に戻すと、一度羽ばたいて、明光から距離を取る。少女の方が有利なのに距離を取る理由は簡単だ。これが、強者の余裕。

「そういや、お前の名前を聞いていなかった気がするが?」

「時間稼ぎですか?どれだけ稼いでも、突破口を見つけるのは無理ですよ」

微笑みながら、少女は明光の真意を読み解く。

「まあ、名乗っておきましょうか。私は小神真那こがみまな。ご存知の通り、メタトロンの宿り木です」

やはり、余裕。

 自分の地力とスタイル。その二つに絶対の自信を持っているのだろう。そして、客観的に見ても、突出している。今、即興で勝てるのは如月くらいだろうか。

多少のゴリ押しはやむを得ないらしい。

 真那の周囲では、四本のレイピアが回転していた。背中には機械的な銀翼を携えている。

 明光は一つ、大きく息を吐く。そして、


「----今、我に宿りし反逆の大天使よ----」

「フレイ!」

真那が、明光の声をかき消すように、声を張り上げると、四本のレイピアが一斉に明光に向かう。それでも、続ける。


「----最強にして最悪。最低にして最高----」

向かってくるレイピアを体を捻って回避する。


「----停滞を嫌い、至高を目指した汝の力を、我に与えたまえ----」

----真那は、明らかに焦燥感を見せると、残りの四枚の翼もレイピアに変化させると、計八本のレイピアを放つ。


「----顕現せよ、明けの明星ルシファー!!」


そして、八本もの無敵の剣が八方向kら明光に突き刺さる・・・事はなく、それらは空振りに終わった。その座標に、彼の姿は無かった。


   10

「俺も全力で行くぞ」

そう言う明光の体は、黒い魔力を纏っていた。全てを飲み込むような、ともすれば深淵を覗き込んでいるような、漆黒。

「イージス!」

彼女の呼び掛けに応えて、レイピアは彼女の付近に移動すると、盾に変化した。

彼女を綺麗に包み込んだその光景は壮観だった。

「逃げるのか?」

「そうしたいのは山々なのだけれど、途中棄権は性に合わないので」

球体状の中から声がした。

「何を・・・」

言いかけて、気づいた。

 真那の周囲を囲んでいる盾の数は七枚。八枚の翼を持っているはずなので、あと一枚足りない。

とすれば、一つで何をするつもりなのか。

「明光、下がりなさい。ここから私がやるわ」

振り向くと、柄に手を置いた厳しい顔の如月が歩み寄ってきていた。

「どういう事だ?」

「彼女の最強の武器は『フレイの剣』じゃない。もちろん、『イージスの盾』でもないわ。『雷霆』、かの最高神の雷よ。下手したら世界が融解する」

もちろん、神の武器を再現した場合、スペックそのままにはならない。だが、再現したのが四大天使に近しい、メタトロンが再現したら、どれほどの威力になるのかは見当がつかない。最低でも、地球一つや二つは消せるだろう。

「しかも、今度は焔の時みたいに『相殺』は出来ないわよ。純粋な光じゃなくて『雷』の属性を含んでいるからね」

やはり、如月と雷切に任せる方が良いらしい。魔力自体を斬る彼女の刀なら、どうにかなるはずだ。だが、

「いや、ダメだな。これは、俺が吹っ掛けたんだ。それに、もしかしたら俺を殺してくれるかも知れねえしな」

「えっ・・・?」

「冗談だよ。あんなんじゃ俺は死なない。ちょっとばっか、無茶をするだけだ」

優しく微笑み掛けると、戻るように促す。

「絶対・・・生きて帰ってね・・・?」

不安そうに、小さな声で確認を取る少女の頭を無言で撫でて、送り出す。

 如月が戻るのを確認せずに真那に向き直る。この戦いは如月に任せるわけには行かなかった。

 彼女に任せれば、勝てる。しかし、その場合、真那も死ぬことになる。我を忘れた今の真那なら、全精力で『雷霆』を放つはずだ。自分の生命維持もままならない程の魔力を注ぎ込んで。

「これ以上、俺の目の前で・・・俺のせいで誰かを殺すのはごめんだね。絶対に救ってやる。お前の意思なんて関係ない。絶対に救う!!これが俺のせめてもの罪滅しだ」

拳を固く握ると、決意を真那に向けて宣言する。


 今まで負けた事は無かった。自分の力に絶対の自信があった。

他の四大天使はおろか、ミカエルにすら勝てる自負があった。

なのに、最大の裏切り者にして、最強の敵にあっさりと負けた。

そんな自分が許せなかった。このまま負けるなら、せめてルシファーの少年も道連れにして死ぬ。

死ぬ事に恐怖は無い。ただ、負けることに、負けた上で勝者の裁量で生かされ続けるのが嫌なのだ。

だからこそ、この場にいるミカエルやラファエル、ウリエルを巻き込んででも、惑星の一つを巻き込んででも殺す。

 そう、これはただの我儘だ。意地だ。くだらないプライドだ。

しかし、その力が自分の存在証明だったのに、それを容易に超えられた。全否定されたと言っても過言ではない。

これくらいの我儘は通しても良いのでは無いだろうか。


  11

明光が何をしようとしているのかは分からない。

絶対防御を誇る『イージス』を破壊する方法を如月は知らない。

『雷霆』を真正面から受ける方法も、如月の持つ『雷切』以外では知らない。

どっちの方法を取るにも、不可能に近い。

だが、彼はやる気だ。彼は嘘は付かない。出来ないことを言わない。

今、如月に出来るのは、信じて待つことだけだ。

「あんた少しは落ち着きなさいよ。あいつならきっと大丈夫よ」

焔を治療しながら、葵癒は呆れたように言う。

「私の時だって、あんたの時だって勝ってきた。しかも私たちを殺さずに、ね」

「私は負けてないわよ」

「でも、結局はあいつの意思で、封印は成功したわけでしょ。あいつが全力で抵抗したら、どちらかは死んでいるし、地球自体も存在していないかもしれない」

「・・・そうね」

実際、お互い全力でやっていれば、結果は分からなかっただろう。

 だが、彼は今日のように全力を出す前に降参した。しかし、今日の全力を見て改めて思う。

 本気でやったら勝ち目は無い、と。

だからこそ、信じる。自分の実力を知っているからこそ、自分を凌駕するだけの実力の明光に任せられる。

 しばし目を瞑り、そっと目を開ける。

そして、戦況が動く。


大きく息を吐く明光。

膨大に放出する魔力を、ゆっくりと右手に集中させていく。

闇より黒い魔力が右手へと集まっていく。だが、これでは足りない。

単一の属性では、あの盾を破壊できない。だから、他の方法でいく。l


「全ての天使の長ミカエルと双璧をなした片割れよ」


大悪魔ルシファーとは何だったか。


「一時の迷いで背いた神に、今一度贖罪する機会を与える」


大天使ルシフェルの堕天した姿だ。では、ルシフェルは何処に?


「顕現せよ、『光をもたらす者』大天使ルシフェル!」


正解は、ルシフェルの中だ。この二体は表裏一体だ。有り体に言えば、二重人格。

 全く正反対の二つの力を宿す『天使』。

それが、ルシフェルの正体。


左半身に、純白白銀の魔力が覆う。

それを力づくで抑え込むと、右手に集中させる。

途轍もなく、神経を削る作業だ。一歩間違えれば、さっきの焔と起きた現象が起きる。

 そして、彼の周囲に放出される魔力は消える。

ただ一点、右手に集中された魔力。

それを携え、ゆっくりと、真那に歩み寄る。


「お前は死なせない。絶対に」

歩調は変わらない。だが、決定的に突きつける言葉。


「この場にいる葵癒に焔、そして如月。あいつらだって死なせない」

歩調が上がる。徐々に速度を上げながら、自分の意思を叩き付ける。


「他の知り合いだって絶対に死なせない。せめて、目に見える範囲は俺が全部守ってやる。救ってやる!!」

砲弾のように駆けると、右腕を引き絞る。


 左足を踏み込み、全力で右拳を振り抜く。

拳は『イージス』と激突する。そこで混ぜ合わせる。

 光と闇。正と負。

二つの正反対の魔力をぶつけるとどうなるか。

さっきとは比較にならない、高密度の爆発が起きた。

全ての感覚が麻痺する。盾の方向に流れるようにしたのに、それだけの衝撃。

他の誰かなら原子残さず消滅するが、真那には『イージス』がある。

閃光が晴れると、麻痺した感覚も戻り始める。

だが、右手の感覚は一向に戻ってこない。

「壊れた・・・か」

動かない右手がダラリと下がる。

 そして、『イージス』の姿が露になる。

所々消し飛んでおり、中が覗けるようになっている。あれだけの攻撃で原型を保っているとは、さすがといったところか。

『雷霆』を構えた真那と目が合う。

「まだやんのかよ?」

右腕が使えない状況で、まだ不遜に言う。

 真那は構えた『雷霆』を消滅させる。そして口を開こうとする。

「負けたのが、そんなに悔しいか?だったらもう一度、いや何度でも挑戦してみれば良い。いつかは俺を殺せるだろうさ」

先んじて、真那の発言を封じる。

「全く・・・いつか殺してあげますよ・・・」

「そりゃありがたいね」

まだ何かを言い返そうとするが、その言葉は聞けなかった。糸が切れた人形のように崩れ落ちたのだ。同時に周囲の盾も消え去った。

 倒れそうになる真那を抱き留めると、左手一本で担いで、葵癒の元に連れて行く。

定まらない足取りで、歩みを進めていると、如月が駆け寄り明光に肩を貸してくる。むろん、右腕は動かないので、断ることも出来ない。

「大丈夫?」

「どうだろうな、派手にやったからな。まあメタトロンだし死なないだろ」

適当に答えると、如月は不貞腐れたようにそっぽを向く。

「ま、俺は相変わらず死ねそうも無いがな」

それには何も答えない如月。

「そろそろ、その娘を診せてくれないかな?お二人さん」

「あのっ、そのっ、ごめんなさい」

「悪いな。早く診てやってくれ」

しゃがんで真那を降ろすと、葵癒が状態を確認する。

 ひとしきり確認すると、顔を上げて、

「大丈夫そうだよ。魔力の極端な低下で気を失っているだけみたいだしね。目立った外傷も無いしね」

全く、と笑うと、

「こんな戦い方してたら、いつか死んじゃうよ?」

「それを望んでるんだがな」

呆れたように首を振ると、

「それでも、死んで欲しくない人だって居るんだよ」

その声は小さく、そしてか細いもので明光に届くことは無かった。


   12

「とっとと宿題出せよー」

気だるそうに声を張り上げる男性教師。その声を合図に、生徒たちは宿題を出そうと前に出ていく。

 少年はその声を遠くに聞きながら、『あの時』の出来事を思い返していた。


 あの後、当分目を覚まさないであろう真那を迎えに来た人物が居た。

「私の友達が迷惑を掛けましたね。すみません」

いきなり現れた少女に、明光は怪訝そうな顔で見つめるが、如月達は納得したような顔をしていた。

「あなたとは初対面ですね。私の名前は水紋神奈みなもかみなです。よろしく」

「ああ、俺の名前は・・・」

「知ってます。堕神明光、ルシファーの宿り木ですね」

その言葉には、ただ知っていると誇示するだけで、他の感情がこもっていなかった。

「なんだ、俺に興味無いのか?」

「さっきの戦いを見てましたから。・・・多分、三人でかかっても勝てないでしょう」

微笑んでそう言う。

 一通り自己紹介をすると、真那の傍に座り込む。心配そうに何度も撫でている。

「何か・・・悪かったな」

バツが悪くなって、思わずそう呟いた。すると神奈は、

「いえ、カッとなった拍子だったんでしょ。この娘、結構短気だからね。仕方ないよ」

真那を撫でながら、そう告げる。

「さて、そろそろ連れていっても良いかな?」

「もう行くのか?もうちょい休んでも良いんじゃねえか?」

「これ以上迷惑をかけるのもね。ありがとう、心配してくれ」

じゃあね、と言うと、真那を背中に背負うと、立ち上がると、明光に顔を寄せる。

「あまり『力』を使いすぎないようにした方が良いよ。もっと『色んなもの』を呼んじゃうかね」

そっと耳打ちすると、拘泥する間もなく、真那を背負ったまま歩き去った。

「・・・行ったな」

「あの娘は、毎度あんな感じだからね。唯一、場所を指定されずに動き回るからね。私も何を考えてるのかはよく分からないよ」

 

「おい、堕神。宿題はどうした?」

唐突に名前を呼ばれて驚いていると、呆れた顔で覗き込む男性教師の顔があった。

「まさか、また忘れたんじゃ無いだろうな?」

疑いの目の男性教師と、忍び笑いをする他の生徒。

 頭を掻きながら、大きく欠伸をする。

「『また』とは何ですか?俺は幾度も同じミスをする程落ちぶれてはいませんよ」

そう言いながら、一枚のプリントを机から出すと、机に叩き付ける。

「見なさい。忘れたんじゃ無いですよ。ただやっていないだけだ。その違いが分かりますか?そこに宿題をやる意思があったかどうかです。つもり、私は元々やる気が無かったんですよ」

そこまで理路整然と、堂々と言われて、面を食らう男性教師。そして、勝ち誇ったような表情を浮かべる明光。

 葵癒はおろか、如月すらも頭を抱えていた。他の生徒は大爆笑だ。

いつもの様に、男性教師の怒号が学校に響いた。


中二設定全開で書いた作品です。我ながら、ひどい出来ですがw

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