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3.冬 ②

 朝になり、夢から覚めてもブッキの頭の中には夢の中の歌声が残っていた。

 それはたぶん、子守歌だったのだろう。ブッキの記憶の奥底にある響きにとてもよく似ていた。さっそく豚まん作りを始めたブッキの耳の底に、その歌はこびりついていた。

 それにしても…、目が覚めてもやけにはっきりと歌を覚えているというのは妙なことだ。もしかしたら、本当に聞いたことのある歌なのかもしれない。

 ブッキはオヤジの写真をちらりと見た。

 そんな歌をオヤジが歌うはずがない。オヤジの口から「かわいい」なんて言葉を聞いたことなんかなかったのだから。

 そう、そんな歌を歌うとしたら母さんに決まっている。ブッキは何度も歌を頭から追いやろうとしたが、だめだった。その日は一日その歌が繰り返し繰り返し、ブッキの頭のなかで流れていた。


 さて、新しいまんじゅうはこねる時間を短くした。そのために白まんじゅうの生地を先に作り、また別に生地をこねはじめた。もっとふわふわにするために、ケイコばあさんからもらった卵の白身を使ってメレンゲを作り、それも生地にまぜてみた。この生地はいくつものボールに分けおく。

 つぎに、昨日たくさんもらってきた果物をなめらかになるまですりつぶして、果物ごとにわけてそれぞれのボールに入れる。凍ったみかんは汁をしぼって、やはり一つのボールに入れた。

 そのまたつぎにそれぞれのボールのまんじゅうを丸める。まんじゅうの大きさは白まんじゅうの三分の一。

 こね時間が短い分、少しふわっとやわらかいまんじゅうになり、メレンゲを混ぜて小さくしてあるから口の中に放り込んだとたんにろけてしまう。ブルーベリーの鮮やかな青、木イチゴの紅。黒スグリ濃い紫が生地にまざった淡い藤色。みかんの橙色。サルナシの黄緑。それぞれのまんじゅうをべつべつに作る。甘さだけをきかせたふわふわの五色。それが一組になる。

「ああ、忙しい。なんだってこんなに種類を作ってしまったんだ! でもしょうがないな。どうしてもやってみたくてしょうがないんだからな」

 そういいながら、ブッキはブルーベリーの一つを口の中に放り込んだ。思ったとおり!甘酸っぱい味も口溶けの感じもまさに絶妙だった。次々に一つずつ食べてみると、それぞれの味わいが違い、楽しい気分になる。ブッキは誰もいない厨房でえへんと胸を張った。

「まったく、オレの頭はすごいな。思ったとおりなんて!」

 正真正銘、ブッキはニヤリと笑った。

 朝一番、ケイコばあさんが目を輝かせる。

「雪どけの宝石まんじゅう! なんて豪華なんだい! 上等で食べるのがもったいないね!」

 実際、雪の積もった白い光の中で、まんじゅうは宝石のように輝いていた。

「昨日は大変だったね。ウサギ団地のことは、新聞のいちばん大きい写真に出てたよ! ごくろうさま!」

 そういえば…。ブッキはあんまり新しいまんじゅうのことばかり考えていたので、すっかり新聞の存在を忘れていた。

 ケイコばあさんは、卵のほかになんだか、大きい包みを差し出した。

「これね、娘が編んだセーターだから着ておくれよ。鶏の羽毛入りで、冬にはポカポカ暖まるよ」

「ふん」

 と、ブッキはケイコばあさんに背中を見せて、鼻で笑った。

「じゃ、ありがとうね!」

 やっぱりこの店は、お客が礼を言う。

 ずっと並んで待っていたほかの動物たちも、新しいまんじゅうを見ると皆、それぞれに目を輝かせた。その様子を見ると、ブッキはますます胸を張りたい気分になった。

「だれだって、こんなまんじゅうは考えないさ。そりゃ、考えられないさ!」

 ブッキはふと思い出す。今までだって、同じ形、同じぷりぷりの白まんじゅうを作っていく間に、えへんと胸を張りたいことはあった。でも、そんなそぶりをオヤジに見せたことはなかった。だってオヤジが誉めてくれるわけないじゃないか!

「ニヤニヤしてんじゃないぞ! 手が遊んでるぞ! まんじゅうに集中しろ! おまえにはそれしかやることはないんだからな!」

 ブッキが少し浮かれていると、そんな棘のような言葉が返ってくる。オヤジの苦々しい顔もいつも頭に焼き付いていた。

 ブッキの中で何かが溶けてきている。今まで押さえていた気持ちが溶け出している。母さんを恋しいと思うことや、いろいろやってみたかったこと…。オヤジに対する恨み言。心の中に蓋をして奥の奥のほうにしまい込んでいた感情が、溶け出てきている。

 不思議なもので、そうなると、ほかの思い出も呼び覚まされる。

 その日ブッキの頭の中で一日中流れていた子守歌は、ブッキの心の奥の奥から呼び覚まされてきたものだったのかもしれない。

 その日も最後の白まんじゅう一個、雪どけ宝石まんじゅう一組はコタロウが買うことになった。

「ブッキさん、昨日はお疲れさまでした。丸野さんのお二人も、たいそう喜んでいましたよ」

 ブッキははっとしてコタロウの顔を見つめた。

「え? な、何か…」

「あの…」

 ブッキは心の中から出てきたほかの質問をぐっとかみころした。それは口に出して言うには勇気のある質問だった。

 コタロウは、しばらく不思議そうに、ブッキを見つめてから、

「あららら、大変、大変。ケンモチ博士に叱られちゃう! ケンモチ博士は昨夜は疲れて何も食べずに寝たんです! まんじゅうを食べるのを楽しみにしておられる! 今日は絶対に新作があるぞ! とケンモチ博士は言っておられた。大当たりでしたな! それも五色も! さすが、先生です!」

「さすがなのは、オレの方だろう!」

 もちろん、これは口の中でかみ殺して言ったので、コタロウの耳には届かなかった。

「さあ、帰ろう、帰ろう」

 と帰ろうとして、コタロウはまた振り返り、走りながら

「そうそう! 新聞、ごらんになったでしょ! あのトンネル、タカンダ町でも大評判でね。みんな滑りに行ってますよ! なんでも、氷の壁の中に明かりを埋め込んだそうで、夜も滑ることができるようになったとか! それがまた美しいという話です。ブッキさんもお仕事が終わってから、行ってみたらいかがですか」

 早口でこれだけ言うと、走って行ってしまった。

「なんだ…。遊びで忙しいのか! オレにはそんな暇はねえな。何しろ作るまんじゅうは増えるし、評判はいいし…。ふふふ…」

 確かにブッキの口元からは笑いがこぼれていた。不思議な気分だった。

 すべての片づけを終えて、明日の準備も終え、やっとひと息ついたブッキは、今日の夜光新聞を広げてみた。

 新聞には、昨日ブッキも見た、ウサギ団地のトンネルの入り口が写っている。が、例によって真夜中に取材したのだろう。トンネルの入り口には誰もいない。ぽかんと開いたトンネルの口が夜の闇に不気味に白く浮き立っている。

『ウサギ団地の救出劇!』という大見出し。

『イヌ博士の友情実を結ぶ』という中見出し。

『タカンダ町、マンナカ、ヒロッパラにある犬餅博士の動物中央研究所はもう、みなさまご存じであろう。犬餅博士は博士号をいくつも持っておられるほかに、数々の研究でいろいろな賞も受けておられる。

 さて、その数々の研究の中でも二番目か三番目に有名なのが大風船による飛行研究である。運転するのはもちろん猫柳助手である。

 犬餅博士は三番か四番目に有名な天気の研究で、今年のニシヤマ団地(通称ウサギ団地)方面の大雪を予報しておられた。そして団地が雪の中に埋まる前に、旧友であられる余田麗助先生に連絡をして、助けをお願いした。猫柳助手のほうは大風船を飛ばし、豚田豚饅頭店に急いだのである。ニシヤマ団地のウサギたちはは丸二日も雪山に閉じこめられた。空腹であるということで豚田仏太郎氏の奮闘により、たくさんのまんじゅうが届けられたというわけである。

 一方、余田博士は、まんじゅうの届く二日前夜から助手と雪の険しいニシヤマを登り、ウサギ団地に到達して、最新の雪山堀、モグラにヒントを得たMMモグモグ二号機により、タカンダ町方面にどんどんと積もった雪の中を掘り進んでいたのである。なんという連携プレー!

 この余田博士は、犬餅博士の長年の友人で、学生時代から研究をしていた同士である。雪の山にはめっぽう詳しく、山登りの研究もされている。その余田博士の二番目か三番目に有名な、雪山の穴掘り研究がみごとに応用されたというわけである。穴は一日半で完成し、ウサギ山、ウサギ坂の上を走る氷のトンネルとなった(写真)。ここまで通じればタカンダ町の入り口、ジュウジュウ交差点にもっとも近い。

『雪のない日に山を下るより、早いよ!』 と、子供たちは喜んでいるという。

 トンネルは大盛況で、交通手段だけではなく、楽しい滑り台の役割もしている。この噂はすぐに伝わって、ミミカタ町の者だけではなく、タカンダ町、オオ川を渡ったヒラクモ町のほうからも滑るためにいろいろな動物たちが押し寄せて列を作っている。

 当記者、カメラマンともに滑り心地を楽しんだ。氷の中に灯る電光はまことに神秘的である。だが凍った中を夜に走り抜けるのは冷たい。途中で止まると氷の壁に身体がくっついて凍ってしまうので、くれぐれも注意していただきたい』

「ふん…。この写真では、だれもいない、どこかのただの寂しい洞穴としかわからないな…。だいいちこの中で凍るようなマヌケな奴なんか、新聞屋以外にいるわけがない!」

 そう言ったとたんにブッキに笑いの波が押し寄せた。

 くくくく…。とこらえてもこらえてもおかしい。

「なんだって、この新聞のやつらはこんなにマヌケなんだ! みんなが列を作っているていう記事だっていうのに! 誰もいないトンネルの写真を載せるなんて!まったく…、おかしなフクロウとモモンガさ! ハハハハハ」

 笑うのはいやだったが、止めることはできなかった。それから眠りにつくまでブッキはずっと笑っていた。涙さえ出てくるのだった。


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