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3.冬 ①

 キタヤマの冬は寒い。

 タカンダ町にはあまり雪は積もらないけれど、キタヤマは深い雪に覆われる。

 タカンダ町からキタヤマに上るマチカネ坂は、その中間だ。キタヤマに大雪が降ればマチカネ坂の雪も深くなり、登るのが大変になる。

 今年、ブッキは大雪になる前に、冬用の小麦を育てて収穫した。今までは春の麦しか育てたことがなかった。一年で二回も麦を育てたのは初めてのことだった。

「せっかくゆっくりできる時だっていうのに…。オヤジがいた頃よりもまんじゅうをたくさん作って、自分で忙しくしてるなんて。まったくオレはマヌケなブタさ」

 じっさい、オヤジと一緒に仕事していた時には労働力が二倍あったというのにどうしたことだろう。

「今年は、よけいなことしたからな。ちっともいいことがない!」

 麦の収穫が終わってからは、晴れている間にせっせと麦を干して、そのあとは毎日石のうすで粉を挽き、その間にだんだん冬は深まり、寒さも厳しくなってきていた。もちろん、まんじゅうはまんじゅうで毎日作って店を開ける。まったく一日としてゆっくり休む日などなかったのだ。

 冬の盛りには大雪になることもある。豚田豚饅頭店の裏までは店の屋根の高さまで雪が積もる。不思議なことに、まるでこの店を境界線にしているように、店の窓側はうまい具合に売り窓の高さくらいにしか雪は積もらない。だから、店は開けられる。オヤジは冬でも豚まん作りを休んだことはなかった。

 キタヤマの上の方は雪が深くなり、上れなくなる。だから泉まで上って行けなくなる。オヤジは冬の間は積もっている雪解けの水を使っていた。

 冷たい思いをしてマチカネ坂を上って、店にやっとたどり着いて、ほかほかの豚まんじゅうを胸にかかえると、暖かくてうれしくなる。そこから家までいい匂いの豚まんを抱えて、スキップしたくなる。だから、坂を上がるのが大変になっても、みんなまんじゅうを買いに来るのだ。

 タカンダ町を取り囲んでいるほかの山、ニシヤマ、ヒガシヤマも雪が深くなる。その冷たい山に囲まれているのだから、タカンダ町も冷たく厳しい冬となる。

 そんな朝に『大変! ニシヤマが雪に埋もれる!』という見出しの夜光新聞が届いた。

 いつもだったら新聞に目もくれないブッキだが、新聞の一面全部がすごい大きい字でこの見出しだけだったので、いやでも目についた。だが、新聞に書かれた文字はそれだけである。よほど急いでこの一枚の新聞を作ったのだろう。

 ニシヤマの向こう、ミミカタ町にはウサギたちの住むニシヤマ団地がある。

 ブッキは行ったことがなかいけれど、それはタカンダ町からニシヤマに上って山の中腹を反対側に下った方だと聞いている。ニシヤマの向こうには、オオ川という深く大きな川がある。その川の先にミミカタ町の中心地があって、ニシヤマ団地からはそちらの方が近いのだけれど、川をわたらなければならない。ウサギたちは川を渡るのが嫌いだそうで、だから、ニシヤマ団地のウサギたちは、タカンダ町の方の学校や店に来ているのだという。

 いつものように店を開けると、お客の間でもニシヤマ団地の噂話が飛び交っていた。

「ハネちゃん、どうしてるだろう」

 サカエじいさんに代わって買い物に来たヤギのメイコが心配そうに言った。

「ほかのやつの心配なんかしてらんねえな…。何たってオレはまんじゅう作りをやめるわけにはいかねえんだからな。っていうことは、休むヒマはないってことで、じっさい休んでなんかいないってことで、ということは、ほかのやつの心配なんかしてる時間もない、ってことになるんだ」

 ブッキはぶつくさと朝からそんな文句を言っていた。

 今日の最後の客は牛野権蔵オヤジだった。ゴンゾウオヤジは八個のまんじゅうを買い、せいろの中にはいつものように猫柳小太郎の分の二個のまんじゅうが残った。

 いつも来る客はだいたい同じ顔ぶれだが、毎日毎日、まったく同じというわけにはいかない。もちろん買っていくまんじゅうの数だって違う。なのに、なぜか最後のコタロウには二つのまんじゅうが残るのだ。なぜそんなにぴったり売り切れるのかわからない。でも毎日そうやってぴったりの数が売れていく。

 ゴンゾウオヤジののっそりした大きな身体の後ろからコタロウが顔を出すと思っていたのだが…。今朝は、コタロウの姿は見えなかった。

「ちぇっ! うちのまんじゅうが売れ残るなんて、初めてのことだ! ついてねえ!」

 ブッキはぶつくさいいながら、店じまいを始めた。

 と、そこにハアハア息を切らして、コタロウが走って来た。

「ブッキさん! ブッキさん!」

 ブッキは顔色を変えずに、店の中にまんじゅうを取りに入ろうとした。すると、

「あ、いえ、今日は頼みごとがあって、やって来ました!」

 といい、コタロウのうしろから、メイコも一緒に来ていた。そして、見知らぬブタが二人、メイコのさらにうしろに続いて坂を走って登って来るのだった。

「ウサギ団地に、大風船を飛ばします!」

 と、コタロウは言った。

 いったい何のことだ? ブッキはぽかんと口をあけた。

「ニシヤマが雪の中なんです!」

 それは見出しだけの新聞で読んだのだが…。それと風船と…。

「なんだって、それがオレに関係あるんだ!」

 ブッキは、背を向けながら、店に入ろうとした。

「ここに、手伝いの動物を連れて来ましたので、これから至急、まんじゅうを百個ほど蒸かしていただきたいのです!」

 ブッキは目を白黒させた。

「とにかく、今、ケンモチ博士が大風船を用意しておりますんで、後でわたくしが研究所からお迎えにまいります!」

 コタロウはここまで言うと、

「こちらはメイコさん。それはご存じですな。それと、やはりぶたまん作りにはブタがいいだろうということで、きのう、ニシヤマが大雪になりそうなので、ケンモチ博士が、ブタお二方に連絡を取ったのです」

「丸野二久江と申します」

 とあいさつしたのは、少し年配のブタ。

「丸野油子です」

 と、若いブタ。そっくりなブタたちだった。

「こちらのブタお二人は手が器用だということで、ケンモチ博士のお墨付きです。先生は、天気の研究でも博士号をとっておられまして、もちろん、大雪になることを予想していらしたのです! すばらしい方です! だからもう、昨日のうちからいろいろ考えておられました。このお二方も、大風船に乗ってやって来られました。わたしが試運転がてらお迎えに行きました…。さすがの先生です。なにからなにまで無駄というものがありません」

 コタロウの言っていることは、ブッキにはさっぱりわからなかった。

「だからオレには…。関係ないって…」

 ブッキは面と向かっては、はっきり物も言えない、そんなブタだ。だから、口の中でぶつくさ文句は言っていても、だれもブッキに文句があるとは気が付かないのだった。

「では、よろしく!」

 コタロウだけがあわてて、雪の中をかけて帰って行こうとしながら…。

「そうそう、今日わたしが買うはずのおまんじゅうですが、そちらのブタお二方にお分けください。味を知っている方が、上手に作れるだろうというのは、これまたケンモチ博士のお考えでーす!」

 コタロウはまんじゅうが残っているとわかっていたのか! ブッキはなんだかむしゃくしゃした。

 さてどうしたらいいものだろう。ブッキは良いとも悪いとも答えた覚えはない。だいたい、材料から何から全部ブッキが用意して、ウサギたちのために作ってやらなければならないのだろうか。なんともおもしろくない気分だった。

 ブッキがぶすっと突っ立っていると、メイコが

「じゃあ、始めよう! ね、ブッキ」

 と、気安く言った。

「なんだって、オレがそんなことしなくちゃならないんだ…。オレはここにただ立ってコタロウの言うことを聞いていただけだ。断ろうにも、もうコタロウはかけて行ってしまったし…。それでなくても毎日毎日、時間が足りないくらい忙しいっていうのに…」

 ブッキがブツブツ口の中でつぶやくと、メイコが

「え? なに? はっきり言ってくれなくちゃわからないよ!」

 とブッキの目をのぞき込んだ。

 そのメイコの目は、瞳孔が横に平べったくなっていて、なんとも不思議な表情だった。

「あのなあ…」

 と、その目を見ながら、はっきり言おうとしたブッキだったが、あまりにもじっとじっとブッキの目をのぞき込むメイコに、ブッキは言葉をつなげなかった。だいたい、いつだってそうだ。だれかの目をまっすぐのぞき込んで文句なんか、言えやしない! メイコのような不思議な瞳ならなおさらだ。

「ちぇっ」とブッキは舌打ちすると、家の中に入って、黙って作業を開始した。

 入っていいとも言っていないのに、メイコもニクエもユコもブッキの後に着いて入って来て、

「あ、これね、このおまんじゅうを食べてもらえばいいのね!」

 コタロウ分として竹皮の包みの上にちょこんとのっていた白まんじゅうをメイコがさっさと二人に分けた。

「はい。まだほんのり温かいわ! おいしいわよ!」

 ブタのニクエとユコはほくほくとまんじゅうをほおばった。

「ほんとおいしい!」

「ふかふかでモクモクして、ほんわか甘い味がするのね。まえ新聞に書いてあったとおりだわ」

「ふん! 食べていいとも言った覚えはないのに、なんでも勝手なことをする。そんなヤギとブタたちさ」

 ブッキは文句を言いながらも、粉の袋を下ろして、作業台の上にボールなどを並べ始めた。

「ちぇっ! やっと片づけたと思ったのに…」

 メイコはブッキの隣に立って、ブッキをまねて、粉をこね始めた。

「ごちそうさま! うわさには聞いていたけれど、ほんとうにおいしい豚まんでしたわ! 歯ごたえも絶妙ですのね」

 ニクエがにこにこと言ったのに、ブッキはぶすっとそっぽを向いた。

「あのね、ブッキはおしゃべりじゃないブタなの。ブタが全部そうというわけではないでしょうけど…。返事がなくても気にしないでね」

 メイコが説明すると、ニクエもユコもくすくすと笑った。

 ブッキはなんだか自分が笑われているようで、ますます不快になってきた。

 ニクエもユコも割烹着を持って来ており、それを着込むとさっそくブッキのまねをして粉をこねた。さすがに四人でやる作業は早かった。

「さ、その後は?」

 メイコは平らの瞳孔で、またじっとブッキの顔を見た。

「次はこの生地を発酵させるんだ」

 またブツブツ言ったのをニクエが耳にした。

「そのあとの作業のことを考えると。時間は少し短くしたほうがいいわ。待っている間にかたづけを先にしませんこと?」

 ブッキがうんともすんとも言わないのに、どんどん働く。

「これはどこにしまうの?」

「これはどうやって、洗うんですこと?」

「残った粉は、どうするの?」

 みんな次々と質問をした。ブッキは口ごもりながらあごで方向を示し、うなずいたり、首を振ったりしてそれに対応した。

 片づけもあっという間に終わった。その後、みんなちょっと疲れて、厨房のいすに座って、ぼんやりした。

「おばさんたちは、クログロ谷の向こうから来たということでしたけど、遠くて大変だったでしょ?」

「ケンモチ博士からハト便のお知らせをいただいて、すっかり用意していましたの。タカンダ町にはブタはいないんですってね」

 ニクエは、そこまで言って、しまった! という顔をした。

「もちろん、ブッキさん以外には、ってことですけれど…」

「あの大風船はすごかったわ。ケンモチ博士が火をボーボー燃やしているの。雪なんか降っていても、じゅっと音を立てて、溶けてしまうのよ!」

 ユコがうれしそうに言って、なぜかみんなでブッキの反応を待っていた。

 ブッキは、もちろん面と向かって言い返すようなことは何もない。だから「なにがなんだか…」と口の中でつぶやいて、下を向いていた。

「ケンモチ博士は、なんでそんな遠い所のことまで知っているのかしら」

「わたしたちの町はシオシオ町というのですけれど、そこにケンモチ博士とお知り合いだったという、余田麗助先生という、りっぱなイヌの先生がいらっしゃるの。もちろんケンモチ博士のように博士よ! 二人は専門の学校で同級生だったらしいわ。大風船も先生との共同研究なんですって」

「へえー。りっぱというのは、見ただけでわかるんですか?」

「そりゃあわかりますとも。白いふさふさのピレネー種で、雪にもめっぽうお強いそうですよ。体格なんてそりゃ、ケンモチ博士はビーグル種でいらっしゃるから、ヨダ先生の方が倍くらいはがっちり大きくていらっしゃるわよ」

 ブッキには何の話なのか、さっぱりわからなかったが、どうやらメイコもさっぱりわかっていない様子だった。

「あら、そうですの。オホホホホ」

 という、いつもと違うやけにていねいな言葉使いで、あいまいに笑っていた。

「センモンの学校って何をやるのかしら…」

「そりゃあいろいろなものを専門にやるんですよ。もちろん」

 これは、ニクエにもよくわかっていないのかもしれない。

「ヨダ先生なんて、もうニシヤマ団地に先にかけつけているっていうことらしいわ。大雪の中をよ! すごいでしょ! あたしなんてね、ヨダ先生に理科を習ったのよ!」

 ユコが得意げに話に割り込んだ。

「あら? そうなの? センモンの?」

 この返事で、メイコはやっぱりわかっていないようだ、とブッキは確信した。

「ところでブッキ、もう生地は大丈夫かしら?」

 話にたいくつしたようで、メイコが聞いてきた。ブッキはぶすっと立ち上がって、ぬれ布巾から生地を出して、指で押してみた。

「ふむ。いつもよりは少し弾力が足りないかもしんねえな。でも、ま、しかたないだろう。早く蒸さないと今日のうちに持って行けなくなるもんな」

 そこで、またみんなで作業を開始した。

 メイコは不慣れな手つきだったが、ニクエもユコも作業が早く、どんどん同じ大きさのまんじゅうを並べていった。

 ブッキはそのぷりぷりのまんじゅうをじっと見て、考えた。なにか、まとまった考えにならないものが頭のなかにぼんやりと浮かんだ。

「百個以上できるわね。これならウサギ団地のみんなも、喜ぶわ」

「だけど…。明日からどうするのかしら、これから毎日作るのかしら。私たちは遠い町から来たのですもの。通うことはできないわね」

「うちに泊まればいいわよ!」

 とメイコ。

「え? この冬の間じゅう?」

 とユコ。

「それはできないことだわ。わたくしたちにだって、家があるし、やることもあるんですもの」

 とニクエ。

 話に入っていなかったものの、ブッキも考えていた。こんなことを毎日続けていたら、粉はどんどん減るばかりだ。今年は二回作ったからいいようなものの、それだって限界がある。毎日朝と昼とにまんじゅうを作るというのも大変なことだ。

 そうやってああだこうだ言っている間も作業は続き、次にまんじゅうをどんどこ蒸し始めた。いつものように、すごい湯気が出て行く。

「まったく…、この湯気見て、お客が来たらどうしよう…」

 ブッキはぶつくさ心配したけれど、お客が来ることはなかった。そのかわり

「おおーい! 迎えに来たぞ!」

 というコタロウの声が外から聞こえた。

 窓から外を見ると、上の方に大きな気球が見えた。

「少し下に下がるからね、縄ばしごを上がってくださーい」

 ブッキが外に出て見ると、気球の下には籐で編んだゴンドラが下がっていて、ブッキのところからはそのゴンドラの底が見えた。

「広場がないからね! 下には止められないんです! まず、まんじゅうを先に上げましょう!」

 ブッキは目を見開いた。いったい、どうやってまんじゅうだけ上げるというのか。

 コタロウは何でもないような顔をして、するするとひも付きのかごを下げた。

 ブッキの鼻先にその竹かごがぶる下がっている。

 ブッキがぼんやり立っていると、メイコ、ニクエ、ユコが手際よく次々とまんじゅうをかごの中に並べていった。

「はーい! オッケーでーす!」

 メイコが大きな声で上のコタロウに声をかけた。

「なんだって…。オレがいいとも悪いとも言ってないのに、どんどん…」

 ただ突っ立っているブッキの背中をメイコが押した。

「さ、早く! ブッキも上がって!」

 見上げると、もうニクエもユコも気球の上に上がっているのだった。

 スルスルとブッキのために縄ばしごが下りてくる。縄ばしごにつかまると、上からコタロウが引っ張って、ゴンドラの端からみんなでブッキをゴンドラの中に引っ張り込んだ。最後にメイコが乗り込んだ。

 コタロウは慣れた手つきで火を調節して、キタヤマの木に引っかからないようにどんどん上に気球は上がって行った。

 足が地に着いていないというのは、なんと不安な感じなのだろう。ブッキはゴンドラにしがみついてそっと下を見てみた。

 タカンダ町が見える。

 雪はさほど積もってはいないけれど、全体に灰色。冬の寒い色だ。

 小さいおもちゃのような家や畑がならんでいる。家や畑の中で動く動物たちは作り物のようだった。

 ニシヤマに近づくにつれて雲が多くなり、空がどんよりしてくる。雪がだんだん降り出してくる。ここからは雪の雲の中に入ってしまう。風が強く、揺れも激しくなり、ブッキはぞっとして綱にしっかりとつかまった。

 コタロウが双眼鏡で見ながら、

「おお、ケンモチ博士が手をふっておられるぞ!」

 とどなった。

 ボーボーという炎の音が大きくて、どならないと聞こえないのだ。

「じゃあ、下りますよ! みなさん、ちゃんとつかまって!」

 コタロウは火を弱めて、うまいぐあいにニシヤマの登り口まえの広場に操縦していった。

 ニクエ、ユコ、メイコはけろりとしていて、さっさとゴンドラを下りたが、ブッキは足がガクガクしていて、うまく立っていられないような感じだった。でも、そんなようすを見せないように、ぐっと腹に力を入れた。

「いやあ、助かります! ブッキ! お疲れでしたね」

 とケンモチ博士が、ブッキの方に歩いて来た。

 蹄のあるブッキの手を、肉球のあるぷっくりした両手で包むようにして握って

「どうもどうも、ほんとうにごくろうさまでした」

 とブッキのことを抱きしめた。

 ブッキは正直びっくりした。そんなことをされたことは初めてだった。こんな近くにイヌの耳があったのでは、ぶつくさ文句も言えやしない。

「先生! 雪山を越えて大風船を飛ばさなくていいんですか?」

「雪が降っている間は危険だ。雲の中に入るとうまく操縦できなくなることがあるからな。大風船で山に行くのは危険だ。でも幸い、大雪のピークは過ぎた。ふもとではもう雪は止むでしょう」

 コタロウは、風船を飛ばしたいようで、ちょっとがっかりしていた。

「心配ご無用。ヨダ先生が仲間と一緒に昨日からニシヤマを登って、今、トンネルが完成したのだ」

 ケンモチ博士の指さす先に雪のトンネルがあって、ぽっかりと出口が見えていた。そこからウサギがつぎつぎと飛び出てきている。

 トンネルの中は氷のように固まっていて、丸いホースのような長い長い滑り台になっていた。

「ヨダ先生はモグラの掘り進み方という研究も発表しておられる。とんがった金属の筒を作ってだね。その中に熱く熱した炭を入れる。それをぐるぐると回して、ニシヤマ団地のほうから掘り進めて来たんだ。溶けた部分からすぐに固まって堅い氷になる。まさにすごい研究だ。すべって山を下りられるんだから、いつもより早いくらいなのだ」

「ちぇっ…」

 ブッキが舌打ちすると、みんなが一斉にブッキの方を見た。だからブッキは口の中で「それじゃ、もうまんじゅうなんかいらなかったじゃないか…。苦労して忙しい思いをして作ったっていうのに」という文句を飲み込んだ。

 みんなはブッキの次の一言を待っていたが、ブッキは真っ赤になって下を向いてしまったので、なんだかおかしな感じになった。

「さあ、みなさんお集まりください」

 ケンモチ博士がまるで自分の物のように、避難してきたウサギたちにまんじゅうを配り始めた。

「さあさあ、ブッキさんも休んでください」

 ニクエがブッキにも一つまんじゅうを渡した…。

 そのまんじゅうを、ブッキはじっと見つめた。いつもとはやはり何かが違う。

 一口口にふくんでみる。

 それはいつもより少しふわっとしていて、早く溶けるような、柔らかいまんじゅうに仕上がっていた。

「ふむ。寝かせる時間を少し短くするのも悪くないな…」

 さっき、ブッキの頭の中に浮かんだはっきりしない考えはこれだった。寝かせる時間を調節することで違う口当たりのまんじゅうができるということだ。ブッキは何からでも学習する、そんなブタだった。

「おいしい!」

 というウサギたちの声が、何重にも重なって聞こえてきた。

「ありがとう!」

「うまい!」

 いろいろな言葉が耳に届くたびに、「ふん…」と鼻を鳴らしながらも、ブッキは悪い気はしなかった。

「お礼なんて腹の足しにもなりゃしない…」

 それでも何とか文句を言う。それがブッキの答え方だった。

「これを使ってください!」

 年寄りのウサギがブッキにかごいっぱいのものを差し出した。ほんのり甘酸っぱい匂いがする。

「ニシヤマの木になった実です」

 木イチゴやら、ブルーベリー、黒すぐり、サルナシなどの木の実を乾燥させてある。それがぎっしりとかごに詰まっているのだった。

「こうやってフルーツを保存しますとね、いつでも使えて便利なんです」

 年寄りウサギはにっこりと笑った。が、ブッキはニコリともせず、下を向いた。

 まんじゅうを作る時間に比べて、まんじゅうがなくなる時間のなんと早いことか。あんなに作ったのに、もうかごの中には一つのまんじゅうも残ってはいなかった。

「ありがとう!」

 ハネが真っ先にやってきて、ブッキの手を両手で握りしめた。ブッキはどんな顔をしていいかわからずに、どぎまぎした。

 ニシヤマから帰りにまたコタロウが気球を飛ばしたのだが、どうしてもというケンモチ博士の誘いで、ブッキはケンモチ博士の研究所、動物中央研究所に寄ることになった。

「私からはこれを差し上げよう」

 ケンモチ博士が凍ったミカンを山ほど差し出した。

「これは私の研究で育てたミカンでしてな。キタヤマだったら裏手の山が凍るでしょう。そこにミカンを放り込んでおきなさい。雪のある間はずうっと食べられます」

 と、ケンモチ博士はえへんと胸を張った。

「私の研究した木がありましてな、ミカンも一種類ではなくてな、夏みかんもレモンもネーブルもイヨカンもいくつもの種類ができる。一つの木に一緒にです。最近リンゴもつなげまして一緒になる木を作りました。このあと、カボチャ、トマト、なす、ジャガイモなどがいっぺんにできる植物も研究中です。まあごらんください」

 ブッキは頭の中で思い描いてみたが…、「別々に作っていて何が悪い?」という言葉は口には出さなかった。

 研究所のうしろに大きなガラス張りの温室があって、そこにつぎはぎのいろいろな植物が並んでいる。ケンモチ博士はこれを自慢したくてブッキを誘ったにちがいない。

「ほら、ここの継ぎ目をごらんください。まったくなめらかでしょ! ここが研究の成果です。まったく違う木なのに、それぞれの木が仲間だと思って仲良くなる。そういう発想です」

 いつもながらぶすっとしているブッキに、ケンモチ博士はうれしそうに次々と説明をするのだった。

「この温室で、いろいろな季節にミカンやらほかの果物、野菜がいつでも取れるようになればいい。小麦も研究中ですからな、そのうちいつでも取れる小麦をブッキさんに贈りますよ!」

 そんなことになれば、ますます休む暇はなくなってしまう。ブッキは下を向いて、口から出そうになる文句をじっと押しとどめていた。

「いろいろな植物が育つには土も大切でしてな、ほらこれをごらんください。ここにいろいろな場所の土を集めまして、わたしが独自の研究でブレンドしたり、耕したり、水を変えたりと、いろいろやっておるわけです」

 ブッキはじっと耐えて、ケンモチ博士の自慢話を右の耳から左の耳へと流していた。そうやって博士の話を聞いている間も、ブッキはブッキでまんじゅうの皮のことが気になってしかたがなくて、それを試してみたくてしかたがなくて、うずうずしていた。

 そこにうまいぐあいにネコのコタロウが顔を出した。

「ケンモチ博士。用意ができましたので、わたくし、ブッキさんをボウボウまで送ってまいります。あまり暗くなると危ないですし…。ニクエさん、ユコさんも送って行くのだから、どうぞブッキさんもお乗り下さい」 

 コタロウが送って行くというのに、ブッキは断った。

「でも、この荷物じゃあ、風船で運ばなければ持てないでしょう。」

 ブッキはもらったものを、全部当分に分けて、メイコ、ニクエ、ユコの手に押し込んだ。

「ふん。こんなにあってもな。持って帰れないからな」

 と文句を言い

「途中で暗くなっても歩き慣れた道だ。オレは勝手に帰る!」

 とも言ったが、例によって口の中でもごもご言う文句だったから誰の耳にも届かなかった。

「わあ! ブッキ、ありがとう」

「あらあら、ブッキさん。私どもは一緒の家ですから一人分でけっこうです!」

 ニクエがブッキの手にかごを無理矢理もう一つ押し込んだ。

 ブッキは両方の手にかごをぶら下げて

「ちぇっ! こんなにいらないのに、まったくなんでも押しつけるブタたちだ!」

 と、仏頂面で歩き出した。

「ブッキってなんて、優しいのかしら」

「それに、謙虚よ。自分に厳しいのね。キタヤマまであの荷物で上がるのは大変でしょうに…」

「だから、一つで良かったんだ!」

 そのブッキの背中に

「ブッキ! かっこいい!」

 とメイコが声をかけた。

「早く寝ないとな。試したいことだってあるし…」

 実際、ブッキは荷物の重さなんか感じていなかった。ブッキの頭の中には、次にまた試しに作ってみたいまんじゅうの手順が、次々と浮かんでくる。それは魔法のように順序よく並んでいて、次にこうして、こうしてと現れる。ブッキは頭の中でまんじゅうをこね、なんども確かめている。

 自ずと足は早足になり、疲れもまったく感じていなかった。

 ブッキは夢の中でもまんじゅうを作って試していた。

 夢の中だったから、なんだかへんてこなまんじゅうで、ころころと小さい飴のようなものだった。そして夢の中では、クニエとユコのようなブタが一緒にまんじゅうを手伝って作ってくれた。「ような」というのは、はっきりクニエとユコだとは言い切れない。ただブタたちの様子は二人にそっくりだった。

 そして、そのブタたちは歌も歌っていた。


 ブッキ

 ブッキ

 かわいい ブッキ

 ゆっくりお眠り、静かにお眠り

 やさしい、たのしい夢をずっと、ずっと見続けておくれ


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