5.また夏の始め ②
ヒロッパラの真ん中はあっという間にきれいになり、そのころには、ボウボウのブッキの店から蒸かしたての白まんじゅうを乗せた荷車がやってきていた。
草がなくなったヒロッパラの中央に、ブッキは、まずきれいにした葉っぱを敷いた。そして最初に3個の白まんじゅうを三角に並べた。
次に、その三つのまんじゅうの上に湯煎した寒天を一さじのせて薄くのばす。寒天はフカオがいつも持ってくるはちみつと、ケンモチ博士の農場で育ったレモンでうすあまい味を付けてあった。
三つのまんじゅうの真ん中に、寒天が固まらないうちにもうひとつを置く。そうやって小さい三角の山ができた。これが基本の形。まんじゅう四つ。
ここから基本のまんじゅうの周りに、ぐるりとまんじゅう一つぶんずつ置いていって、また上に寒天をぬる、そしてその上にレンガを積み重ねるみたいに、半個ずらしてまんじゅうを重ねていく。
真ん中の芯になるところまで、ブッキはていねいにみんなに教えながらまんじゅうを積み重ねていった。
動物たちは、こちこちに固まって、じっとブッキの手の先を見つめ、まじめに静かに聞いている。
「少しくらい形の変なのがあっても、寒天でくっつくから気にしないように。真ん中に寄せるように積み上げていけばいいでしょう」
また、動物たちからいっせいに拍手がおこった。
そうすると、ブッキはえへんと胸を張ってしまう。
「じゃあ、みなさん、やってみてください」
まわりに動物たちが集まって、ブッキがやったようにどんどん下に広げては上に積み上げていく。寒天はほどよくかたまって、まんじゅうのケーキができあがっていった。それは白い塔のようになっていった。
つぎつぎにキタヤマから来る荷車のまんじゅうは、あっというまに山に積まれて、また次の荷車がやってきた。こうやって、できただけのまんじゅうがまんじゅうケーキになっていった。
ブッキが一人でやっていたら、もっと形が良くできたのだろうが、みんなそれぞれにあっちからこっちから積んでいったもので、少し形のくずれたような山ができた。でも、まんじゅうの味に変わりはない。
ブッキはそれを眺めながら「しょうがないな。みんな初めててやることだし、どうせ食べてしまうんだからな。まったくしょうがない」とブツブツ言っていた。
まんじゅうケーキはブッキの背より高くなった。
手が届かなくなると、ケンモチ博士から脚立を借りて、積んでいく。最後の一つはケンモチ博士がうやうやしくてっぺんに置くことになった。
「さあ! これが最後です! みなさんごくろうさまでした!」
ここでまたみんな拍手。
ブッキはその白い山を見上げて、次の作業の準備を始めた。
またケンモチ博士の脚立を使って、仕上がった山の上からクワノミのジャムを塗っていく。濃い紫色のジャムで、山が覆われると、ブッキはまたえへんと胸を張った。
まんじゅう積みの作業を終えた動物たちが、じっとそれを見守っている。
「さ、このジャムの上に、花を置いていってください。ていねいにね。花は色をそろえて、順番に縞模様になるいように並べて下さい」
シロツメクサとムラサキカタバミの花、ときどき葉っぱが混じって、まんじゅうの山は埋め尽くされていった。
それは、おおきい山に白とピンクのリボンをかけたようなしましまもようになった。
ムラサキカタバミの最後のひとつは、やはりケンモチ博士が飾ることになった。博士はなんでも大げさにするくせがあるようだ。
「さあ! これが最後の花です。これでまんじゅうケーキができあがります!」
まるで、演劇の主人公にでもなったように、ケンモチ博士は大きい身振りでみんなに花を見せて、うやうやしく飾った。
自分の作業を終えて、見つめている動物たちが、またいっせいに拍手した。
「華やかってのは、どんなのかな。花がたくさん集まれば華やかでいいのかな…」
ブッキがぼっそりと言うと
「おお! まさにその通り! 花を使うなんて、最高のアイデアですな! これこそがケーキと呼ぶのにふさわしいものです」
ケンモチ博士はまた大げさに喜んだ。
ちょうどできあがるころに、支度の整ったアナジとハルミちゃんがやってきた。
「すごーい。きれい!」
とハルミちゃん。
「ケーキって始めてみたけど、でっかくてきれいなもんなんだな」
とアナジが言った。
「きれいなだけじゃあない」とブッキは思った。オヤジが作ってきた白まんじゅうは、何の味にでもよく合う。ジャムと寒天のほどよい甘さで、どこから食べてもおいしいはずだった。
「はて?」
とブッキは不思議に思った。あんなにがんこで動物づきあいが苦手で、文句ばかり言っていたオヤジだったのに、何の味にでも合うようなまんじゅうを作るなんて、どういうことなんだろう。あのオヤジだったら、もっと癖のある、誰も食べられないようなまんじゅうを作っていそうなものなのに…。
そうしてブッキははっきりと思った。オヤジにはそのやり方しかできなかったのだ。そうやって動物とつき合って、おいしいと誉めてもらうことが、オヤジの喜びだったのだ。
ケンモチ博士の司会で、アナジとハルミちゃんはケーキの前に立って、結婚の誓いの言葉を言った。ステキな白いレースのウエディングドレスに、白いベールをつけたハルミちゃんは重量級だから、ド迫力だった。
「ずっといつまでもハルミちゃんのことを愛します!」
「わたしもアナジさんのことを愛します!」
「はい! それでは、誓いのキスをして!」
アナジとハルミちゃんは真っ赤になったけれど、ケンモチ博士のいうとおり、向かい合って、チュッとかわいいキスをした。
ここで今日一番のすごい拍手の嵐。
なんだか、みんなじーんと二人のことを見ていて、喜びの気持ちをどうにか表したくて、いっしょうけんめい手をたたいているのだった。
ブッキは、「ふん」と鼻を鳴らしながら、照れているような恥ずかしいような気持ちになった。拍手するのには抵抗があったが…。誰にも気付かれないようにしながら、下のほうで、パチパチと拍手をしておいた。
でも、もう次の作業をするので、すぐにドクダミを集め始めて、ちっとも休んでいない。
「さあ、ケーキカットです!」
とケンモチ博士が言った。
「みなさん、どこからでもまんじゅうを取って食べてください」
みんな朝から働いて、おなかがぺこぺこになっていたので、ぐるりと取り囲んで、どんどんまんじゅうを食べ出した。
「ちぇっ! オレがまだ忙しく働いているというのに、まったくのんきな博士さ! そんな博士の言うなりになるなんて、まったくマヌケな動物たちさ!」
ブッキは、日に干したどくだみで、ちょっと苦いお茶を作っていて、それをみんなに渡して行った。ブッキは休むということを知らない。つぎつぎにやることが浮かんでくるのだからしかたがない。
甘いまんじゅうで口のなかがねっとりと甘くなる。それをちょっと苦いお茶で流してやる。味の計算もばっちりだった。
それに、ブッキはまだみんながあっと驚くような工夫を、しかけていたのだ。
白まんじゅうだと思っていたいくつかのまんじゅうの中からは、サクランボの甘いのが出てくる。
昨日、ヤギミルクのクリームでサクランボを甘く煮詰めておいた。それをニクエとユコにたのんで、ひとつずつまんじゅうにくるむようにいしておいた。
白まんじゅうをいくつか作ったら、一つサクランボ入りのまんじゅうを作る。あるだけのサクランボを適当な順番で混ぜればいい。
「あ! サクランボだ!」
と、あちこちで声があがった。
「サクランボが入っていたのは、当たりだぞ! それに当たったやつは運がいい。でもはずれたからって運が悪い訳じゃない。おいしいまんじゅうには変わりないからな」
何も入っていないと思っていたものの中から、なにか出てくるというのは、なんとも楽しい、うれしいことだった。
「ブッキって、ほんとうに次から次へといろいろなことを考えるのね」
ボウボウの店から、作業を終えてきたニクエとユコもいつのまにかみんなの中に加わっていて、いっしょにまんじゅうを取ってほおばった。
「きゃ! あたしも当たりよ!」
ユコが声を上げた。
「あたしも!」
とメイコ。
おいしいまんじゅうで、みんなニコニコ笑っている。
「まったくのんきなものさ。ただまんじゅう食べて、笑って、喜んで。それだけでいいんだからな! オレも、他の動物に生まれれば良かったよ!」
と文句を言いながらも、ブッキはふっふと笑っていた。
みんながおいしそうにまんじゅうを食べているのを見ると、なぜか笑いがこみあげてくる。それは、おかしい笑いとは違って、胸がほんわかと暖かくなるような、不思議な笑いだった。
「さあ、では腹ごしらえもできたところで、みなさんでひゃっほうダンスを踊りましょう!」
ケンモチ博士がみんなに呼びかけた。
ブッキは目を白黒させた「な、なんだ、そのひゃっほうダンスってのは?」
ニクエとユコもびっくりして、ブッキに聞いた。
「ブッキ、なんなのそのなんとかダンスって…」
ブッキは答えられずに、下を向いた。
ケンモチ博士の用意したカセットコーダからなんとものんびりとした音楽が流れて、動物たちが丸く輪を作って輪の中心を向いている。
「おお。ほかから来たかたにはわかりませんな。じゃあネコヤナギ君が指導します」
コタロウは偉そうに真ん中に出ると、拡声器を使って
「はい、右足を左足の前に出して、二つ飛びます! その時こうやって右手を上げて! 外側に向かって二回ふります。はい! そしてもどって! ひゃっほう! ひゃっっほう! 次に左足の前に右足を出して二つ飛んで! 左手を上げて! 外側に二回振って!ひゃっほう! ひゃっほう! 元気よく!」
みんな、手の振りに合わせて「ひゃっほう!」というのを二回叫ぶ。それをみんなは楽しそうに簡単にやっている。どうやらそのダンスを知らないのはブタたちだけだった。
でも、ニクエとユコはみんなの中に入って、うれしそうにみんなのまねをしながら踊り始めた。
今、輪からはずれているのはブッキだけになった。
「ブッキ! ほら、恥ずかしがっていないで! ここに入りなさいよ!」
ユコがよぶ。
「こっちでもいいよ!」
メイコも呼ぶ。
だがブッキの身体は堅く固まってしまって動かない。ブッキは下を向いて
「へん! オレは片づけてくる!」
と言って、いろいろな道具をしまい始めた。
そんなブッキをユコとニクエが引っ張って輪の中に入れてしまった。ブッキは…。すごく恥ずかしかった。そんなふうにみんなと踊ったってちっとも楽しいことはない。でも、恥ずかしいのだけど、音楽に合わせるとだんだん気にならなくなってくる。
「ちぇっ! まったくのんきな動物たちさ。こんなくだらないダンスして笑ってるんだからな」
もちろん、ブッキは楽しんでなどいない。
ただ、自然に身体が動くようになってきただけだ。みんなそれぞれのやり方で、ダンスを楽しんでいる。だれもブッキの不格好なダンスのことなんか気にしていない。
「ひゃっほう!」という声がいつまでも耳の中に残って、ステップを踏んでしまう。
音楽はのんびりといつまでも流れ、流れていれば流れているだけ、動物たちは踊るのだった。
さて、こんな大きいイベントだから、もちろん翌日の夜光新聞にはこの結婚式のことが記事になっていた。だれもいない夜のヒロッパラの寂しい写真が真ん中に写っている。
『昨日河馬穴次、大口春美両氏の結婚式がヒロッパラで行われたことは、もうタカンダ町のみなさんはご存じのことと思われる。町中の者が集まり、ケーキの組み立てを手伝い、ヒロッパラの真ん中にはりっぱなケーキができたということである。
みなさんはケーキというものをご存じだっただろうか。ここタカンダ町では、だれもそれを知っている者はいなかったのである。だが、そこは物知りな犬餅斑乃信博士の知恵を借りて、豚田豚饅頭店の店主、豚田仏太郎氏が白まんじゅうのケーキを作られた。これは、豚田家に伝わる秘伝のまんじゅうである』
新聞の写真をよく見ると、端っこになにやら竹皮の包みが置いてあるのがわかる。
『仏太郎氏のいきな計らいによって、われわれ夜光新聞の記者、写真家ともに初めてまんじゅうを食すことができた。結婚パーティーの後、ケーキの置かれたという草の真ん中に、竹皮の包みが置いてあったのである。それは、当新聞社の記者、カメラマンあてのまんじゅうケーキの残りであった。ほんのり甘く、幸せな感じで、結婚式にはぴったりの味であった。ちなみに、わが夜光新聞の写真係り、モモタロウ氏はみごとサクランボの当たりを引き当てた』
じつは、まんじゅうを置いておくことを提案したのはニクエだった。が、ブッキは悪い気はしなかった。
「それにしても…、あいかわらずマヌケなやつらだ! こんなに寂しい、だれもいないヒロッパラの写真を載せてなんの意味があるんだ!」
その日の豚まんが売り切れて、明日の用意を始める前に新聞を読んだブッキは、お腹がよじれるほど笑って笑って、涙が出るほど笑い転げた。いくら笑いを押し殺そうとしても無駄だった。
きっと明日くらいからまた、長雨の季節になる。そんなぼんやりとつまらない日には、サクランボの当たりの出る白まんじゅうを店に出すのももいいかもしれない。
キタヤマにはもうあじさいも咲きそろっている。
さあ、また仕事だ。
ブッキはまた子守歌を口ずさみながら明日のまんじゅうの仕込みを始めた。
いや、まてよ…。いまやブッキにはもう一つ口ずさむ音楽があった。メロディーをふんふん、ふんふんと歌って「ひゃっほう!」。自然と手を振り、ステップを踏んで…。
ブッキは、しまった! と思う。
「ちぇっ! しょうがないなあ。こんな変なこと覚えて…。ちっとも楽しくなんかないぞ! ただ音楽が耳の中に残っていて身体が動くだけなんだ! 楽しいからやってるんじゃないぞ! ただ覚えちゃったからやってるんだ!」
ぶつぶつ文句を言いながらも、どこか自分でもわからないところから、うきうきした気分がやってくる。
ブッキは休まずに豚まんの皮をこねている。ときどき、ひゃっほうダンスのステップを踏みながら。
注意;このお話しの中に出てくる豚まんじゅうは、動物界の動物に適した食べ物で、人間の食用には適していません。作ったとしても、決して食べないで下さい。
(完)




