09.ケットシー
「いらっしゃい、なにかお探しで」
服屋の店主が話しかけてくる。
店を見渡しても洋服ばかりだな。
和服がないか聞いてみる。
「和服ってないのか。その、今着てるやつみたいなの」
「そういうのは取り扱ってないですね。シルフィーにならそういう物の専門店があったはずですが」
「シルフィーか」
どうするかな。
着慣れた服を着るのが一番だけど、破れたままじゃ見た目が悪い。
縫うこともできないだろうし。
今は防具も必要はないから動きやすさ重視で服を選ぶつもりだったが、これを機に鎧にするべきか。
ダーインスレイフもあるし血がついてもあまり目立たないものがいいけどな。
この世界の血は落としやすいからなんとでもなる。
悩んでいると店主のほうから話しかけてくる。
「そのデザインに似たものでよければ仕立ててみますが、いかがなさいますか?」
「できるのか?」
できるならお願いしたいな。
「はい、その程度なら一日もあればできると思います。ただその分少し値が張りますが……」
「金貨の心配なら大丈夫だ、よほど高くなければ出そう」
「ありがとうございます。でしたら生地のほうはいかがいたしましょう」
「布でいい。いくらぐらいだ」
「布でしたら中金貨一枚でお作りします」
中金貨一枚か、十分だな。
布と絹しか分からないが一応値段聞いておくか。
「絹だとどうなる?」
「絹でしたら中金貨二枚ですね」
「そうか、だったら布で二着作ってくれ」
中金貨二枚を渡し、話をつける。
「ありがとうございました」
店主の声を聞き、店を出る。
次に向かうのは酒場だ。
昼食にする。
格好はこのままでいいだろう。
周りは見るだろうけど自分が気にならなければいいのだ。
酒場につき、辺りを見渡す。
トルロ島のことを話していた冒険者たちはいないようだ。
カウンターについて昼飯を取ることにする。
「マスター、飯を頼むよ」
「はいはい。それよりも稼ぎはどうだい。少なければ傭兵登録してもいいんだよ」
「まずまずって感じだ。別に厳しくはないから登録はいい」
「そうかい。それじゃあ少し待っててね」
中金貨を一枚払い食事を待つ。
すると横から猫耳の娘が話しかけてくる。
「その腕、大丈夫かにゃ?」
腕っていうと、破れている袖のことか。
それなら問題はないが。
「ん、ああこれか、大丈夫だ。それより君は?」
「私はミシアにゃ。しがない戦士にゃ。親しい人からはミーシャとも呼ばれてるにゃ」
サーチする。
ミシア 年齢16
職業:盗賊LV24
バタフライアックス ククリ 鉄の鎧 鉄の篭手 皮のベルト 鉄のブーツ 力の指輪
結構小柄だけど大きい斧を背負っていた。
それに戦士だと、嘘をつけ。
盗賊じゃねえか。
なぜ盗賊がここにいるんだ。
ギルド本部の警備はザルか。
それに力の指輪か。
指輪 力の指輪
効果:STR15増加
スキル:
結構いいものだな。十五も上がるのか。
「そうか。……しかしその指輪、いいものだな」
ぼそっとつぶやいてしまった。
盗んだものだったらどうしよう。
ミシアはいいものと言われて嬉しかったのか答えてくる。
「お、分かるかにゃ。これは家にあった秘蔵品だにゃ。冒険者になるって言ったら両親がくれたものにゃ」
家にあったと、しかも冒険者とか抜かすのかこの盗賊は。
でもあの喜びようは本当に盗んだものなのか。
盗賊ではなかったら本当に両親がくれたもののようにも思える。
それに嬉しそうな顔がまた可愛らしい。
しかしまあにゃーにゃーと、猫か。
キャラ作りかなにかか?
それとも流行ってるのか?
でも耳は本物みたいにピクピクと動いている。
不思議だ。
盗賊といえど周りは冒険者だらけだ、下手に行動もできないだろう。
暇だし適当に会話でもするか。
「そうか。それにしてもその耳は本物みたいだな」
「本物だにゃ。ケットシーだからにゃ。あ、もしかして見たことないのにゃ?」
ケットシーか、そういえば都に来たときに耳が尖っている人や、犬耳つけてる人もいたな。
そういうのがこの世界でも流行っているのかと思っていたが、多種族系の世界だったか。
それに出会って話をしたのがほとんど人間だったから、てっきり人間だけかと。
「見たことないな。しかし猫耳か。突然だがちょっとその耳、触ってみてもいいか?」
積極的に接して来るから触らせてくれそうな気がした。
実際に触ってみたいし。
拒否されたらそれはそれで構わないけど。
「構わないにゃ」
頭を差し出してくる。
触ると分かるが確かに猫の耳だ。
なんか気持ちが落ち着くな。
意外といいものだ。
やっぱり尻尾もあるのか、ファンタジーな世界か。
「ありがとうな、意外とさわり心地いいな」
「毎日手入れしてますからにゃ。あ、そうそう、その腕どうしたのにゃ? 服の袖が破れてるにゃ」
「ああこれね。ヘルウォルフに引っかかれてな、まいったまいった。なんとか倒したけど代わりの服がなくてね」
「ヘルウォルフを? ってことはトルロ島にいっていたのにゃ? それに倒したって……」
ウォルフに噛まれたとでも言えばよかっただろうか。
でもこの破れ方、よく見ると明らかに噛まれて破れている感じじゃないんだよな。
「苦戦はしたがなんとかって感じだ。たいした事じゃないよ」
ヘイストが切れたら吹っ飛ばされたからな。
「それにあのダンジョンは今、盗賊たちが蔓延っているよ」
「それは知ってるにゃ、でもヘルウォルフの討伐が進まないから先に進めないって聞いたにゃ。それに私たちも倒せなかったにゃ」
同じ盗賊だから知ってるのだろうか?
それに一度は挑んでいるみたいだな。
「確かに強かったな。自分が七層についたときには先にいた連中が一人やられていて、回りが逃げ帰っていたところだったよ」
それで倒して持ち帰ってきたこの鉄の剣、あとで売却しとくか。
「それにしても、ほかのお仲間さんたちはどこかにゃ。一緒に食事しないのかにゃ?」
一人飯だよ。そもそも仲間なんていないっての。
「いや、一人だ」
「一人って、あれを一人で倒しちゃったのかにゃ?」
「そうだな」
「す、すごいにゃ。私たちのパーティでも勝てなかったのにゃ」
あ、適当に返事してたら墓穴掘った。
今はいない、とかいえばよかったかな。
言ってから後悔するなら言葉を考えるべきだな。
それにパーティでもってなんだ。
確かに君のがLVが上だけど。
やっぱり甚平か?
そんなに防御薄く見えるか?
即効で破かれたしな、当然だよな。
「さっきも言ったように苦戦はしたんだ。それでなんとか倒せたんだ、それに複数人いたほうがもっと楽だったと思うよ」
「ほー、そうなのにゃ。ところで今日はもうトルロ島のダンジョンにはいかないのにゃ?」
「盗賊たちから逃げてきたからな、今日はもう行かないだろう」
「じゃあにゃ、じゃあにゃ、パーティ組まないかにゃ? その腕見せてほしいにゃ」
「どこかいくのか?」
「都にダンジョンがあるにゃ、暇ならそこで一度見てみたいにゃ」
なにを言い出すんだこの猫め。
しかもパーティ組むと自分から言っていいのか。
盗賊だってばれていいのか。
それとも腕が見たいって行って襲う気なのか?
盗賊との会話は初めてではない。
トルロ島のダンジョンであったときのように警戒はしておいていいだろう。
「やめておくよ、パーティも遠慮しておく。気持ちだけ受け取っておくよ」
「うー、残念だにゃ。でも気に入ったにゃ。諦めないにゃ」
気に入られる要素がどこにあったんだろうか。
しかも盗賊にだ、盗賊に。
分からんな。
「それに自分がパーティに入ったらそっちの人が余るんじゃないのか?」
「問題ないにゃ、ヘルウォルフに負けてから解散しちゃったからにゃ」
「ということは今は一人か」
「そうにゃ。傭兵登録はしてないからいつでも空いてるにゃ」
傭兵登録云々は盗賊のカモフラージュと考えていい。
酒場の周りをサーチするが、盗賊の姿はない。
解散はあながち間違っちゃいないだろう。
一度誰もいないところで話し合いたいな、やっぱりパーティを組むといって出かけてみるか。
情報を聞くためだ、他意はない。
「気が変わった。やっぱりパーティを組もうか。一人だと結構辛かったんだ。パーティに誘うが準備はいいか?」
転生書を出して待つ。
「ま、待ってほしいにゃ。それはダンジョンについてからでいいかにゃ?」
ほれきた、組んだら職業はばれるからな。
それ以前にこんなところで転生書は出しづらいだろう。
例え周りに見えなくてもだ。
すでに俺にはばれてるけどな。
まてよ、一度宿に連れ込むか。
もしダンジョンに盗賊の待ち伏せがあったら複数相手にすることになる。
それは面倒だ。
ミシア一人だけならなんとかなるだろう。
宿になら店主もいるから下手な行動もできない上、二人っきりになれる。
いくらでも脅せるな。盾を持っていれば下手な抵抗も無駄になるわけだし。
飯も食い終わったし、ミシアを連れて泊まっている宿に向かうか。
「ダンジョンに向かうなら準備をする。一度泊まっている宿に戻るが、一緒に来るか?」
誘いにのれ。
「いくにゃ。どこに泊まってるのにゃ?」
「ついてくれば分かる」
「分かったにゃ」
よしのった。
しかしよく見るとミシアは可愛い。
リリシーさんとは同等か、いやそれと違った可愛さがあるな。
体系は鎧であまり見えない。
昼食を取り、宿に向かう途中話をする。
「そういえばなんで喋りかけてきたんだ?」
「なんかこうビビっときたにゃ。それに袖が破れてるのも気になったにゃ」
なんか説明になっていないんだが、まあいいか。
「ここだ、温泉のあるいいところだぞ」
「温泉かにゃ。私も泊まってみたいにゃ」
「なんなら泊まるか? 代金なら出してやる。ただし一部屋だけどな」
連れ込むにはちょうどいい口実だな。
盗賊だが装備を剥ぎ取ればひ弱な女の子に変わりはない。
あわよくばこっちが襲えそうじゃね。
盗賊だしいいよね。
「一度温泉に入ってみたかったからそれでいいにゃ」
了承してくれた。
宿に入り店主と話をする。
「一部屋でベッド一つの二人が泊まれる部屋ってあるか?」
「ダブルですね。金貨三枚でいけますが、今泊まっている部屋から移動ですか?」
「そうだな、しばらくそこに泊まる。三日ほど頼みたい」
「でしたら既に中金貨は二枚貰っていますので、今日から三日間の中金貨七枚お願いします」
中金貨七枚を支払う。
あとはミシアを脅して三日間服従させれば俺の勝ち。
逃げられたら金貨が無駄になるわけだが。
部屋の鍵を渡されたから移動する。
転生書の提示はいらなかったようだ。
確か最初にリリシーと泊まったときも自分は見せてなかったからな。
「さて、部屋についたが。えーと、ミシアでいいか」
「ミーシャでいいにゃ。そういえば君の名前聞いてなかったにゃ」
「コウだ。苗字もあるがコウでいい」
ミシアを部屋の中に入れて扉の鍵を閉める。
「さて、ここからが本題だ。話しかけてきた目的はなんだ。金貨か? 装備か? どっちにしろこのまま逃がす気はない」
「な、なんのことかにゃ。私はコウに興味が――」
「盗賊が嘘をついているのは分かっているんだよ。なぜ最初に戦士と嘘をついて近づいてきたと言っているんだ」
「な、なんで分かったにゃ。それに別に近づいた理由はないにゃ。でも興味はあるにゃ。ヘルウォルフに負けて解散したのも本当だにゃ」
「いつ頃負けた?」
「二日前にゃ」
「ってことは今トルロ島にいる盗賊たちは仲間か?」
「そうにゃ。でも元仲間にゃ。もう違うけどにゃ」
なるほどな。
ヘルウォルフが倒せなかったから、ダンジョンに来る冒険者をカモっていたのか。
それなら今ミシアの言っていることは本当のことになる。
それで俺がヘルウォルフを一人で倒してしまいましたってか。
盗賊たちは俺がウォルフに噛まれたと思っているはずだ。
なら今もまだダンジョン入り口で待機してるだろう。
「もう一つ、ダンジョンに連れて行ってどうする気だった。仲間でも呼んで俺を襲う気じゃなかったのか?」
「だからもう解散しちゃったのにゃ。それに一人だっていったにゃ。仲間もいなくなって寂しくなったから、昔みたいに賑やかな酒場にきたのにゃ。そしたらコウがいたのにゃ」
「偶然だとでもいうのか」
「そうにゃ。何もする気はないにゃ。ダンジョンに誘ったのはヘルウォルフを倒したって行ったから、その腕を見てみたかっただけにゃ」
「つまり何もする気がないと? ではなぜここまで付いてきた」
「それはコウが気になったからだにゃ。ともかく私は今は何もする気がないにゃ。それでも盗賊だからここで私を殺すのかにゃ?」
「別の殺す気はない。盗賊を疑うのが基本だろ。だが少しでも妙な動きを見せたら首を跳ねるからな」
「分かったにゃ。それじゃあベッド借りるにゃ。はー、久しぶりのベッドにゃー」
鉄の装備を外し、ベッドの上ではしゃいでいる。
すごい能天気なやつだな。
首を跳ねるといったのにベッドでジャンプしてやがる。
肝が据わってるのかなんというのか。
そしてなにより鎧をつけていて分からなかったが胸がでかい。
スタイルもいい。
着痩せしていたのか。
これは目の保養になるが毒といえば毒だな。
それにしても盗賊は本当に悪いやつだけなのか。
ミシアを見てると盗賊にもいろいろいるんだなと思えてくる。
もしかしたら巧みな話術で洗脳されているのかもしれない。
まだ注意すべきだ。
でも商人との売買もできないはずだが、これまでどうやって生きてきたんだ。
「ミシア。いや、ミーシャ、これまでどうやって生活してきたんだ? 盗賊なら生活するのが難しいと聞いたぞ」
「それなら闇商人がいるにゃ。盗賊でも誰でも売買をする人にゃ。性格はちょっとあれだけどにゃ。ダンジョンでドロップアイテムが手に入るからそれを売れば問題ないにゃ」
闇商人か、新しい職業か?
深くは聞かないが。
とりあえず宿は三日も取った。
盗賊なのは分かっているが今のミーシャとならパーティを組んでダンジョンに行ってもいいかもしれない。
でもあの辺の敵はほとんど一撃だからな。
ミーシャが必要ないかもしれないけどいつまでも一人ってのは寂しさがある。
リリシーといたときは楽しかったしな。
それにゲームみたいにパソコンの前でこつこつと一人でやる分はいいけど、外に出て体を動かしているわけだからな、疲れは出てくる。
ミーシャは癒し的な存在だ。猫だし。ケットシーだし。
でも盗賊だしな、いつ裏切るか分からないけどね。
あ、でもトルロ島の盗賊たちとパーティ組んでいたなら絡まれずに済みそうな気がする。
あのダンジョンを討伐して金貨を貰っておきたいからな。
いずれ行かなくちゃ行けない。
やっぱり組んでおくか。
「そうか。では盗賊だとわかった上で問う。俺とパーティを組む気はあるか?」
「もちろんにゃ。盗賊だってばれたら腕だけ見せてもらってさよならするつもりだったけど、コウが誘うならそれで構わないにゃ」
「背中から刺すのはやめてくれよ」
「しないにゃ。それに気に入ってるっていったのは本当にゃ」
「……どの辺が気に入っているんだ」
「教えないにゃ」
くっ、そこを伸ばせばモテれるかもしれないというのに。
無理やり聞き出すか?
無駄な労力を使うのはやめるか。
しかしなぜ盗賊とここまで和気藹々と会話をしているのか。
リリシーがいなくなって一人になったからだろうな。
また気持ち楽しくなっている。
気は抜けないけど。
「そういえばヘルウォルフを倒したときに出たものがあるが、見てみるか?」
「あるのかにゃ、見たいにゃ見たいにゃ」
魔法の鞄からヘルウォルフの牙を出して見せる。
「おお、本当に倒したのかにゃ。初めてみたにゃ」
ミーシャに牙を手渡す。
別に取られても問題ないしな。
倒した証拠に見せてもいいだろう。
本当にってやっぱり信用してねえなこいつ。
もちろんまだ警戒はしている。
そういえば盗賊についてはあんまり知識がなかったな。
殺し、盗みをしたらなるとは聞いたけど、盗みはどれぐらいの判定なのか分からない。
殺しもそうだ。
冒険者同士であだ討ちして盗賊になるとリリシーが言っていた。
冒険者と冒険者が殺しあったら殺されたほうがもちろん死ぬ。
でも殺したほうが盗賊になるってことか。
どっちにもうまみがないな。
争いごとは何もうまないのだな。
でも結構いいよなミーシャ。
落ち着くというか見ていて元気になるというか。
盗賊なのがもったいないくらいだ。
どうにかならないかな。
どうやってこの盗賊を、この癒しのミーシャを俺のものにするかだ。
リリシーよ、知恵をくれ。
あ、そういえば奴隷ってどうなの。
盗賊なら裏切られるけど奴隷ならその心配もないよな。
それに盗賊なら転生書を見せれば冒険者に殺される可能性だってある。
だが盗賊の奴隷ってのはどうなんだ。
仮にも所有者がいるとするとそう簡単に殺せないのではないか。
問題はどうやって奴隷にするかだよな。
一度あの店に相談しにいってもよさそうだな。
いろいろ聞いてみよう。
時間はある、行動するなら今だな。
っとその前にミーシャとパーティを組んでおくか。