18.三十層
朝、部屋の扉を叩く音で眼が覚める。
その上声まで聞こえる始末だ。
「おーい。コウ、朝だぞ」
うっせーなおい、至福の時間が台無しじゃないか。
しぶしぶと起きて、ミーシャに挨拶をして扉を開ける。
「あ、一緒に寝てたの? やるねえ」
「はあ……なんの用だ」
「なんの用って、ダンジョンに行くって言ったでしょ。ほら、さっさと準備する」
「お前性別変わってから口調変わってね?」
「男口調だとばれちゃうでしょ?」
しっかりロールプレイングしてるのな、でも性別分かってるからトキメキもないぞ。
それにミーシャのが可愛い。
眠い目を擦りながら伸びをしていると、ミーシャが喋りかけてくる。
「コウ、準備できたにゃ」
「早いな、それじゃあ俺も準備するかな」
剣と盾を鞄から出す。
すべて鞄に入るため準備という準備はしなくてもいい。
ミーシャの場合は鎧を着なければいけないから少し時間がかかる。
「三十層にいくからミーシャには戦わせない。レベルが足りないから安全なところで見ていてもらうけどいいな?」
「ならガルカスにも見させておくよ。盾持ってるって事は前衛してくれるんだね?」
「任せとけ」
遅れてガルカスがやってくる。
俺たちに対してはまだ高圧的のようだ。それをアキラはなだめている。
「なぜあのようなやつらに」
ガルカスは反抗しているようだ。
文句は別に構わないぞ、お前が居なくても俺は平気だ。
アキラが話をつけてきたようだ。
「分かったってさ、それじゃあ広間までいこうか。よろしくね、ミーシャちゃん」
「よ、よろしくにゃ」
パーティは俺から誘った。
ガルカスは討伐者ということに少し驚いていたが気にしない。
アキラはこういうのあったんだと呟いていた。
大司祭のがよく分からんけどな。どんなんだろう。
大司祭
効果:HP小アップ MP大アップ INT大アップ VIT中アップ
スキル:ヒール オールヒール メガヒール オールメガヒール キュア シックネス マジックアロー ホーリーアロー ホーリーレイン ミスティックゲート
さすがポイントを使う職業だけのことはある。
スキルが多すぎるが、ほとんど支援系と見てもいい。
攻撃魔法は三つほどかな、ゲートは見せてもらった。
ヒールは限定スキルにあったけどこの職業も持っているようだ。
限定なのに限定ではないとは一体……。
上位互換が存在しているみたいだし簡易ってことでよさそうだけども。
広場についてアキラが転移門を出す。
ダンジョンの中は松明が壁に貼られていて明るい。
三十層は奥深いから疎かかと思っていたがしっかり管理されているようだ。
「ここの敵は何が出るか分かるか?」
「ここからはエスケープゴートとテイパーだね」
「攻撃方法は?」
「突進ぐらいかな、あとティパーは睡眠攻撃もしてくるから注意してね」
「その注意点は?」
「後方だから知らない」
仕方がない。ガルカスに聞くか。
「……ガルカスといったか。お前は知らないのか?」
「知らんな。ここに来るのは始めてだ」
お前もかよ。
くそが、役にたたねえ連中だ。
ミーシャ、君だけが癒しだよ。
「それじゃあ行くか。確認するがモンスターと出会っても手は出すな、俺とアキラでなんとかする。それでいいな?」
「もちろん」
「分かってるにゃ」
「お手並み拝見だな」
奥に進むと鈴の付けた羊ともう一体違うのがいる。
あれがテイパーか、見た目は獏っぽいな。
「それじゃあ好きにやらせてもらうぞ」
「適当に援護するねー」
睡眠があるのなら先にやっておく必要があるだろう。
自分にヘイストを念じテイパーの元に駆け寄る。
テイパーの突進を避けつつ、ついでにダーインスレイフを振り下ろす。
一撃では倒れないか。
三十層からは二撃目を入れる必要があるようだな。
それでも十分だ。
テイパーと少し距離ができたが、続いてエスケープゴートの突進が来る。
盾で受け流し、テイパーの背後にテレポートを念じる。
移動成功、そのまま斬り込む。
テイパーは地面に倒れた、あと一体。
「お前の攻撃見せてみろ」
「しっかり避けてね。ホーリーアロー!」
スタッフを弓代わりにするようにして構える。
スタッフの両端から青く光る糸が出てきた。
矢も白く輝きこの世のものとは思えない。
矢を引き放つとエスケープゴートのところに飛んでいき、見事エスケープゴートに命中した。
しかしまだ倒れないようだ。一撃では無理のようだ。
俺はエスケープゴートの背後にテレポートして止めを貰う。
「一丁上がり、お疲れさん。火力は同じぐらいか?」
「でもこっちは装備補正入ってるよ。それに二十八層ぐらいなら自分が攻撃してからガルカスの攻撃二、三撃で落とせるよ」
「ってことは一撃は二十五層辺りからになりそうだな。敵のHPも上がっているんだな」
「らしいね。でも何でも一撃じゃつまらないよ」
「手ごたえはないよな。でもそうなると、この装備たちも初期ブーストってことで納得はできる。でもまだ二撃だから楽だな」
「うーん、四十層までいけるけどさ、あいつら三撃でも倒せなかったよ。それのときは周りが弱くて倒すの遅くってね。一回の戦闘で三十分もかかっちゃったよ」
「何匹いたんだ?」
「二匹」
「は?」
「二匹だよ」
おかしくね、二匹で三十分っておかしくね。
一匹十五分にしてもかかりすぎだろ。
「お前は何をしていたんだ?」
「回復」
「攻撃は?」
「任せてた」
そりゃ遅くなるわ。三撃じゃ無理でも四、五で倒せるはずだろ。
「お前文句言うわりに誰とでもパーティ組むよな、本当に物好きだな」
「もう四十層にはいかないよ。強い人はずっと同じ人と組んでるみたいだからね」
君が組んだ人たちと当たらないようにするためだよ。
その人たちとても懸命。
しかしこれは一度四十層も試してみたいが。
ミーシャとガルカスの方を見ると驚き固まっているようだ。
「なあアキラ、あいつらどうしたと思う?」
「さあ、コウがテレポート使ったからじゃないの? あの子に見せた?」
「ワープなら見せたはずだから問題ないと思うんだけどな」
とりあえずここで狩るのも苦労しなさそうだな。
突進を盾で受けると手が痺れるぐらいだ、剣で斬れば痺れはなくなるから問題がない。
それに自分たちより強い人たちもいるだろう。
ここの住民たちはタレントポイントがなくても生活し、ダンジョンを討伐してきているのだからな。
ミーシャたちもレベルが上がれば狩れるようになるはずだ、なにも問題はない。
レベル上げを始めよう。
「しばらくここで狩ろうと思うけど。ああ、もちろん手も出していいけどどうする?」
「もちろんやらせてもらおう」
「もちろんやるにゃ」
「だ、そうだ。アキラ、ミーシャの回復怠るなよ」
「はいはい、全体見てるから任せときなって」
しばらく進みエスケープゴート二体がいた。
少し様子見として一体任せるか。
「一体は相手にするからもう一体は任せるよ。アキラは援護だけしてくれ」
「おっけ」
ヘイストを全員分かける。
俺はテレポートでエスケープゴートの背後に移動し、二連攻撃をする。
ヘイストとテレポートがあれば実際簡単。
体が軽くなることも含め、武器も軽く感じるから振りが早くなるのだ。
一回斬って、さらにもう一撃は入れることができる。三撃目を加えようとするには少し時間がかかりすぎて相手に攻撃する隙が出来てしまう。
可能なのは二連撃までだ。
そうなると三撃で沈まなかった四十層は多少手応えがあるだろうな。
エスケープゴートの処理を終えてミーシャたちの戦闘を眺める。
ガルカスが敵の攻撃を引き受けているようだ、剣で突進を受け止めている。
その隙にミーシャが後ろから攻撃を繰り出す感じだ。
そしてアキラがガルカスにヒールを飛ばしている。
「いい働きするだろ、うちの子猫」
「いいね、それに猫耳、とてもいい」
「上げないぞ。それよりさっきの話だが、俺となら四十層いけそうじゃないか?」
「確かにね、あれだけ楽なら……ヒール!……いけそうだね」
「思ったけどそんなにヒールする必要あるか?」
「ゲームじゃないのは分かってるからね。殺さないようにしないと」
そんなんだから四十層時間かかったんじゃないのか。
まあ分からないわけでもない。
保険だよな、大事だよな保険。
「MP切れ起こさないか?」
「それなら毎分で回復するよ。ガルカスと試したから分かってる」
「毎分回復か、数えたのか?」
「ガルカスがね」
つまりガルカスが一から六十まで数えたわけだよな。
「……律儀なんだな、あいつ」
「十分尽くしてくれてるよ」
「なにがあったんだよ。お前とあいつに」
「うーん、なにかあったんだよ。気にしない気にしない」
「そうか」
俺もミーシャのこと話したくないしな。お互いなにかあるのだろう。
数分間の戦闘の後、エスケープゴートが倒れる。
地面にアイテムが残る。
鈴だ。
「これがエスケープゴートの鈴か。使うか?」
「いらないけど売り物になるからね。それに全然ドロップしないから高いよ」
「因みに売値は?」
「一つ中金貨二枚」
中金貨二枚となると一日宿に泊まれる値段だな。
収入としては高いほうだろう。
「高いんだな。それならここでずっと狩れないか?」
「それが出ないんだよね。一日に二つと出たらラッキーだなー、って考えればいいよ」
「やっぱりそううまくいかないか」
本当によくできてる。
どうもこの世界は稼ぎという稼ぎができない。
それに売値がそれだけとして四人パーティの場合は分け前は四等分されるだろう。
割に合わないよな。
俺みたいな奴隷持ちで全額出すなら手間もかからないだろう。
その分出費も二倍になるけど気にしない。
それに泊まる宿も安くなるからな。
大金を稼ぐなら、盗賊討伐とダンジョン討伐の二つだろう。
どちらも上手くいく保障もないし、対象が見つからなければ稼げない。
現在金貨は十分あるし生きるのは困らないだろうけど、何もしなければそのうちそこは尽きる。
それこそ贅沢していたらすぐなくなるだろう。
金貨はまだあるから、なくなってから焦ればいいか。
「しばらくここで狩ろうって言ったばかりなんだけど、俺はもう少し奥の層に行って見たくなった、駄目か?」
「私は構わないよ。みんなはどう? と言ってもコウがいうには君たち見てるだけになると思うよ」
「今日は暇になるだろうけどしばらく見ててくれ、それでいいなら奥に行く。嫌なら危ないから宿に帰ってくれ」
「私も構わないにゃ」
「アキラさん、いいのですか?」
ミーシャはいい子だ。だがガルカス、てめえはダメだ。
「さっきの見たでしょ。ほかとは違うの、私もコウも。納得できないなら言うとおりにして宿に行くんだね」
「分かりました。しかしなにかあったら助けに行けるよう準備はしておきます」
お前がどうにかなる相手じゃないと思うけどな。