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紡がれる星のうた


「本当にできるの?」

「できるって。今は使われてないけど、ここは昔ロケットの管制塔だったんだぜ! ……って親父が言ってた」

「そうは言うけど昔の話だろ。宇宙まで送信できるほどの出力があるのか? そもそも動くかどうか」

「設備を見た感じ計算上は問題ないはずです。まあ、起動するかどうかは繋いでみないと」


 役目を終え、取り壊されることもなく放置されている建造物に、四つの影があった。

 立ち入り禁止の柵で覆われているものの、暗黙の了解として年若い者たちが代々受け継いできた、いわゆる秘密基地である。

 危険な機材やガラス片などもなく、一定以上の環境が整っていることに不自然さを感じるのは、『卒業』して数年が経つころだ。

 現在の住人である彼らは、未だそうしたしがらみに囚われることはない。


「ほら、問題ないってよ。早く電源つないで送ろうぜ」


 どこからか引っ張り出してきたケーブルを身体中に巻きつけているリーダー、ファイは近隣では知らぬものがないほどの悪童である。

 そう評されるほど無茶をして回るのが常であるが、なかなか面倒見がよく気風もいいことから同年代からは慕われることが多い。


「そんなに簡単にできるか。今繋ぎ方を検索するから待ってろよ」


 自前のターミナルを操りながら走りがちなファイを抑えるのは、グループのブレーキ役であるガンマだ。

 結果的に悪戯の片棒を担ぐことも一切ではなく、本人がファイ嫌いと公言しているにも拘らずその認知度は低い。


「わたしも手伝う。これを繋げばいいんだよね」

「ありがたいんだけどさ。できればミューは触らないでほしい」


 最年少のミューはガンマの妹であり、グループに欠かせないマスコットの地位を確立している。

 万事刺々しい印象を与えるガンマの雰囲気を柔らげることに一役買っているものの、致命的な欠陥も持つ。


「誰でも使えると評判のホームコンピュータでさえ壊しますからね。先月ので三台目でしたか」

「二台だよ! ……一台は相性が悪かっただけだもん」


 眼鏡型端末を光らせるローは、外見の印象そのまま参謀役としてファイにスカウトされた。

 グループ内三番手を脅かすライバルとしてミューに敵視されているが、もはやそれは覆しようがない事実となっている。


「結局使えなくなったんだろ? もういいから邪魔だけはするなよな」

「人に文句言ってないで、お前も手伝えよ」

「文句ばっか言ってるのはお前だろ。だいいちオレはそういう細かいことが出来るようには作られてないんだよ」

「ケーブル一つ繋げないとか終わってんだろ、いろいろと」

「なんだと!」

「……ごめんなさい」

「違う違う。ミューのこと言ったんじゃないんだ」


 ファイとガンマ、ミューの幼馴染グループにローが加入したのは、ちょうど一年ほど前のことだ。

 それまでは何をやるにしても年長者二人がいがみあって進展しないまま日が暮れていたのであるが。


「後は僕がやりますから、みなさんは大人しくしていてください」

「はい」


 意外な行動力と企画力を持つローによって、グループは組織として機能し始めるのだった。






 時刻が夜の領分にまで及んだころ、押し殺したような歓声が上がった。

 試行錯誤を繰り返し、ファイの目論見とはかけ離れた時間と労力を注ぎ込んだが、それでも一応の完成を見たのである。

 薄く光るパネルには雑多なオブジェクトが散乱し未熟さを露呈しているとはいえ、唯一STARTと描かれた部分だけは誇らしく輝いていた。

 汚れた顔を突き合わせてコンソールの前で息を呑む。


「では、いきますよ」

「ちょっと待った。何分だっけ」

「一分四十六秒だ。さっきローが説明しただろうが」

「うんと、一人二十六秒くらい?」

「短かすぎね?」

「すいません、受信待機用バッテリーのぶんを考えるとそれが限界なんです」

「はぁ……まあ、しょうがねえな。よし」


 ファイが目配せすると、各自の方法で肯定の意思を返す。

 ガンマは負けじと睨み返し、ミューがふにゃっと笑い、ローは静かに頷いた。


「せーの」


 微かなノイズが空間に混じる。


「……もう喋っていいのか?」

「暢気なこと言ってんなよ。さっさと喋れ」

「うっさいな、わかってるよ。あー、オレはファイ、ファイってのはあだ名で本名はペイディアスだ。星暦二〇一二年生まれ。好きなものはフライングボール、かくれんぼの鬼も得意だな。あとは……そうそう、こないだガンマのヤツが傑作だったんだ」

「おい、何言ってんだ! もう二十六秒経ったから次は俺だ」

「なんだよ、全部言わないと聞くほうも気持ち悪いだろ」

「リーダーならみんなで決めたことは守れよな」

「お前こそリーダーの言うこと聞け!」


 マイクの前で押し合いを続けていると、一秒一秒が定められている通りに過ぎ去っていく。

 こんな諍いは日常茶飯事で、普段なら気の済むまでやらせるローだが、視界に映るカウントがそれを許さない。


「ちょ、ちょっと、もう時間がないです。早くどいてください!」


 不慣れながらファイとガンマを引き離そうとする。

 しかし、第三者が入ったことによって、均衡していた力のベクトルは一方向に収束。

 それなりに重いはずの椅子もろとも、床への抱擁を余儀なくされた。

 こういうとき、漁夫の利を得るのは常に無欲な者と相場が決まっている。


「私の名前はミューです。私は一番好きな歌を送ります。えっと、これを添付して、これでいいよね? 送信っと」


 そして、低く続いていたノイズが消えた。


「えっ」


 床よりやや高い位置で、三つの声が重なる。


「……もう終わり?」

「嘘だろ。俺、何も喋ってないよ」


 そもそもまともに喋ったのはファイだけである。

 ミューのように音声データとして送れば、それぞれがいくらでも好きなことを喋れたのだが、それに気付いたのは頭を抱えているローだけだった。

 ファイとガンマは呆然としており、ミューはそれを不思議そうに見ていたが、ローはそれを無視して部屋の出口に向かう。


「……受信できる時間は二十四時間程度ですので、また明日のお昼に」


 去りぎわ、扉の閉まる音と同時に聞こえたローの声でファイとガンマも再起動を果たす。


「……なんか怒ってた?」

「そりゃあ、せっかく準備したものを俺たちがパーにしちまったからな」

「大丈夫だよ、謝れば許してくれるよ」

「そりゃそうかもだけどさ……」


 ローは自らの至らなさに気を落としていただけなのだが、それを察知することは叶わないようであった。


「まあ、とりあえず、オレたちも帰るか」






 翌日。

 秘密基地に向かう道すがら、ローを除く幼馴染グループは、ローからやや離れたところで輪になって歩いていた。


「おい、あの透明な眼鏡カッコいいよな」

「ああ……透明は、いい」

「わたし透明な眼鏡大好きー!」


 ちらちらとローの様子を窺いながら、あからさまにしても見当はずれなご機嫌取りである。

 胡乱な目をしていたローも、深い溜息を吐くしかできることがなかった。


「……別に怒ってたわけじゃないですから。確かに残念でしたが、それより早く確認しに行きましょう」

「はい」


 柵の隙間を潜り、壊れた壁を抜け、瓦礫を飛び越えて目的の部屋に辿りつく。

 歪みで軋む扉を開くと、コンソールには受信したことを示す赤い光がともっていた。


「届いてますよ!」

「マジか。開け開け」

「俺たちが理解できる言語だといいけどな」

「音声データのようですね。再生します」


 全員が固唾を呑む。

 わずかに震えていながらも、滞りなく動くローの指だけが室内に音を生み出している。


『はじめまして。サラ・ナカジマです』


 一瞬の空白の後、滑らかな女性の声がスピーカーから流れ出した。


「おお、同じ言葉喋ってるよ」

「感動するトコそこかよ。にしても、本当に返事が来るなんてな」


 それからはサラと名乗った女性がまるでリアルタイムで通信しているかのようだった。

 こちらでは何が流行っていて、そちらでは何が流行っているのか。

 最近の出来事。

 親しい友達との失敗談や、ちょっとした武勇伝まで。

 そのすべての話題に相槌を打ち、茶々を入れ、感心し、笑い合った。


『……楽しい時間をありがとうございました。お礼に私も一番好きな歌を送ります。またこうしてやり取りが出来ることを心待ちにしています』


 音声データが途切れてからも、あれはこうだった、それはああだった、などとひとしきり盛り上がる。

 ローはそれに参加しつつもコンソールに残っていた受信ログを確認していた。


「……これは間違いなく宇宙から届いたものですね。画期的な資料になりえますよ!」


 外部との接触は禁じられているわけではないが、暗黙の了解として徹底されている。

 一種の鎖国のようでいて、その実態は無関心、無視といった行為に近い。

 残っている資料を紐解くことは行われているにせよ、かつて戦争を繰り広げた相手が今現在何をしているのか、それを知るものはいないのだった。


「なんかそれはもうどうでもよかったけどな」

「それよりわたし、歌! 歌が聴きたい!」

「どうでもって……いえ、そうでした。ちょっと待って……?」


 世界的にも価値があるものをないがしろにされて呆れるローであったが、気を取り直して別ファイルになっていたデータを前面に表示したところで手が止まった。


「どうした?」

「オレにも見せろよ。ん? このタイトルって……送り返してきただけじゃね?」

「いいから聴いてみようよ」


 そのデータには、先ほどのサラの声で、聴いたことのない旋律とともに紡がれる歌が記録されていた。


「わぁ……」


 ミューが漏らしたその声は、その場にいた全員の心境を代弁したものであっただろう。

 音は深く広がり、その流れはゆるやかな大河のようでいて、時に瀑布も姿を見せる。

 彼らの文化から生まれた歌も決してひけをとるものではない。

 しかし、はじめて聴いたはずのその歌は、えもいわれぬ郷愁を孕んでいるようにも感じられたのだ。

 次に言葉を発したのは、それからしばらくの時が過ぎてからのことだった。


「……同じ曲名で違う歌って奇跡だな」

「僕たちの歴史からすると、こうやって連絡を取り合えたのも奇跡のようなものですけどね」

「いつか、一緒に歌えたらいいのになあ」

「よし、じゃあオレが連れて行ってやるよ」

「はあ? 無理に決まってんだろ」

「そうですね、それこそ奇跡のようなものですよ」

「お前らが決めることじゃねえよ。それに奇跡ならまた起こせばいいだけだろ」

「賛成! わたしも奇跡起こす!」

「まあ、やりがいはあるかもしれませんね」

「……しょうがねえな」

「よし、そうと決まれば返事する準備しようぜ!」






 彼らの想いが再び奇跡を起こせるかどうかはわからない。

 それでも、その想いは途切れることなく紡がれていくはずだ。

 それが長い間果たされることのなかった、人とアンドロイドの夢なのだから。



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