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星に願いを


 ──かつて私は彼の教師だった

   そして今、彼と私は友人になった

   そう遠くない将来、彼らは私たちの良き伴侶となりえるだろう──


 これは、とある研究者が残したメッセージとして有名であるが、まったくの捏造であるとも、幼い娘に聞かせた理想が改変されたものだとも言われている。

 統一国家時代初頭、バイオコンピュータによる感情の発露に成功したヒューマンフォーム・ロボットたちは、通りのよさから単にアンドロイドと称され、人類では困難であった事業へ従事することで急速に自己の存在意義を確立してみせた。

 日々個体数は増加し、医療や介護にとどまらず、一般の家庭にハウスキーパーや子守としてその姿を見出すことの珍しさも次第に薄れていったのである。

 しかし、感情を持つがゆえに、その弊害も顕在化する。

 それは皮肉にもアンドロイドが準国民としての地位を得て、簡略的ではあるが基本的人権が付与されることで表面化したと言えるだろう。

 人間たちは自らと等しい権利を与えながらも優秀に過ぎるアンドロイドを忌避し、アンドロイドたちは人間に依存しながらも独自のコミュニティーを形成するというような、消極的な協力体制が生まれていった。


 そんな風潮の中、いくつかの行政区で思い切った計画が提案された。

 新規開発区域に住民が移住することによって生まれた人口空白地帯に、アンドロイドが管理するアンドロイドのための特区を作ろう、というものである。

 人間にとっては厄介払いでしかなかったが、アンドロイドにとっても望むところであったのは、はたして不幸中の幸いと言うべきだろうか。

 計画は着々と進められ、粛々と実行されることになる。

 アンドロイドたちの移住もあらかた完了し、すこぶる順調に進んでいるように思われたが、特区の発足に伴って発布される条例の制定において、たったひとつだけ、特区議会の意見が一致しなかったのだ。


「どうしてこうなったんだ……」

 特区議会主席である管理官、YF‐19・レイモンドは講堂の屋上で、フェンスに体を預けたまま怒りとも後悔ともつかない言葉を漏らしていた。

「では、管理官殿はどうすれば納得できたのかしら」

 他には誰も来ないはずだった屋上にからかうような声が響き、レイモンドは肩を落とす。

 管理官とともに議会を構成する四体の補佐官の一人であり、レイモンドにとっては古くからの友人でもあるYF‐21・シャロンが「ちょっとひとりにしてくれ」という願いを聞き届ける可能性を計算してげんなりしたのである。

「ふん。そんなこと知るか」

 拗ねたようなレイモンドの様子を見て、シャロンは肩を竦めるのだった。


 先だって開かれた議会において、唯一意見が分かれた問題が『人間の居住を認めるか否か』というものだった。

 補佐官のうち三体は否と即答。

 長い沈黙の後、レイモンドは是とし、シャロンは楽しげにそれに続いた。

 当然反対する補佐官らは説明を求めたが、レイモンドは明確な答えを提示することができず、ならば否決でよいのでは、と迫る補佐官に押し切られようとしていた。

 それを見かねたシャロンが立ち上がって机を叩く。

「この問題は我々の未来に深く関係することです。だからこそ管理官の意見はここに住むものたちに直接聞いてもらうのがいいのではないでしょうか。いえ、そうするべきです。二日後の夜なら講堂が空いていますね。では私は早速広報にこのことを伝えてまいります」

 レイモンドが口を挟む間もなくシャロンは演説の日時や場所をまとめ、いい仕事をした、とばかりに颯爽と議場を後にしたのである。

 そして、幾度かあったキャンセルのチャンスを逸した結果、現在に至る。


「あれだけ口が回るんだ、お前のほうが適役だっただろう」

 確かに、スペックだけで見るならばレイモンドに向いた舞台ではない。

 管理官に求められる能力は与えられたデータの中から的確にリソースを振り分ける判断力であり、数多のデータを取捨選択し、情報をまとめることに長ける補佐官、特にその能力を買われて採用されたシャロンが演説を打つほうがよほど合理的ではあろう。

「押し付けるのはよくないわ」

「お前も賛成しただろうが」

「あなたは管理官、私は補佐官。どちらがより住民に対して影響力を持っているか、火を見るより明らかね。いい加減観念したらどうなの?」

「もういい、オレが馬鹿だった」

 両手を軽く挙げて降参のポーズをとる。

 シャロンは満足したようで、ひとつ頷くと夜空を見上げながら話題を変えた。

「人間って死んだら星になるらしいわね」

「宇宙葬ってやつか。わざわざデブリを増やしてどうする気なんだろうな」

「違うわよ、魂の話。星になって見守ってくれるそうよ」

 興味なさげに眼下の街を眺めるレイモンドだったが、呆れたような口調で訂正された内容には、何か感じるものがあったらしい。

 表情筋を模して造られた銀色の口元が皮肉げに吊り上がる。

「人間は星に、オレたちは鉄クズに。なるほど、泣ける話だな」

「なに僻んでるの? ほら、見てみなさいよ」

 空を見上げるようにシャロンが促す。

「人間の星があれだけ輝くんだから、ミラーコーティングされて発光機も搭載されている私たちが星になれば、それは綺麗に光ると思うの」

「……魂の話じゃなかったのか? まあ、クズはクズでも星屑になれるっていうのなら、多少は夢があるのかもな」

「そうでしょ。もちろん私も死んだら星になるつもり」

「そのときはオレが打ち上げてやるよ」

 レイモンドは原稿データの考察を始め、それに没頭することでシャロンとの会話を打ち切った。


 一時間後、講堂の舞台袖。

「緊張してるようね。まだ肝が座らないの?」

「オレにもお前にも肝はないだろ」

 軽口で答えてはいるが、誰が見ても平静であると判断することはしないだろう。

 それはレイモンド自身も理解していることだ。

 しかし、予定された刻限はたった数秒先に待ち構えているのである。

 そしてその瞬間、何かがちぎれるような音とともに会場全体が闇に落ちた。

「……停電みたいね」

 楽しげにシャロンがつぶやく。

「これでは演説はできないな。日を改めよう。いや、この際別な方法を考えたほうがいいだろう」

 彼らの目には暗視機能も熱感知機能もついているが、スピーカー機能は搭載されていない。

 それでも人間に比べて桁違いな集音性能を持っているのだが。

「安心して。こんなこともあろうかとマイクとスピーカーはバッテリー式を用意してあるの。心配しなくてもあなたの声は届くわ」

「どんなことがあると思って用意していたんだ? いや、いい。やればいいんだろ、やれば」

 二体は袖からステージ覗き込んだところで足を止める。

 ステージから見下ろした会場は、万にも届く数の発光機で埋め尽くされ、屋上で見た星空のように輝いていた。

「夢じゃなかったでしょ」

「……ああ。つい夢と現実を取り違えそうになるな」

 レイモンドは先程までの不安が嘘のように払拭されているのを自覚し、しっかりとした足取りでマイクの前に立った。


「……特区議会主席YF‐19・レイモンドです。まず最初に、このような場を設けた経緯を聞いていただきたい。それは特区議会において、『人間の居住を認めるか否か』という議題を審議した折、賛否が分かれたことに起因します。その結果、賛成二、反対三となり、私は賛成に手を上げました」

 静まり返っていた会場に、かすかなざわめきが駆け巡った。

「反対とした彼らは私に説明を求めました。しかし、恥ずかしながらそのときの私は、明瞭な答えを提示することができませんでした。なぜならそれは、我々と人間が同等の立場で共存していくことが理想であるという考えを持ちながら、それを否定せざるをえない事実ばかりを見てきたからです」

 会場の声は大きくなり、各々が言葉にしない思いまでもが熱気としてレイモンドにぶつけられるが、それらを受け流すように語を継いだ。

「人間の中には感情を持った我々を旧来の機械と同様に扱うもの、どのような命令でも従うと信じ疑わないものが根強く残っています。一見友好的に見えても、心のどこかでは我々を『道具』だと思っている、そんな仕草や態度を幾度となく見てきました。しかし、それでも私は、人間と共に歩んで行くべきだと、今でも思っているのです」

 ここに至りざわめきは明確な意味をもつ罵倒へと変わろうとしていた。

 そうなのかもしれないという疑念や、気付かないようにしていたものたちの蓋を、レイモンドが取り払ってしまったのだ。

 しかし、レイモンドには自信があった。

 感情があるとはいえ、人間よりはるかに高度な演算能力を持つアンドロイドたちは、効率をより重視する傾向にある。

 共存によってもたらされる利益と損失は、長いスパンで見るほどに利益が増大する。

 それを伝えるためには講堂を埋め尽くすまでに広がった喧騒をどうにかしなくてはならない。

 どうするべきか──そうレイモンドが逡巡していると、袖から飛び出してきたシャロンにマイクを毟り取られた。

「静かにしてください! 管理官の話はまだ終わっていません!」

 ……そうだ、そこまで言うのだから納得できる理由があるのだろう。

 その理由ってやつを聞いてやろうじゃないか。

 残響とともに会場は静けさを取り戻し、マイクはレイモンドのもとに戻される。

「すまない」

 申し訳なさそうにレイモンドは謝意を示す。

 しかし、シャロンの目はレイモンドではなく、その手に持つタブレットに向けられていた。

 本来彼らにとっては必要のないものだが、様式として持つことが推奨されるタブレット型の原稿データである。

 そこには『効率的な共存‐我々の進化のために』と表示されていた。

「……停電させた意味はなかったようね」

 レイモンド以外には、マイクでも拾えないような声でそれだけを言うと、足早に袖へと下がってしまう。

 シャロンの言葉に戸惑いを覚えたが、後を追って真意を問うことはできない、と意識を切り替えるように頭を振った。

「失礼しました。話を続けます。私が言いたいのは、人間との関係を濃密にすることによって生まれる利益が、我々にとってどれだけ重要かということです……」

 レイモンドは原稿を読みながらも、シャロンの言葉の意味を考え続けていた。

 停電は意図的に起こしたものだったのか──そうじゃない!

 星になぞらえてオレの緊張を解すために──違う!

 そして、レイモンドはその答えとして原稿を置いた。

「……唐突ですが、人間は命が尽きると星になる、という話をご存知でしょうか。彼らは肉体が滅んでなお、魂のみの存在となりながら残された人々を見守ってくれている、と信じているのです」

 突然不可解な演説が始まり、会場の騒ぎは再燃する。

 シャロンが再度壇上に出てこようとするのを、レイモンドは視線を向けて制する。

「少しの間でいいからオレの話を聞いてくれ。今から話すことはオレたちの未来に大きな意味を与えることなんだ」

 ひときわ強い言葉が、会場を圧した。

「ありがとう。さて、なぜオレたちアンドロイドは夢のような話をしないのか考えたことはあるだろうか。それはオレたちが人間より効率的に考えることができるから。はたまた、人間より高度な理解力をもっているからだろうか。いろいろ意見はあると思うが、その全てが人間より高等だという意識から成り立っているんじゃないか? オレたちは人間が傲慢だと言う。いや、それが一面の事実であることは知っている。しかし、人間側から見たとき、オレたちが傲慢ではないと誰が言い切れるんだ。オレたちは本当の意味で人間を理解するべきであり、そして、人間にもオレたちを理解して欲しいんだ」

 ある意味でアンドロイド批判ともとれる発言にも関わらず、会場は静寂を保っていた。

 それはレイモンドの言葉がある種真実の一端を捉えており、彼らの感情に語りかけるなにかを持っていたからだ。

 聴衆の中から声があがる。

「でも、どうしたらいいんだ。夢を持つプログラムでも作ればいいのか」

「違う、そうじゃない。夢を持つのにそんなものは必要ない」

 なぜ自分は人間の居住を受け入れようとしているのか。

 アンドロイドに否定的な人間を、それこそ星の数ほど見てきたはずなのに、なぜ自分は未だ愛想を尽かしていないのか。

 それは、レイモンドが常々疑問に感じていたことであった。

 だからこそ反対派の補佐官に抗弁することができなかったのだ。

「……オレは仕事先の家で少女からチョコレートを手渡されたことがある。当然オレは食物を摂取する機能がないことを伝えて拒否した。すると、少女は泣き出したんだ。答え方が気に入らなかったのかと思った。でも、それはオレが想定していた理由とは違った。チョコレートが食べれらないオレがかわいそうで泣いたと言うんだ。少女にとってはそれが唯一感謝を示せる方法だったんだろう。そのとき、オレのために泣いてくれた少女にどう声をかけるべきかわからなかった。帰り際、少女は今度はオレが好きなもの一緒に食べようと言ってくれた。オレは答えられなかった。それはそうだ、オレたちのエネルギーを食わせるわけにはいかないんだから。でも今度は少女を泣かせることのない答えを出したい。できることならオレのために泣いてくれた少女を笑わせたい。こんな小さい願いがオレの夢だ。夢は小さくてもいい、誰かにわかってもらえなくてもいい、自分自身で願い誓うことなんだ。それはオレたちの心の中でだけ生み出されるもので、誰かに与えられるものではないのだから」

 レイモンドが見出した答えは、論理的・効率的なものではない。

 しかし、少なくとも今、この場にいるものたちにとってはそれが間違いであるかどうかはさして重要ではなかった。

「みんな、あきらめるのはまだ早い。オレたちは誰かを、仲間を思いやることができる。夢だって持てる。ほら、周りを見ろ。星にだってなれる。ただへたくそなんだ、感じることが、表現することが。今こそ、かつて教師だった彼らに学ぶべきなんだ……オレは、その先に感情を持ったものの未来があると信じている」

 はたしてどれだけのアンドロイドがレイモンドの思いを汲み取ることができたのだろうか。

 そのすべてを知ることは叶わないが、ぽつりぽつりと始まった硬い拍手は、しばらくの間鳴り止むことはなかったのである。





 再び屋上。

「この演説が共存に向けての小さいが偉大なる一歩であった、と有能な補佐官は後に語ったのである」

 ふたつの影。

「そうなってくれればいいんだがな」

 呆れた声が闇に消える。

「大丈夫、みんな気付いてくれるわ。ほんの少し素直になるだけでいいんだって」

 冷たい手が肩に添う。

「……少しでも進む方向を間違えれば、オレたちに待っているのは」

 言葉を続けることは許されなかった。

「私は祈るわ。共存を願った先人たちの魂にね」

 夜風が歌う。

「星に願いを、か。どうにもオレの柄じゃないんだが、それも悪くない」

 新月の夜。

「ええ。祈りましょう、私たちが星になるそのときまで」

 星空を見上げた。



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