はじまりは星とともに
革新的な技術というものは、逆転の発想から生まれるものだ。
正常に対して異常、王道に対する外道と言い換えることもできる。
それらは倫理によらず忌避されることも多いが、一方で絶賛と喝采をもって受け入れられることも少なくない。
近年の事例を挙げるならば、遺伝子様の構造を持ち自己増殖する金属であったり、ニューロネットワークに似た活動をする微生物であったりするだろう。
そうした逆転の発想から生まれた技術によって創り出された完全自律型アンドロイドに、さらなる革新を求めるとすると逆転の逆転、正常であり王道である発想が必要になるのではないだろうか。
正常で王道とはなんだろう。
膨大なデータを収集し、集積し、収束させることだろうか。
いや、それは研究開発のプロセスであって、それらの基礎となるべき発想とはまた違うものだ。
「どう思う、シュツギー」
「マチザキ博士。質問の意図が把握できません」
把握……把握する、とは積み重ねて理解することと同義だ。
だとすると、発想とは積む方法を変えることなのかもしれない。
「ああ、ちょうどいい。そこのファイルを君の好きなように並べ替えてみてくれないか」
「好きなように、とはどのような状態ですか」
うむ、それを説明するのは非常に難しい。
こんな言葉ひとつ説明できない僕にプロジェクトを任せようだなんて、上はどうかしている。
工学畑をうろついていた僕よりも、心理学者や言語学者のほうが相応しい仕事をするに決まっているのだ。
とはいえ、どうせ芽が出なくても痛手になるようなプロジェクトではない。
人選も暇そうな奴の中からランダムに選ばれたのだろう。
そうか、ランダムだ。
ランダムでいいじゃないか。
「そう、『好きなように』というのは、『ランダムに』ということさ」
「学習しました。『好きなように』実行します」
F‐203、VF‐X4、VC‐33……その次にSC‐27か。
なるほど、駄目だな。
「そこまででいい。すまない、無駄なことをさせてしまった」
「マチザキ博士。今の行動はどこが不要だったのですか」
根本的な何かを見落としているような感覚だ。
シュツギー……魂、と名付けられた完全自律アンドロイドのプロトタイプ。
機能としてはほぼ完全に人間の脳と同等以上のスペックを誇る、自ら考えて成長するバイオコンピュータを搭載された人間型ロボット。
構造理論的には、人の形を模し、人と同等のセンサーを備えることで感情を発露させ得るということだが、現時点ではそれらしい兆候は認められていない。
前任者が言うには「まだ赤ん坊のようなもの」らしいが、別に泣き喚くでもなく意味がわからない言動をするわけでもない。
先ほどまで行われていた実験でも特におかしな受け答えはなかった。
とはいえ、半ば研究のために育児を放棄している僕が「機械育て」など、笑うに笑えない。
そもそも機械に意思を持たせる、ということに懐疑的ですらある。
シュツギーはよく疑問を呈してくるが、その程度のことはデータに無い言葉を補完しようとするルーチンでしかなく、OSに頼っていた前世紀のコンピュータでもできたことだ。
人間に似せることそのものに意味があるのだろうか。
「……考えがまとまらないな。そうか、BGMがないからだ。シュツギー、悪いがレコードをかけてくれないか」
「どの曲にいたしますか」
「そうだな……好きなように頼む」
「実行します」
「この『星に願いを』という曲は国家群立時代に作られたんだ。ある映画の主題歌として使われていて、今でもその作品は一部の好事家に熱狂的な支持を受けている……という説明は何度もしたな」
「はい、四六回目になります」
「一度聞いたら覚えられるお前に対して、僕は何をやってるんだろうな」
無駄なことをする、それも人であるがゆえなのだろうか。
……それにしても、四六回というのは多すぎる。
「僕がそんなにも指示していただろうか?」
「マチザキ博士。質問の意図が把握できません」
そもそもどの曲をかけてくれ、と明確な指示を出していたのは持ってきたレコードが一巡するまでだったはずだ。
「今日まで僕は君にレコードをかけてもらう時、どのように指示を出していた?」
「適当にかけてくれ。目に付いたものをかけてくれないか。何でもいいよ。その他二二パターンあり多少の語彙に差はありましたが、要約するとランダムに行えという指示でした」
「そのうち『星に願いを』を選んだ割合はどのくらいになる」
「約六七・六八パーセントです」
ありえない。
一〇枚のレコードの中から一枚を選ぶ確率だぞ?
「シュツギー、もう一度好きなようにレコードを選んでくれ」
「実行します」
……もう一度。
「実行します」
もう一度、もう一度だ。
……二〇回の試行で一九回だって?
九五パーセントの確率で一〇分の一でしかない『星に願いを』を選んでいるのは、果たしてランダムと言えるのか?
「……どうして選択に偏りがあるのか、説明できるかい?」
「確率的には可能ですが、この結果をランダムに抽出したものであると証明するのは困難であるため、お答えしかねます」
感情を発現させる実験だというなら、表情をつくる機能くらい開発してから渡してほしいものだな。
言葉のニュアンスは仕方ないにしても、人間側に与えられる情報量がこう少なくては推し量るのも難しい。
いや、表情に連動させることができていたのなら、この研究自体が必要ないか。
「うん。君の言うとおり、通常ではありえない確率でこのレコードを選んでいる。とすると、なにかしら理由があると考えるのが普通だ。想定される理由にも見当がつかないかな?」
「該当する理由は見つかりません」
まあそうだろう。
前提となる条件が変わらない限り、シュツギーが出した答えは変わることがない。
まったく、手っ取り早いからと論理演算プログラムをぶちこむのも考えものだな。
しかし『理由がわからない』となると、『シュツギーには理解できない何か』が起こっていることはほぼ確実だ。
おそらくそれは──。
「シュツギー、君は、この曲が好きなんだ」
「発言の意図が把握できません」
「わからないということだね。この曲を選んだ理由と一緒だ。つまり、この曲が好きってことさ」
「その理論は理解できません」
「そうだろうね、僕にも理解できないよ。いや、きっと誰にも説明なんてできないだろう。なぜなら、感情とはそういうものらしいから」
「では、どういった方法でマチザキ博士は私がこの曲を好きであると判断されたのですか」
うん、まあ、そうだな。
まさかチョコレートのマカロンばかり選んで食べる僕の娘のようだったから、とは言えないしなあ。
「……博士だからさ」
「現在までの研究で導き出された経験則なのですね」
「まあ、そういうことだな。単純に言えば、僕にも好きなものがあって、今の君と同じ経験をしてる。例えばそう、僕は星を観察するのがとても好きでね、その美しさは何時間見ていても飽きることはないくらいさ」
「私がこの曲を好きなことと、マチザキ博士が星の観察を好きなことは、同等の意味を持つのでしょうか」
「それは難しい質問だね。感情というものはそれぞれ人によって違うものだ。君の好きと、僕の好きは同じかも知れないし、違うかもしれない。その答えは、君のわからないものの中にあるのだと思う。だから、僕と一緒にわからないものを増やしていこう」
「それは、わからないことをわからないと理解する、という理解でよろしいですか」
難しいことをどうにか説明しようとする子供みたいだな。
いや、これが感情の兆しだとしたら、赤ん坊から子供へ成長したということなんだろう。
「そうだね……そうだ、じゃあ今度時間を作って星を見に行こうか」
「マチザキ博士、この窓からでも星を見ることに支障はありませんが」
「星を見るには場所も重要なんだよ。実家の近くに最高の場所があるんだ」
ああ、そのときは娘も連れて行こう。
……娘が僕の顔を覚えているか、心配ではあるけれど。
やっぱり二日に一度は顔を見せに行くべきだろうか。
今頃はシュツギーと同じように、窓から星を見上げてるのかもしれない。
「随分熱心に見ているね。なにか感じるのかい」
「星を観察することで、わからないことを発見できないかと考えました」
不思議と答えを望んでるようには聞こえないな。
今は僕の言葉より一人で考える時間のほうが大きな意味を持つはずだ。
そう遠くない未来、彼にも天体観測の良さがわかる日が来るのだろう。
……ちょっと飛躍しすぎたかな。
「マチザキ博士」
「なんだい、シュツギー」
「……私もいつか、星の美しさを理解することはできるでしょうか」
「できるさ。君たちは僕らより遥かに長い時間星を見ることができるんだから」