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会長との出会い

 例えばの話。私、穂傘有雅が「生徒会に入らないか」と誘えば、大抵の生徒たちは「私でよければぜひ!」と二つ返事で承諾してもらえる。自信過剰かもしれないが、実際そうなっているのでしょうがない。


 ただ、生徒会に誘ったところで、私に回ってくる仕事は増える一方。あらゆる生徒からの信頼が私の足をズルズルと引っ張り、「これをして欲しい」「あれくらい出来るよね」と、本来は私の仕事ではないはずのことまでやらされていた。


 副会長は私の疲労を感じ取って心配してくれていたが、大丈夫だと虚勢を張って仕事に取り組んでいった。


 そんな日々のある夜。


 私はその日も仕事に明け暮れ、気付けば夜の8時。


 一体いつまで、こんな日々を過ごすのだろうか。


 もうすぐ私も高校三年生。進路を真面目に考えなければいけないのに……。


 そんな中の帰り道──。




「うーん……。あー!疲れた〜!」




 ふと聞こえてきた、そんな言葉に振り返る。


 そこには、我が高校の制服を着た一人の男が立っていた。


 彼は、たしか……。




「おい……。君」


「げっ……!会長!」


「"げっ"とはなんだ。邂逅一番の言葉がそれか」




 私は彼のことを知っていた。谷町霰。


 いつも問題行動ばかり起こして、生徒会の無駄な仕事を増やしてくる最悪な男。私は正直、彼のことが嫌いだった。というか、嫌いになる要素しかない。




「谷町。お前、こんな時間に何をしていた?ハッ!まさか……闇バイト!?」


「なわけあるか!普通にバイトしてたんですよ!」




 疑わしいな……。いつも問題ばかり起こしている男が真面目にバイトしているとは考えにくい。




「……ここのコンビニで働いてるのか?」


「え?ああ、まあ、そうですね。一人暮らしなので、生活費はちゃんと稼がないと」


「ほう。それは関心だ。いつも問題ばかり起こしているヤツとは思えんな」


「ふっ。俺が悪いんじゃない。俺を理解できない教師が悪いのさ」


「誰だ貴様」




 というかコイツ、一人暮らしなのか。私と同じだな。


 とその時、彼の持っているカバンの中がチラリと見えた。




「お前、その栄養ゼリーだけで済ませる気か?」


「え?……あぁ、よく分かりましたね……って、何ですか、その顔」




 谷町が私の顔を見て怪訝そうな表情を見せる。


 おっといけない。「コイツマジか……」という感情が顔に出てしまった……。




「いや。まさかとは思うが、お前はいつもそのようなものばかり食べているのか?」


「失礼な!たまにはマックとかも食べますよ!」


「……そうか」




 どうしよう。頭が痛くなってきた。一人暮らしなのに家事が一切できないって、かなり致命的ではないか。


 なにより怖いのが、コイツが「自分はちゃんと生活できてる」と完全に勘違いしていることだ。




「〜〜っ!来いっ!」


「えっ?ちょっ!会長!?」




◇◇◇◇◇◇




「ほれ!食え!」


「おぉ……」




 私の家にて、テーブルに並べられた私の手作りの晩飯を見て谷町は目を輝かせる。そんなに珍しいものなのか……?


 それもあってか、霰はなかなか飯に手を付けなかった。




「……食べないなら私が全て食べてしまうぞ」


「えっ!?いえっ!いただきます!」


「さっさと食え」




 彼は箸を持つと嬉しそうに飯に手を付け始める。


 ある程度食べ進めると遠慮が無くなったのか、焦るようにバクバクと食べ始めた。


 そんなに上手いものではない筈だが。普通だ普通。




「……そんなに美味いか?」




 そう聞くと谷町は、ふと食べる手を止めて不思議そうに私を見つめる。


 な、なんだ……?私はそんなに変なことを聞いたのか?




「ど、どうした?」


「い、いえ。会長はもっと、自分を客観的に見たほうがいいと思いますよ」


「……?」




 私はちゃんと自分のことを理解してるつもりだが……。


 首を傾げると、谷町は呆れたようにため息を溢した。




「あのねぇ……。堅物として有名な会長でもかなりの美人なんです。ましてや家に上げてもらった上に手作りのご飯を食べさせてもらったなんて、ご褒美そのものですよ」


「そ、そうか……」




 恥ずかしいな……。面と向かって美人なんて初めて言われたぞ……。




「あれ?会長、なんか顔が赤く……」


「うるさい!ぶん殴るぞ!」


「理不尽!」




 拳を振り上げると、身を守るために身体を丸めるように構える谷町。


 いや、そんな本気で怯えなくてもいいだろ。


 その反応になんだか怒りが引いてしまって、しばらくして拳を下ろしてしまう。なんなんだ、この男。




「……と、取り敢えずだ。ひとまず全て食べてしまえ。話はそれからだ。いいな」


「は、はい……」




 数分後、谷町は綺麗に飯を平らげて満足そうな表情で手を合わせる。




「ごちそうさまでした」


「うむ。お粗末さまだ」




 私はテーブルの上の皿をある程度片付けてキッチンの方に運んだ。


 終始ずっと美味しそうに食べていたから、私も腹が減ってきたぞ。コイツが帰ったら私も適当に食べるとしよう。




「というか、会長って家事出来たんだな……。意外だった」


「余計なことを言うな。殴りたくなる」


「怖えこと言わないでくださいよ……」




 ドン引きする彼に「冗談だ」と笑い、洗った皿をそっと食器棚へと置く。


 そうしてから谷町の方へと戻ると、彼は先程買っていた栄養ゼリーを口にしていた。


 ……。


 私はそれを見て、思わずバァンッ!とテーブルを叩く。




「うおお!ビックリした……。どうしたんですか……?」


「い、いや……。分からない……」




 なんか、モヤモヤしたっていうか……。


 まさか嫉妬……?えっ?私の手作り料理を食べたのにも関わらす、ゼリーを食べたことに妬みの感情を燃やしているのか……?


 わ、分からん……。でも、何となく「ゼリーを食べて欲しくない。私の料理を食べて欲しい」と思ってしまう。


 私は気付けば谷町のゼリーを奪い、そのままゴミ箱へと捨ててしまっていた。




「ちょっ!?食品ロス……」


「……」


「……?会長?どうかしましたか〜?」




 ブンブンと私の眼の前で谷町は手を振るが、私の目にはそれは映っておらず……。




『谷町は、私がいないと……。私が見ていないとダメだ』




 そんな独占欲とも言えるような黒い感情が胸の中で渦巻き続けていた。


 ふふっ……。ならば一旦、この良きとも言えない感情に身を委ねるのも悪くはないか……。


 私はそう思い、谷町の肩をギッシリと掴んだ。




「おい、谷町霰」


「痛っ……。な、何ですか?」


「お前、食事に困っているか……?」




 私のその問いかけに霰は「えっ?」と拍子抜けしたような声を上げる。




「ま、まあ……。はい」


「そうか……」




 ……ならば定期的に飯を作ってやるのも悪くはないか……。献立も考える必要がありそうだし。


 私が一人でブツブツとそう呟いている中、霰は不思議そうに首を傾げた。




「な、何なんだ……?」




 これが、谷町霰と穂傘有雅の関係の始まりである。




 だというのに、今と来たら──。




「じゃあ、先輩。また明日会いましょう」


「おう。また明日」




 遠目に、霰と楽しそうにしている少女を目撃し、私は思わず電柱の陰に隠れてしまう。


 なんだ。その女は。


 私というものがありながら、他の女に目移りをするというのか。


 先輩と言っていたし、霰の後輩か……?


 あらゆる考えが逡巡し、独占欲のような黒い感情が心の底で霧のように広がっていく。


 ……ダメだ。自分を御すること。今はそれが必要だろう。


 と、取り敢えず、落ち着くために深呼吸だ。


 スゥ~ッ……ハァ〜ッ……。


 うん!落ち着かない!アイツを、霰を押し倒さないと気が済まない!


 と、私があーだこーだしているうちに、霰はコチラの方へと向かってきている。や、ヤバい!


 私は取り敢えず、何事もなかったかのように、電柱の陰から飛び出した。




「……ん?霰じゃないか」




 出たぞ。いかにも「あ、居たんだ?私は今来ましたけど?」みたいな雰囲気出てるぞ!……スマン、霰。ホントは結構前からお前のこと気付いていたぞ。




「げっ……。会長……」




 えっ?げっ……って何……?私、霰に嫌われてしまったか?


 だとしたら私、立ち直れないのだが……。




「『げっ』とはなんだ。邂逅一番の言葉がそれか」




 心臓がバクバクしながらも、何とかそう返す。声が上擦ってないのが幸いだったな。




「そう言う会長こそ、こんな時間に帰宅ですか?」


「ん?ああ、友人と遊び呆けてしまってな。こんな時間になってしまった」


「……もしかしてその友人って」


「ん?副会長のことだが?」




 これは本当のこと。


 副会長が「ねえ、ありかっち~。ちょっと遊ぼうよ~!」と言って私を半ば強引に連れ出したのだ。まあ、楽しかったが。


 ……というか忘れそうになっていたが、コイツ、さっき女子と一緒にいたよな?何をしていたのだろうか……。


 ちょっと揺さぶりをかけてみよう。




「あ、そういえば霰。君、晩ごはんはまだか?」


「えっ?ああ、さっき食べちゃって……」




 ……やはりさっきの女子か。


 私という者がありながら…………霰のバカああああああああああああ!!!!


 と内心で思いつつも、さすがにそれを表に出すわけにもいかないので、なんとか心の中に留めておく。




「そうか?だが、男子高校生は常に空腹感を抱えているとよく聞く。軽食でもよければ我が家に寄って行ってくれ」




 こ、これぐらいは普通の誘いだろ。ふふ、我ながらできるやつだ。




「そう言えば、会長の家もすぐそこでしたっけ?まあ、確かに小腹は空きましたし、ちょっとお邪魔しますか」


「君ならそう言うと思っていたよ」




 やったあああああああああ!ホントに来てくれると思ってなかった!ラッキー!


 このまま家でくつろいでもらっちゃって、あわよくば……。




『会長……。俺、あなたのことが好きです……』


『そ、そんな……。いきなりダメだぞ……。こんな……』


『いや、俺はもう我慢できない!』


『霰……』


『会長……』




 なんて起きちゃったりして……。えへへ……。ぐへへへ……。




「会長、この先でしたっけ?」


「ああ、合ってるぞ」




 おっと。イケナイイケナイ。妄想でよだれが……。ふふっ。私たちの将来が楽しみだ。




 穂傘有雅。彼女は表ではクールに振舞ってはいるが、その内心はかなりのアブノーマル。妄想を心の中で垂れ流し、クールの「ク」の文字すら見当たらないほどのスケベである。むっつりスケベとは正に彼女のことを言うのだろう。


 そしてその内面は、誰にも知らておらず、霰すらも知らない。


 彼女のその心は、幸に転ずるか、はたまた不幸へと向かうか……。


 それは、未だ誰も知らない。

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