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おにぎり

「それじゃ、先輩。今日はありがとうございました」




 玄関先にて、丁寧に頭を下げてニコッと笑う蘭花は、嬉しそうな目で俺を見つめる。


 もし尻尾が彼女に付いていたならブンブン振っているだろうな。




「いや、ありがとうはこっちのセリフだよ。美味しいご飯を作ってくれたんだから」


「いえいえ!……ホントなら家の掃除もしてあげようと思ったんですが……。片付いてましたね」


「あ、あはは〜。まぁ、色々ね。……それよりも蘭花。もう遅いし、家まで送ってくよ。駅から少し歩いたところだろ?」




 時計の針は20時を過ぎており、そろそろ帰らなければいけない時間だ。


 辺りを見ればだいぶ暗くなっており、街頭があるとはいえ、女の子一人を歩かせるには少し怖いだろう。


 なのでそう提案したのだが、蘭花は申し訳なさそうに首を横に振る。




「いえ、申し訳ないですよ。近いですし」


「いやいや。こんな暗い中で美少女を一人歩かせるわけにはいかねえって」


「び、美少女……。……え、えへへ……」




 おお、随分ふやけた表情だな。もはや表情筋溶けてるだろ。


 褒められただけでそんなになるとか、この子の将来が心配だな。悪い人に捕まらなきゃいいけど。




「……ハッ!し、失礼しました……。じゃあ、すぐそこですけど、お願い出来ますか?」


「おう!任せとけ」




◇◇◇◇◇◇




「じゃあ、先輩。また明日会いましょう」


「おう。また明日」




 無事に蘭花を家まで送り届け、彼女の家の前で手を振りながら別れの挨拶を交わし、そのまま蘭花が家の玄関を開けて入っていくのを見つめながら、俺はそのまま家に戻ろうと振り返って──。




「……ん?霰じゃないか」


「げっ……。会長……」




 よりにもよってイヤなヤツと出くわした。


 生徒会長、穂傘有雅。


 肩に触れる程度の長さの黒髪を一つに纏めており、女子にしては高い身長が特徴的な女性だ。


 我が学校は立派な進学校。皆頭がよく、その中でも会長はダントツで成績が良く、更には圧倒的なカリスマ性で生徒会長に成った、正真正銘の我が校のトップ生徒だ。




「『げっ』とはなんだ。邂逅一番の言葉がそれか」




 いやいや。俺アンタのこと苦手なんだよ。


 まあ、そんなことは本人の前で言えるはずはないけど。




「そう言う会長こそ、こんな時間に帰宅ですか?」


「ん?ああ、友人と遊び呆けてしまってな。こんな時間になってしまった」


「……もしかしてその友人って」


「ん?副会長のことだが?」




 やっぱりな!


 会長が堅物の朴念仁なら、副会長はザ・遊び人。前に少し話したことがあったが、めっちゃ『ウェ〜イ☆』みたいな感じの人だった。正直、話すだけで疲れる人だ。

 初めて会った時は本当に大変だったな……。




「あ、そう言えば霰。君、晩ごはんはまだか?」




 過去の苦労を思い出し耽っていると、会長が突拍子もなく、そんなことを聞いてくる。




「えっ?ああ、さっき食べちゃって……」


「そうか?だが、男子高校生は常に空腹感を抱えているとよく聞く。軽食でもよければ我が家に寄っていってくれ」


「そう言えば、会長の家もすぐそこでしたっけ?まあ、確かに小腹は空きましたし、ちょっとお邪魔しますか」


「君ならそう言うと思っていたよ」




 見透かしていたと言いたげに上品に笑う会長。


 そんな彼女を見て少しだけむっとしてしまうが、その笑顔が可愛くてどうでも良くなった。可愛いってズルいな。




◇◇◇◇◇◇




「すまないな。少々散らかってて」




 会長は申し訳なさそうにお茶を出してくれ、丁寧に頭を下げる。


 そんなことは言うが、これが散らかってるというのなら、俺の家の普段の散らかり具合はもはや災害だろう。


 というか、会長も一人暮らしなんだな。




「いえいえ。綺麗ですよ」


「ほう?それは私の容姿に対しての称賛か?それとも部屋の整理に関しての称賛か?」


「今のは部屋に関してですから!」


「ふふっ。分かっているとも」




 必死になって否定したのが面白かったのか、会長は楽しそうにクスクス笑う。この人、弄ぶように俺をからかうから苦手なんだよ。


 というか、今更だが夜に女性の部屋に上がるのは少々マズいのではないだろうか。




「か、会長……。俺はアンタのこと性的に襲うとかしませんから安心して下さいね」


「……は?急に何を言うんだ。私は別にこの場で押し倒されても文句は言わんぞ?」


「そういうのは思っても言っちゃダメだから!」


「ふっ。冗談だ」


「また揶揄われたよ!」




 俺はもうどうすればいいのか分からず、頭をガンッ!と目の前のテーブルに押し付ける。


 なんでこんなにこの人は俺をからかうのがこんなに上手いんだ!




「さて……。戯れはここまでにしておいて、ほれ……」


「ん……」




 コトッとテーブルに何かを置いた音がしたので、顔を上げて見てみると、可愛らしい皿に載った3つのおにぎりが目に入った。




「会長。これは……」


「うむ。君のために握ったおにぎりだ。そちらから見て右から具がしゃけ、梅、昆布だ」


「おお、美味そう……」


「炊きたてで握ったからな」




 どうりでホカホカと湯気が立ってるわけだ。


 俺はチラリと会長を見る。それに気づいた彼女はコクリと頷いた。




「じゃ、いただきます」




 最初にしゃけから。


 一口、口の中に入れると、ご飯の甘味がじわっと広がり、その次にしゃけの塩味が舌に刺激を与えてくる。先程、蘭花のご飯を食べたばかりだが、ここまで美味しいおにぎりとなればいくらでも食べられる気がした。


 そんな感じで食べ進めていき、気付けばおにぎりが載っていたはずの皿の上には何も無かった。


 会長の方を見ると、まるで母親のような眼差しで俺をジッと見つめていた。




「……おかわりは?」


「欲しいです!」


「ふふっ。今用意するから待っていろ」




 そう言って会長は、キッチンの方へと向かっていった。




◇◇◇◇◇◇




「いや〜、美味しかったです」


「そうか?それなら何よりだ」




 会長はニコニコと満足そうに笑い、皿をそっと片付け始める。


 ここは「俺がやりますよ」と言うべきなのだろうが、生憎と皿洗いすら俺はままならない。もしやったとして、何枚か皿を割ってしまうのがオチだろう。




「けど、会長のおにぎりは格別ですね」


「……君が望むのなら、毎日作ってやってもいいが?」


「えっ?マジで?」




 それはマジで嬉しいのだが。これが毎日食べられるなんて幸せ過多だろ。


 思わず食いついてしまったその言葉に、会長は少し驚きながらもすぐに余裕そうな表情を見せた。




「ああ、私も余裕はあるからな。君のために何個かおにぎりを作ることくらい造作もない」


「おお。やった」




 小さくガッツポーズをして、嬉しさを表す。


 それを見て会長は──。




「全く君は……。私がいないとダメだな。ホントに」




 と、嬉しそうに零すのだった。

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