第2話「死なない日が、つづいている」
今日も死ななかった。
五日連続だ。
朝、培養槽から出た——いや、入ってすらいなかった。ベッドで目が覚めた。ベッドで寝たことを覚えている。昨日も死ななかったから、そのままベッドに入ったんだ。
鏡をみた。全部ある。左腕も右腕も、昨日のまま。棚のスペアに変化がない。在庫がそのままだ。
なんか、変な感じがした。
第一章「棚が減らない」
◆キッチンの朝
厨房に入ったら、万寿ちゃんがこっちをみてすこし首をかしげた。
「……輪廻、今日もある」
「うん」
「昨日もあった」
「うん」
「一昨日も」
「うん」
万寿ちゃんがなにかいいたそうな顔をした。でも何もいわなかった。万寿ちゃんは死んだものを愛でる人だから、死ななかった話はちょっと得意じゃないのかもしれない。
わたしも、あんまり得意じゃなかった。
五日間、一回も死んでいない。キッチンで刃物を使っていても、なんとなくうまくよけてしまう。重い鍋が落ちてきても、なぜかよけている。今まではよけようとしたことなんてなかったのに。
体が、勝手によけてる。
なんでだろ。
◆棚の確認
休憩のとき、ラボにもどって棚をみた。
スペアの左腕、右腕、左足ふたつ、耳のつけかえセット——全部、五日前と同じ場所に同じだけある。
一個も減っていない。
わたしはスペアの左腕を取り出した。持ってみた。重さがある。ちゃんとある。
これ、いつから棚にあるんだろ。
前の持ち主がいたとしたら——どんな人だったんだろ。
まあ、べつにいっか。
棚に戻した。でも手がすこし止まった。
……戻していいのか、これ。いや、いいんだけど。
なんか変な感じがして、もう一回出した。また持ってみた。重さが同じだ。当たり前だ。
わたしは腕を棚に戻して、ラボを出た。
第二章「憂起ちゃんの話」
◆廊下の角で
夜、廊下を歩いていたら憂起ちゃんがいた。
正確には、壁にいた。上半身が壁の中にはいっていて、下半身だけ廊下に出ている状態だ。いつもの姿勢だ。
「憂起ちゃん」
下半身がびくっとした。上半身が壁からでてきた。黒白のかみ。生意気そうな目。ちょっと驚いた顔をしてる。
「……輪廻だぞ」て憂起ちゃんがいった。小さい声だった。
「壁にはいってたのはそっちだよ」
「……ここにいた」
そうかもしれない。憂起ちゃんはたいてい壁の中か天井の中か、どこか実体のない場所にいる。実体がないから、どこにでもはいれる。
「……五日間、死んでない」
わたしはすこし止まった。「……知ってるの」
「みんな知ってるぞ。万寿が毎日報告してるから」
万寿ちゃん……。
◆座って話す
廊下の端に並んで座った。憂起ちゃんは床をすり抜けそうになりながら、なんとか座っている。
「……死なないの、変な感じ?」て憂起ちゃんがきいた。
「変な感じ」
「……そうか」
憂起ちゃんがすこし考えてる顔をした。
「……私、実体ないんで」て憂起ちゃんがいった。「変わる感覚、わからない」
「……そうなんだ」
「……輪廻は、変わる方が普通なの?」
わたしはすこし考えた。
普通じゃない。でも、なにが普通じゃないのかをうまく言えない。
「……棚が減らないのが変な感じ」てわたしはいった。
「棚?」
「スペアの棚。いつもは死んだあとに補充するけど、死なないから補充しなくていい。でもそれが——なんか変」
憂起ちゃんがすこし考えた。
「……つまり、パーツが変わらないのが変、ってこと?」
「……そうかも」
言葉にしてみたら、すこし整理された。
パーツが変わらない日が続いている。それが変な感じの正体だ。でも、なんでパーツが変わらないことが変なのか——それはまだわからない。
第三章「六日目の朝、棚のスペア」
◆また生きていた
六日目も、死ななかった。
朝、ベッドで目が覚めた。全部ある。
ラボに行って、棚を開けた。スペアの左腕を出した。昨日も出して、また戻したやつだ。
持ってみた。
あれ、と思った。
なんか——重さが、昨日と少し違う。
いや、同じはずだ。腕は変わってない。わたしが変わったのかもしれない。一日分、なにかが変わった。
腕を持ったまま、すこし考えた。
このスペアの腕は、だれかのだった。ダンジョンから持ち帰ったやつか、だれかの忘れ物か。記録がない。
前の持ち主は、この腕でなにをしてたんだろ。
調理してたのかな。戦ってたのかな。だれかの手を握ってたのかな。
わかんないけど——この腕は、なにかをしてきた腕だ。ぱんでむの棚にくるまで、どこかにあって、なにかをしていた。
わたしが使うまで、ここで待ってた。
なんか、それが——すこし、わかった気がした。
◆憂起ちゃんにまた会った
キッチンに向かう廊下で、また憂起ちゃんに会った。今日は天井からぶら下がっていた。逆さまの顔でこっちをみてる。
「……また生きてるな」
「また生きてた」
「……何日?」
「六日」
憂起ちゃんが逆さまのまま考えてる顔をした。
「……実体ないから、死ねない」て憂起ちゃんがいった。「そういうの、わからない」
わたしはすこし考えた。
「……じゃあ憂起ちゃんは、パーツが変わる感覚もわからない?」
「……ない。最初からないから」
なんもない、か。
わたしは全部取り替え済みで、憂起ちゃんは最初からなんもない。
でも憂起ちゃんは、ちゃんとここにいる。廊下の天井に逆さまで、ちゃんといる。
「……憂起ちゃんって、どうやって「ここにいる」ってわかるの」
憂起ちゃんがすこし止まった。
「……わかんない。でもいるだろ」
「いるね」
「……輪廻が見てるから、いると思う」
わたしが見てるから、いる。
なんか——それ、すこし前に聞いた話と似てるな、と思った。万寿ちゃんが「帰り方の癖がかわらないから輪廻とわかる」といってたやつ。外側からみえてるから、ここにいる。
「……わたしも、だれかが見てるからいるのかもしれない」
「……そう、だと思う」
「……そうかもしれない」
憂起ちゃんが天井からするりとおりてきて、床をすり抜けそうになりながらわたしの横に立った。
憂起ちゃんがすこし黙った。
「……ここにいるだぞ、輪廻も」て憂起ちゃんがいった。それだけだった。
わたしはすこし考えた。
それはそうかもしれない。死んでも死ななくても、ここにいる。憂起ちゃんが確認するみたいにいった。
動じてる、ってことは——死なないことが、わたしにとってなにかだったんだ。なにかはまだわからないけど。
第四章「七日目、またたぶん死ぬ」
◆キッチンの事故
七日目、キッチンで鍋が落ちてきた。
今日はよけなかった。
べつに、よけようとしなかったわけじゃない。ただ——今日は、よけるのをやめた。
鍋が頭に当たった。そのまま死んだ。てへ。
培養槽で目が覚めた。ぬるい。天井がゆれてる。いつもの感じだ。
這い出て、棚を開けた。頭部の一部にダメージがあったから、補修キットを使った。パーツを少し入れ替えた。棚が一個減った。
鏡をみた。すこし変わってる。補修したところが、昨日とちがう。
なんか、ほっとした。
◆万寿ちゃんの報告
夕方、万寿ちゃんがキッチンに来た。
「……今日、死んだのね」
「死んだ」
「……よかった」て万寿ちゃんがいった。「六日間、心配してたから」
「心配してたの?」
「……死なない輪廻は、なんか輪廻じゃない感じがして」
死なない輪廻は輪廻じゃない感じ。
わたしもそう思ってた。うまく言えなかったけど、それだ。
「……万寿ちゃん、死に顔が好きだもんね」
「それもあるけど」て万寿ちゃんがすこしちがう顔をした。「……輪廻がいつも通りに帰ってくる感じが、好きなの。死んで、補修して、また来る。その繰り返しが輪廻らしいから」
いつも通りに帰ってくる。
第1話の「帰り方の癖」が、また来た。
死ぬことが、わたしの帰り方だったんだ。
だから六日間死ななかったとき、帰ってきてない感じがしてた。棚が減らないのが変だったのも、それだ。補修して、変わって、帰ってくる——その一連がわたしの一日で、それがなかったから変だった。
「……そっか」てわたしはいった。
「また明日も死んでね」て万寿ちゃんがいった。
「死ぬよ」
エピローグ「七日目の夜」
夜、ラボの棚をみた。
今日補充したスペアが一個ある。昨日まで変化がなかった棚に、一個だけ変化がある。
わたしは棚のスペアを出した。
このスペアも、どこかから来た。ダンジョンか、忘れ物か、だれかのものだったか。記録はない。でも——来る前に、どこかにあった。なにかをしてた。
わたしが使うまで、ここで待ってた。
そしてわたしが使って、わたしの一部になる。
それがわたしの帰り方だ。
パーツが変わって、少し変わって、でも帰ってくる。
そのたびに、棚から一個でていく。
第1話で「穴がある」と思った。「考えすぎるやつ」が見つけた穴。輪廻はどこにあるのか、という問い。
答えはまだわからない。
でも——帰り方はわかった。死んで、変わって、帰ってくる。そのたびに棚が少し変わる。それが続いている。
それがわたしのことなのかもしれない。
穴はある。でも、帰ってくることもある。
まあ、それでいっか。
棚にスペアを戻した。
明日もたぶん死ぬ。
前が広い。
それはたぶん、今日も変わらない。
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◇クルー視点モノローグ——万寿——記録・七日目
七日目、輪廻が死んだ。
六日間死ななかったあと、また死んだ。補修して、棚が一個減って、またキッチンに来た。
いつも通りの輪廻だった。
死なない六日間、わたしは毎日報告していた。みんなが「そうか」といった。幽玄が「気配が定まらない感じがする」といった。悲醒が「騒がしくないのが逆に騒がしい」といった。
七日目に輪廻が死んで、みんな「そうか」といった。
輪廻が帰ってきたから。
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◇クルー視点モノローグ——憂起——観察・七日目
輪廻が死なない日が続いた。
廊下で話した。「棚が減らないのが変な感じ」といっていた。
私は棚がない。実体がないから、パーツもない。変わらない。
輪廻は変わり続けることで輪廻だ。私は変わらないことで私だ。逆だな、と思った。
でも、輪廻が「わたしが見てるからいると思う」といっていた。
私も——輪廻が見てくれてるから、ここにいる感じがした。それだけだけど、十分だった。
……七日目に輪廻が死んで、また死んだ顔をしていた。
私には実体がないから、輪廻の死に顔はよく見えない。でも、帰ってきた感じはした。
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◇クルー視点モノローグ——幽玄——観察記録・七日目
六日間、輪廻の気配が定まらなかった。
パーツが変わらないから、後ろについてくるものが増えなかった。輪廻の後ろはいつもにぎやかなのに、六日間にぎやかさが止まっていた。
七日目に死んで、またにぎやかになった。
パーツが一個変わった。新しいものが後ろに加わった。
……その新しいパーツのそばに、なにかふわふわしているものがいた。前の持ち主の残留か、パーツが覚えているなにかか、わからない。
でも輪廻の後ろに混ざって、一緒にいた。
……後ろ、気をつけて。
今日から一個、増えたから。
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