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第1話「わたしとわたしと、あとわたし」

 朝、目が覚めたら死んでた。


 培養槽の中でぷかぷかしてた。天井がゆれてみえる。ぬるい。いつもの朝だ。


 はいでて、鏡をみた。


 左腕がない。


 あー、と思った。昨日のナイフのやつだ。刃こぼれしたやつが「こっちだよ」ってなって、腕ごともっていかれた。そのまま死んだ。てへ。


 棚をあけた。スペアがならんでる。左腕、右腕、左足ふたつ、耳のつけかえセット。在庫はじゅうぶん。左腕をとりだしてくっつけた。ぱちんてなった。指を五本うごかした。全部うごく。爪がすこし長い。きらないと。


「今日も死んだ」てこえにだした。


 声はでた。喉は昨日のまま。喉だけはここ一週間かえてない。いちばん長くつかってるパーツかも。


 さあ、仕事だ。






第一章「左腕がない、というか万寿ちゃんにある」


◆キッチンの朝


 厨房にはいったら、万寿ちゃんが「あ」て言った。


 万寿ちゃんは紺紫の長いかみで、いつもなにかをだいてる。今日は——わたしの左腕をだいてた。昨日のやつだ。切断面がきれいに処理されて、白い小さい花がかざってある。ていねいな仕事だ。


「……返して」てわたしはいった。


「もうすこし」て万寿ちゃんがいった。「切断面のだんめんがなめらかで、ナイフの刃こぼれのあとがちゃんとついてて。みごとだったのよ」


「そういってくれるのはありがたいけど、わたしの腕だよ」


「わかってる。でももうすこし」


 万寿ちゃんがうっとりしたまま腕をだいた。万寿ちゃんはいつも死んだものをめでる。美しいものを美しいとおもう目はほんものだ。


 わたしは今日つけたスペアの左腕をみた。手のひらがすこし大きい。だれの腕だったかはしらない。棚に最初からあった。


 あれ、と思った。


 今日の左腕って、だれの腕だっけ。


◆すこし気になっただけ


「ねえ万寿ちゃん」てわたしは調理台のセッティングをしながらいった。「棚のスペア腕って、だれのかしってる?」


「スペアの腕? どのスペア?」


「今日つけたやつ」


「……何年かまえにダンジョンからもちかえったやつじゃないかしら」て万寿ちゃんがすこしかんがえた。「摩天ちゃんが討伐したなにかの腕か、だれかの忘れ物か。記録はないとおもう」


「だれかの忘れ物」てわたしはくりかえした。


 腕を忘れていく人がいるのか。まあいるか。このぱんでむならふつうにいる。


 でも——わたしの腕も、いつかだれかの棚にはいるのかもしれない。わたしが死んで、パーツを回収しきれなかったとき。だれかがそれをつけて、「だれのかしらない」ていいながらうごかす。


 まあいっか。


 いっかだけど——すこしへんな感じがした。


「おはよー」て幽玄ちゃんがはいってきた。黒灰のかみ、目に×みたいなくま。首をひっそりかたむけてる。「……輪廻、今日は腕がふたつある」


「スペアつけたから」


「……そう」て幽玄ちゃんがいった。「昨日の腕のそばに、なにかいたけど」


「なにかって?」


「……腕がおぼえてただれかか、腕の持ち主の残留思念か。どちらかわからない。でも昨日の腕のそば、ずっとふわふわしてた」


 万寿ちゃんが「あら」ていって腕をもうすこしだいじそうにだいた。「じゃあやっぱりもうすこしもっていていい?」


「……さっさと返して」


 でも、ふわふわしてた、か。


 まあそうかもな、と思った。棚に長いことはいってた腕だし。だれかがおぼえてたりするのかも。


 よくわかんないけど。






第二章「悲醒ちゃんの廊下で」


◆すれちがい


 昼前、廊下を歩いてたら悲醒ちゃんとすれちがった。


 巫女服。ぴんと背筋がのびてる。いつも眉間にしわがよってる——うるさいものがいつもみえてる人の顔だ。


「輪廻」て悲醒ちゃんがしずかにいって、立ち止まった。


「うん」


「……今日、すこしちがう気配がする」


「ちがう?」


「いつもより多い」て悲醒ちゃんがいった。「あなたからただよる気配が。複数のなにかが、あなたの中にこんざいしている感じ」


 わたしは自分の腕をみた。今日のスペアの左腕。だれかの腕。


「……腕が今日のじゃないから?」


「腕だけじゃないとおもう」て悲醒ちゃんがしずかにいった。「あなた全体から。あなたはいつも、複数のなにかがこんざいしている」


「そりゃそうだよ」てわたしはいった。「全部とりかえてるから。最初からわたしのパーツなんてないし」


 悲醒ちゃんがすこし止まった。


「……それで困っていないの?」


「困ってない」てわたしはこたえた。


 それはほんとうだった。


 困ってはいない。ただ——すこし、なんか、ひっかかってはいた。ひっかかってるのと困ってるのはべつの話だ。


「……そう」て悲醒ちゃんがいった。「なら、いい」


 そのまますれちがった。


 わたしはしばらくその場に立ってた。


 複数のなにかがこんざい、か。


 まあそうなんだけど。なんかことばにされると、すこしおもい感じがした。


◆気になってはいるけど


 キッチンにもどって、午後の調理にはいった。


 右手でパティを成形しながら、左手——今日のスペアの腕——で調理台をおさえた。


 おなじうごきしてるのに、左手だけ感触がちがう。手のひらのあつみがちがうからだ。右手はもう半年つかってる腕で、なじんでる。左手は今日はじめてつけた。


 この「なじんでる」ってなんだろ、とすこし思った。


 まあどっちでも調理はできる。


 うん、どっちでもいい。


 ——でもすこしだけつづきが気になった。なんで気になるのかは、よくわからない。






第三章「夜のラボと、考えすぎるやつ」


◆万寿ちゃんが腕を返してきた


 夜、万寿ちゃんが昨日の腕をもってきた。


「返す」て万寿ちゃんがいった。すこし名残惜しそうだった。「……ほんとうにきれいな死に方をした腕だったわ」


「ありがとう。でも今日スペアをもうつけちゃったからいらない」


「……明日死んだらつかって」


「そうする」


 万寿ちゃんがラボのテーブルに腕をおいて、すこしだけそのままでいた。


「どうしたの」てわたしはきいた。


「……輪廻は」て万寿ちゃんがいった。「自分のパーツがどれかわからなくなること、ある?」


「ある。全部とりかえてるから、最初からわかんない」


「……わたしがめでているもの——あの腕の中にいただれかのなごり——それがいつかなくなるのがすこしおしいとおもって。でも輪廻は最初からそれが全身におきてるのかとおもうと、なんかふくざつな気持ちになった」


 万寿ちゃんが帰った。


 わたしはテーブルの昨日の腕をみた。白い小さい花がまだついてる。


 ふくざつな気持ち、か。


 わたしも——なんか、ふくざつ、なのかもしれない。ずっと「気になってるだけ」とおもってたけど。


 よくわかんないな、と思った。


◆棚の奥のやつ


 ラボの棚を補充しようとしたら、奥にみなれない瓶があった。


 透明な瓶。ラベルに摩天ちゃんの字でかいてある。


 「考えすぎるやつ つかいすぎだめ 摩天」


 下に付箋。「輪廻、多次元成分の配合計算につまったらつかって。でも長時間禁止」


 わたしは瓶をてにとった。


 そういえばキッチンでつまってた計算があった。多次元成分の配合、世界線ごとに数値がちがってつじつまがあわないやつ。


 つかってみるか、と思った。


 鏡をみながら、もとの頭といれかえた。



◆〔考えすぎるやつ、換装中〕


 *思考の解像度が変わった。*


 *ラボ全体の情報が一度に整理された。スペアパーツの在庫、劣化指数、換装履歴——全部が構造化されて視界に入る。多次元成分の配合計算も、数値が自動的に動き出した。問題なく処理できる。これは使える。*


 *本題はそこではない。*


 *パーツのリスト全体を俯瞰した瞬間、別の演算が走った。「輪廻」という固有名を持つ存在の同一性問題だ。*


 *結論から言う。オリジナルのパーツが存在しない。全換装済み。つまり「輪廻」というラベルが示す実体は、部品の集合体ではない。部品は全て外部由来だ。では「輪廻」はどこにあるのか。*


 *記憶か。——不完全だ。死ぬたびに一部がリセットされる。記憶の連続性は同一性の根拠として機能しない。*


 *行動パターンか。——これは残る。死に方の癖、帰り方の癖。他者がそれを「輪廻らしさ」として認識している。だが行動パターンは「輪廻がいる場所」ではなく「輪廻が通った痕跡」だ。*


 *問いを立て直す。「輪廻」は何によって輪廻であり続けるのか。*


 *——演算が止まった。*


 *答えが出ない問いだった。問いの構造は明確だ。だが解がない。あるいは解がこの脳の処理範囲の外にある。*


 *普段のわたしはここまで考えない。考えないから問いが成立しない。今日だけ問いの形が正確に見えた。穴の輪郭が鮮明になった。でも穴の底は見えなかった。*


 *——うるさい。摩天ちゃんが「つかいすぎだめ」と書いた意味がわかった。*


 *瓶をとりだした。*



◆換装後


 世界のみえ方がもどった。


 計算式が消えた。棚の瓶がまたふつうの瓶にみえる。


 でも——なにかのこった。


 答えはでなかったけど、「穴がある」という感触だけが、ぼんやりのこってる。ことばにできない。でもそこにある。


 なんかへんな感じだな、と思った。


 ふだんは気にしてない。気にしないからへいきだ。でも今日は気にしてしまった。


 まあ、どうしようもないけど。


 とりあえずキッチンの計算はおわった。それでいい。


 わたしはラボをでた。






第四章「帰り方の癖」


◆廊下


 翌朝、廊下で幽玄ちゃんとすれちがった。


「……輪廻」て幽玄ちゃんがいった。「今日は昨日よりすくない」


「なにが?」


「……気配が。整理された感じ」


「そうかも」てわたしはいった。「よくわかんないけど」


「……よくわからなくていいとおもう」て幽玄ちゃんがいった。「後ろにいるのは全部輪廻だから」


「後ろになにかいるの?」


「……いつも。でもそれはあなたの話だから」


 よくわからなかった。でもわるい感じはしなかった。


◆万寿ちゃんの霊安室


 夜、万寿ちゃんの霊安室にいった。花でかざられた地下墓地。甘い防腐剤のにおい。


「昨日の腕、受け取ってくれる?」てわたしはいった。「明日もたぶん死ぬから、またでてくるやつは返すけど——この腕は万寿ちゃんがすきそうだったから」


 万寿ちゃんがすこし目をほそめた。「……いいの?」


「うん。どうせまたべつのスペアをつけるし、万寿ちゃんがもってるほうがいい気がして」


「……ありがとう」


 万寿ちゃんが腕を受け取った。大事にだいた。


「ひとつきいていい?」てわたしはいった。


「なに?」


「万寿ちゃんは、わたしのことわかる? 全身とりかえてても」


 万寿ちゃんがすこしかんがえた。


「わかる」てすぐいった。「輪廻は輪廻よ。腕がかわっても、足がかわっても。死に方の癖も、帰り方の癖も、かわらないから」


 死に方の癖。帰り方の癖。


 へえ、と思った。


 昨日の「考えすぎるやつ」がみつけた穴——「輪廻はどこにあるのか」というとい——の、答えじゃないけど、なんかちかいものがきた気がした。


 わたしの外側に、わたしがいる。


 万寿ちゃんがしってる。幽玄ちゃんがみえてる。悲醒ちゃんが気配でかんじてる。


 それでじゅうぶんかどうかはわかんない。でも——なんか、まあ、いっかな、と思った。


「そっか」てわたしはいった。「ありがとう」


「どういたしまして」て万寿ちゃんがいった。「明日も死んでね」


「死ぬよ」


 霊安室をでた。廊下はいつもどおり長くて、すこしくらい。


 わたしは両手をみた。右手と左手。半年ものと、昨日のスペア。どっちもわたしの手だ。


 まあ、どっちでもいっか。


 明日死んだらまたかわるかもしれないけど——帰り方の癖があるなら、どこから帰ってきてもわたしだ。


 前が広い。


 それはたぶん、わたしもかわらない。






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◇クルー視点モノローグ——万寿——記録・不定期


 輪廻が腕をくれた。


 昨日の腕。切断面が美しいやつ。花を飾って大事にしていたら、返すと言ってきた。


 「万寿ちゃんが好きそうだったから」と言っていた。


 死んだパーツに感情があるかはわからない。でも——輪廻が渡してくれたこの腕には、輪廻の帰り方の癖が染みている気がする。何度死んでも同じ場所に帰ってくる、あの癖が。


 それは美しいと思う。腐らないように保存しておく。

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◇クルー視点モノローグ——悲醒——所感


 翌日の廊下で輪廻とすれ違った。


 昨日より気配が整っていた。複数の気配が混在しているのは変わらないが、何かが落ち着いた感じだ。


 「困っていない」と言っていた。

 今日は「まあいいか」という顔をしていた。


 どちらが正しいかは知らない。ただ——祓う必要はなかった。それでいい。


 騒がしいことには変わりないが、輪廻の騒がしさは輪廻の騒がしさだ。

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◇クルー視点モノローグ——幽玄——観察記録


 輪廻の気配は、毎日すこしちがう。


 パーツがかわるたびに、その日の色がかわる。でも輪廻の輪郭はかわらない。


 なぜかを考えたことはある。霊感でわかることには限界があるから、答えはでていない。


 ただ——輪廻が廊下を歩くとき、後ろに何かついてくる。何十回かの死の残影か、腕の残影か、足の残影か。全部輪廻のものだ。


 全部輪廻だから、輪廻は後ろがにぎやかだ。


 ……後ろ、気をつけて。

 輪廻の場合はいつもそこに輪廻がいるから、意味がすこしちがうけど。

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