出来の悪いもの
500円を入れる。
―――カタンッ
釣り口に500円が落ちている。
もう一度入れる。
―――カタンッ
また落ちている。
あー、新硬貨か。
財布から140円を取り出し、入れる。
―――カタンッ
100円が戻ってきた。
もう一度入れ、投入口の隣の画面に100の表示がつく。
そこから10円を4枚連続で入れる。
―――カタンッタンッカタンッ
3枚戻ってきた。
「ふぅッ↓」とため息をこぼし、10円を1枚1枚入れ缶コーヒーのボタンを押す。
缶コーヒを拾い上げたあと隣のベンチに座り、まだカレー味が残る口にコーヒーを流し込む。
携帯の画面を付けると『5月12日 火曜日 PM12:48』を示す。
あと10分で終わりかー。まだ火曜か...しんどいなぁ。
それにしてもこの自販機、酷いな。1回でいけないことはざらだし、連続で入れられないし...新しい500円はまぁ...なんと言うか、その、うーん...おバカだな。......ほんと。
空になった缶をゴミ箱に捨てた後、自分のデスクへと戻る。
***
140円を投入口に連続で入れる。
―――カタンッタンッタンッカタンッ
100円と10円3枚が釣り口に戻ってきた。
「ハッぁ↓」と乾いた笑いをこぼし、10円を1枚1枚入れ缶コーヒーのボタンを押す。
缶コーヒを拾い上げたあと隣のベンチに座る。
気持ちのいい日差しが眠気を誘うが、カレー味が残る口に少しぬるいコーヒーを流し込み、封じ殺す。
...なんで、1回で入んないだろうな。別に難しいことをしているわけでもないし、最初の1つくらいは
入るよな... ......まぁ、いいか。
今日の夜は何を食おうか。
空になった缶をゴミ箱に捨てた後、自分のデスクへと戻る。
***
先客がいた。
違う部署の人達だろうな。
―――カタンッタンッ
「うわッ、だりーーー」
「ここのやつ、酷いんだよなまじで。俺も200円ストンストン落ちてきたし」
「まじかよ、新しいやつなのに」
声がでかいな...ま、そうだよなぁー、100円だけでも落ちてくるんだし。
2人が飲み物を買い終え、左足を横に向け、体を俺の方へと向いた際に俺の耳は雑音を拾ってしまった。
「いやー、この自販機 "出来が悪い" な」
「たしかに、でんskssimota———」
"出来が悪い" "出来が悪い" "出来が悪い" "出来が悪い" "出来が悪い" "出来が悪い" "出来が悪い"
―――小学5年生
「ここの指を離して、ソだよ。そしたら? うーん...難しいかな?」
「頭ではわかってるんですけど」
「そっか...6年生の卒業式は席後ろにしてもらおっか?」
「...はい、ごめんなさい」
「大丈夫だよ。気にしないで」
―――中学2年生
「あと、1時間で完成させてねー。ん? 生野くん、どこまで出来た?」
「...えっと、まだ三角巾の途中です」
「えッ? あと1時間でエプロンも完成させて提出なんだよ!」
「いや、はい。そうなんですけど、わからなくて」
「えーー、説明書通りだよ。ここと、ここを縫い合わせるだけだよ」
「...それがわからなくて」
「うーん...みんなほとんど終わってるのにねー。居残りになるかな。私も一緒に」
「...はい、すみません」
「まぁー、とりあえず頑張ろ」
―――大学生
「あ⁉ またかよ!」
「すいません」
「何回も教えたし、なんならメモもあるよな?」
「あるんですけど、読み返すときにわからなくなってしまって」
「はぁ~~、もういいよ。休憩して」
「...はい、すいません」
―――5月12日 火曜日 AM11時50分
「生野くんさ、これ何回目かな? GWの休み気分抜けてないの?」
「いや、そんなことは...すいません」
「はぁ~、誤字とかはまぁ、構わないよ全然。みんなあることだし。たださ、序盤の序盤じゃん、ここのやり方。生野くん2年目でしょ? まだ新人でいいとは思うし、ミスも多くても良いんだけどさ、やり方理解できてないのはどうなのかなって? 1年目の室田さんでも出来てたよ...何がわかんないの?」
「...メモとかは取っていますし、話もちゃんとは聞いてはいるんですけど、難しくて...」
「聞いた気になってるだけじゃない? それ。まぁ、ひとまず休憩時間だからそのあとね」
―――5月13日 水曜日 AM10時30分
「—―と言うことになってますね」
(わからない...言葉の意味はわかるのに、紐づけられない)
「ここはどうした方が改善されるとかあるかな? 生野くんは何かあるかな?」
「えッ!」
「別に改善案じゃなくてもいいから。意見とかここが気になるとか」
「え、あー、そうですね...紐の長さを変えたりとか...」
「んーー、それじゃあ、原理状より転びやすくなるけど――」
「はい!」
「おッ、室田さん何かある」
「はい。あえて、マジックテープに変えてみる――」
―――5月14日 木曜日 PM12時46分
音楽の池田先生、家庭科の倉敷先生、塾の畑中先生、宮内くん、バイト先の店長、上司の柳内さん、後輩の室田さん、父さん、違う部署の二人。
『『『『『『『『『 "出来が悪い" 』』』』』』』』』
―――カタンッ
釣り口に聞きなれた音が聞こえ、非現実に引き戻される。
俺もお前も出来が悪いだよな。 "普通" ってものからしたらズレまくってるんだよなぁ。
普通っていう90度の直線から俺たちは10度、20度マイナス方向にズレてる。
100円と50円をゆっくり1枚ずつ入れ、缶コーヒのボタンを押す。
―――カタンッ
10円が新しく渡された。
......さっきまでと、少しだけ違う気がした。
こいつは俺と違ってちゃんと提供できている、過程はどうであれ...それに比べたら...俺は。
ピ、ピ、ピ、ピーーー
金額が表示される画面に2222という数字が示す。
今まで気にしたこともない、見向きもしなかったものに「ふぅッ」と息が漏れる。
ココアのボタンを押し、誰にも聞こえないように小さな声で「サンキュ」と呟き上司のデスクへと向かう。
「あの、柳内さん。これどうぞ。前ココアしか飲めないって言ってたので」
「え? そうだけどいいの?」
「はい。自販機で当たったので」
「えー、すごいじゃん! ありがとう」
「いや、全然。あの、それで......仕事に関しての質問していいですか」
「ん! いいよどんどんしてもらって......俺の言い方ちょっときつかったかな。ごめんね」
「あ、いや全然......全然です」
***
「あーー、ここどうしよ」
「あの、室田さん。大丈夫?」
「あ! 生野さん。ちょっとここの部分がわからなくて。メモはあるんですけど...イマイチ意味が...」
「それなら、これ使ってよ」
「えッ! 良いんですか?凄い細かく書いてありますけど」
「俺は説明書通りに出来るような人じゃないから、細分化してるんだ」
「わかります。私も棚を組み立てるときに?マークでますもん」
「そっか...そうだよなぁ」
「そうだよなはちょっと失礼ですよー」
「はは、ごめん」
―――カタンッ
500円が釣り口に落ちている。
ふッ...そうだよなぁ、すぐに出来るわけないもんな。
ちょっとずつ、ちょっとずつでいいからプラスの方向にズラしていけばいいよな。急がず、焦らず、腐らずに。
100円と10円4枚を連続で入れる。
―――カタンッ
100円が落ちている。




