終章
悠馬は緊張した面持ちで控室で待っていた。最終面談までこぎつけた企業は、本家とは全く関係ない新しい企業。しかも、都市開発の担い手として最近脚光を浴びている比較的若い会社だ。そこの企画開発は地道な調査とデータ分析がメインとなる。
(ここまで長かったような短かったような……)
K湖の神社跡地からは白骨死体が見つかった。詳細は知らないが、沙織で間違いないだろうと聞いている。悠馬は学生で、後始末はすべて宗司がしてくれた。見つけた沙織のリングはすでに沙織の遺族に戻している。
正直、彩乃のガクチカ案はふざけたものだった。だけど、怪異と死体を隠してしまえば、確かに思い出探しだけ残る。
何よりも、卓也がガクチカの内容を見てくれたのが大きかった。企業の人事部長だ。やはり学生には思いつかない観点を持つ。その上、この企業を紹介してくれたのも卓也だった。大手の有名企業とは違うが、将来性があり、何よりもリモートワークや有給休暇の取りやすさがいい。
悠馬の胸に、新しい未来が広がる。その期待にいつも以上に気持ちが高揚していた。
「藤堂悠馬さん。面談室へどうぞ」
やや緊張した面持ちで、悠馬は誘導員に従って控室を出る。そして、案内されたのはそれほど広くない会議室。
部屋に入れば、中年の男性が立ち上がる。
「ようこそ。私はこの会社の代表を務めている水島という。そちらの席に座ってほしい」
「はい」
研究内容への質問、それからこの企業についての印象やこれから仕事をするにあたっての抱負など、ごく一般的なことを聞いていく。如才なく答えているうちに、次第に緊張はほぐれていった。
「――それから」
社長は手に持っていた書類を机に置いた。顔を上げると、まっすぐに目を見てくる。そのあまりにも真剣な眼差しに、自然と背筋が伸びた。
(まさかここまで気分よく話して、ごめんなさいじゃないだろうな?)
心臓が緊張のあまりにバクバクと跳ね始める。滅多にない自分の状況に、頭の中はパニックだ。
「君にはお礼を言いたい」
「――え?」
「ありがとう。沙織は私の実姉でね。生きてはいなかったが……姉が見つかって、両親はほっとしていたよ」
悠馬は目を見開いた。その笑みが、沙織が最後に見せた笑みに重なった。すっと彼の背後に、派手なピンクの上着を着た沙織がピースサインをしている。
『ふふふ、お礼よぉ。悠馬の条件ばっちしだったでしょ? あ、ケツかっちんだから、お先にドロンしまーす』
それだけ言うと、今度こそ沙織はいなくなった。悠馬は愕然とする。
「ようこそ、事故物件専門会社へ。君を歓迎する」
社長はそう言って、手を差し出した。
◆
(何だよ、その事故物件専門部会社って!?)
研究室に戻ってから、手渡された会社のパンフレットを隅から隅まで読みこんだ。
「帝都都市開発株式会社。日本中の再開発を手がけるスーパーゼネコン級のデベロッパー。スマートシティや最新の耐震技術を研究……再開発に引っかかりを覚えるべきだったのか!?」
悠馬は宗司の意味ありげな笑みが脳裏によみがえった。
――きっと悠馬にふさわしい職場が見つかるよ。僕が紹介したほうがいいんだけどね。
あれだけしつこく悠馬を手元に置いておきたい態度だったのに、最後、あっさりと引いた理由を理解してしまった。
(あんのやろー!)
怒りが収まらないまま、乱暴にパンフレットを机に放りだす。
「まだ何か隠していないか? そもそも、再開発場所ってどうやって選ぶんだ」
嫌な予感しかない。もし、再開発している場所そのものが本家にかかわっているとしたら。考えたらきりがないが、外れていない気がして仕方がない。
ぐるぐるしていると、研究室の扉があいた。
「あ、悠馬先輩! どうでした?」
「……内定出た」
「よかったー! 私ももらったんです、ほら!」
そう言って、内定書を見せてくる。
「は?」
「僕も、内内内々……定、貰いました」
恐る恐る、黒崎も内定書もどきものを出してきた。
「黒崎、お前は早すぎんだろう!」
八つ当たり気味に言えば、黒崎はなぜか突然照れた。
「社長室の四隅に盛り塩するといいかもしれないとお話したら、着眼点がいいと褒められて予約されてしまいました。もちろん、福利厚生面もばっちりです」
「あれ、黒崎君も社長のお礼訪問あったの?」
「そうですよ。彩乃先輩も?」
「うん。今、SNSで繋がっているんです。クローズにして、時々沙織さんの話で盛り上がって楽しいんですよね」
あまりの内容に、悠馬は絶句した。
「な、なんなんだ、お前ら……」
「え、いいじゃないですか」
けろりとした顔で彩乃が言う。
「給料も高いし、福利厚生もばっちり。悠馬先輩が中心となって頑張ってくれれば、私の評価も自動的に上がりますし」
「そうです、そうです。今から見捨てるなら、背中に張り付きますよ」
「お前ら……」
悠馬は賑やかな二人の会話を聞いて、そっと息を吐いた。
自分で勝ち取ったはずの内定だったが、それも宗司の掌の上だったかと思うと正直へこむ。
(だけど、前よりも嫌じゃないんだよな)
彼は楽しそうに話している二人を眺めた。
あの二人が一緒なら、まだましなのかもしれない――と大いに勘違いをした。
世間ではそれをフラグというのだと、悠馬は知らなかった。
「ああ、水島社長ですか。ええ、無事に内定出したのですか。そう、よかったですよ。うまくそっちと繋がって。まあ、可愛い従弟ですから、これからよろしく頼みますね」
宗司は電話の相手に満足そうに告げると、電話を切った。
ポケットから煙草を取り出す。それに火をつけると、ゆっくりと吐き出した。
「これでしばらくは平和だねぇ」
平坦な道は歩めないかもしれないが、少なくとも悠馬が普通だと思っている生活であればそれでいい。
宗司はぼんやりと窓の外へと目を向けた。そこにはご神体である大木が佇んでいた。
Fin.




