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理系院生の不運な就活 〜ガクチカで救ったバブル女子の恩返しが「事故物件専門部署」の内定って正気ですか?〜  作者: あさづき ゆう


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データから特定する沙織の居場所2

 待ち合わせの駅に着くと、すでに彩乃と黒崎が到着していた。悠馬は自分のスマホを見て、時間を確認する。まだ約束していたよりも十分早い。ほんの少しだけ足を速めて二人に近づく。

 近くになるにつれて、二人の会話が聞こえてくる。


「なんで、僕まで……」

「ガクチカ、欲しくないのぉ?」


 彩乃が恐ろしい脅しをかける。黒崎は困った様子で目をうろつかせた。その時にばっちりと視線が合う。彼は目の下にどす黒いクマを作った顔で悠馬に笑みを見せた。


「先輩! 彩乃先輩をどうにかしてください。僕が幽霊電車に乗る意味ってあります!? 正直、周囲に迷惑をかける未来しか見えません!」


 まあ、そうだろうなぁと思いつつ、彩乃へ目を向ける。彩乃はどうしても黒崎を連れて行きたいようで、こちらはこちらで絶対に引かせないと言わんばかりの強い目をしている。だが、それに気付かずに、黒崎は悠馬に訴える。


「僕、K湖に行ってから鳥肌が止まらないんです。肌も不気味に赤くなってしまって……」

「それは塩風呂につかりすぎだ」

「えっ!?」


 驚くことでもないだろうとため息をついた。


「そろそろ電車の時間だ。行くぞ」

「そんなぁ~」

「心配しなくても側にいれば被害は最小限だ」


 べそべそと黒崎が泣く。彩乃はきょろきょろとあたりを見回した。


「先輩、沙織さんは?」

「ここだ」


 そう言って、かばんを叩いた。今日は電車移動なので、初代たまごっちの中に入ってもらっている。彩乃は驚いた顔をした。


「自分で戻れるんだ……」

「K湖に行った後から、できるようになったんだ」

 肩をすくめると、電車に乗って目的の駅へと向かった。



 降りた立った駅は小ぢんまりしていて、あまり人も多くない。制服を着た学生たちが何人かとすれ違った程度だ。綺麗に整備されているおかげで、とても落ち着いた良い雰囲気だ。


「静かでいい場所だな」


 ぐるりと見まわした悠馬は呟いた。彩乃も小さく頷く。


「本当です。確かにグルテンフリーするにはいいところです」


 グルテンフリーは関係ないだろうが、とは突っ込まなかった。辺に突っ込んで、グルテンフリー講義でもされたら面倒すぎる。


「静かなんてもんじゃないですよ、なんですかここ! 怪異しかいないじゃないですか!」


 黒崎の異常な怯えに、二人は首を傾げた。


「なあ、何か見えるか?」

「何も? 黒崎君の気のせいだと思います」


 黒崎がその会話を聞いて、恐ろしい物でも見るかのように目を見開いた。


「本気で言っています!? 僕をここまで連れてきたのに!」

「気にしすぎると、怪異と目があうぞ。ほら、行こう」


 黒崎の方にぽんと右手を置いた。ついでに、右手の力を弱くして使う。


「え。あれ?」


 黒崎にも変化がわかったのだろう、きょろきょろと落ち着きなくあたりを見回した。悠馬は小さく笑うと、スマホを取り出した。


「道順は難しくない。ここをまっすぐ行って、突き当りを右、そして三つ目の角を左に曲がった奥の家だ」


 彩乃がスマホを覗き込んだ。


「本当だ。これならすぐに探し出せそう」


 三人は目的地に向かって歩き出した。

 まっすぐに進むだけだが、すぐに木々がたくさん生い茂っている一角に差し掛かる。そこの門からは女子高校生が出入りしていて、にぎやかだ。


「すごい場所ですね。ここ、私立高校があるここまでは整っていてきれいな街なのに、奥にはゴルフ場とあと……畑?」

「他にもありますよ! あそこには古い祠があって、変な黒い丸いものがいるし、こっちは新しいけど半分ぐらい壊れているし!」


 彩乃と黒崎の見ている者が違いすぎて、苦笑する。


「さっさと、ターゲットを見つけて終わりにしよう」


 それには二人とも反論は内容で、文句を言わずに歩く。マップ通りに歩いて歩いて歩いて……。


「クソ、平面マップだけで判断したのは間違いだった! 勾配を入れて疲労度を測っておくべきだった」

「疲労度って何ですか? それよりも、靴擦れの方が問題。こんなにも高低差が激しいなんて、靴の選択、失敗した」


 三人の足がとうとう止まった。駅から歩いて四十分。しかも特徴のない田園風景の一本道。正しいと思っていたはずなのに、それらしきものが全く見えずに、猜疑心がこみ上げてくる。


「本当にここで合っているんですか?」


 鋭い目を向けられて、悠馬が唇を引き結んだ。黒崎もこくこくと頷いている。


「合っている……はずだ」

「ふうん。じゃあ、信じます。でも見つからなかったら、先輩、責任取ってくださいね」


 責任と言われて、冷や汗が出る。彩乃のこういう追及は容赦がない。今までもそれを見てきていた。場の空気が悪くなったことに、黒崎の顔色が悪化する。


「そ、そういえば。どこまで進んでいるんですか? 知りたいなぁーなんて……」


 わざとらしく声を上げた黒崎は、彩乃に睨まれて尻つぼみになる。悠馬は息を吐いた。


「今、突き当りに向かっているところだ」

「突き当り……ずいぶん先、ぽいですね」


 悠馬の指さす方向を見て、黒崎が肩を落とす。


「だが、突き当りは見えている。そこから、三つめの角が見えなかったら、引き返そう。それでいいか?」


 彩乃に確認するように告げれば、彼女は渋々頷いた。


「じゃあ、引き返してきた場合、先輩は私においしいランチコースをごちそうしてください」

「なんで、コース」

「それぐらい労力を使ったんだから当然です!」


 これはガクチカ、つまり全員に利があることなんだ、とは言い出せなかった。悠馬は理不尽さをもう一度ため息をつくことでやり過ごした。

 三人は無言で、黙々と歩いた。


(こうして歩いてみると、何がデータが足りなかった気がしてくる。ランチコース回避は絶望的だ……)


 データから場所を突き止めたのはいいが、もう少しデータを増やしておけばよかったと、後悔し始める。見栄で、他の人の家の写真をさも自分の家のように張り付けるような人もいることに気付くのが遅かった。沙織も確信が持てなかったように、彼女の記憶する「卓也」とあの油が抜けきったような「卓也」が同一人物であると結び付けるほうが無理がある。

 そんなことをとりとめなく考えながら、突き当りを右に曲がった。ふと、足が止まる。


「――あった」


 ちょうど三つの区画の奥に、北欧風の三角屋根が特徴の家が見えた。ブログで見たままの家だ。敷地は不揃いに並べられた低めの石積みで囲まれ、、玄関の前のアプローチは長く、その両脇には手入れの行き届いた草花が、そして庭の奥には畑が見えた。綺麗に整えられた畑は、管理する人の性格を表しているようだ。


「うわ、可愛い! 一階の壁だけが赤なんて、センスいい!」


 疲れさえも吹き飛んでしまったのか、彩乃が声を上げた。その声に反応したのだろう。畑の中から人が立ち上がった。生成りのリネンシャツに、落ち着いたマスタード色のエプロン。木製の柄がついた小さなスコップを持っている。

 それは「丁寧な暮らし」ブログにいたその人だった。悠馬は自分のデータが間違っていなかったことにガッツポーズをして、声をかけようとした。


『きゃー! 卓也、久しぶり! ずいぶんとピカピカになっちゃって!』


 初代たまごっちから沙織が飛び出していった。そして、呆気にとられる初老の男性に突撃する。


「は? まさか、沙織?」

『そうよぉ! 沙織よ!』


 ショッキングピンクの上着に派手なソバージュロングの沙織に、畑仕事用の格好をしている初老の男性。沙織は感極まって抱き着くが、物理的な質量があるわけもなく。スカッと通り抜けてしまう。自分の体を通り抜けた沙織に、卓也が真っ青になった。


「な、なんだ、これは……夢なのか?」

『違うわよ。私、怪異になっちゃったんだよね』


 沙織がえへ、とコミカルに応じる。卓也の顔が途端に苦しそうになる。

 こうして三十五年の年月を経て、二人は邂逅した。


(……微妙に絵面がつらい)


 感動よりも、まず組み合わせの恐ろしさに震えた。


「お、恐ろしい……これが怪異」

「この場所がカオスすぎる……」


 黒崎の呟きに、悠馬は乾いた声で笑った。唯一、彩乃だけはこのカオスを涙を浮かべて祝っている。


「沙織さん、おめでとう。やっと恋人に会えたわね!」

『違うわ、卓也はアッシー君よ!』


 彩乃の祝福に、沙織が突っ込んだ。その瞬間、卓也が目を細めしみじみと呟く。触れられないのがわかっているのに、優しい手つきで沙織の手を取った。


「本当に君なんだな……」

『そうよ、泣かないでよ』


 むせび泣く初老の男性に、沙織が寄り添う。


「こんなところで話すことでもない。どうだろうか、うちに寄っていかないか?」

「ご迷惑じゃありませんか?」


 彩乃が如才なく対応する。卓也はおおらかに笑った。


「いや、今はひとり暮らしだ。大したもてなしはできないけどね」


 そう言われて、三人と沙織は招待を受けることにした。

 家の中はワンフロアで、キッチンからダイニングまで一目で見渡せる。リビングの上は吹き抜けになっており、外からの見た目よりも比呂美トロ感じた。


「うわー、おしゃれ! これこそ優雅な老後って感じ」


 彩乃が遠慮なく家の中を見回している。家具をひとつとっても、こだわりぬいた良さがあり、大切に使っていることがわかる。悠馬も目新しさに、興味深く見ていく。


「若い子にはシンプルすぎて味気ないだろう」


 照れたように卓也がコーヒーを入れて戻ってきた。そして、三人に空いている席に座るようにと促す。


「いえ、とても居心地がいいです」


 卓也はテーブルにコーヒーを置いた。コーヒーの格調高い香りが鼻孔をくすぐる。


「いい豆、使っていそうだ」

「先輩、コーヒーはこだわりますよね」


 彩乃の指摘に肩をすくめた。


「それで、君たちは沙織のためにここまでやってきたのかい?」

「ええ。初めまして。藤堂悠馬と言います。彼女は春日彩乃、そしてこっちの彼が黒崎奏です。それで、そこにいるショッキングピンクが沙織さんです」


 沙織が特気になってピースサインを送る。それを見てから、卓也が肩を落とした。


「どうして今になって沙織が見えるんだ? 私の中にある罪の意識が見せているのか?」

「説明しますから、落ち着いて聞いてください」


 悠馬が冷静に促す。卓也は真剣な眼差しで頷いた。


『あ、じゃあ私はここに座るわね』


 沙織は久しぶりに田中に会えて嬉しいのか、にこにこと彼の膝に載っている。その視覚的暴力に、悠馬は白目をむいていた。


「あは、沙織さん、すごく嬉しそう。それに田中さんもまんざらじゃない様子だし」


 彩乃がそう囁く。


『このコーヒー、アメリカンよね?』

「……沙織、覚えていてくれたのか。これだけは変えられなかったんだ」


 感動してるのか、声が震えている。沙織はきょとんとした顔をした。


『何言っているのよぉ。卓也との記憶はつい先日のレベルよ? あなたにとって35年かもしれないけど、私にとってたったの数日。忘れるわけないじゃん』

「言い方!」


 あからさまにどんよりとした卓也に慌てつつ、彩乃が沙織に注意する。沙織は明るく笑い飛ばした。


『だって事実じゃない。あの時だって、卓也ったら誕生日を一日間違えたのよ!』

「それでも、俺にとって、特別な日になる予定だったんだ!」

『そう?』

「そうだ、俺は……。沙織にプロポーズしようと」


 小さな声でそう続ける。何とも言えない空気感に、悠馬は天井を見た。そして、ぱんと手を叩く。


「卓也さん、沙織さんとケンカしたのはK湖のどのあたりですか?」


 単刀直入に尋ねる。彼は少し冷静になったようで、落ち着いた様子で語り始めた。


「確か――県道沿いにある最後のコンビニを超えて、見晴らしのいいと言われている駐車場に止めた時だったと」

『そうよ、思い出したわ! あそこから見る夜景がとっても綺麗だって』


 二人で何やら盛り上がり始めたので、悠馬は再び中断するように手を叩く。


「その思い出はいらないんで。知りたいの場所。それを教えてくれたらいいです」

「……俺はどう罪を償ったらいいんだ?」


 力なく項垂れる卓也に、悠馬は心底不思議そうな顔を向けた。


「卓也さん、沙織さんを殺したわけじゃないんでしょう? そんな証拠、ないじゃないですか」


 悠馬は肩をすくめた。今の監視カメラやどこでもカメラを起動しているような時代ではない。まだネットすら普及していなかった時代なのだ。三十年以上たっているのに、証拠なんて残っているわけがない。


「それは、そうだが……彼女をK湖に置き去りにしたのは事実だ。その後、すぐに引き返したんだ。だけど、彼女は――」

「僕らが知りたいのは沙織さんを最後に降ろした正確な場所だけです。そこさえ分かれば、僕らのガクチカも完成しますし」


 卓也は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で悠馬を見た。三十年間、自分を縛り続けてきたドロドロの因縁が、目の前の若者のあっさりとした言葉であっけなく切り刻まれていく。


「……そうか。すべては、俺の罪悪感がそう見せていただけだったのか」


 卓也は視線を落とし自嘲気味に笑い、ハゲた頭を撫でた。


「そりゃあ、最後に一緒にいた女性が行方不明になっていたら、誰だって後悔するでしょう」

「そうだろうか?」

「そうですよ、気負いすぎです。話を聞いていると、沙織さんが歩き回ったせいで事故にあったような気がします」


 彩乃の裏付けのない断言に、悠馬は力強く頷いた。卓也ははっとして顔を上げる。


「そうだろうか」

『そうよ、私としては死体がどこにあるのかわかればいいと思っているし』

「そうか……」


 沙織のあっけらかんとした言葉に、卓也はふっと笑った。


「君は……。いや、何でもない。そうか、そういうものか」


 横で見ていた彩乃が、明るく追い打ちをかける。


「もちろんです! その贖罪のひとつとして、私たちのガクチカに協力していただけると嬉しいです!」

「うわ、彩乃先輩、悪人すぎる」


 黒崎の迂闊な一言を、彩乃は恐ろしい眼差しで黙らせた。

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