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理系院生の不運な就活 〜ガクチカで救ったバブル女子の恩返しが「事故物件専門部署」の内定って正気ですか?〜  作者: あさづき ゆう


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時をかけるバブル女子2

「先輩。怒っています?」


 研究室から出て、すぐに追いかけてきたのは彩乃だった。足を止めて振り返れば、先ほどとは違い、少し申し訳なさそうな顔をしている。


「……まあ、正直、あんまり実家を頼りたくなかったな」

「実家、確か、神社関係でしたよね?」

「よく覚えているな」


 彩乃に話したのは、ずいぶん前に行われた飲み会の席でだ。友人たちが調子に乗って暴露したときしか、実家について話したことはない。悠馬はゆっくりと歩き始めた。彩もそれに合わせてついてくる。


「黒沢君が言っていたんですけど、悠馬先輩の実家のコネを使えばいいところに就職できるって」

「まあ、間違っちゃいないね」


 黒沢は怪異が見える関係から、そういう情報はよく知っている。全力で頼るつもりなところが逆にすがすがしい。だが、彩乃は浮かない様子だ。


「それだったら、ガクチカなんていらないんじゃない?」


 ちらりと彼女を見てため息をついた。


「冗談じゃない。一族の系列会社なんて就職したら、こき使われるだろうが。うちの親父、『瞬きは休憩時間』とかマジで言っているんだぞ。そんな会社は絶対に嫌だ」

「あー、一族経営はブラックですもんね」


 彩乃が納得したように頷いた。


「そうそう。だから、さっさとガクチカ作って、めぼしい企業にエントリーしないとな」


 いつも以上に明るい声でそういえば、彩乃が笑う。彼女の笑いがいつもよりも柔らかで、なぜか目が釘付けになった。


「あれ、先輩。もしかして、私に見とれました?」


 目ざとく悠馬の変化を見つけた彩乃が上目遣いで見てくる。その目力の強さに、言葉が詰まった。最悪なことに顔が熱く燃え上がってくる。


「ふふ、意識してくれると嬉しいなぁ」


 彼女はそう嬉しそうに言うと、勢いよく悠馬の腕にしがみついてきた。


「おい!」

「えへへ、いいじゃないですか。先輩、私のこと嫌いですか?」


 これまた答えにくいことを真面目な顔をして聞いてくる。今度こそ息が止まりそうだ。ドキドキする心臓を落ち着かせようと胸に手を置く。


(……?)


 胸に手を置いた瞬間どくりと、何かが鼓動した。自分の心臓ではないようなそんな変な感覚が支配する。何かおかしいと、慌ててあたりを見回す。だが、特に怪異は見当たらない。


(気のせいか? さっき沙織と一緒だったから……?)


 結論のない気持ち悪さに、考え始めると、彩乃が満足そうな顔で腕を抱きしめたまま、寄りかかってきた。


「ふふーん。今日は、嫌がらないんだ」

「はっ!?」


 慌てて引き離そうとしたが、彩乃は簡単には振り払えない。


「ああああ!!! 彩乃先輩、ダメです! 悠馬先輩の僕のですからっ!」


 黒崎の絶叫があたりに響き渡った。悠馬はげっそりとした様子で、振り返った。もちろん彩乃をくっつけたままだ。


「……おい、誤解されるような発言はやめろ」

「そうよ、そうよ。ちょっとは気を利かせなさい」


 二人で邪険に扱えば、黒崎がその場にうずくまる。


「そんな、僕、悠馬先輩に捨てられたらどうしたらいいんですか?」

「いいじゃない、神社かお寺さんに就職すれば」


 彩乃が邪魔だと言わんばかりに黒崎を突き放した。悠馬は彩乃とのやり取りがこのくだらないやり取りで立ち消えたことに、ひそかに安堵した。



 約束した駐車場に出向けば、ミニクーパーにもたれかかっている一人の青年。太めの黒縁眼鏡に、ラフなシャツとズボン。シャツは腕まくりしている。シンプルな装いなのに、その存在感はどこぞの俳優のようだ。悠馬は舌打ちした。


「なんで宗司兄さんが来ているんだよ」


 仕切り直そうと踵を返そうとしたが、その前に宗司に見つかってしまった。彼は気楽な様子で手を上げる。


「やあ、時間通りだね」

「他の人にチェンジで」


 宗司はぽかんとしたあと、ぽんと悠馬の肩を叩く。


「それは時間の無駄。ほら、紹介して」


 そう言われてしまえば、仕方がなく。悠馬は渋々彩乃と黒崎に紹介した。


「今日車を出してくれる宗司兄さん。俺の従兄だ」

「はじめまして。君たちが悠馬の後輩?」


 男の悠馬から見てもイケメンな笑みを見せた。彩乃と沙織が途端に目を輝かせた。興奮しているのか、沙織の鼻息が荒い。


「うわー、すごいイケメン! ちょっと先輩に似ていますね」

『きゃーっ! 顔面偏差値高っか! どう、今夜お姉さんと一緒にブイブイ言わせない?』

「沙織さんは年上すぎますよ!」

『そう? 全然いけると思うのよ? ほら、私、こんな姿でも存在感すごいし?』


 女子二人の勝手な牽制に、宗司は苦笑いだ。


「なかなか個性的な怪異だね。僕の愛車はブイブイ言わないけど、君を乗せて走るくらいなら構わないよ」

「胡散臭い笑みだな」

「そうですか? 先輩はもうちょっと見習ったほうがいいですよ」


 真っ向から否定されて、悠馬は愕然とする。


「黒崎君、具合悪いの?」


 悠馬を適当に流し、真っ白になって震えている黒崎に声をかけた。


「……空気が濃すぎて、逆に息が苦しいです……」と白目を剥く。

「ああ、ごめん。僕の清浄な気と彼女の気配が混ざってひどいことになっているね。ちょっと、失礼」


 宗司はそう言って、さっと手を払った。黒崎の息が急に整い始める。


「ふはぁっ!」


 突然息を吹き返した黒崎が驚きの目を宗司に向ける。彼は首を傾げると、ぱちんと指を鳴らした。その瞬間、あたりに薄く漂っていた桃の甘い香りが根こそぎ消えた。


「す、すごい。悠馬先輩以上です! 一生ついていきます! 養ってください!」

「うん、元気になってよかった」


 さらりと黒崎の突撃を躱し、皆を車へ乗るようにと告げた。


「あ、私、助手席で」


 真っ先に助手席を確保したのは彩乃だった。宗司はうんと頷く。彩乃のことだから、てっきり一緒に後部座席に座ると思っていた悠馬は何とも収まりの悪い心地がした。


「……なんで、助手席なんだよ」

「だって、沙織さんを誰かが膝の上に乗せるんでしょう?」


 恐ろしい発言に、黒崎がムンクになった。


「無理無理無理! 僕が悠馬先輩の膝に乗ります! 沙織さんと並ぶのは絶対に無理だし、だからと言って僕が膝の上に抱えるのなんておかしいです」

『だったら三人で並べばいいじゃない? 私は真ん中がいいわ』


 沙織は気にすることなく首を傾げて提案する。


「無理だろう。この車、後部座席は二人なんだから」

『半ケツすればいいのよ。何遠慮しているのよぉ。それに私、体重ないわよ?』


 沙織に重さがないのはわかるがそれでも抱えて移動したいとは思わない。なんせ、凶悪なバブルファッションだ。顔の好みはともかく、その、密着はよろしくない。


「半ケツ……?」


 黒崎は別のことに気を取られて首を傾げている。


「つまり、体半分浮かせて座ればいいってことだね。でも沙織さんが嫌じゃなければ、悠馬と黒崎君にかぶってくれていいんだけど」


 宗司は恐ろしいことを口にした。



 結局、後部座席に悠馬と黒崎が座り、その真ん中に沙織が鎮座した。もちろん二人しか座れないスペースだから、悠馬と黒崎に重なっている。重量があるわけではないが何とも言えない心地の悪さ。

 黒崎に至っては、ぶつぶつとお経を唱えていて、すでに意識が半分トリップしている。そして、空気を読まない彩乃がはしゃいだ声で宗司と会話をしていた。


「宗司さん、この車めっちゃ静かですね! 私、このまま軽井沢とか行きたくなっちゃう」

「行かねーよ! 目的地はK湖だ! 彩乃、お前も浮かれてないでガクチカの構成でも考えてろ」

「もう考えてますよ。『異業種とのコミュニケーションにおける折衝能力の向上』。……あ、沙織さん、今度お化粧教えてくださいね。その前髪の立ち上げ方、エモいです。今度マネしちゃおうかな」

『いいところに目をつけるわね。これはどんな暴風雨にさらされても崩れない優れものよ! ちょっとしたコツがあるのよ』

「それもレポートに入れちゃおう」


 本気なのか、彩乃が後部座席に体をひねり、詳しい作成方法を聞き始める。沙織はきゃらきゃらと楽しげに笑いながら、レクチャーした。そんな二人に、黒崎がすっと小さく手を上げる。


「あのぉ、彩乃先輩。僕にもそのレポート内容、共有してください」

「どうして? 黒崎君、まだ三年生じゃない」


 彩乃が不思議そうに黒崎を見た。真っ青の顔した黒崎は両手を合わせて指をもみょもにょと動かす。


「え、でも。三年生でも今は早すぎませんよね? インターンでまずは入るつもりですし。それにそれに、彩乃先輩なら悠馬先輩を逃さないと思いますし」

「ちょっと前て。黒崎、俺と一緒の企業を受けるつもりか?」

「当然です。だって悠馬先輩と同じ会社に入るのが僕にとって最大の福利厚生です。最大限の努力をして勝ち取ります!」


 黒崎はぶれることなく、きっぱりと言い切った。



 悠馬たちの通う大学から、K湖までは距離にして60Kmほど。高速を使うと、それほど時間はかからない。彩乃と宗司、それから時々発作のように叫ぶ黒崎のおかげで、その道中はとても賑やかだった。


「まずはK湖を一周してみようか」


 そう提案した宗司は迷うことなくハンドルを操作し、湖周辺を回る県道に入る。


「うわ、ここまでくると道が古いですね」


 彩乃が驚いたように声を上げた。つられて悠馬も外を見る。片側一車線の狭い道に、迫りくる壁。木々が生い茂っていて、どこか時間が止まったような雰囲気だ。道路標識も掠れていて、寂れている。視線を少し遠くに向ければ、湖が木々の間から見え隠れしていた。自然豊かといえばその通りだが、ただの寂れた場所以外の感想が出てこない。

 流れる景色を確認がてらにスマホで写真を撮る。スマホの写真なら、EXIFデータが入る。写真だけでなく、タブレットからスプレッドシートに使用ルート、それから時間と距離と目についた点など、とにかく情報として雑にメモをしていく。どうせこのメンバーでは誰も記録を取らないからだ。


(せっかく現地に来たのに何もデータを取らないなんて、ちゃんとガクチカするつもりがあるのか?)


 そんな疑問を持ちつつも、忙しく入力していく。時折、車が大きく揺れて、まったく違うセルに文字がコピーされるのに苛立つ。


「思っているところとは少し違うね。沙織さん、こんなところに本当にドライブへ来たのかい?」

『間違っていないと思うんだけど……こんなに苔ばかりじゃなかったのに』


 沙織も記憶と違うのか、首を傾げている。


「うーん、道を間違えたかな?」

『もっとね、ガソリンスタンドとか、ドライブインとかがあって……人も多かったわ』

「ガソリンスタンドね」


 宗司はカーナビを見ながら、ハンドルを切り、旧道に入った。


「ここ、入っていいのかよ」


 ふと心配になって、悠馬が宗司に話しかけた。


「大丈夫じゃないかな? 通行禁止になっていなかったし」

「でもこの道、ナビに先がありませんよ?」


 彩乃が手慣れた手つきで、ナビの地図を拡大する。


「うーん、まあ、行ってみればいいんじゃないかな? このナビ、地図情報古いし」

「い、いい加減すぎる」


 悠馬がげっそりとして呟いた。


「悠馬は気にしすぎだよ。もっとおおらかに」


 宗司はあははと、軽く笑った。悠馬としては不本意すぎる言葉で、唇をへの字に曲げた。そうしているうちにも、道はどんどんと細くなり、舗装もところどころ穴が開いている。


『あ、ねえ、あっちに行ってみて! この細い道に入ってほしいの』


 沙織が突然声を上げた。


「了解」


 宗司がウインカーを出し、脇の舗装されていない道へと入っていった。


「うおっ! 道、悪!」


 車体が大きく揺れ、悠馬はアシストグリップを握って体が倒れないようにする。


「ぎゃあああ、体が透過した!」


 黒崎が大きな悲鳴を上げた。揺れのせいで体制が維持できなかったのか、沙織と体が重なっている。沙織はうふんと、黒崎にウインクする。


『反応が可愛い。今夜、お姉さんが遊んであげようか?』

「無理無理無理むりぃぃ」


 泡を吹かんばかりに大慌てしながら、黒崎の体を押しつぶすようにしてドアに体を押し付ける。


「……あれ?」

「どうした?」


 唐突に冷静になった黒崎に声をかけた。黒崎はべったりと窓に張り付く。


「なんか、窓の外に自撮り棒持った若者が大量に見えるんですけど……。あ、僕、やっぱり帰っていいですか?」

「配信者だわ。あ、踊ってみた、やってる。しかも今はやりの、『ゾンビ・ピクルス』じゃない! 先輩、どうです? 記念に私たちも」

「死んでも嫌だ……!」


 悠馬の絶叫を無視して、彩乃はスマホのカメラを起動した。レンズを後部座席に向ける。


「はい、先輩! 『ポリポリネ!』のところで、全力の酸っぱい顔をお願いします!」

「やるわけねーだろ!」

「ひっ、ゾンビのピクルス……!」


 何を想像したのか、黒崎の悲鳴が聞こえる。


「黒崎君、ゾンビがピクルスをポリポリ食べるだけの踊りだから」

「なんて恐ろしい世界線! それにピクルスって酸っぱいところが霊的過ぎて無理」

「僕はやってあげてもいいよ、ゾンビの動き得意だからね」


 宗司は和やかに彩乃と黒崎のにぎやかさに茶々を入れる。悠馬は混とんとした車内に毒づいた。


「宗司兄さんも乗っかるんじゃねえ! ……くそ、なんで俺の周りは、まともな人間が一人もいねえんだ……! 怪異なんてエネルギーの偏りだ。単純に次元が違うだけで――」

「へえ、悠馬はそういう風にとらえているんだ」


 宗司の低い声に、はっと我に返る。


(まずい……余計なことを言った!)


 誤魔化すために、口を開こうとしてバックミラーに映る宗司と目があった。楽しそうな声とは裏腹に、ガラスのような目をしている。その目に悠馬の背筋がぞくりとした。


(何だ、あの目……どこかで)


 今までも何度か見たことがある、と認識した途端、体の奥にどろりとした何かが溢れ始めた。同時に、むせかえるほどの甘い桃の匂いが溢れかえる。


(くそ、この土地に怪異がいるのかよ)


 一番最初に大騒ぎする黒崎が反応がなかったことを不思議に思いつつ、舌打ちしながら無意識に手を払った。そうしてようやく、息が楽になる。大きく息を吸うと、人心地ついた。


「悠馬、ゾンビポリポリ、あとで教えよっか?」

「いらねーよ」


 強い口調でいつものように振り払ったが、いつまでたっても体の芯から冷える心地が抜けない。震える体をごまかそうと、強く両手で自分の体を抱きしめる。


『あらあ? どうしたの? 車酔い?』


 目ざとく沙織が悠馬の変化を見つけた。悠馬は小さく頷く。


「そうかも、なんか突然寒気が……」

「ぎゃー! それって絶対に怪異です! ほら、見てください! K湖って有名な心霊スポットだって書いてあるじゃないですか!」


 黒崎がそう言いつつ、スマホを悠馬に突きつけた。同時に沙織もその画面を見つめる。


『そうなの? K湖にそんな噂会ったかしらぁ? 私たちの時代はドライブにちょうどいい場所だったんだけど』


 どうやら心霊スポットはネットが盛り上げた怪現象のようだ。


「悠馬、気分が悪いなら、車止めるか?」

「いや、いい。用事を済ませて、すぐに帰りたい……」


 つい弱音を吐いた。宗司が少しだけ沈黙する。いつもなら、真っ先に心配する言葉を話すのに、それがない。恐ろしさがどんどんと蓄積されていく。だけど、ガクチカのためにはフィールドワークが必要で、データがいる。もう一度ここに来ることを考えたら、最後までやるべきだ。


「そうだね、僕も早々に時間、取れないし」


 申し訳なさそうに宗司が謝る。彩乃はそうですね、と納得したように頷いた。そして、バックミラー越しに宗司は沙織に尋ねた。


「ねえ、沙織さん。どのあたりで死んだと思います?」

『それなんだけど……なんかここじゃないかも?』


 沙織はてへ、と可愛く笑って見せた。その瞬間、悠馬は最大限に殺意が芽生えた。

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