時をかけるバブル女子1
黒いマイクロミニのタイツスカートに網タイツ、そして歩けるのかと疑問に思うほどのピンヒール。何よりも特徴的なのは、何を詰めているんだと二度見したくなるほどの肩パッドの入ったショッキングピンクの上着。大きな金ボタンに、黒で縁をぐるりと囲っているのがまた目に痛い。
髪は前髪を巻いて立たせた、やたらと細かいウェーブのかかった腰まであるロング。
「ぎゃー! お化け!」
『失礼な! なんなの、このお子様は!』
目が覚めた黒崎が真っ先にこの怪異を目にして、悲鳴を上げた。沙織は目を吊り上げて、ずいっと顔を近づけた。
「食われる……悪霊退散」
ぶつぶつと何やら唱え始めると、沙織が鼻で笑った。そして、縮こまる黒崎をじろじろと観察する。その視線が怖いのか、黒崎がびくびくと体を震わせている。
『そんなもの、効くわけないじゃない! せっかく、ナリはマブいのに、中身がシケてるわねぇ。もっと景気良くいかなくちゃ!』
「黒崎君。ちょっと私と手をつないで?」
涙目の黒崎に、彩乃が手を差し出した。
「ここに女神が……!」
そう言って縋るように両手で彼女の右手を握った。その瞬間、彼女は目を見開いた。
「うわ、見えるわ! え、うそ。これって、確か……バブリーなダンス!」
そう言って、彩乃が適当な動きをして見せる。どうやらあの激しいダンスを真似しているようだ。
『何なのよ、そのバブリーなダンスって! ダンスっていうのはこうよ!』
そう言ってどこからか取り出したショッキングピンクの派手なセンスを広げて、器用に閃かせる。調子に乗った沙織はそのまま、片手を腰に当て、くねくねさせながら一通り踊って見せた。彩乃は瞬きもせずそれに見入っていた。
「感激、本物だわ! エモいですね~」
どこに感動したのかわからないが、彩乃が黒崎の手を離すとジーンと目を潤ませる。
「……なあ、黒崎の手を離しても見えるのか?」
「あ、うん。そういえば、見える!」
彩乃は不思議そうに黒崎の手を握ったり離したりした。
「なるほど。じゃあ、黒崎の影響で俺も見えているのか」
もともと怪異ははっきりと見えることはなかった。それなのに、そこに本物の人がいるかのように見えるのだ。宗司に何かされたのかと思ったが、彩乃が見えるということは黒崎の影響が大きいのだろう。その黒崎はできる限り沙織から距離を取ろうと床を這っている。
『ところで、ここはどこなの?』
一通り騒いで落ち着いたのか、沙織がくるりと研究室を見回した。
「――ここは大学の研究室だ」
『へえ、大学の! 懐かしいわぁ』
「え、沙織さんって大学行っていたんですか?」
『もちろんよー! テニスサークルにも所属していたし、スキー旅行も行ったわ!』
彩乃の疑問に、沙織は嬉しそうに答える。
『でもさ、スキーゴーグルしていると、誰でもイケているように見えちゃうから困っちゃうのよね』
当時を思い出しているのか、しみじみと呟く。このまま放置すると、永遠と自分語りをしていそうで悠馬は咳払いをした。
「それで、沙織さんはどうしてここに?」
『あ、そうだったわ。私、91年が最後の記憶なんだけど、今は何年?』
「2026年だ」
『えええええ! おったまげー!!!』
西暦を告げれば、沙織の顔が面白いことになった。
『私ね、たぶん殺されたの』
場を仕切り直して、沙織の話を真面目に聞くことになった。沙織は机の上に器用に正座をして、涙をどこからか出したハンカチで拭う。不思議なことに、涙でにじんだのか、アイメイクがドロドロだ。
『その日はいつものようにアッシー君とドライブに行っていたんだ。メッシー君とご飯食べた後にね』
「アッシー? メッシー?」
よくわからない単語に、彩乃が首を傾げている。
『アッシー君っていうのはね、ポケベル一本でベンツで迎えに来てくれる便利で素敵な男の子のことよ! メッシー君はご飯担当なの。大抵アッシー君と一緒だったわ』
「ええ……恋人ですか? いいですよね、いつも一緒にいるなんて」
彩乃はちらりと悠馬に目をやってから、沙織に聞いた。沙織は不可解そうな顔をする。
『アッシー君は恋人じゃないわ。便利な足。メッシー君もご飯だけの仲だしぃ。ミツグ君も本命じゃないから。でも私を輝かせてくれる人。確か、指輪をもらって……あら、やだ! ないじゃない! お気に入りだったのに』
きっぱりと断りを入れてくる。その過去の遺物すぎる言葉の数々に、悠馬の頭が痛くなってきた。ぐりぐりとこめかみを揉みこむ。
「すまない、まったく理解できない」
「当時の人にとっては当たり前でも、私たちには異世界ですねぇ。なんか、すごくエモい」
別の意味で頭が痛くなる発言をする彩乃に、悠馬は冷ややかな目を向けた。
「そそそ、それで、沙織さんはどうして殺されたと思うんです?」
黒崎が恐ろしそうにしながらも、先を促した。青い顔をしていても興味はあるのかと、驚いた。
「黒崎は一番最初に出ていくかと思っていたのに」
「冗談じゃないですよ! 死んだと思っている怪異に遭遇してしまって見なかったことにした場合、僕の部屋にそういう特殊経験値を積んだ怪異が集まる可能性が上がるじゃないですか! 問題はすぐに潰しておかないと、爆発的に増えちゃうんですよ!?」
あまりの勢いに、悠馬は顔を引きつらせた。そして、ちょっとだけ彼を浄化してやる。
「ふあああああ、先輩に包まれているようで幸せです!」
誤解のある語彙力は健在だった。げんなりしつつも沙織を見る。
「怪異になっているということは、何か思い残すことでも?」
『確か……ちょっと話題になったK湖へドライブに行って、アッシー君とケンカして……そのあと記憶がさっぱりなのよね。だから、K湖付近で殺されたはず。うん、間違いない!』
そう締めくくった沙織に、悠馬は強く頷いた。
「よし、供養しに行こう」
『はあ!? あんた、私の話、ちゃんと聞いていたの!?』
「そもそも、最後の記憶が91年の秋。今から約35年も前の話だ。当時は、ネットもまだ出たばかりだぞ。俺たちにできることはない」
冷静にそう指摘した。沙織のパンダ目が極限まで大きく見開かれる。この化粧はいったいいつになったら、元に戻るのかとつい疑問を抱いてしまった。
「あの、聞いていいですか? ドライブでK湖、なんでそんなところに行くんです?」
彩乃は何やらカバンから取り出して、そんなことを聞いてくる。彼女は沙織はウェットティッシュで沙織の化粧を落とし始めた。どうやら見かねて直すようだ。
『ベンツで夜ドライブ、行かないほうがおかしいでしょう?』
「うーん、ベンツの良さがいまいちわからないですけど。今は宅配も多いし、電車で十分じゃないですかね?」
彩乃の指摘に、沙織は愕然とした顔になる。放心する彼女に、悠馬は優しい顔で告げた。
「心配しなくても、実家のコネを使って評判のいい坊さんにお願いするからさ。まあ、そう落ち込むなよ」
「あ、僕も一緒に払ってもらっていいですか?」
真っ白な顔をした黒崎がそろりと手を挙げた。悠馬は肩をすくめる。
「紹介状渡すから、それ、持って行ったら一緒に払ってくれるんじゃないか?」
「ええ、先輩、一緒に来てくれないんですか!?」
「持って行って払ってもらうだけだ。一人で十分だろう?」
そう突き放す。黒崎がどばっと涙を流した。
「先輩、冷たい……」
「俺は今就活で忙しいんだ。余計なことに時間を使うなんて無駄しかない」
沙織のインパクトですっかり忘れていたが、悠馬は今就活中だった。しかも、めぼしい企業を探している最中。それこそ、ちょっとの時間でも惜しいぐらいだ。
「……ねえ、先輩。沙織さんの死体を見つけるのをガクチカにしたら、いいんじゃない?」
「はあ? 何言ってんだ。それ、普通に案件だから」
「だから、死体は文章に出さないで、なくした思い出探索とかそんな感じに表現をぼかすんです」
「……詐欺師のようだな」
「それとも先輩、他の案あります?」
しばらく考えて、悠馬は小さく頷いた。
「ないな。それで誤魔化せるのなら、いいかもしれない」
「ふふ、そうでしょう!」
彩乃が得そうな顔で笑う。二人の会話を理解しているとは思えないが、沙織はぱちぱちと瞬いた。
『もしかして、探してくれるの?』
「できる範囲で。俺たちは学生で、時間はあるが金はない」
『そうこなくっちゃ! 24時間戦えますかー! だいじょーV!』
沙織は満面の笑みを浮かべて、ピースを作った手を勢いよく天井に突き出した。




