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理系院生の不運な就活 〜ガクチカで救ったバブル女子の恩返しが「事故物件専門部署」の内定って正気ですか?〜  作者: あさづき ゆう


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1/4

縁故は断固拒絶する

 長い参道を進むと、ひときわ大きな鳥居が見えてきた。その先には厳かな雰囲気の神社がある。

 ここだけ時間が止まったような静謐な空間。静謐といえば美しいが、単純に時代に取り残された場所だ。辛気臭いうえに、陰気で満たされている。きっと裏庭でキノコが大量に発生しているに違いない。そして、間違いなく悠馬はこの空間がとてつもなく苦手だった。


「いつ来ても、変わらないなぁ。早く用事済ませて帰ろう」


 あと一歩のところで立ち止まると、藤堂悠馬は大きくため息をついた。

 藤堂家の本家にあたる結城家は古くからある神社――霧隠神社の神主を代々務めている。

 悠馬にとってそこは……断じて足を運びたくない場所であった。ここに来るだけで、幼い頃の恐ろしい体験が蘇ってくる。


 まだ小学校に上がる前の幼い頃。ここに泊まりに来ていた悠馬は、真夜中にふと目が覚めた。あたりを漂うのは熟れた桃のような甘い香り。

 その匂いがどこから来るのか、ぼんやりとした頭のまま神社の裏側にある鎮守の森へ足を踏み入れてしまった。月の光さえ届かないような真っ暗な森は昼間の顔とは全く違っていた。ふらふらと匂いに誘われるまま奥へと進めば、得体のしれないうごめく影が襲ってきた。


 木々の影にも、そうでないともいえるような黒い影。

 そして――。ぐちょりと、足裏に嫌な感触が伝わった。同時に、不快感が全身に駆け上がる。脳裏に、幼い頃に感じた黒い何かが広がった。こちらを監視しているような、からかっているようなそんな人間的な視線が過去と重なる。

 その一瞬の隙が悪かったのか、足裏から黒いものが足にまとわりつき這い上がってくる。


「うあっ!」


 悠馬はとっさに足を振り上げ、黒い何かを蹴り飛ばした。だがその行動が悪かったのか、黒いものは破裂すると同時にどろりとした腐ったような甘い強烈な臭いをまき散らす。慌てて鼻を抑え、毒ついた。


「くっそー! やっぱり来るんじゃなかった!」


 この神社に来るたびにまとわりつく怪異に舌打ちした。

 そもそも悠馬には怪異は見えない。分家であったが、本家で働けるような力を持ってはいなかった。だが、この神社だけは違う。悠馬の血筋が見せるのか、それとも幼い頃の出来事があったせいなのか。この場所だけは怪異が見える。

 さっさとここを抜けようと匂いにむせながらも鼻を押さえて足を進めるが、すぐに止まる。


「あれ……? 俺、何か忘れている?」


 突然、頭の中にノイズがかかる。目を見開き、過去を覗き込むようにして忘れた何かを探した。ノイズを極力起こさないように、静かに気付かれないように。


(気付かれない? 誰に?)


 自分の思考がありえないほど散り散りになる。それでも、いつものようにやめることはしなかった。記憶に沈んでいけば、あの日の輪郭が徐々に見えてくる。

 あの夜の森はとても恐ろしかった。泣くこともできず、目を閉じることもできず、その場にうずくまるしかなかった。何か、あったはずなのだ。誰かと何かを離した記憶がぼんやりと浮かんでくる。だけど記憶にあるのは、目を開けた時にはすでに朝になっていたことだけ。しかも、その時、悠馬はいつも使っている客間の布団で寝ていた。

 だが覚えている。あの意思を持った黒い影。そして、結城家のどことなくぎこちない空気。何よりも自分の腕の変化が――。

 そこまで思い返して、強く右腕を握り締めた。シャツの上からでも腕にある違和感が笑う。


(くそ……いつまでたっても鳥肌が止まんねぇ。さすがにチキンすぎるだろ、俺)


 鳥肌をごまかすために、シャツの上から腕をさすった。しかも、過去に浸りすぎたせいなのか、意識が過去へと引っ張られていく。それを振り払うように首を左右に振った。

 さっさと用件を済ませてしまおうと足を踏み出した瞬間、黒いものが大きく立ちふさがり、悠馬を取り込もうと襲い掛かってくる。


「マジか!」


 逃げられない、そう思ってぎゅっと目を瞑り、体を固くする。


「やあ、悠馬」


 聞きなれた柔らかな声がしたのと同時に、黒いものはすっと消えた。あれほど鼻を突いていた臭いもなくなり、清浄な空気に満ちていた。

 ゆっくりと体の強張りを解き、顔を上げる。そこにいたのは、宗司だった。きっちりと装束を身にまとい、少し長めの黒髪を緩くひとつにまとめている。悠馬よりも十センチほど背が高く肩幅が広い。体も鍛えているのか、線は細いのにがっしりとした印象だ。そして何よりも顔がいい。

 彼は悠馬を見ると、目を細めて微笑んだ。


「……ちーす」

「うんうん、久しぶり。元気そうでよかった。もっとその可愛い姿を見せに来てくれてもいいのにね」


 彼はさわやかな笑みを浮かべて悠馬を出迎える。可愛いと言われ悠馬は舌打ちした。本家の連中は、悠馬を見るたびに挨拶のように可愛いという。すでに大学院も今年で卒業、来年から就職するというのにだ。


(あの現象がなかったとしても、これがあるからここには来たくなかったんだよ! いつまでも幼い子どもじゃねえんだっていうのに)


 イライラしつつも、ぶっきらぼうにくぎを刺す。


「宗司兄さんは相変わらずだ。俺は男なんだ。可愛いと言われて喜ぶ年齢じゃないんだよ」

「そうかな? いくつになっても弟は可愛いと思うよ。悠馬が怖いと泣いて、ずっと僕にしがみついていた頃が懐かしいね」

「いつの話を持ち出しているんだよ!」


 恥ずかしさのあまりに全身が熱くなった。


「んー、数年前」


 「数年前じゃねえ」と怒鳴りたかったが、そうしたところで動じるような性格をしていない。彼の性格はよく知っていた。なんせ、宗司は本家の次期当主。そして、最悪なことに悠馬にとっては従兄である。彼の父親の妹が悠馬の母なのだ。なぜか、生まれた時から彼はそばにいた。あの奇妙な体験をした翌日もずっと彼はそばにいた。嫌なことを思い出したと、ますます不機嫌になった。


「で、用事って何? 顔を見たいだけならもう帰るけど」

「ああ、違う違う。ほら、これ」


 差し出された書類の束に、悠馬は渋々手を伸ばした。その瞬間、甘い果実の香りが鼻孔をくすぐった。そして、同時にぞわりと黒い靄が指に絡みつく。


「うわ、きたね」


 その気持ち悪さに、慌てて手をふるう。その動きで、指にまとわりついていた黒い何かがあたり一面に吹き飛んだ。散り散りになったそれはすっと掠れていき、消える。先ほどよりもなんとなく桃の匂いが弱くなった。それを見ていた宗司が目を見張った。


「おや、怪異かな? 相変わらず敏感だね。浄化をしてあげよう」


 そう言いながら、彼は指を二本そろえて祓いの呪いを施そうとする。


「いらない。俺にはここ以外で怪異が見えたことがないんだから。それぐらいは我慢する」


 受け取った書類をぺらぺらとめくりながら、拒否する。怪異を祓うのは彼の好意だろうが、受け入れるのがとてつもなく嫌だった。

 書類には悠馬でも知っているような有名な企業情報がまとめてあった。名簿のようになっているが、ページ数からすると、三十社はあるだろうか。一通り流し見てから、視線を上げる。


「なんだ、これ? 新規部署が軌道に乗るまでの間の祝詞奏上……現地入りして怪異調査?」


 眉を盛大にしかめて、悠馬は胡乱気に宗司を見た。彼はいつもと変わらない微笑みを浮かべて、勧めてくる。


「求人票。うちと契約しているお得様だよ。どの企業も一流だから、好きなところを選べばいい。連絡すればすぐに内定出るから。給料と福利厚生は破格だよ」

「……冗談じゃない」


 ぶっきらぼうに呟き、宗司に書類を乱暴に押し返した。彼はそれを受け取り、不思議そうに目を丸くする。


「今年、大学院も卒業だろう? あれ、もしかして博士課程に進学するつもりだった?」

「博士課程にはいかない。だけど、俺は本家の関わる企業に行くつもりはない!」


 きっぱりと断る。ここでしっかりと言っておかないと、絶対に手を回してくる。悠馬は腹に力を込めて、強い意志を宗司にぶつけた。宗司はその剣幕に驚きを見せる。


「どういうことだい? 君は結城の分家なんだよ? どこに就職しても、かかわると思うけど。だったら、初めからこちらと懇意の企業のほうが融通が利くだろう?」

「分家とか、そういうの、関係ない」

「へえ?」

「とにかく、俺は! そんな呪いじみた仕事なんざ、絶対にしたくない。求めるものはライフワークバランス、そして明るい家庭だ。決して、食卓に怪異が転がっている家庭じゃない!」


 不思議なものを聞いたという顔で、宗司がぽかんとする。悠馬は自分がどれほど夢物語を語っているか、自覚がある。気恥ずかしさに頬を熱くしながらも訴えた。


「食卓に怪異……いいね、それ。ほのぼのだね」


 面白そうに笑うので、悠馬は声を荒げた。あのカオスをほのぼのと表現する感性に背筋が震える。


「親父はそれが幸せだと言っているけど、俺は『瞬きしている時間は休憩時間だ。ほら、労基にも引っかからない』なんてわけのわからないような働き方はしたくないんだ!」


 瞬き時間の累積は起きている時間の約十パーセント。少なくとも十六時間起きていると一時間半以上は休憩できる。八時間労働に対して、四十五分以上だから合法という、悠馬父の渾身の持ちネタだ。それを聞いた時には頭の血管が切れるかと思った。


「はは、叔父さんは面白いことをいうなぁ」

「面白くない! 宗司兄だって知っているだろ!? 俺は可愛い彼女を作って、ごく一般的な幸せが欲しいんだ。幸い、俺は分家の人間だ。わざわざここにかかわらなくても生きていける」

「うーん、なんか根本的に誤解があるようだけど、悠馬はすごく優秀だよ? 僕の手元に置いておきたいぐらいには」

「……嘘だ。俺には怪異はここ以外では見えない」


 丸め込もうとする宗司に目を尖らせ、きっぱりと告げた。


「見えなくても、いろいろ能力はあるんだけど……遅い反抗期かな?」


 困った顔で宗司は呟く。これ以上話しても平行線だと悠馬は気持ちを無理やり落ち着かせた。


「じゃあ、俺、帰るから」

「そうだね。今日のところはまあ、いいよ」


 含みのある言葉にカチンときた。悠馬はふんと鼻を鳴らして、踵を返す。もうこれでしばらくはここに来なくてもいい。宗司の問いかけるような眼差しを無視し、踏みしめる足に力を込める。


「そうそう。就職決まらなかったら、遠慮なくうちにおいで。悠馬は有能なんだよ、そこを誤解してほしくないなぁ」


 そんなボヤキを背に受け、悠馬は知るか、と内心毒ついた。

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