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譜面台に置かれた楽譜の上を、指が正確に走る。
教室に満ちる音は、まだ未熟ながらも真っ直ぐで、どこか硬さを残していた。
――もう少し、柔らかく。
心の中で自分に言い聞かせながら、菊池悠太は最後の和音を叩いた。
音が空気の中に溶けていくのを確かめるように深く息をつく。
教授からの講評を受け、楽譜を鞄に収めると、夕暮れが差し込む廊下を歩き出した。
授業を終えた学生たちのざわめきが背中を押す。
練習室の鍵盤の感触がまだ指先に残っていた。
校舎を出て、駅前へ続く道を歩く。
一週間の疲れが少しずつ抜けていく時間
――けれど、その時だった。
人混みの中から、澄んだ旋律が耳に届いた。
雑踏のざわめきに負けない、不思議に真っ直ぐな音。
広場の片隅に置かれたストリートピアノ。
そこに座っている女性の姿が目に入った。
細い肩が小さく揺れ、指先は迷いなく鍵盤を跳ねる。
流れているのは《きらきら星変奏曲》。
誰もが知っているはずの旋律が、まるで違う世界の物語のように響いていた。
悠太は足を止めた。
その音色に、理由もなく心を掴まれていた。