第7話「握手会と嫉妬」
生誕祭のあとも、変わらず香織のオタクとして、LUMINAの現場に通い続けていた。
今日はショッピングモールでの外部イベント。イベントの最後には、メンバー全員との握手会が行われることになっていた。
香織以外のメンバーには、まだ顔を覚えられていない気がして、ちょっと緊張する。
最初に現れたのは、黒髪ロングでスタイル抜群、落ち着いた雰囲気のリーダー・黒瀬あんじゅ。まさに“頼れるお姉さん”という言葉がぴったりだ。
「こないだの生誕祭はありがとな」と声をかけると、あんじゅは優しく笑った。
「香織のためだし、ヒロくんに頼まれちゃったしね。素敵な生誕祭だったよ。……これからも、香織のことよろしくね」
「こちらこそ、香織を支えてやってくれ。あと、ヒロもな」
「あら、ヒロくんの扱いが軽くない?」と、くすっと笑う彼女にちょっと救われた気がした。
続いて現れたのは、小柄で内気な雰囲気の風花ほのか。ステージ上では力強いダンスを見せる、メインダンサーだ。
「こんにちは」と声をかけると、彼女はしばらく黙っていた。
戸惑っていると、小さな声で「奏さん……」とつぶやく。
「僕のこと知ってくれてたんだ、ありがとう」
「そ、それは……」と言いかけた瞬間、スタッフが声を飛ばす。
「お時間でーす!」
「またね」と手を振ると、彼女は「あ……」と何か言いかけたまま、視線を落とした。
次に現れたのは、金髪が目を引く元気な美少女・秋庭るい。LUMINAのメインボーカルだ。
「あー!奏っちだー!香織からよく聞いてるよ!」
「えっ、まじか。どんな話されてるか気になるな……」
「それはヒミツ♪」と、いたずらっぽく笑う。
「でもね、香織が言ってたよ。『奏くんって頼りになるオタクなんだよ』って。一緒に香織を支えていこうね、奏っち」
「頼りになる……か。うん、ありがとう。がんばるよ」
そして次にやってきたのは、ツインテールがトレードマークの末っ子・南雲つむぎ。香織と特に仲が良い子だ。
「こんにちは」と手を差し出すと、彼女は突然、強く手を握ってきて、耳元でささやいた。
「香織ちゃんは、つむのものだから。あんたなんかに、負けないんだから」
敵意むき出しの言葉に、一瞬驚いた。でも、落ち着いて返す。
「そんなに香織のこと好きでいてくれて、ありがとうな」
「はっ……!?な、なに言ってるのよ……!」
慌てる彼女に少し笑ってしまった。
そして最後に現れたのは──推しの白咲香織。
「奏くん、どうしたの? 顔ちょっと引きつってるよ」
「いや、ちょっと……つむぎに、嫌われてるっぽくてさ」
「ああ……つむ、末っ子だし、私に一番懐いてるから。ヤキモチ、焼いてるんじゃない?生誕祭のこともあったし」
「そっか、まあ、嫌われたくはないから気をつけるよ」
「気を使わなくていいよ。奏くんはオタクなんだから、堂々としてて!」
「……うん、ありがとう」
「お時間でーす!」
「また来週な」
「うん、また来週!」
香織と話す時間は、やっぱり他の誰よりもあっという間だった。
けれど──気になったのは、やっぱりつむぎのことだ。
イベントが終わったあと、香織はつむぎを呼び止めた。
「つむ!」
「ど、どうしたの香織ちゃん!?もしかして……愛の告白!?」
「……奏くんに、余計なこと言ったでしょ」
「くっ……アイツ、香織ちゃんにチクったのか……」
「どうなの?」
つむぎは、ぎゅっと唇を噛んで目を伏せた。
「……なんで香織ちゃん、アイドルやめるか悩んでた時、私じゃなくてあいつに話したの?」
「……なんで、それを」
「生誕祭の映像を見れば分かるよ。……私だって、こんなに香織ちゃんのこと、大好きなのに……」
「……」
「それに最近の香織ちゃん、あいつと話してるときだけ、表情が違うの。優しすぎるの。アイドルなのに……そんなの、ずるいよ」
香織は、何も言い返せなかった。
(なんで黙っちゃうの……? ウソでもいいから、違うって言ってよ……)
──あの日、夏祭りの夜。
メンバーとはぐれた香織を探して、つむぎは神社の境内に入った。すると、ベンチに座る香織の声が聞こえて──その隣には、奏がいた。
(あれは……)
香織が、静かに口を開く。
「奏くん、私の生誕祭のために色々準備してくれて……特に、アンコールの前のビデオ、あれはずるいよ」
「……あんなの見せられたら、辞められるわけないじゃん」
(……香織ちゃん、アイドルを辞めようとしてたの?私には一言も相談してくれなかったのに。なんで、あの人に?)
悔しくて、悲しくて、どうしようもなかった。
誰よりも香織のことが好きだという自信が、あったのに。
つむぎが香織に惹かれたのは、ずっと昔──まだ幼稚園の頃。
お嬢様学校に通い、周囲に男性の影がなかったせいか、恋愛対象は自然と“女の子”になっていった。
初めて恋をした相手。それが、キッズモデルをしていた香織だった。
小学生なのに大人びた雰囲気とスタイル。雑誌をすべて買い、同じ服をねだり、彼女の出演するイベントにも足を運んだ。
あるとき、突然、香織はモデル業界から姿を消した。
父に尋ねると、「アイドルになるらしいよ」と言われた。
──だったら、私も同じ場所に行きたい。
「パパ、つむもその事務所に入りたい」
「わかったよ。パパがなんとかしてあげよう」
それがすべての始まりだった。
契約書を交わし、初めてダンススタジオのドアを開けたとき、そこには──あの香織がいた。
「初めまして、白咲香織です。つむちゃん、よろしくね」
(……やっと会えた)
それからの毎日が、夢のようだった。
でも。
あの日から、香織ちゃんの様子が少しずつ変わっていった。
笑顔の裏で、ふっと何かを考え込むような顔を見せることが増えた。ステージのキレも、どこか迷いがあるように見えた。
私は何度も聞いた。
「香織ちゃん、大丈夫? なんかあった?」
でもそのたびに返ってくるのは、決まって同じ言葉だった。
「大丈夫だよ。つむは心配性だなあ」
(……違う。絶対、大丈夫じゃない)
アイドルを辞めるか悩んでいたこと──本当は、ずっと前から気づいていた。だけど本人が何も言ってくれないから、私は何もできなかった。
──それなのに。
香織ちゃんは、その悩みを私じゃなく、奏に話していた。
あの夏祭りの夜、神社の境内で、誰にも見せたことのない表情で。
(なんで……私じゃダメだったの?)
彼女の中で、何かが動いていた。
アイドルとしての迷い。
でもそれ以上に、“ひとりの女の子”としての、誰かへの特別な感情。
そして、その相手が──奏だった。
(絶対に、負けたくない)
オタクだって、関係ない。
私は、香織ちゃんがずっとずっと前から好きだったんだから。




